第34話「フェイト」前編
「うぅ……」
「どうする?これ」
「また原因違うからね……」
一方、スパイダー艦内の一室は非常に暗かった。メイの部屋だ。
しかし、一部の例外以外は誰もが当然だと思っていた。ボロボロになりつつも勝った凛斗達に比べ、メイ達は負けた上に1人が連れ去られた。完敗と言える。
しかし、実際にこの部屋を覆っているのはそういう問題ではなかった。
「私は……私が……あぁ……!」
「こらこら。泣いてちゃ分かんないでしょ」
「でも、だってぇ……!」
「ああもう!しっかりしてよ!」
「ダメだよ、シア。ほらメイ、話してみてよ」
「うん……」
表にある感情だけで動いた結果、キリシマ大尉を守れなかった自責の念を無意識に凛斗へ押し付けてしまい、クリスも囚われてしまった。
それがメイを蝕み、苦しませている感情だ。
「私、間違えて……ホントはリントが悪いんじゃないのに……」
「うんうん。それで?」
「なのに、私……リントに……私は……!」
「まったく。メイ、そんなに落ち込んでも変わらないって」
「だって、だって、私が勝手に怖がって、勝手に責めて、勝手に怒ったんだよ……!リントに酷いことしちゃったし、私なんて、私なんて……」
「そんなことでリントは怒らないよ。メイも知ってるよね?」
「でもぉ……」
「大丈夫だって。そんなのリントも同じでしょ。同じ感じで悔やんでると思うよ、きっと」
「そうかな……」
「そうそう。そうだよ」
「ありがと……」
だがそれは全て、もう終わってしまったことへの後悔。激情とは程遠いもの。
だからこそ、他人でもある程度慰められる。残りはもう1人の原因に任せるしか無さそうだが、時間稼ぎとしては十分だ。
「でも、リントのことよく見てるんだね、シア」
「それはまあね……」
そして時間稼ぎはできたので、話題を変える余力も出る。
それはシアにとってあまり言いたくないことだったが、メイに気分転換をさせるため、言うことにした。
「一応、リントのことが気になってた時期もあったし?」
「え?」
その結果、メイは固まった。
「勉強も運動も気遣いもできて、なかなかカッコイイ顔だよ?気になる男子ナンバー1はリントになるでしょ、そりゃ」
「それわたしも。大人びててカッコイイからね。本気で狙おっかなって思ったことはあったよ」
「そんなぁ……」
「でも……」
「だけど……」
それに便乗し、ニーネも告白する。実際にそうだったのだから、問題無い。
そんな2人は眼を澱ませつつあるメイから目を逸らしながら、言葉を続けた。
「「メイには敵わないから諦めた」」
「……ふぇ?」
その言葉を聞いた瞬間、一瞬でメイの眼は晴れる。
「だってさ、最初から好き好きオーラ全開なんだよ?勝てるわけないじゃん」
「え、オーラって、え?」
「そうそう。もうリントしか見てないって感じで、ちょっと引いたよ?それにリントだって同じ感じだったよね」
「そんなことはなかった、はず、だけど……」
「あー、そうだったそうだった。メイのことだけは人変わってたっけ」
「あ、えーと、でも……」
「顔が全然違うんだから」
「うー……」
そして有無を言わせないこの猛攻。
メイはノックアウトされた。K.O.だ。
「シアとニーネがイジメる……」
「あはは、ごめんごめん。でもそういうところも可愛い」
「シア、狙ったらリントに怒られるよ。確かに可愛いけど」
実際、恥ずかしがっているメイは可愛い。凛斗がいたら小1時間は話し続けたかもしれない。
なお、百合の花を咲かせたい場合はシアに依頼するだけで満足するように。良いね?
