第31話「血戦」前編
「兄貴」
造花が供えられる。
「クソッ」
端末が供えられる。
「朱音ちゃん……」
写真が供えられる。
「……ごめん」
額縁が、カメラが、楽譜が、遺品が次々と供えられる。
体の無い、棺の中へ。
「原田宗弥、赤谷徹、燕谷敦、椿彩芽、斎藤朱音、滝田隼、高槻歩夢、赤華響。諸君らの献身は決して無駄にはしない」
ここは蒼龍の艦首付近にある魚雷保管室、魚雷発射管へ続く水密扉もある。
その場所で、戦死者達の葬儀が執り行われていた。
「我々は祖国のため、仲間のため、勝利を以て戦死者全てへの慰めとすることを誓う。君達のもとへ向かうその日まで、我々は勝利を目指し続け、勝利することを誓う」
空の棺に故人の遺品が供えられ、関係が深い生者により並べられる。
そして蓋が閉じられると、魚雷発射管の中へ納められた。
「だからこそ、もう君達が苦しむ必要は無い。総員、敬礼」
本来ならばここで空砲が鳴る。しかし潜水艦ではできない。
代わりに棺は海中へ放出され、海の底へと沈んでいった。
「さらばだ、友よ」
これは別離の儀式、別れを惜しむ生者達が死者への想いを断ち切る時。
だから、敬礼する人々の顔は一様だ。感情を殺すことに、誰もが慣れていた。
「安らかに眠れ」
慣れてしまっていた。
「どうだ満星、状況は」
「良くねぇ。工廠に戻ってからの1週間の突貫工事で……1割も直れば良い方ってとこだろうなぁ。新造した方が良いやつまであるってのも……」
「それは不可能だ。製造スピードはこれ以上上げられない。ニコイチでも直せ」
「んなこと分かってら。と、デーモンシリーズは今日中に直し終わるぞ」
「それは……任せるしかないな」
それからしばらくした後の、大人2人の会話。蒼龍の格納庫は未だに忙しいが、過日ほどではなかった。
良いわけでも無いが、余裕はある。だから凛斗が話を通すこともできた。
「伯父貴、親爺さん」
「凛斗、何か用か?」
「とりあえず親爺さんの方。ルシファーのチューニングについてなんだけど」
「おう、どうした?新型機用のには換装したろ?」
「それだけど、限界まで反応性と出力を上げて欲しい。耐えられる限界まで」
「ん?」
いくら親爺さんでも、その言葉には疑念を抱かざるを得なかった。
反応性と出力を上げ過ぎれば機体に振り回される。親爺さんでもそう常識的に考え、いくら凛斗でも無謀だと思ったが……
「そんなことすると使えなくなるぞ?」
「逆だよ、親爺さん。今のだと時々遅く感じるから、もっと上げて欲しい。それと出力もミカエルと戦うにはもう少し要るかな」
「……は?」
「おいおい……」
「そういう理由だけど……出来るよな、親爺さん?」
「ああ、まあ、出来なくはない。けどなぁ……」
「親爺さん?」
「……やるだけやってやるか。だがな凛斗、そんなに生き急ぐもんじゃねぇぞ」
「生き急ぐ?そんなこと……」
「自覚が無いってのは良いのか悪いのか……ったく、手間かけさせやがって」
「ごめん。けど俺は……」
「仕方ねぇか。けどな、無理だけはすんな」
「了解。それと、あいつらの要求もまとめて来た。一緒に頼める?」
「おうよ、任せときな」
凛斗は本気だ。親爺さんもそれを理解したため、可能な限り要望に応えようと心に決めた。他の整備士がデスマーチになる、という可能性は無くもないが。
2人は続けていくつか打ち合わせをし、チューニングとメンテナンスのスケジュールもある程度決める。普段なら適当でも良かったが、この状況ではそんなことはできないからだ。
なお、この場にいるのは凛斗と親爺さんだけではない。2人の話が終わったタイミングで、もう1人の大人が口を開いた。
「凛斗、俺の方にも何か用があるのか?」
「ごめん伯父貴、後回しにして。これを承認して欲しい」
「これは何だ?」
「次の作戦計画書だ。詳細まで決めてある」
「なるほど……」
凛斗は伯父貴へ端末を渡し、そこに書いた作戦計画を見せる。
その内容、書いた本人にとっては何の問題もない。だが、読んだ当人としては心配になる内容だった。
「凛斗、これを本当にやる気か?」
「……やる。当然だろ。やらないとダメだ」
「しかし……」
「お願いだ、伯父貴。やらせてくれ」
これだけ被害を受けた以上、しばらく行動を控えるべきだと伯父貴は考えていた。しかし、凛斗の目は強く訴えており、棄却するのは良くないと判断する。
