第26話「天は堕ちる」前編
「これって……」
『ありかよ……』
『酷い……』
『……ここまでやるのか』
昨晩、那覇基地が明けの明星によって壊滅させられた。
メイ達はその報せを聞かされた直後、先遣隊として物資等を満載したスパイダーに先行して基地へ赴き、復興作業に助力するよう命令された。
だが、現実は彼女達の予想を遥かに超えていた。
「と、とりあえず手伝うよ。向こうの指示に従って」
『でも……』
『これはキツイぜ……』
「とにかくやるの!」
地面に焼きついた黒い人影、瓦礫に染み込んだ赤い汚れ、真っ黒な人型炭化物。一部の火災は未だに収まらず、未だに炎を黒煙が見える。
それが起きた時からは半日以上経っているが、今なお地獄だ。初めて見た彼らは誰もが引いている。メイが意気込んでいるのも、空元気や現実逃避に近い。
もっとも7人とも、ハワイの時は事後処理に関われず、アラスカは話で聞いただけだった。そんな状態でこれを想像しろという方が無理かもしれないが。
『おい、そこの。見慣れない機体だが、味方だよな?』
「はい、クラブ級スパイダーの先遣隊として来ました。何からやれば良いですか?」
『向こうの瓦礫を片付けてくれ。下のシェルターと話ができん』
『おい、こっちもだ!SAGAがねぇと何も出来ねぇんだよ!』
『お願い!助けて!みんな下にいるの!』
「は、はい!えっと、私はここをやるから、みんなは2人ずつに分かれて。早くたくさんやろう」
『大丈夫?メイちゃん』
「大丈夫。大丈夫だから」
『それなら良いけど……無理はしちゃダメってこと、忘れないでよ』
「うん」
彼女達がまず依頼されたのは、埋められてしまったシェルターの発掘作業だった。この基地に残ったSAGAは無く、近隣の基地の機体も援軍に駆けつけた結果全て破壊され、というか近隣の基地も帰り際に攻撃を受けて半壊し、今の今まで取りかかれなかったらしい。
なお攻撃を受けた時点で、対SAGA戦では役に立てない歩兵や非戦闘員はシェルターへ逃げ込んでいる。機体が無くなってからは整備士達も駆け込んだ。
そして上の格納庫などが攻撃を受けた結果、入り口部分が瓦礫に埋まったシェルターは多かった。有線は切断され、シェルターの受信機が壊れて無線も通じず、中の状況が一切分からない。
そんな1つへ、ミカエルは誘導されつつ降りた。
「この中ですか?」
『そうだ。5mくらい下にシェルターの入り口がある。そこまでやってくれ』
『お願い!有線も無線も遮断されてて使えないの!』
「分かりました。じゃあ、離れてください」
『頼む』
瓦礫の山の端、そこにシェルターへの入り口があったらしい。
メイは山を崩さないよう慎重にミカエルの腕を動かしつつ、大きな瓦礫を1つずつ取り除いていく。
「あと1個……あっ、扉です!」
『よっしゃ!』
『でも、このっ、歪んで……やっちゃって!』
「え、でも、私じゃこれは……」
『おい!カッター持ってきたぞ!』
『どけどけ!怪我したくなかったら離れろ!』
見つかった扉は衝撃か何かにより歪んでいたため、専用のカッターで切断される。
扉を照らす太陽の日差しは期待の光に見えただろう。しかし……
『ヒッ、イヤァァァー⁉︎⁉︎』
『クソォ!』
当然ながら、助からない場合もある。このシェルターは天井に穴が開き、全てが焼けて消し飛んでいた。運悪く、高出力のビームが直撃したようだ。
格納庫を破壊するために攻撃を加えていたのだから、当然とも言えるが。
「こんなのって……」
『何で、何でなの……』
『チクショウ……!』
『次だ次!早くやるぞ!』
『そ、そうだ!おい、こっちだ!』
「は、はい!」
潰れたシェルターは1割も無い。全体で見れば生きている人の方が多いのだ。
しかし……それが慰めになることも無い。
『よし開いた!』
『こっちも!』
『メイ、そっちはどう?』
「こっちは……ううん、次」
『そっか……』
『……ここも同じだ。辛いな』
「うん……」
『よし次だ、やるぞ!』
『おう!』
『とりあえず、動くしかなくない?』
『そうだよね』
「そうだけど、何で……何でこんな風になっちゃったのかな」
また、メイとしては複雑だ。
あの日々が続けば良かった。そう思うことは多い。少なくとも、凛斗が隣にいてくれればメイは幸せだった。
だが現実では、その凛斗の手でこの破壊が行われた。理想が打ち砕かれていくようだった。
『あいつの言葉を借りるなら、正義が違うからじゃねぇか?』
「トラン?」
『リントならそう言うだろ。トランだけじゃない。俺もそう思う』
