第29話「鳥籠」前編
「で、次の手は?」
「まいったまいった。これもう詰んでんだろ兄貴」
「お、分かるか」
20人程が見守る中、兄貴と剛毅が将棋を指していた。もっとも、盤面の8割は兄貴によって制圧され、完全に詰んでいた。
「よし次、誰だ?」
「どうする?」
「誰でも良いとは思うけど……」
「俺がやる」
「へぇ、自分からなんて珍しい」
「凛斗、頑張って」
この将棋盤、実は一式合わせて数十万もする高価なものだ。創設メンバーの私物だったりする。
そして、時々暇潰しに使われている。凛斗もその中の1人だ。
「で、調子は?」
「悪くない。まあ、シミュレーションの結果だけど」
「それでも良い方がいい。お前はまだ未成年なんだ。大人が気にするのは当然、そうだろ?」
「それは今関係無い」
パチパチと駒を打ちながら、2人は会話をする。
というより、兄貴が弄ろうとしているだけのように見えるが……戦況は次第に傾いていった。
「げっ……こっちか」
「お、中々良い手を選ぶ。これはどうだ?」
「強すぎだろ、兄貴」
「この程度なら趣味だ趣味」
兄貴は蒼龍の中でも1,2を争うほどに強く、凛斗が勝てたのは大きなハンデがある場合のみ。真剣度合いが同じでも、思考時間には大きな差があった。
そのため、兄貴では凛斗で遊ぶ余裕もある。
「にしても……」
「ん?」
「凛斗、お前彼女欲しくないか?」
「っ……関係無いだろ」
その一言に、凛斗は思わず身を固くした。メイとの関係が兄貴にもバレたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
また、約1名顔を赤くした者もいたが、近くの2人以外にはバレなかった。
「いいや、弟分の恋愛事情を知っておくのは兄貴分の義務だからな」
「そんな義務は無いだろ。だいたい、そういう兄貴はどうなんだ」
「俺か?ま、ボチボチってところだよ。それより、お前くらいの年齢なら彼女の1人や2人持っとかないとダメだぞ」
「人ごとだからって好き勝手……!」
と、凛斗が怒っても、経験の差やら何やらがありすぎて対抗できない。性格も把握されており、凛斗に勝ち目は無かった。
まあ勝ち目が無くとも、凛斗にはそういう相手が1人いるのだが……相手の立場がアレだ。仲間になったならまだしも、今公表するのはリスクしかない。
「戦ってばかりだと息が詰まるだろ?息抜きの方法は多い方が良いに決まってる。それが女なのも悪くない」
「微妙に生々しいことを……というか、ここにいるの男だけじゃないだろ」
「恋仲なら大丈夫だ」
「ちっ」
そして恋仲の場合、新しいからかい対象が増えるだけなので、そうなった2人の苦労が数倍に跳ね上がるだけだ。
実際にそうなった相手を目にした凛斗は知っている。
「で、どうなんだ?」
「そんなの考えたことない……これならどうだ」
「なんだ、もったいないな。凛斗、お前顔は良い方なんだから、すぐに彼女くらいできるぞ」
「指さないなら俺がまた動かすけど?」
「待て待て、俺にも考えさせろ。ここだな」
「ちっ……けどまだ」
話を将棋に戻すが、盤面はかなり兄貴側に傾いていた。凛斗は大駒こそ無事だが、金と銀を1枚ずつ取られており、他の駒もかなり減っている。
しかし、諦めたりはしない。凛斗は逆転を目指し、駒を進める。
「お、また良い手を……上手くなったか?」
「何回も相手してるんだ。上手くもなる」
「それだけか?他にもあるんだろ?」
「黙秘権を行使する」
「それ、あまり意味無いと思うがな」
そう言われたが、凛斗にとっては盤面に注目したいがために黙っただけだ。
それに、暇潰しの1つとして詰将棋をやっていただけで、何の問題も無い。誰かに教えたりもしていたが、大丈夫な範囲内である。
