第26話「天は堕ちる」後編
「哨戒任務、ですか?」
「明けの明星の警戒ってことか?」
「そうなるね。ま、気分転換にでも行ってきな」
そのすぐ後、艦長室へ集まったメイ達は哨戒任務を言い渡された。
那覇基地の復旧作業は他の基地からの応援もあり、順調に進んでいる。7機程度抜けたところで問題は無い。
むしろ基地に比べれば劣るとはいえ、十全な整備設備を利用できる正規艦載機が哨戒網を構築しなければならない状態だ。
「気分転換って……そうなるかは分かりませんが、行きます。コースの指定はありますか?」
「そうだね……東から北を中心に、列島戦に沿うように進んでくれるかい?今何かあるとすれば、そのエリアになりそうだよ。細かいところは自分で決めな」
「了解しました。では、いつ発進するのが良いでしょうか?」
「早い方が良いけど、1日作業詰めだったからね。無理は言わないよ。整備状況は……」
「簡易オーバーホール中です。1時間前に始まりました」
「なら、それが終わり次第だよ。2時間ってところかい?」
「それくらいだと思います」
「んじゃ、それで行きな」
「了解」
命じた側の心境はともかく、そういう理由で下された命令。疑問を持つ点はなく、メイ達は従った。
もっとも、現在エンジェルシリーズは簡易とはいえオーバーホール中だ。簡単に終わるわけがない、のだが……
「メイちゃん、ミカエルって2時間で終わるの?」
「もっとかかるんじゃない?」
「え、ミカエルはあと1時間だよ?」
「アレでか⁉︎」
「……1番ピーキーな機体だぞ?」
「うん。だって、ほとんど動いてないもん。関節だってそのままで大丈夫だし」
「うわ……戦闘の時がおかしいって言っても、それは無いわー」
「そうかな?」
ミカエルはプラズマスラスターとクルセイダーの両方を使っているため、各部の耐久性が非常に高い。そのため、戦闘がなければ整備は割と簡単だった。
その分コストも高いが、ワンオフの実験機であり続けるならば大きな問題にはならない。
「……それは良いとして、航路はどうする?」
「迂回するの?」
「それとも、真っ直ぐだったり?」
「んー、島と島の間で東側に膨らむ感じかな。それで、そのまま九州の南端まで行こっか」
「あ、そんな感じになったんだ」
「ってことは、帰りは直線か?」
「うん。一応、余裕も持たせてるけど」
「……なるほど」
「良いぜ、問題ねぇよ」
メイが哨戒ルートを設定し、全員で共有する。哨戒任務の経験は少ないが、ルート構築については色々と調べていたため、問題は何も無い。
その後格納庫に着くと、それぞれの機体の元へ向かった。
「すみません、今どんな感じですか?」
「分解と点検はついさっき終わったところでな、あとは組み立てくらいだ、嬢ちゃん。どうかしたのか?」
「様子見です。それと哨戒任務が入ったので、終わったらそのまま起動させます。大丈夫ですか?」
「となると手順をちょいと変えて……まあ、時間に変更は無さそうだ。嬢ちゃん、また1時間後に来てくれるか?」
「分かりました。ありがとうございます」
今後の計画をすり合わせ、それまで時間を潰すことにしたメイ。
だがその瞬間、彼女の腰に衝撃が走る。
「メーイちゃん!」
「わっ⁉︎ちょっとクリス、急にどうしたの?」
「え、何となく?」
「疑問形で返されても……」
半回転で衝撃を殺しつつ、メイは突如抱きついてきたクリスに問う。
もっとも、まともな答えは返ってこなかったが。
「あーあ。シア、けしかけた責任は取ってよ」
「さあねー」
「あ、やっぱり。シア、ニーネ、そっちは?」
「ウリエルとラグエルは1時間半ってとこ。クリスが張り切りすぎて負荷が多かったみたいで、もしかしたらもうちょっと伸びるかも」
「レミエルは2時間くらい。狙撃機構の調整に少し手間取ってるらしくて、1時間したら私も参加するかな」
「じゃあ、一緒に行こっか。私も1時間後だし」
「良いよ。なら、それまでどうする?」
「あ……どうしよう?」
「決めてないって」
「いつものメイだし?」
「ちょっと、それどういう意味?」
「あ、先輩!」
そんな風に相談していると、ミーフェルも声をかけてきた。
どうやらSAGAから降りたばかりのようで、パイロットスーツのままだ。それを見て、さっきジャッジメントが入ってきていたことをメイは思い出した。
「あれ、ミーフェルもお手伝い?」
「はい。ただ、先輩とはちょっと違います。警戒網の構築が先で、物資の運搬もやりました。それとSAGAで運べる量だけですけど、近くの基地で足りてないのがあったみたいで」