それに加え、活動を控えた場合のリスクも考えた。あれだけ派手に負けた以上、活動が少なくなれば有効と判断されるだろう。他のパルチザンが同規模の攻撃を受ければ、甚大な被害を出してもおかしくない。それを防ぐためには帝国軍へ何らかの打撃を与え、無意味だと思い込ませるしかない。
その面でも、凛斗の作戦は意義があった。
「分かった、承認しよう」
「ありがとう、伯父貴。これでやっと……」
「ただし」
しかし、伯父貴さ1つだけ条件を付ける。
喪ったのは彼も同じなのだから。
「必ず、生きて帰れ。お前達が死ぬことは絶対に許さん」
「……了解」
そう言って離れていく凛斗の背中を見た2人の大人。
彼らとしては、あまりよろしくない心理状況にされた気分で……
「ああクソ、もう少しマシな大人になれなかったのか?オレらはよ」
「それが出来ていれば、彼らを戦場に出すことなんて無かっただろう」
2人の言葉が全てを物語っていた。
「伯父貴と親爺さんの許可は貰ってきた。やれるぞ」
「よっしゃ!」
「やりましたね!」
「良かったね、凛斗」
一方、凛斗の方では7人全員が集まり、数日後から開始予定の作戦について話し合っていた。
もっとも、作戦の詳細について話したブリーフィングは伯父貴達の所へ行く前に終わっており、これは結果報告以上の意味を持っていない。
「作戦は前に言った通りだ。整備のスケジュールはこの通りだから、それに合わせて出撃する。良いな?」
「目標は変わらずですか?」
「ああ、最終目標もな」
「う、うん」
「そのままで良いの?」
「確かにね。あれより、小さい基地を全部落とした方が良いって思わない?」
「いや、このまま行く。単に基地を潰すだけより効果があるはずだ」
「そ。なら、それで良いけど」
「作戦は合理的に決める。そこは変えないから安心しろ。まあ、個人的な理由もゼロじゃないけどな」
そのため、割と気楽な話し合いだ。気負ったりはしていない。
内容に気楽なものは含まれていないが。
「やっぱり?」
「当然だろ。あれだけやられて黙っていられるか」
「ま、だよな。俺だってそうだってのに、凛斗が違うわけねぇだろ」
「ですね。凛斗が我慢できるわけがありせんし」
「おい、何か悪意が混ざってないか?」
「あはは。でも、そんなところでしょ?」
「まあ、な……」
「そうだよね、凛斗だから」
「焼きもちですか?」
「おいこら、勝手に変なこと言うな。そんなわけ無いだろ」
彼らの、というより凛斗の目的は単純で、他の6人が望んでいることだった。だからこそ、肯定することに支障は無い。
例え違ったとしても、説得していた可能性は高いが。
「まったく」
「でも、そんな簡単にできないんじゃない?結構強くなってるよ、あいつら」
「相手は強敵です。前ならまだしも、今では五分五分かと」
「そうだとしても、やるしかない。可能な限りの戦果をあげないと、日本が潰れる可能性もある……ただし」
なおその中で、1つだけ譲れないことがある。
「ただし、全員が生きて戻ってくる。これは絶対だ。伯父貴に言われたからじゃない。俺の意志だ。良いな?」
「了解」
「なあ、負けそうになったらどうすんだ?」
「当然、戦果より生還優先だ。じゃないと伯父貴に怒られる」
「そうなりそうです」
「はい、分かりました」
これ以上、誰かが欠けることは誰も望んでいない。
生きて帰ること、それは絶対条件であり、達成目標。
そして、それも理解されたことで、前提条件は全てクリアされた。
「さて……やるぞ、お前ら」
短い、実行を宣言する言葉。それに対する勢いの良い返事を受け、凛斗はうなずく。
全ては未来のため、彼らだけの戦いが始まろうとしていた。
「おいキャプテン、日本人からの連絡が来てんぞ。どうする?」
「ん?ウィルソン、お前何勝手に開けてんだ。同盟者だぞ同盟者、機密情報かもしれねぇだろうが」
「良いだろこれくらい。中身は見てないんだからさ」
「あ?お前は日本人の義理堅さと容赦無さ知らんのか。こっちが変なことやったら逆襲されんだぞ」
地球の某所、とある地下基地にて、黒人の少年と大柄な大人が言い合っていた。黒人少年は手に端末を持っている。
その部屋へ入った金髪の少年と赤毛の少女は呆れた表情をしつつ、金髪少年の方が声をかける。
「おいおい……キャプテン、オリバー、どっちもやめろ。それは意味ないだろ?」
「ってもよ、キャプテンが突っかかってきたんだぜ?キース」
「おいマーチン、お前どっちの味方だ?」
「そういう問題じゃ……はぁ、キャプテン、その日本人からの連絡っていうのは何だ?重要な話か?」
「そりゃそうか、すまん。で、日本からのは……ん?」