しかし、その思考は中断を余儀なくされる。
「ま、無理強いはしない。お前の好きなようにやれば良い……っと?」
「ん?……呼び出し?」
2人の端末が同時に鳴り、意識はそちらに向けられる。内容は会議室への招集で、何かあったことは確実だ。
また、凛斗と兄貴だけでなく、他の面々にも待機命令が出されていた。
「みたいだな。凛斗、行くぞ」
「了解。盤面は……写真で良いか」
なので、この場にいる面々へいくつか指示を出すと、凛斗と兄貴は会議室へ向かう。
途中で何人かと合流し、会議室に入ると、残りの人員は揃っていた。
「来たか」
「当然だろ、って言っても、俺達が最後かよ」
「伯父貴、状況は?」
「そう急くな、凛斗。まずはこれを見ろ」
伯父貴の操作により、ディスプレイへ最新の情報が表示される。
そこに映ったのは帝国軍艦隊。数は多いが、戦力としては少し違う。
「先ほど、帝国軍の飛行輸送艦隊が発見された。敵艦隊は護衛を含めて合計50隻、セクター級飛行輸送艦5隻、ハリケーン級飛行戦艦5隻、ジャガー級飛行護衛艦40隻になる。現在、小笠原諸島硫黄島の東500kmを飛行中だ」
「へぇ」
「またかよ」
「襲うのね?」
「その予定だ。輸送艦隊と蒼龍の現在地および進路を考えると……ここだな。コクロウおよびデーモンシリーズの編隊で水中へ発艦、襲撃は空中から行え。前線指揮は原田と凛斗に任せる……凛斗?」
しかし、作戦自体はいつも通りだ。なので、打ち合わせることは少ない。伯父貴も兄貴も、気負うことなく作戦行動を決定し、凛斗も加えようと声をかけた。
だが凛斗はそれに反応せず、画面を見続けている。
「おい、凛斗」
「え、あ、ごめん伯父貴」
「どうした?」
「何も無いけど、変な感じが……メガネさん、何か情報は?」
「いえ、何もありません。少し気になる情報はありますが」
「それは?」
「帝国皇女に関してのことです。なので、今回の件とは関係無いでしょう」
「なら、気のせい、か……?」
証拠は無い。明確な感覚があるわけでもない。考えすぎとも思える。
だが、凛斗は感じた違和感を拭うことができず、それを見た伯父貴は別の言葉をかけた。
「凛斗、気になるのなら、頭の隅に置き続けろ。必要な感覚の可能性もある」
「伯父貴達は?」
「罠だとしても、食い破れる程度だろうな」
「逃げる算段は常時考えている。予備も含めて、だ」
「なら、そうする。兄貴、俺はデーモンシリーズだけで良いか?」
「そうだな、そうしとけ。凛斗の火力は頼りになる」
「了解。じゃあ、陽動役もできるな」
「改めて確認するが、コクロウとデーモンシリーズは全機参加だ。ハクゲイは待機、数機を哨戒に使う。攻撃隊の発艦は1時間後、戦闘開始はさらに30分後の予定だ。質問があるなら今のうちに言え」
そう伯父貴は言ったが、質問はいくつか出たのみ。それにどれも簡単なもので、すぐにお開きとなった。
そして、蒼龍が回頭と加速する中、凛斗は格納庫へと向かった。発艦にはまだ早いが、全員揃っているためだ。
「凛斗!」
「情報は?聞いたか?」
「飛行輸送艦隊を見つけた、ってことくらい。他は何にも」
「まあ、仕方ない。詳しいことはコックピットで説明する。先に乗っててくれ」
「了解です」
「はーい」
待機命令の段階で察し、パイロットスーツを着ていたらしい。既に準備はできていたため、先に向かわせた。
また、凛斗も少し急いで着替え、ルシファーのコックピットに入る。
「異常は……無いな。情報はこの通りだ。確認してくれ」
『へぇ、多いんだな』
『護衛も多いですけど、どうにかなりますか?』
「どうにかする。それだけだろ?」
『まったく、簡単に言っちゃって』
