第28話「困惑と拒絶」前編
「どうすんだよ、アレは」
「分かるわけないでしょそんなの!」
「でも、本当にこれで合ってるの?その、もしかしたら……」
「パルチザンを攻めたってだけじゃ説明できねぇだろ」
「なら、どうして」
「……嘘だった、ということだろう」
「ありえるか?」
「でも、自分の目で見たから……」
「うん……リント君に聞けたら良いのに」
哨戒飛行を終え、機体の整備も任せた後。いつも通りに集まった7人は悩んでいた。
自分達の目が捉えたことは事実だ。そこについては否定のしようが無い。
しかし、それならば……自分達の正義が無くなってしまう。どう考えても、その結論に至ってしまうから。
「そんなの、って……」
「メイ……」
「そんなのって無いよ……じゃあ、私は何で戦って、何でここにいるの!」
「メイちゃん……」
「メイ、大丈夫?」
「だって私は、リントは……!」
特に苦しんでいるのはメイで、部屋に篭ってからはずっとこんな感じだ。戸惑い、泣き、自分を責めている。
半ば盲目的だったとはいえ、軍を信じていたのだ。しかし、それを裏切られた。そのせいで半ば恐慌状態となっている。
いや、盲目的だったからこそなのかもしれない。凛斗と戦うということの本質から目を逸らすには、盲信的である必要があった。
「……メイ」
「なに?」
そんな彼女はあまりにも辛そうで、見かねたアクトがある提案をする。
「……逃げるか?」
「え……?」
「……辛いだろう。ここにいる全員、メイが逃げても文句は言わない……それに、リントなら受け入れるはずだ」
メイにとって、それは甘い罠だ。2度と抜け出すことはできないだろう。
しかしそれは、逃げ口として完璧だった。凛斗としても、その方が良いだろう。
なので他の5人も当然のように、それが受け入れられるものだと思っていた。
だが……
「ううん……それは、ダメ。そんなのダメだよ……」
「……そうか」
「けどさ、何でそんなに嫌がるわけ?リントが良いんでしょ?」
「メイちゃん、どうして?」
「だって、父様や母様に怒られるし、兄様に見放されるし……」
「んなもんどうとだってよ」
「ダメだもん……」
メイは何故か、頑なに拒む。6人が説得しようとしてもこんな様子だった。
彼らからしても訳が分からない、のだが……メイは大真面目だった。
「あっ……その、ちょっと寝ても良いかな?ごめん」
だが素直が常に良いとは限らない。視線に耐えきれず、メイはそう言った。
それには彼らも頷くしかなく、誰も何もできない。
「メイ……」
「……分かった」
「ごめんね」
「すまねぇ」
「ううん。私こそごめん」
そう考えた6人が部屋から出ていくと、メイはベッドへ倒れ込んだ。
「どうしよう……」
悩みは尽きず、何かをする気力も無い。だがそんな時、扉が開く。
鍵をかけ忘れているため、アクセス権がある人なら誰でも入れる状態だ。さっき出ていった6人が戻ってきても、拒むものは無い。
だが今回来たのは、普段なら来ない人物だった。
「あの、先輩?」
「ミーフェル?」
先輩らしくしたかったため、慌てた様子は隠しつつベッドに腰掛ける。
もっとも目の前でやっているため、ミーフェルにはバレバレだったが。
「どうしたの?急に来るなんて」
「ダメ、でしたか?」
「ううん、ダメじゃないよ。でも、いつもは先にメールしてくれるから」
「しましたよ?」
「あれ?」
その言葉を受けて端末を見ると、確かにメールが来ていた。
気づいていなかっただけだ。
「そっか、ごめん」
「大丈夫です。むしろ、大変なのは先輩の方ですよね?」
「分かる?」
「はい。先輩のことですから」
「そっか」
しかし、ミーフェルはそれを問題にしない。慕っているからこそ、メイのことは良く知っているし、細かいことを気にしたりはしなかった。
