第34話「フェイト」後編
「あ、リント君。お昼?」
「ああ、持ってきたぞ」
あの戦いから約2ヶ月後。当然というかなんというか、クリスは未だに檻の中にいた。
とはいえ、扱いはそう悪いものではない。メガネら元情報部員からの尋問は数回あったが、クリスが知っていることは少ないため、その数回だけで終わった。
食事は凛斗達と同じものであり、尋問ついでという名目で2割程度は凛斗と、時々繭とも食べている。オフラインではあるが、端末も与えられた。それには凛斗が娯楽系のデータを入れており、時々追加している。凛斗が知らないうちに繭オススメのものが追加されていたりもする。
そして健康にも気をつけているためだろう、蒼龍が工廠へ寄港した時は島部分を走ったりもしていた。もちろん監視はいるし、通信機などは持っていないため無力だが、捕虜としては破格の待遇だ。それとなく要望を出した凛斗自身が驚くほどに。
とはいえ、それらは強制されたというわけでもない。クリスは日本人への敵意を持っておらず、また可愛らしいということで、監視の女性陣からも可愛がられていた。時々お茶会じみたものが開かれているほどである。
「そういえば、今日ってクリスマスイブだよね。ケーキ食べたい」
「それは夕食だ」
「え、あるの?」
「ああ、この前の補給で搬入してた。絶対美味いぞ、アレ」
ちなみに、凛斗はクリスと繭が会っていることを知らない。繭は上手く隠しているし、クリスも繭の気持ちを察して凛斗には伝えていない。監視の女性陣も知っているが、面白がって伝えていなかった。
そのため、凛斗にはバレていない。誰かにとっては幸いなことに。
「そして今日の昼はシチュー……まあ、多分夜も出るけど」
「えー?」
「スープ代わりだ。メインは鳥になるから心配するな」
「七面鳥?」
「鶏だろ。日本だしな」
「え、そうなの?」
「七面鳥は日本だとマイナーなんだよ。俺は慣れたけど」
「だよね。あ、リント君はどっちが好き?」
「どっちかって聞かれると困るな……両方美味いから」
そういったいくつかの理由があるため、凛斗とクリスの関係は平和に続いていた。
もちろん蒼龍の中にも帝国人を嫌悪している面々はいる。しかし、感情が理性を上回る者はほぼいない。どうしても抑えきれなかった繭以外に直接的な行動を取った者はおらず、女性陣に睨まれたくないため陰口もほとんどない。
というか、女性陣から話を聞いたり、こっそりクリスを見たりして、態度を軟化させている者が意外といたりする。
「あ、そうだ。オススメの映画観たよ」
「お、どうだった?」
「面白かったね。特に最後が凄かったもん。ねえ、続きは?」
「確かこの間放映されて、配信はまだだったはず……来月だな、観れるの」
「えー、今すぐ観たいのに……」
「いや、これが放映されたの3年前だからな?まあ、俺も観たのは最近だけど」
「だって暇なんだもん」
「ごめんな」
ただし、クリスが暇なことに変わりはない。娯楽系をどれだけ追加されても、時々外に出て走っても、自分が好きに動けない環境というのはストレスが溜まるものだった。
特に2ヶ月もSAGAに触れていないのは致命的だ。腕が鈍っている可能性もあるし、パイロットという存在は機体に触れられないだけで不満になったりする。
その気持ちは凛斗も分かっているが……そればかりはどうすることもできなかった。
「ねえ、リント君」
「ん?」
「メイちゃん達がどこにいるか知ってる?どこかで見た?」
「いや、見てない。ミカエルは壊したから動けないはずだしな。ただ……」
「ただ?」
「東京港湾基地で、武装法務隊に何人か引き抜かれたって噂話があったらしい。分からないけど、もしかしたら……」
「メイちゃん達が?」
「ああ」
暇だから、というわけではないだろうが、クリスはこの話題に食いついた。友人達の動向だから、というのもある。
凛斗としても、この話は重要だった。
「確定情報じゃないから、まだ何とも言えない。もしそうだとしたら、俺としては面倒なんだけど……」
「面倒って……何かやるの?」
「条件が揃ったらな」