「はいはい。分かりました」
「本当に分かってる?まあ、シアはどうでもいいけど……メイ、これで良い?」
「それに、クリスだって大丈夫でしょ。リントが見捨てるわけないし、心配しなくて良いんじゃない?」
「うん……」
というわけで、メイの機嫌直しの第1段階は終わった。
そして第2段階が始まる。
「じゃあ、何か食べに行く?半休貰ってたでしょ?」
「良いね、それ。メイも行く?」
「あ、うん……」
「ほーら、元気出しなって。行くよ」
「そうそう。置いてくよ」
これはしばらく続くだろう。とはいえ、シアとニーネへの負担はそう多くない。
割り勘の場合、階級差からメイの支払額が多くなるため、2人にとっても得なのだ。
「で、そこのケーキがすっごく美味しいから、行かない?」
「そこ良いね。すぐ行こうよ」
「ねえ、シア、ニーネ」
「ん?」
「なに?」
「その……ありがと」
「あー可愛い。やっぱりメイは可愛い。今すぐ描きたい」
「え、何を?」
「そりゃ、アレなマンガだけど?」
「そ、そんなの……!」
「リントに見せたくない?」
「う……う、ん……」
「こら。変な道に勧誘しない」
「変な道?失礼なこと言わないでよ」
「実際そうでしょ?メイは……」
「リント、その……えへへ」
「えっと……どうする?この脳内ピンク娘」
「えぇ……どうしよう?」
なお、こういった状況での精神的ダメージは無視するものとする。
「……どうしましょうか」
「マイリア?」
同じ頃、月面にいるマイリアも悩んでいた。こちらも原因は同じだが。
しかし、ちょうど部屋に入ってきたレグルトは分からず、当人に尋ねる。
「何か悩んでる?」
「メイと話をするか、ということですが。まさかあんな事をしてしまうとは……」
「あー、アレだね」
「ええ、そうです。この程度の情報では何が原因か分かりませんが、あのようなことをするほど追い詰められていたのでしょう」
「しかも完敗、立ち直れるかどうか……」
「メイがいなくては計画に支障が出ます。立ち直ってもらわなければなりません。クリスが捕虜になったという話もありますから。ですが、兄上に気取られるのも困ります。難しいところですね……」
そして理由を知り、マイリアと同様の暗い顔をするレグルト。だが、それも仕方ない。
彼女達の計画において、必要な戦力は多い。既に最低限は集めたとはいえ、今のままでは失敗するだろう。それほどギリギリな計画だ。
「レックス達に任せるのはどう?」
「いえ、メイの本質を知らない人達では完全な解決はできません。私ですら全ては知りませんが……あの子は弱いですから」
「弱いって、メイが?」
「そうですよ。メイの心はガラスです。外から見れば強そうですが、ヒビが入ればすぐに壊れてしまいます。防弾ガラスなら良かったのですが」
「流石は幼馴染、よく分かってるね」
「私などまだまだです。恐らく、リントの方が良く理解していたでしょう」
「そうなんだね……ああ、それについて1つ新しい情報が入ってるよ」
「情報ですか?」
「もしかしたら、リントが生きてるかもしれない」
「詳しく聞かせなさい」
そのため、マイリアもこの話には食いついた。
「ハワイの事件の再検証については聞いてたよね?」
「もちろんですよ。先月から始めさせましたね」
「事件直後の検証でコンソールの中からリントの血が見つかったわけだけど、再検証でもう1回調べたら、その周りに肉片が無かったんだ」
「ビームで消し飛んだ、という意味では無さそうですね。体だけ持ち去った可能性は?」
「低いと思うよ。ミカエルとルシファーの開発主任の遺体すらそのままだったんだから、リントだけ特別扱いをする意味なんてない。つまり……」
「リントはそこで捕虜になった、と?」
「そういうこと」
「なるほど……」
もし今メイへ連絡していれば間違いを知り、計画を修正することができただろう。そうすれば、今後が楽になったかもしれない。