『……そうだな。あの言葉はそういう意味なんだろう』
「でも……」
『大丈夫だよ、メイちゃん。見捨てられたりしないから』
『だから、早く作業するよ。1秒でも早ければ助かるんだからさ』
『その方が良いでしょ?メイも』
「……うん」
そんな考えに浸る彼女だが、今は助けを求める人がいる。
こんな所で手を抜けるわけがなかった。
「キッツイよな」
「……ああ」
「大変だった、っていうのもあるけど……」
「全体だと生きてる人の方が多いって言われてもさ、アレは誰でも辛いでしょ」
「だな」
約4時間後。スパイダーが到着し、九州などの基地からも応援が駆けつけたことで、メイ達はようやく休息を取ることができた。
しかし、休めている気はしない。SAGAからは降りているが、周囲は瓦礫だらけだ。
そして、このがれきの下には死体が埋まっている可能性が高い。休めるわけがなかった。
「これが……戦争、なのかな」
「……だろうな」
「リント君が言ってたこと?」
「うん。まだよく分からないけど」
「ま、当然っちゃ当然だろ。オレら、1人も殺してねぇんだぜ」
「分かるわけがない、か」
「辛いよね、やっぱり」
「私、ね……」
そんな中、メイが呟く。
「私ね、引き金が重いんだ。いつもいつも重くて……でも、凛斗は変わってなくて……ずっと軽かったんだよ。凛斗にとって、引き金なんて」
「あいつ、躊躇ってないのか」
「躊躇えなかったんでしょ。多分、そんなことが出来なかったんじゃない?」
誰にとっても、引き金は重い。人の命を容易に奪えるものなのだから当然だ。
それを軽くする方法は……その感覚が擦り切れるほど、引き金を引き続けること。
「だから怒ってたの?」
「もしかしたら、リントも辛いのかも」
「うん。シアが言ってたけど、やっぱりリントも悩んでるんだと思う。何でかは分からないけど……」
「けどよ、何か言ってんじゃねぇか?」
「メイちゃん、何か知らない?」
「リントのことならメイが1番良く知ってるから、何か……」
「私だって分からないよ!聞いてないもん!」
彼らにとって、いつもの雑談のつもりだった。しかし、受け取った方は別だ。
突然怒り出したしたメイに6人は驚くも、当人は止まらない。
「リントが何も言わないから!何も言ってくれないから!何もできないんだよ!全部話してくれたら、私も役に立てるのに……!」
凛斗はヒントを出していた。しかし、重要なことは何も話していない。故に、根っこの部分が分からない。
そして、メイ自身も悩んでいる。どうしてこうなったのか、どうすれば良いのか、どうすれば良かったのか。
いつもなら別々にしている思考だが……こんな状況下に置かれ、感情が爆発してしまった。
「あ、ごめん……」
「い、いや……オレこそ悪りぃ」
「はぁ……それだったら、リントに会いに行ったら?しばらく軍を抜けても、どうにか出来なくはないし」
「ダメだよ。そんなことしたら父様にも母様にも、兄様にも怒られるもん……」
「メイちゃん……」
「先、行ってるね。ごめん」
そんな空気に耐えられなくなったのか、メイだけ先にミカエルに乗り、作業に戻っていった。
「……壊れてるのか」
「ちょっとアクト!」
「……事実だ。無視できない、な」
「まあ、な。メイのやつ、何であんなに家族に固執するんだ?仲は悪いんだろ?」
「分かんない。メイちゃんも言ってくれないから」
「リントと同じってこと?」
「え?」
「リントも家族のことはほとんど話してなかったよね?嘘も少しあったみたいだけど、話したがらないのは同じでしょ?」
「そうだっけ」
「リントの家族は死んでるからじゃねぇのか?」
「だからじゃない?」
「え?」
「……まさか」
「え、そうなの?」
「さあ?知ってるとしたらマイリアくらいでしょ」
「そうだけど……」
「結局、俺達は何も分からないままか」
「でも、多分直せるのは……」
「……リントだけ、だな」
周りではほとんど分からない。当人達も気づいていないかもしれない。
だがメイと凛斗には確かな繋がりが存在し、それが2人を傷つけているように感じられた。
だからこそ、彼らも悩んでいる。
「けどどうするよ。次リントと戦ったら、メイが壊れるぞ?」
「あたしだってどうにかしたいよ。けど、メイとリントにしか解決できないからさ」
「そう、だよね。どうしよう……」
「……手伝うくらいはできる」
「手伝う?」
そんな時、そう言いきったアクト。
戸惑う5人を気にかけつつも、彼は話を続けた。己の心のうちを語るために。