そんなことを言われ、2人は口論を止める。実際不毛だ。
そして、大人の方は黒人少年が持ってきた端末を見た。情報のやり取りそのものは普段からやっていることであり、変に考えることはなかったが……
「こいつは……いや、まさか……だが……」
「キャプテン?」
「そうなると……ふむ……」
大人は文を読み始めた瞬間、急に黙り込んだ。それが唐突すぎ、3人組もどうしたら良いか分からなくなる。
だが、それが10分近くも続けば流石に動く。具体的には強い口調で声をかけた。
「おい、キャプテン!」
「ん?ああ、すまん。何かあったか?」
「そうじゃなくて、キャプテンが急に黙ったからよ。怖くなるでしょ」
「すまんすまん。けどな、スミス。仕事だぞ」
「へ?」
「へぇ」
仕事と聞いて冷静になり、ニヤリと笑みを作り、疑問を浮かべた3人組に対し、大人は任務を告げる。
彼らも普段ふざけていても、仕事をする時は真面目になるものだ。
「マーチン、ウィルソン、スミス、3人でお使いだ。この座標へ行って相手が渡す物資をとってこい。中身は見るなよ?」
「アイ、キャプテン。だが、情報関連の任務なんて久しぶりだな」
「そうね。それをキャプテンから直接言われたんだし?中身には期待してるわ」
「そんな重要じゃねぇよ。期待しすぎだ」
「なあキャプテン、新型は?」
「お前話聞いてねぇだろ。まだ試作設計中だっつってたろうが」
「何やっているんだオリバー。しっかりしろ」
「そうそう。わたし達が変に思われるわよ?」
「おい、何だよ。キースもアリアも、オレばっか責めんじゃねぇ」
「全部お前が原因だ」
「けどよ」
「ったく、さっさと行けガキども!」
「「「サー、イエッサー!」」」
3人組が部屋から駆け出した後、大人も部屋を出る。
それを見ていたのか、とある青年が大人に近寄っていった。
「良いんですか?キャプテン、あいつらに任せて」
「聞いてたのか?」
「推測です。しかし間違っていませんよね?」
「そうだな。それよりお前、こいつを調べろ」
そして、隣に来た青年へ端末を渡す。
彼はこういったことが担当なので、3人組のように適材適所だ。
「はいはい……これは?」
「さっき来た情報だ。あいつらが新しい情報を貰ってくる前に少し知りたい。元CIAだろう?」
「はぁ、人使いが荒いことですね」
「それがお前の仕事だ。やれ」
「アイ、キャプテン。にしても、面倒そうなネタですね、こいつは」
「文句は言うな。さっさとやれ」
「イエッサー」
青年にそう命令し、仕事に向かわせる。
そして大人は自分の端末を使い、とある相手へ連絡を取った。
『ほう、君から連絡が来るとは珍しい。しかし、憂鬱そうな顔だな、大佐』
「いえ、閣下が心配なさるほどではありません」
『そうか。それで、私を呼び出した理由は何だ?余程重要なことなのだろうな?』
「は。つい先ほど、日本からの連絡が来ました。しかし……どうやら別の者からのようです」
『なに?何処からだ?』
「そこまでは書いてありませんでした。現在、相手が指名した場所へ部下を向かわせています。また同時に、元CIAの者に調べさせています。そう遠くないうちに答えは出るかと」
『そうか……どう見る?』
相手は別の組織を率いているだけでなく、ここら一帯の組織のまとめ役でもある。
こういった件については連絡が必須だった。
「自分はこちらのシステム面から情報を抜かれたと考えています。表面だけでも模倣すれば、これは可能です」
『向こうが抜かれたという可能性は?』
「低いでしょう。向こうの防諜網は強固なままです。規模は大きなままとはいえ、一度ズタズタにされたこちらの可能性の方が高いかと」
『なるほど。では、対策も必要か』
「はい」
『では、それについては私から動こう。大佐、貴官はその情報元との接触を任せる』
「は!」
他にもいくつか連絡事項を交換し、通信を終える。
するとそのタイミングで、格納庫へ向かった3人組から連絡が来た。どうやら、準備が終わったようだ。
『キャプテン、出撃準備はできたぜ』
『道中にも、目的地近くにも、敵機はいないらしいわ』
『ただ、本当にSAGAで良いのか?荷物の受け取りなら……』
「いいや、警戒しただけだ。別に無しでも問題ねぇんだが……お前はどうしたい?」
『キャプテンの指示に従う。それで良いか?』
「好きにしとけ。ほら、行ってこい」
『『『イエッサー!』』』
未来へ向かう手札はここにもある。それがどこまで動くかは……その者達次第だ。