「そっか。他の基地ってどんな感じだった?」
「酷かったです。攻撃が中途半端で重傷者が多いから、ここより酷いかも……」
「あー、そんな状況か……足りないやつって医薬品?」
「そうです、シア先輩。軍医の人も大勢いらっしゃいました」
「そうなんだ」
他の基地に対する明けの明星の攻撃は那覇基地ほど苛烈ではなかったとはいえ、守りが無くなった基地に地獄を作ることなど容易だ。
しかし、彼女達がそれを気に病むことはなかった。アレを思い出したくないとも言う。
「そうだ。暇つぶし、ミーフェルに考えてもらう?あたしらだともう出尽くした感があるし」
「あ、良いかも。どうかな?メイちゃん」
「え?何かあったんですか?」
「後で哨戒任務があるんだ。オーバーホールが終わってからだけど」
「予定だと2時間半くらい後になりそうだから、それまで時間はあるよ。私とメイは1時間後に1回抜けるけどね」
「それなら、トランプはどうですか?先輩方もよくやられていましたよね?」
「あ、良いかも。どれにする?」
「スピード……は5人だと無理か」
「大富豪かババ抜き?」
「そんなところ、かな?」
「ポーカーもありますけど?」
「ごめん、私ルール知らないから」
「いえいえ!先輩が悪いんじゃないんです!」
そして色々と話し合った結果、ババ抜きに決まった。
まあ、何も賭けたりしないお遊びなので、雑談しつつだが。
「それで、メイちゃんがナンパされてた時なんだけど……」
「あ、あったあった。最初の頃は少し怯えてたし」
「けどさ、気をつけないとダメでしょ、ほんと。メイは可愛いんだから」
「ちょっとシア、ミーフェルの前で何言って……あれ?」
「引っかかりましたね、先輩」
ちなみに、メイは表情を上手く隠せないため、そして見抜くのも苦手なため、トランプ等では弱い。
現在3連敗中、4敗目も近そうだ。
「むう……ほら、クリス」
「ありがと。あの時もリント君が助けてたよね。あ、やった揃った」
「あ、うん、そうだけど……え、また揃った?」
「ふん、それくらいしてもらわないと困ります」
「素直じゃないったら」
「ほんとほんと」
「何がですか!」
「そのまんまの意味だけど?あ、あがりっと」
「ってことで私も」
「ごめんなさい、先輩。終わりました」
「え、じゃああとクリス」
「ごめんね、メイちゃん」
迷わせることすらできずに4敗目が確定し、メイはそろそろ泣きそうだが、他4人は容赦無く5戦目の準備に入る。
「ねえ、まだやるの……?」
「うん」
「当然でしょ」
「もちろん」
「はい」
「……」
というか、既に涙目だ。
「でも、今のメイなら1人でも大丈夫じゃないの?度胸も付いたんだし」
「それ言えてる。それに、他のところも成長してるし?」
「シア!何言ってるの!」
「さーてね。あ、ミーフェル、メイの着替え写真要る?」
「はい!」
「ミーフェルも!クリスに悪いでしょ!」
「メイちゃん、それまだ言うの?」
その後、種類を変えつつも、4人はメイが苦手なタイプのカードゲームばかり選んで遊んでいた。ミーフェルが何か言いたそうな時もあったが、楽しい良いらしい。
そのため、何度も何度も負け続けたメイは……時計を見ると嬉しそうに告げた。
「あ、もう時間だよ。ほらほら」
「ふーん。嬉しそうじゃない、メイ?」
「負けなくていいのが嬉しいんだよね?」
「そうじゃないもん!」
「素直な方が良いと思いますよ、先輩」
「ミーフェルも!」
また少し遊ばれたが……そういうわけでメイとニーネは格納庫に戻り、フィッティング作業を始める。
とはいえ、これのメインは整備兵だ。パイロットにやることは少ない。
『ねえ、メイ』
「なに?」
『リントとは何か話した?』
「え、何で?」
『何でって……会おうと思えば会えるんでしょ?連絡とれば』
「その……」
『メイ……?』
「……」
『もしかして、連絡先知らない?』
「……うん」
『はぁー……』
なので会話も弾む。もっとも、結果に呆れるニーネだったが。
あの島での邂逅で何かあったことには、女子全員が気づいている。メイは隠しているつもりのようだが、2人の間に進展があったことは確からしい。
しかし……普段は積極的なのに、ここぞという時だけは奥手。すごく面倒くさい性格をしているんだな、とニーネは改めて思った。
『メイ、ちゃんと捕まえないと。リントって意外と逃げ足速いんだから』
「意外と?そう?」