「うわ、何かやる気だ。ボクが手伝えることってある?」
「あるな。ただ、伯父貴達を説得してからになるだろうし、仲間になるのが条件だぞ。待遇は良くするつもりだけど、それで良いか?」
「うーん、それは困るかも。だって他にも友達いるし……」
「分かってる。だからクリスを頼るのは最後の手段にするつもりだ。まあ、俺が作戦を立てないと意味ないけどな。とりあえず待ってろ」
「はーい」
とはいえ、支障無く動けるだけの情報は集まっておらず、その他の問題も多い。
今はこうして話すくらいしかできなかった。
「っと、時間だな」
「どうしたの?」
「訓練の予定があるんだよ。で、それまで残り10分」
「え、それ大丈夫?」
「着替えは集合の後で良いからな。問題無い」
「そっか。じゃあ、いってらっしゃい」
「ああ」
そう言って、凛斗は出て行った。
そしてその直後、入れ替わるように小柄な人影が扉を開ける。
「いない、よね」
「あ、マユちゃん」
「久しぶり、クリス」
「久しぶり。どうしてたの?」
「ちょっと用事で出掛けてたんだけど……遅かった?」
「ううん、大丈夫だよ。ボクの方が心配してただけだから」
「そっか、良かった」
「何してたの?あ、聞いても良い話?」
「大丈夫だよ。買い物だから」
「あ、そうなんだ。何買って来たの?」
「それはね……はいこれ、クリスマスプレゼント」
「えっ……ありがとう!開けて良い?」
「うん。でも、安くてごめんね」
「ううん。プレゼントを渡すのが凄いんだよ。わっ!」
そんな感じで檻の隙間を通して小さな箱が手渡され、クリスは即刻ラッピングを剥がす。
中から出てきたのはイヤリングだ。小さめのレプリカではあるが、しっかりと装飾がされていて、クリスにも似合いそうだ。
「どう?似合う?」
「うんうん。似合って良かった……実はわたしも買ったんだ。お揃いにしたくて」
「可愛いよ。ねえ、マユちゃんも付けて!」
「あ、うん。いいけど……何でそんなにテンション高いの?」
「あ、ごめん。ちょっと嬉しくて」
そんなやり取りをしながら2人共イヤリングを付け、さらに化粧の話までし始めた。
なお、やはりというか何というか……
「でね、リント君は答えたんだけど、まだ続いてたんだ」
「どうなったの?」
「それが……」
この話、しばらく終わりそうになかった。
「よ、来たな凛斗」
「悪い、待たせたか?」
「全然。というか、ちょうどじゃない?」
「てか、着替え5分で終わらせてたよな?」
「ああ。何か変か?」
「流石は凛斗、って言えば良いわけ?」
「いいや」
そんな会話が行われていることなど知らず、凛斗はパイロットスーツに着替えた状態で格納庫、サタンとリヴィアタンの前にやってきた。
この後は剛毅および香織とのシミュレーション訓練、なのだが……
「クソ、また負けた」
ルシファーが使えなくなったため、凛斗はコクロウで戦うしかない。しかしルシファーとは機体特性が違いすぎ、サタンやリヴィアタンとは性能差が大きい。
その結果が、3戦3敗という戦歴だった。
「よく言うぜ。2機がかりなのにコクロウに負けかけるなんてヤバいだろ」
「凛斗も十分凄くない?兄貴みたい」
「コクロウだと反応が遅いから難しいんだよな……兄貴みたいに使いこなせない」
「は?アレで?」
「ああ、アレで」
「ふーん。なら、ウリエルを使ってみたら?」
「ウリエルを?」
「確かに……試してみるか」
ウリエルの修理は1ヶ月以上前に完了しており、データの収集も終わった。今は予備機扱いだ。シミュレーションで使うことに問題は無い。
なので凛斗はウリエルのコックピットに入り、クリスの設定を元にシステムを調整していった。もちろん、元の設定は別のファイルに保存しておく。
「剛毅、香織、できたぞ」
『あ、やっとできた?』
『それどんな感じだ?』
「悪くないな。ただ、コックピットが狭い」
『仕方ないでしょ。ベルフェゴールやマモンだってそんな感じなんだし』
「そうだな。じゃあ、やるか」
『おう』
『もちろん』
そして、シミュレーション訓練が再開された。
『先手は譲るぜ』
「良いのか?」