だがこの情報は、この2人が得られる情報の中では最上級に近かった。それによって得た結論も同様だ。
実際には間違いだとしても、今それに気付く機会は無い。
「ぬか喜びはできません。確定したわけではありませんので。しかし……」
「好都合だよね?」
「ええ。リントが生きているのであれば、メイのコンディションを直すことができるかもしれません。彼用の機体を準備する必要もありますが、それは些細な問題でしょう」
「機体はアレを使えば良いからね。僕のを渡しても良い。それなら、交渉の時にリントとクリスの返還を求める?」
「いえ、最初は出しません。交渉事ですからね。重要度も高くは無いため、後の方が良いでしょう。それにこの動きが本当であるなら、この2つの件は別々に対応する必要がありますから」
「なるほど。じゃあ、こっちのやつは下に回しておくよ」
「お願いしますね」
未来への分かれ道のうち、1つは既に終わった。
もう1つがどうなるか、それはまだ分からない。
「辞令、ですか?」
「ああ、そうだよ」
約2週間後。メイはバーグナー艦長に呼び出され、艦長室へやってきていた。だが、艦長の雰囲気に呑まれ、メイの口数も減っている。
そんな見るからに不機嫌そうなバーグナー艦長は電子タバコを口に咥えたまま、メイへ端末を渡した。そこの機密ファイル内に入っていた辞令には……
「武装法務隊……」
そう、書かれている。
「だ、そうだよ。帝都勤務、少佐に昇進、新型の専用機供与。良いねぇ、出世コースだ」
そして、内容を知っているバーグナー艦長はそう言った。それは冷やかしであり、半分程度は嫌味も含まれている。
だが、メイの顔に明るいものはない。むしろ暗い。
「ふむ、やっぱり不服かい?」
「私は、その……」
「確か、武装法務隊の隊長もハイシェルト家の人間だったよね」
「はい、兄様です」
「コネかい?」
「私は聞いてませんけど、多分……」
何故なら彼女にとって、それは朗報とは言い難いものだからだ。家庭的な問題で。
「不満、というより不安そうだね。嬢ちゃんは違うからかい?」
「はい……艦長は、どう……」
「わたしだって不満だよ。腕の良い部下を盗られるんだからね。それに極東特務軍団も解体されるって噂だし、逃れるものなら逃げたいさ」
「ごめんなさい……」
「嬢ちゃんが悪いわけじゃない。気にしなくて良いさ。そうそう、こっちも渡しておくよ」
「これは?」
「残り5人の辞令さ。機体ごとね。3人は嬢ちゃんと同じ武装法務隊、2人は皇女殿下護衛隊らしいよ」
「……え?」
しかし落ち込んでいても、これについては無視できなかった。
今までエンジェルシリーズとして一纏めにされていたため、まさかここで分けられるとは思っておらず、メイの思考は止まった。
また、驚くことは分かっていたため、バーグナー艦長もメイが再起動することまで少し待つ。
「もう良いかい?」
「はい……すみません、艦長」
「いや、気持ちは分かるさ。もう行っていいよ。とりあえず伝えてきな」
「はい、失礼しました」
そう言われ、退室したメイ。すると横から声をかけられた。
そちらへ目を向けると、1人だけ欠けてしまった5人の姿がある。
「メイ」
「あ、みんな」
「大丈夫だよね?メイ」
「急に呼び出しなんて珍しいけど、何かやっちゃった?」
「ううん、違うよ。これは貰ったけど……」
「何だ?それ」
「その、みんなの辞令」
「辞令?」
どうせデータを渡すことになるが、口で言っても同じだ。
そういうわけでメイは改めて中身を見つつ、彼らへ告げた。
「トラン、シア、アクトは私と一緒に武装法務隊に配属、帝都勤務になるよ。私の部下扱いみたい。レックスとニーネは皇女護衛隊だって。まずはハワイで待機らしいけど……」
「「は?」」
「え?」
「何で……」
「……2人だけ別……何故そうなった?」