『あ、でもメイ相手だと逃げないっけ。本気で手に入れようってしてたし』
「あ、う……」
『まあそれでも、しっかり捕まえてた方が良いよ、絶対』
「で、でも……ダメ、なんじゃないかな?」
『ダメ?何が?』
「だって、敵同士なんだよ?それに、リントだって隠れてるんだし……」
『はぁー……』
「また溜息?」
そして、流石のこの返答には、お節介だと自覚しているニーネも呆れるしかない。
2人でいる時はバカップルだったというのに……
『分かった。口出ししすぎるつもりはないから、好きにすれば』
「何でそんなに不満そうなの?」
『それが分かったら違う結果になってるよ、きっと』
「どういうこと?」
『どうだろうね?』
「?」
その言葉をメイは理解できず、時間は過ぎていく。
そして、他の機体の整備が終わり、発進準備も整った。
『メイ、終わったぞ』
『……こっちもだ』
『ボクも』
「じゃあ行けるね。管制室、こちらミカエル。出撃準備完了しました」
『こちら管制室。フライトプラン確認しました。気象情報は必要ですか?』
「いいえ、大丈夫です。先にダウンロードしておきました。発進お願いします」
『了解。ガントリー移動。14番ハッチ、解放開始。到着まではこちらでコントロールを行います』
「分かりました」
多くの機体が外で作業をしているため、運搬はいつも以上にスムーズだ。
なお、そのせいで心の準備が整う前にハッチの前まで来たのは、メイだけの秘密だ。
「メイルディーア・ハイシェルト、ミカエル、行きます!」
艦内に被害を出さないようメインスラスターだけを使い、ミカエルは空へ舞い立った。
続けて他の6機も飛び立ち、編隊を組む。
「いい天気だね。風もそんなに強くないし」
『だね。遊びたいくらい』
『ま、そんなことできないけど』
『だな。で、予定通り行くか?』
「そうだよ、もちろん」
『……了解だ』
『了解』
その後は編隊のまま、予定通りの飛行経路を進み始める。
那覇基地を壊滅させられたためか、哨戒の機体は多い。所属を確認すると、どうやら南九州の基地から来ている機体が多いようだ。
しかし、それも沖縄本島から離れるに従い減っていく。そして島を3つほど渡り、周囲に機体がいなくなった頃、レックスが口を開いた。
『そういえば……メイ、那覇基地だとルシファーのことを魔王って呼んでるらしいぞ』
「魔王?え、何で?」
『……全滅したSAGA部隊がそう叫んだらしい』
『で、戦闘中にそれがそのまま広がったんだとさ。リントらしいんじゃねぇか?』
「らしい、かな?」
『うーん、どうかな?』
『普段の見てると、そんな感じしなくない?』
「だよね」
『だが、あいつ容赦無いだろ。SAGAに乗ってる時は特に』
『あ』
『確かに』
「それは……うん」
『……だからか』
『だろ?』
「否定できない……」
『しなくても良いから』
凛斗への異名についてはこれで話は終わったが、航路はまだまだ長い。
しかし……飛び始めて3時間経った頃になっても、怪しい反応は1度として出てこなかった。
『何も無いね』
『その方が良いでしょ。疲れないし』
「うん。やっぱり、飛んでるだけの方が楽しいよね」
『ま、確かにな』
『けどよ、そんなの言って良いのか?良くねぇだろ』
「だって、他に誰も聞いてないもん」
『……部隊内通信、だからな』
『便利だから良いんじゃない?』
「だよね」
その後も哨戒飛行を続けていたが、光学にもレーダーにも何も引っかからなかった。
しかし、そろそろ引き返そうか、というところで……
「そんな風だから……あれ?」
『どうし、っておいおい』
ある反応がレーダーに映った。
『戦闘反応?ここでか?』
「この距離ならデータリンクの中なのに来てない……何で?」
『何でだろ?』
『気になるし、行ってみない?』
「え、でも……」
『……光学索敵が可能な距離だ。まずはそれで良いだろう』
「じゃあ……少しだけ」
アクトの言う通り、反応は高度を上げれば光学索敵が可能な場所にある。レーダーは逆探知の可能性もあるため、使わない方が良いだろう。
そういうわけで7機は上昇し、メインカメラの望遠を最大にする。そこに映っていたのは……
「……え?」
メイ達にとって信じがたい、いや、信じたくないものだった。
『クソが!またやられたぞ!』
『落ちろ!落ちろぉ!』
『クラリス2、下だ!』
『市民を守れ!盾になってもだ!』
「筑波被弾!梅、陽炎、前に出ます!」
『おい!どこだ!どこにいる!』
『シエラ3、被弾!』