『良いよ良いよ。だって凛斗は慣れてない機体なんだし』
「了解。後悔するなよ」
ウリエルは小柄な高速機だ。さらにエンジェルシリーズということもあり、射撃武装は少ない。
凛斗はウリエルを操作し、ビームサブマシンガンでビームをばら撒きつつ固定式ビームソードを発振させ、サタンに斬りかかる。
「さてと……まだマシだけど、な!」
『なっ、クソが!』
サタンはそれを盾で防ぎ、慌てて急降下した。
そして距離が離れた瞬間に砲型ブリューナクが射出されるも、射撃は全てかわされる。というか、不用意に近づいた2基はすれ違いざまに切断された。
「足が無い!」
『蹴るな!』
同様の急降下を行ったウリエルはサタンへ接近し、回し蹴りを放つ。それはサタンの姿勢を崩したため、ウリエルはさらに固定式ビームソードを振るった。
なお、足が無いというのは足に固定式ビームソードが無い、という意味である。念のため。
『危ねぇ⁉︎』
「当れよ」
『誰が当たるか!』
だが、固定式ビームソードはサタンが慌てて引き抜いたビームソードに受け止められた。
その次の戦法だが、凛斗は一瞬迷った。ルシファーであればスラスターの出力勝負に出られる。しかし、ウリエルは小型軽量な機体なため、メインスラスターの出力はサタンより低い。勢いがあるとはいえ、出力勝負では負ける可能性もある。
『そろそろ離れて!凛斗!』
「危なっ、ちっ」
『ナイスだ香織!』
だがその判断をする前に、リヴィアタンが一斉に全身のビーム砲を放った。ルシファーより少ないとはいえ、その光線の数は圧倒的だ。
もちろん、ルシファーを使っていた凛斗は気付いており、避けようとした。だが機体側の反応が遅れ、ビームが足を掠める。
「クソっ、まだおそ、っと⁉︎」
『オラオラ!落ちろ落ちろ!』
『ハハッ、逃げないの!』
「急に激しくなるな!」
それを好機と見たのか、サタンとリヴィアタンは激しく攻め立てた。ビームライフル、ビーム砲、砲型ブリューナクなどを全て使い、濃密な弾幕を張る。
こうなると、射撃武装が少ないウリエルは不利だ。そして、こんな状況に陥らないためためにラグエルと協力していたのだが……
「ちっ、まだ慣れてないってのに……!」
『だからに決まってんだろ!』
「性格悪いなおい!」
『凛斗に言われたくないけどね!』
ビームの雨をかい潜り、ショルダーシールドで防ぎ、リヴィアタンに急接近して斬撃を放つ。リヴィアタンは盾で防ぐものの勢いに押され、若干姿勢を崩した。
ウリエルは追撃しようと固定式ビームソードを構えるが、その前にサタンがビームソードを持って突っ込んできたため、そちらを防御する。
「ちっ、剛毅、お前!」
『はっ!やれる時にやるだろお前も!』
「そうだけどな!」
『さっさとやっちゃって!剛毅!』
『分かってら!』
「ちっ」
サタンは片手、ウリエルは両手、出力差も含めるとちょうど互角。射撃武器はサタンが圧倒的なので射線を通させないように動くが、ブリューナクだけはどうにもできない。
鍔迫り合いを続けながらも体勢を変えて砲型ブリューナクの攻撃を防ぎつつ、ウリエルは力比べを続ける。
「けどな、はぁ!」
『ウッソだろ⁉︎』
そして、ウリエルは絡めとるように固定式ビームソードを振るい、サタンの右腕を肘から断ち切った。
『マジで?』
「舐めるな!」
『きゃ⁉︎』
さらにショルダーシールドから落としたビームスローイングダガーを蹴り、リヴィアタンのビームライフルを2丁とも破壊する。
「落ちろ!」
『てめぇ……!』
『それじゃあ……』
直後、ウリエルはビームサブマシンガンをサタンとリヴィアタンに1丁ずつ向け、フルオートでトリガーを引き絞った。
サタンもリヴィアタンも盾で防ぐが、覆えない範囲にはかなりのダメージが入っている。凛斗の狙い通りだ。
『剛毅!』
『おう!』
「マジかっ⁉︎」
しかし、そう一方的ではいられない。距離が離れていないというのに、サタンとリヴィアタンは同時に全てのミサイルを放った。
凛斗はそれに驚き、ウリエルにミサイルを放たせて迎撃するも、数の差がありすぎる。
「なっ、ちっ、多い、がっ⁉︎」