『単純明快で良いけどよ』
「まったく、文句を言うな。どうにかすると言っても、敵が多いことは確かだ。無理はするなよ。ああ、それと……」
『はい?』
「一応、罠の可能性も考えておけ。変な感じがする」
『え?』
『どういうこと?』
ルシファーのコックピットに投影された6人の顔は、総じて疑問符に覆われていた。
普通ならブリーフィングデータに含まれているはずのことが口頭でのみ説明されたのだから、普段との違いに困惑するのは仕方のないことだ。
『それは……つまり、凛斗は作戦に反対ということですか?』
「そうじゃない。ただ、何か嫌な予感がするだけだ」
『そっか……』
『伯父貴や兄貴は?』
「俺ほど酷く考えてないらしい。まあ、俺も勘だしな」
『それだけでも良いんですか?』
「良いか悪いかで言ったら悪いだろ。適当なことを言って不安にさせるようなものだ。けど、俺達がやることは変わらないからな」
『敵に勝つ、ということですか』
「ああ。だから、注意する程度で良い」
目的は単純明快なほど良く、兵士達が動きやすくなる。飛行経路などを規定したとしても、前線の各員には大きな自由裁量権を与えるべき。違う方針を持っている人もいるが、凛斗はそういう考えだ。
そして、それは伯父貴や兄貴の考えでもあったりする。
『時間だ』
「分かった、こっちはいつでも行ける。それで伯父貴、状況に変化は?」
『無い。敵艦隊の進路が少し変わった程度だ。データは同期済みだぞ』
「ごめん、更新してなかった。それで……確認できた。ありがとう、伯父貴」
『珍しいな。だが、確認できたなら問題は無い。任せたぞ、凛斗』
「了解」
それと共にガントリーが動き、艦首ハッチへ収められる。発艦準備が整っていき、否が応でも気持ちが昂っていく。
なので飛び出さないように気をつけつつ、凛斗は待った。
『注水完了、ハッチ解放。ルシファー、発進良し』
「剣崎凛斗、ルシファー、出撃する!」
続いて他のデーモンシリーズやコクロウも次々と発艦し、海中を進んでいく。
そして数十kmほど離れた後、空中へ飛び出す。
「全機揃ってるか?」
『大丈夫みたいです』
『はい。ちゃんと予定通り動けてます』
「よし、このまま低空飛行で敵飛行輸送艦隊へ接近する。全機、高度を30以下に落とせ。それと聡、緊張するなよ」
『何で僕ばっかり?』
「聡は未だに怖がりだからな」
『酷いですよ!』
『でも、本当のことでしょ?』
『だよな』
『だから凛斗もそう言ったんです』
「あー……始めた張本人だけど、やりすぎるなよ」
『はーい』
『分かりました』
『ちょっと待って凛斗さん⁉︎』
雑談の最中だが、警戒は絶やさない。作戦行動中に雑談するなと言われたらアレだが、雑談しても問題無い程度には練度がある。
そして、それが功を奏したのか、予想よりも早く発見した。
『見つけたよ、敵艦隊。データリンクに……今載せた』
『でかした。総員戦闘準備!』
「敵飛行輸送艦隊の進路測定、飛行コースを算出、と……良し、全機に通達。この通りに飛んでくれ」
『あれ、まだ撃たないの?』
「向こうには見つかってないからな。どうせなら奇襲したい。いいよな、兄貴」
『当然だ』
明けの明星編隊の高度は約20m、発見した帝国軍飛行輸送艦隊の高度は約500m。距離は100kmを超えており、光学で捉えられたのは幸運だった。
とはいえ、もう少し進めば発見されるだろうが、奇襲効果は高い方が良い。
そういうわけで彼らはそのまま進み、20kmほどとなって帝国軍輸送艦隊の反応が見えた瞬間に、行動を開始する。
『先に護衛を狙え!さっさと片付けろ!』
「一斉射、撃て!」