それは今のメイにとって、とても嬉しいものだ。だからこそ、新たな情報を与えたいとも考える。
「じゃあ……ミーフェル」
「何ですか、先輩?」
「戦争って何で起きるのかな。私達がいなくても起きたのかな……?」
ミーフェルとメイ達は仲が良い。凛斗とは喧嘩していたが、他と比べれば酷くはないと感じていた。
そこで、同じ思いを共有できるのではないかと思い、話してみようと考えた。
「何でそんなこと聞くんですか?」
「え?」
だが……
「だって、地球人なんてそんなものじゃないですか」
「……え?」
その認識は甘すぎた。
「何千年も殺しあって、争うために技術を増やして、いつまでも戦争を続けてる。地球の歴史ってそういうものです。殺すことが好きで好きで堪らない人達なんですよ、きっと」
「ミー、フェル……」
「地球人って、そんな野蛮で未開な人達なんです。わたし達と違う、野蛮人です」
「ううん。違う、違うよ……」
「違いません。違うんだったら、何回も世界大戦を起こしたりしてませんよ。それに地球へ降りたのだって、アメリカが攻めてきたからじゃないですか。他の国も、テロリストやパルチザンだって同じ。そういう人種なんです、先輩」
「……」
「だから殿下は……って、先輩?」
「……って」
「どうしたんですか?」
「出てって!」
非情な現実、無為な願い。彼女の想いが叶えられることはなく、争いは永遠に続く。そう、思ってしまう。
メイはそれに耐え切れず、ミーフェルを追い出すことにした。
「せん、ぱい?」
「もう出ていって!もう来ないで!顔も見たくない!」
「え、何でですか?わたしは……」
「出てって!」
扉が閉まってから、メイは感情的になりすぎたことに気付いたが、後の祭りだ。
どうしたら良いのか分からなくなり、再びベッドに倒れ込む。
「何で、何でなの……」
だが、自分が悪いことをしたとは思っていない。凛斗と過ごした日々の中で、ミーフェルが言ったようなことは無かった。
というより、理解できなかったのだ。何故ミーフェルがあんなことを言ったのか。
「ミーフェル、リントにしてたのって、そういうこと……?」
何も理解できず、何も信じられない。
誰が良くて誰が悪いのかも分からない。
「ねぇ、どうしたら良いのかな……」
そんな中、頼りたいのはたった1人。
「ねぇ、リント……」
その後、メイは少しだけ寝てから部屋を出て、艦内を放浪し始めた。まあ、放浪と言っても最終的な目的地は決まっている。
展望デッキにやってくると、体重を柵に預けた。
「はぁ……」
ため息は風の中に消え、視線は宙の向こうへ飛ぶ。
「どうしたら良いんだろう……」
そしてこの言葉も誰かに聞かれることなく、空に溶けていく……はずだった。
「なーにやってんの」
「わひっ⁉︎」
が、実際は聞いている人物がいた。しかも、その人物に後ろから胸を鷲掴みにされる。
メイは飛び跳ねて逃げようとしたが、柵と人に挟まれて逃げられなかった。
「レ、レイカさん!やめてください!」
「気にしない気にしない。にしても、大きいねぇ。サイズは?」
「え、あ……って、そんなのどうでも良いんですよ!」
「良くない良くない」
「そういうのじゃなくて、ん、このっ!」
力技で拘束を無理矢理振り解き、逃げ出す。
そのまま扉へ走ろうとするが、それにはキリシマ大尉が邪魔だ。
「あちゃ、逃げられたか」
「逃げられたか、じゃないですよ。何なんですか」
「いたずらだけど?」
「そんなこと……!」
「でも、軽くなれたでしょ?」
「あ……」
ただし、キリシマ大尉はこれ以上直接的に動くことは無いらしい。やりすぎたと反省しているのだろうか。
手は後ろに回し、今いる場所から動く気も無いようだ。
「それは、そうですけど……でもやり方は最悪です」
「そうかな?