「私だって分からないよ。多分、艦長も同じで……」
メイの予想通り、彼らも困惑している。しかし、一部はすぐに別の反応を示した。
「そんなことより、今後の方が重要だろ」
「確かに。分けられたってのもアレだけど、片方がマイリアのお付きになるってのもね」
「全員少尉に昇進らしいけど……?」
「関係ねぇよ、んなもん」
「だよね……」
「メイ、お前はどうしたいんだよ?」
「トラン……?」
トランの言葉に疑問を持ちつつも、メイは続きを促す。
「お前がやりたいようにやりゃ良いんだろ。それくらいの勝手はできるんじゃねぇのか?」
「そうそう。メイがしたいことをすれば良いんじゃない?何なら、マイリアに頼めば良いんだし」
「……そうだな。それが良い」
「そうだけど、私は……」
「ハイシェルト少尉、よろしいでしょうか」
「はい?」
だがそんな時、メイは別の相手から声をかけられた。
とはいえ、見知った顔ではある。通信室勤務の兵だ。つまり……
「長距離通信が届いています。通信室にお越しください」
「私に、ですか?」
「はい。なんでも、ご実家からのようです」
「え……」
「早く向かわれた方が良いのでは?」
「は、はい、分かりました……みんな、ごめんね」
「あ、おい」
実家と聞き、メイの顔が強張る。だがそれと同時に走り出し、長距離通信専用の通信室へ駆け込んだ。
そして、アクセスしてきた通信を開くと……
『遅いですよ、メイルディーア』
「も、申し訳ありません、母様」
メイの母親が開口一番にそう言った。メイと母親は髪質等が似ているが、その程度だ。雰囲気はまるで異なる。
そのせいか、扱いもこういった感じだった。
『まったく、貴女ときたら通信にすら遅れるのですね。ランハルシアとは大違いです』
「は、はい。申し訳ありません……」
『だからわたくしは反対だったのです。軍など、貴女のような小娘が入るところではありません』
『そこまでにしておけ』
『あらあなた、メイルディーアの肩を持つのですか?』
『そうではない。本題に入れということだ。さて、メイルディーア』
「はい、父様」
さらに、その隣にいた父親も加わり、嫌な予感に襲われていたメイは覚悟を決める。
というより、この2人が長距離通信をしてくる時点で嫌なこと以外の何ものでも無いと知っていた。
『こちらに戻ってくるという話は知っているな?』
「はい。先程辞令をいただきました」
『では、婚約相手を見つけろ。見合いは用意しておく』
「見合い、ですか……」
『当然だろう。お前は軍に配属されたというのに、戦果の1つも挙げられない女だ。嫁としての使い道しかない。分かっているな?』
「はい……」
『何か質問は?』
「あ、あります。武装法務隊へ配属されたことは父様によるものですか?」
『そうだ。箔を付けるため、ランハルシアにやらせた。帝都勤務であれば見合いにも問題は無いだろう』
「分かりました……」
そして、メイはそれに逆らえない。実力や教育といった話ではなく、彼女自身の問題で。
『それとも何だ、既に婚約者がいるのか?そうなら答えろ』
『あなた、こんな娘が1人で作れるわけがないでしょう。いませんよね?』
「い、いません……」
『ほら、だから貴女はダメなんですよ。地球であろうと良い家柄の者はいるのですよ?』
「はい……」
『お前には期待していない。だが、お前の見合いの相手には皇太子殿下もいらっしゃる。顔は良いお前であれば、形だけの皇后であろうと問題はなかろう。せいぜい、我が家の恥とならぬようにせよ』
「はい……」
その後、2人が言いたいことを全て言ってから、通信は切れた。
「どうしよう……ねえ……」
ようやく終わったと、メイは体から力を抜く。
だが、彼女の心の中はむしろ不安だらけだ。
「どうしたらいいの、リント……」
答えを与えられる者は彼女の近くにはいなかった。