「……知っての通り、1年入院していたせいで、自分は1つ歳上だ……クラスでは浮いていた」
「だったな。あの時はすまねぇ」
「……もう良い……そんな時、間に入ってくれたのがメイだ。キッカケを作った……1回くらい、あいつのワガママに付き合ってやりたい」
それにクリスが続く。
「うん……ボクは飛び級だから、みんなより歳下で、友達になれなくて……可愛いって言ってくれたけど、それだけだったから……」
「クリス、お前は……」
「でも、メイちゃんはボクを見てくれて、友達になってくれたから。だから」
そしてシアも。
「あたしなんて、メイをからかってばっかりだったけど」
「シアちゃんは自業自得だよね?」
「黙ってて。でも、友達のままでいさせてくれたのは嬉しかったかな。前は見放されたからね」
トランも。
「オレはいわゆる不良ってやつだったからな。今まで、ずっと一匹狼だったぜ」
「あ、やっぱりか」
「けどよ、それから外れるキッカケはメイから貰っちまった。だからな、借りは返す。絶対だ」
ニーネも。
「私も、かな。メイにはたくさん助けられたし、貸し借りはゼロにしなきゃね」
「へえ、お前もあるのか。何だ?」
「そこは秘密。まあ、メイの方が酷い気もするけど」
レックスも……
「俺は特に何もない」
「おい!」
「だが、メイとリントを見捨てるつもりもない」
「……ああ」
「あいつらのことだ、俺達には何も変えられないだろう?だが、助けにはなれる」
とは行かなかったが、考えていることは全員同じだ。
「今後どうなるかは分からない。が、メイとリントの邪魔は誰にもさせない。それで良いな?」
「おう!」
「うん!」
「もちろん」
「ええ」
「……ああ」
凛斗とメイの間には誰も入ることができない。
どんな結末を迎えることになっても、自分達にできるのは支えることだけ。
だからこそ、2人の邪魔だけはさせない。そう誓った彼らは……
『みんな何やってるの?もう休憩終わりなんだから、早く来て。踏むよ?』
「「「「「「りょ、了解!」」」」」」
物理的に強い相手と争うような人間でもなかった。
『ほう、50機にも満たない敵に基地を落とされたのか』
「申し訳ありません」
『よい。関わっていないのだろう?お前の責任ではない』
「は、ありがとうございます」
『して、如何にする?』
「部隊配置からして、近い場所がよろしいかと。意味を分からせるためにも、その方が」
『ふむ、そうだな。お前に任せよう。命令を出しておけ』
「は!」
『そういえば、ルシファーと戦ったのだったな』
「はい。想定以上の戦闘能力でした。パイロットの腕も良いかと」
『そうか……負けるか?』
「アレらならば勝てます」
『ならば良し。では、頼むぞ』
「は!」
『……儘ならぬものだな』
「ふむ……」
「艦長?」
「いや、仕事とは関係ないよ。ただ、ちょっと気になる動きがあってね」
翌朝。艦長室での執務中に、バーグナー艦長は声を漏らした。
そして、それを不思議に思ったアルティス副長へ端末を見せる。
「パルチザンが?」
「そう、かなり活動が活発だ。レジスタンスも動いてるね。けど、同時に武装法務隊の鎮圧報告も多いんだよ」
「いつものことだと思いますが?」
「そう見えるだろうね、普通は」
「では?」
「何かあるよ、多分。けど、違和感しか感じられないってのに、動くわけにもいかないんだよねぇ……」
「それはそうでしょう。理由無く動いては軍が成り立ちません」
「理由、理由ねぇ……」
バーグナー艦長とて、帝国軍人だ。一部に若干の不信感を持つことはあるものの、全体としては帝国のために動く。
だからこそ、変な行動を取る気は無い。そして、それは彼女達にとっても都合が良かった。
「……行かせるか」
「艦長?」
「嬢ちゃん達を行かせるよ、哨戒にね。ま、何もかからないだろうけど」
「そうでしょう。むしろ、怪しい動きがある方がおかしいかと」
「盲信はいけないよ。反乱分子とか、可能性が無いわけじゃない」
「艦長が心配しすぎているだけでは?」
「それなら、その方が良いんだけれど……」
もっとも、それを当人達がどう受け取るかは分からない。
前に進むか後ろに下がるか、先が開けるか退路を断たれるか、それを知ることができるのはまだ先だった。
「ま、考えても仕方ないことだよ。じゃ、集めてくれないかい?」
「この部屋にですか?」
「そう。その方が都合は良さそうだからね」
「よく分かりませんが……了解しました」
運命の歯車は、今も回り続けている。