もうそこまで大きいとなると……彼氏に揉まれた?」
「もっ……そんな爛れた関係じゃないですから!」
「へぇー、付き合ってたことは認めるわけか」
「うー……!」
口を出すことは止めなかったが。
というかほぼセクハラである。同性でもこれはアウトではないだろうか。
「さて、セクハラで訴えられても嫌だし、本題に入るか。悩み事なら聞くよ」
「この流れで任せられるって思ってるんですか?」
「年上だからね。悩み事くらい、このお姉さんに任せなさい。お姉様でも可」
「なら、キリシマ大尉」
「うわ、1番固いよ」
「当たり前です」
「ごめんごめん。もうやらないよ、ほら」
「それだったら良いですけど……」
まあ、同性同士なら無かったことにするのも、異性と比べれば難しくはない。特に、当人達が和解すれば。
メイもキリシマ大尉のことを本気で嫌っているわけではない、というか好ましく思っているため、許すことにした。
その対価というわけではないが、気になったことを聞いてみる。一応、確認のために。縋るように。
「レイカさん、気を悪くしたらすみません。日本のテロリストについて教えてもらえますか?」
「テロリスト?また何で」
「その、パルチザンとどう違うのかな、って」
「変わらないよ」
だが、その返答は残酷だった。
無残とも言えるほどに。
「テロリストは自分勝手で、民間人ばっかり巻き込む。パルチザンも同じだし、SAGAを持ってるからもっと悪い」
「そう、ですか?」
「そうそう。最近、パルチザンのせいで町1つが壊滅したって噂もあるね。ついでに、隠れるのも上手だ」
例えメイ達が見たものが事実でも、一般的な認識はこれだ。核心へ繋がる道も、噂では正反対となっている。
残念ながら、メイの求める答えは得られないようだ。
「だから、どっちも変わらない。さっさと全滅してくれた方が良い連中……って、どうしたんだい?」
「……レイカさん」
「ん?」
「私達、どうしたら良いんでしょうか?本当はよそ者なのに……」
「え?」
そのため困り、考え、迷う。思考の出口を探し、迷宮の中をさまよう。
そして迷った末に、思いを全て吐露してしまう。
「よそ者です、私達は。月に引きこもってれば全部良かったのに、何で地球に来ちゃったんだろうって……そう、思っちゃうんです」
「考えすぎな気がするけど、何で急にそんなことを?」
「だって、日本のままなら何も起きなかったんですよね?戦争も、パルチザンも。テロだって……」
「そんなことはないよ。だいたい、帝国だけが原因だなんて……」
「あるんです!」
見てしまった。聞いてしまった。感じてしまった。
それは消えず、蝕むばかり。不安ばかりが募っていく。
「あるんです。だから……」
「まったく……良いんだよ、もう」
「ふぇ?」
それに気付いたのだろう。キリシマ大尉がメイを抱きしめた。
そして、優しい言葉をかける。
「苦しまなくて良いんだ。メイが苦しむ理由なんてどこにも無いからね」
「レイカ、さん?」
「話したくなかったら話さなくて良いし、話したかったら話せば良い。忘れたって良い。叫んだって良い。だから、そんなに苦しそうな顔をしない」
「でも……」
「1人で何でも抱え込むなんてこと、しなくて良いんだ。誰かを頼ったってバチは当たらない。ちなみに、お姉さんを頼るって選択肢を選べば万事解決だけど?」
「オモチャにされそうなので却下します」
「あちゃ、バレてたか」
「でも……ありがとうございます」
その言葉は遮られることなく耳に入り、なおかつ考えを切り替えるのにちょうど良い。
一歩間違えれば甘美な毒となる可能性もあるが、今のメイにはこれが必要だった。
「今は、話せないです。まだ混乱してて」
「良いよ、それで」
「でも……いつか、話したいです。待っててもらえますか?」
「じゃ、期待しないで待ってるよ」
「少しくらい期待してください」
「はいはい」
そんなことを言って、キリシマ大尉は展望デッキから去っていく。
1人残されたメイは再び柵に体重を預け、空を見つめた。
「良かった、のかな……」
呟く言葉はあまり変わっていない。
だが打って変わり、彼女の表情は明るい。
「ううん、これで良い。良いよね、リント」
迷いながらも前に進む。
凛斗が経験し、今も進んでいる道。その入り口にメイも立った。
「私、やっぱり向いてないかも……でも……」
その到達点がどこにあるのか、今はまだ誰も知らない。
「ま、それが妥当なところだろうね」
『随分と辛辣だな』
「甘く見てないかって心配さ。こっちは正面から戦ったことだってあるんだよ?」
『そうであったな。すまない』
「なに、ちゃんとしてれば問題無いよ」
それと同じ頃、スパイダーの艦長室ではテレビ会議が行われていた。
参加者はバーグナー艦長、および直属上官たるグラウデン軍団長。会議というより、旧知の仲の話し合いという方が近い。
もっとも、それは話の核となる部分はもう終わっているならなのだが。
『して、周辺哨戒の結果はどうであった?ハイシェルト少尉らも派遣したのだろう?』
「それが、全く引っかからないんだよ。あとメイルディーア少尉だけど、報告の時は少しおかしくてね」
『不都合なことを隠していると?』
「さあ。けどま、裏切るような子じゃないよ」
『そうか』
艦長からメイへの信頼は厚い。性格もある程度把握しており、心配はしていない。
だが彼女が悩み、混乱から情報が止まっていることまでは想定していなかった。
「戻すけど、作戦はこれで良いんだね?」
『そのつもりでいる。いや、これしか無かろう』
「まあ、確かにね。その分、被害も大きいだろうけど?」
『それは許容範囲内……にさせる予定だ。可能ならば、ではあるが』
「そこは頑張りな」
『うむ』
その後、いくらか個人的な話がされてから、通信は切られる。
「次が、正念場だね……」
その正念場までの時間はほとんど無かった。