『損耗率20%突破!このままだと全滅するぞ!』
『クラリス7、戦闘不能!』
「撤退は許可できない。避難完了まで時間を稼げ」
『多すぎんだよ!』
「アルト2、シエラ10、反応消失!」
『増援を!早く!』
「送れるなら送ってますよ!」
『敵機直上!』
『撃ち落とせぇぇぇぇ!』
「何の関係も無い市民を攻撃し、我々を誘き出す。帝国軍らしい、実に効果的な手だ」
「しかし、有効な手であることは間違いないでしょう。軍事的には、ですが」
「そうだろう。では、軍事的に落第な我々はどうすれば良い?」
「人道的に満点の行動です。問題ありません」
「任務は市民を助けるだけでしょう。そうすれば、私達はヒーローですな」
「……いや、どうやら、今回の英雄は我々ではないらしい」
「司令?」
「南東に新たな反応を確認!数は7、高速で接近中!」
「敵の増援か⁉︎すぐに部隊を……」
「待ってください!ライブラリ照合、いえ、この敵味方識別信号は……!」
「何で……何で、そんな……」
市民の盾となり、攻撃に晒される日本系パルチザンのSAGA達。
囮となり、火を噴く飛行戦艦。それをどうにか守ろうとする飛行護衛艦。
嬉々として攻撃する武装法務隊。
『うそ、だろ……』
『こんなのって……』
『……リントから見た帝国軍、か』
「父様は、母様は……兄様は、知って……?」
そして、それらを次々と駆逐していくデーモンシリーズ。むしろ、嬉々として、と言うべきか。
デーモンシリーズがいるエリアの武装法務隊機は1機残らず殲滅され、そのエリアは少しずつ移動している。
全滅するまで、さほど時間はかからないだろう。だが……
『ね、ねえ、アレって……』
『避難してる人、だよね』
「パルチザンが守ってて、攻撃してるのが……」
『ちくしょう!なんだよこれは!』
メイ達が知らなかったこと、知れなかったこと。隠されていた世界。
凛斗が知っていたこと、知ってほしかったこと。生き抜いてきた世界。
『酷い……』
『……これが、やつらのやり方か』
地球の人間を見下し、格下と扱う人がいることはよく知っている。武装法務隊は特にそれが強いことも知っていた。
だが、こんな虐殺が行われていることまでは知らなかった。隠されていたから、という言い訳は通用しないということも、理解できてしまった。
「こんな、ことが、あったのに……でも……」
そう悩んでいるメイ、ミカエルへ向け、ルシファーが顔を向ける。
そしてルシファーに、凛斗に、睨まれたような気がした。
「っ……」
これがお前らが知らなかった現実だと、真実だと、言外に伝えるように。
『おいメイ、どうする?』
『どうするの?』
「えっと……もう戻ろう」
『……良いのか?いや……あそこに加わりたくもないが……』
「だって、任務は哨戒だし……戦え、なんて言われてないし……」
『でもさ、アレを止めに行ったりは……』
「私達は軍人、だから……勝手に動いちゃダメ、だから……」
『そうだけどよ……』
『メイちゃん……』
『……だが、そうするしかない、な』
だからこそ、ここでは何もできない。何かできるような覚悟は持っていない。
そのため、7人の鋼鉄の天使は悪魔に背を向け、戦場から離れるように飛び去っていく。
「ねえ、どうしたら良いの?リント……」
その中の1人。熾天使は悩みの中、答えの無い霧の中を彷徨いながら、答えを求めて足掻いていた。
・三笠型飛行戦艦
全長233m、全幅47m、全高38m
日本国防軍が使っていた飛行戦艦。現在は何隻かが日本系パルチザンによって運用されている。
日本各地に隠しドックがあり、短時間の潜水機能も付けられているため、大物だが帝国軍も総数を把握できていない。
武装
___75cm20口径3連装ビーム砲×6
___20cm10口径単装ビーム砲×6
___ミサイル発射管×48
___小型ミサイル発射管×72
___3連装対空ビーム砲×28
SAGA用装置
__発艦用リニアカタパルト×3
__着艦ハッチ×2
・松型飛行護衛艦
全長91m、全幅13.8m、全高14.4m
日本国防軍が使っていた飛行護衛艦。現在は相当数が日本系パルチザンによって運用されている。
迎撃能力が高く、SAGAでも沈めるには時間がかかり、被害も大きくなりやすい。
武装
___24cm15口径連装ビーム砲×3
___4連装ミサイルランチャー×4
___小型ミサイル発射管×36
___3連装対空ビーム砲×16
SAGA用装置
__緊急着艦ハッチ×1