さらにビームサブマシンガン、迎撃ビームバルカンを使うが、至近距離から放たれた286発ものミサイル群は迎撃しきれない。
機動性を活かして避けようにも、ルシファーとの違いのせいで思い通りに動かない。残念ながら避けきれなかった。
「ク、ソ……!」
左腕破損、ショルダーシールドは2基とも全壊、右翼脱落、両脚大破。腹部にもミサイルが当たり、致命傷は避けたもののジェネレーターにダメージが入っている。
機体状況は大破と言って良い。しかし、凛斗は諦めなかった。
「せめて道連れぇ!」
『なっ、てめぇ!』
ウリエルは残ったスラスターを全開にしながら右手を振るい、固定式ビームソードがサタンのコックピットを貫く。
その直後、傷を受けたジェネレーターが限界になり、ウリエルは爆散した。
『あ……えぇー……』
1人残された香織は呆然としつつ、シミュレーションを停止させる。
「また負けた。ちくしょう」
「よく言うぜ。俺負けちまったぞ?」
「本当、凛斗って規格外すぎでしょ。もう1人で良くない?」
「てか、1人で7機全部相手にしてなかったか?同じことやらせようぜ」
「勝手なことを言うな」
コックピットから降りた3人はそんな風に言い合った。2対1で挑んで1機撃破1機小破という戦績では、自信を無くしても仕方がない。
だが、凛斗は満足していなかった。その場凌ぎとしては良い性能を持つウリエルだが、本格的に使うには物足りない。
「おう凛斗、ちょうど良い。ようやく出来たぞ」
「親爺さん?出来たって、何が?」
「何って、新型機のシミュレーターが出来たに決まってんだろう」
「あれが?やった!」
というわけで、満足できる性能を新型機には要求していた。
そのシミュレーターが出来たと聞けば、試さないわけがない。
「使うか?」
「もちろん。OSは?」
「ルシファーとウリエルのデータを中心に、サタンのプログラムも組み込んだもんだ。希望通り、OSは日本系と帝国系の2通りあるぞ。残りは……凛斗、お前が好きな設定に変えとけよ」
「了解」
そして1時間後、凛斗がシミュレーターから出てきた。
「難しいな……」
「凛斗、お前があんな無茶な要求を出すからだろうが」
「大丈夫だ、親爺さん。多分、慣れればどうにかなるから」
「そうかぁ?」
「できないことなんて頼まない。というか、ルシファーより数段上なだけだろ?それくらいなら簡単だ」
「ルシファーには無かった物もあるんだが……」
「そっちも使いこなす。絶対だ」
「なあ凛斗、やってみても良いか?」
「まあシミュレーターだし、お前らなら大丈夫だろ」
「私もやるから、10分ずつ?」
「それで良いんじゃねぇか?」
「複座にもできるから、それで順番にやったらどうだ?」
「お、良いなそれ」
「じゃ、やろっか」
さらに約20分後。
「何だよこれ……」
「む、無茶苦茶でしょ……」
グロッキーになった剛毅と香織が出てきた。
「どうしたの?」
「繭、来たのか」
「うん。それで、どうしたの?」
「新型機のシミュレーターができたから俺が使って、その後に剛毅と香織が使ったらこうなった。」
「へえ、そうなんだ。わたしもやってみても良い?」
「良いけど……あんな風になるぞ?」
「やってみるだけだから」
同じように繭も試したところ……
「難しかったけど、使えたよ?」
無事に出てきた。
「マジか……」
「ウソ……」
「でも、全部は無理。格闘戦しかできなかったから。凛斗、アレ絶対多いよね」
「そうか?システムのサポートが多いから、ルシファーより少し難しい程度だし」
「え?それ、ルシファーの方がおかしいんじゃないの?」
「かもな。作った奴がマッドだったから」
「うわぁ……」
とはいえ、使えるわけでは無いらしい。あのルシファーを使っていた凛斗がさらに詰め込んだ機体なので、そうでなければおかしいのだが。
「さて、もう1回やるか」
「頑張って、凛斗」
そんなシミュレーターとはいえ、凛斗にとっては新しい機体の練習。
手を抜くわけがなく、もう一度乗り込む。
「やっぱり、俺だけだと無理かもな……だから……」
そして、訓練プログラムを動かした。