プラズマ収束砲や高出力ビーム砲など、長距離射撃でも威力が落ちない武装が放たれ、ハリケーン級飛行戦艦やジャガー級飛行護衛艦に何発も当たった。
この一撃で撃破はできなかったが、3隻ほど煙を噴いている艦がある。どうやら良い場所に当たったらしい。
『よっしゃ!』
『見たか!』
「兄貴、対空砲火と敵機の発艦を確認。全機警戒、回避運動!」
もちろん、いつまでも盛り上がっているわけにはいかない。凛斗が報告した通り、帝国軍飛行輸送艦隊も行動を開始したためだ。
ハリケーン級飛行戦艦から何機ものSAGAが発艦し、ジャガー級護衛艦も含めて対空砲が放たれる。
そのため、回避運動により速度が落ち、敵機の迎撃を許してしまうが、問題は無い。数十機程度なら鎧袖一触に殲滅することも可能だ。
『半分は敵機迎撃を継続、もう半分は突撃する。凛斗、そっちは任せた。早めに落とせよ』
「了解。剛毅、香織、終わったらジャガー級を狙え。繭と聡はついて来い。潤人と智子はここから周辺警戒、不意打ちに注意しろ」
『了解』
『おうよ』
『任せてください』
「任せた。行くぞ」
『うん!』
『はい!』
迎撃機はまともに戦うことも出来ず、次々と落ちていく。
それを好機と見て、突撃を仕掛けたルシファー達。対空砲火は濃密となるが全て避け、次々とやってくる迎撃機を撃ち落とし、反撃で対空砲を潰していく。
「上野さん、下から頼む。麗華さんは左から。西門さん、右に3機!」
『了解だ』
『はいはい』
『落ちろや!』
『凛斗、良いの?』
「いつも通りだろ」
そして、コクロウの何機かが輸送艦隊の中心たる、セクター級飛行輸送艦に手をかけようとした。
だが……
『はぁ⁉︎』
『ウソでしょ?』
『マジかよ……』
その中から大量のSAGAが飛び出してきて、一斉攻撃が行われる。流石に、回避しつつ下がるしかない。
SAGAを輸送中だとしても、こんなに多数の機体を迅速に発艦させることはできない。構造的にもそうだが、それだけの数のパイロットを乗せることがないためだ。
よって、最初からそのつもりだったということとなる。
『ちぃ、総員迎撃準備!ミサイルを放て、今のうちに輸送艦にダメージを与える』
「これのことか……ミサイルを撃ったら高火力砲を撃ちまくれ!近寄らせるな!」
対艦攻撃と牽制と重量削減を含めて、コクロウなどが所有する大量のミサイルが輸送艦隊へ向けて放たれた。
だがまだ距離があり、護衛も健在。何より統制無くバラバラに放たれたため、ミサイルの90%以上が打ち落とされてしまった。
こんな結果になってしまっては、本来ならば撤退した方が良い。
「兄貴!早く撤退を!」
『だが、これだと退くことすら……!』
『り、凛斗!上!』
「ちっ、潤人、智子、迎撃しろ!それとこっちに来い。囲まれるぞ」
『了解です』
だが既に交戦距離に入っており、敵の方が数は多い。今退いても激しい追撃を受け、壊滅的な被害を受けることは間違いない。
さらに、高空からもSAGAが何十機と降下してきており、後方も囲まれ始めている。
しかも、レーダーの索敵範囲外、雲の上から降下しているため、母艦の位置が分からない。反撃ができなかった。
「取り敢えず敵艦の近くに来い!ここなら同士討ちも誘える!」
『凛斗、俺達もそっちに行く。頼めるか?』
「当然。援護するぞ。やれるな?」
『もちろん!』
『当たり前だろ』
『周りに気を付けろ!』
『落とされたら恥だからな』
「だってさ、兄貴」
『ったく』
敵集団の中へ飛び込むことで同士討ちの恐れを発生させ、射撃を制限するという目論見。
これが激戦となることは分かっているが、笑みを絶やすのは彼らの流儀に反していた。というより、ワザとやらないとやっていられない。
戦いはまだ始まったばかりだった。




