第23話「ワン・オン・セブン」前編
「どうやら、帝国軍もようやく本格的な対策を立て始めたようだ」
蒼龍内部の会議室。そこで開かれている軍議にて、伯父貴の一言に各員が反応する。
「遅すぎだろ」
「今まで何してたんだか」
「寝てたんじゃない?」
「昼寝か?」
「ナマケモノかよ」
「静かにしろ。敵の行動が遅いことはありがたいが、由々しき事態に変わりはない」
しかし、各々(おのおの)が勝手に話していようと、伯父貴の一声で一気に静まった。この辺りはいつも通りといったところか。
だが、戦況もいつも通りとはいかなかった。
「残念ながらこの対策により、補給基地へ駐留する敵戦力が増加、警戒範囲も増えている。輸送艦隊も同様だ。本土のパルチザンは動きやすくなったそうだが、こちらはそうもいかん」
「うげ、何だよこの数……」
「変わりすぎ……」
「またこの結果、当初予定していた武装法務隊南房総物資集積基地襲撃作戦の難易度が大幅に上昇した。当基地へ向けて大規模輸送艦隊が航行中ということもあり、周辺警戒は非常に厳重だ。基地も艦隊も、正面から打ち倒すには戦力が足りない」
「ってことは……どこかから引っ張ってくるのか?」
「そうするべきだろうが、連れてこれる戦力がほとんど無い。だが……凛斗」
「え?」
「確か、ルシファーには高出力のビーコンが搭載されていたな」
ルシファーやミカエルは前線で大暴れしているが、本来この2機は試験機だ。予期せぬ故障で動かなくなる可能性はあり、その対策として高出力緊急ビーコンが搭載されていた。
このビーコンは非常に高出力かつ送れる情報量が多く、従来品では艦船用通信機に近い。ルシファーとミカエルのために新たに開発されたようなものだ。
もちろん、電気系統が完全に壊滅してしまっては使えないが、試験をするだけなら何の問題も無かっただろう。
「あるけど、アレは盗った時に停止させて、親爺さんが外したから……って、まさか」
「そのまさかだ。囮を用意し、そこに過剰な敵を引き寄せる」
「それには前提条件が……伯父貴はあのビーコンでどれだけ釣れると思う?」
「最低でも50機、予想通りなら周辺哨戒も含めて200機といったところだろう。補給基地か輸送艦隊からの引き抜きもあるはずだ」
「まあ確かに。けど多分……エンジェルシリーズが先に来る」
「なんだと?いや、確かに……」
「今まで、デーモンシリーズの相手は全てエンジェルシリーズがやっていた。性能差も考えた結果だろうけど、今回もその可能性は高いと思う。それに、エンジェルシリーズは足が速いから、先行させる可能性は十分ある」
「そうか……凛斗、どうだ?」
エンジェルシリーズについて、この中では凛斗が最も詳しい。パイロットについても、ほぼ特定できているほどだ。
だからこそ、厄介なのも知っている。それでいて、凛斗は自身を持っていた。
「俺ならやれる。伯父貴、良いか?」
「そうか、なら任せる。凛斗ならやり切れるだろう」
「もちろん。成功させて戻ってくるだけだ」
「待った待った待った!他にも分かるように話せよ!」
「あ、ごめん。兄貴なら分かると思ったんだけど……」
「俺はな。ただし」
「分かっている。代わりに言っただけだろう」
主語や補語が抜けすぎて、当事者以外には分からなくなる。
日本語の悪い点だ。
「まず、ルシファーから取り外されているビーコンを使う。パワーパックに繋げば半日は動くはずだ。それを用い、敵をおびき寄せる。場所は小笠原諸島が良いだろう」
「置くだけ?」
「いや、足止めも必要だ。凛斗の予想通りであれば、エンジェルシリーズが先行する。やつらが状況を把握すれば、作戦の意味が無い」
「なるほど……」
作戦自体は合理的、かつ効率的だ。無駄は無く、確実性も高い。
しかし……
「そして、その足止めの任だが……」
「俺がやる。ルシファーがいると分かったら、敵がさらに多くの機体を送り込む可能性だって高い。その方が効率的だろ?」
「え?」
「まあ、確かに……」
「ダメだよ!」
心情的に嫌なものはある。
特に未成年組にとって、凛斗はかけがえのない親友だ。一見自殺にしか見えない作戦に参加してほしくない。
「凛斗1人だけはダメだよ。わたしも行く!」
「そうです。負担が大きすぎますから」
「せめて7人で……」
「いや、ダメだ」
もっとも、当人の心情が同じとも限らないのだが。
「デーモンシリーズの火力はコクロウより上だ。基地や輸送艦隊にこそ必要になる。伯父貴、両方攻めるのもできるよな?」
「無理をすることにはなるが、可能だ」
「それに、抑えるだけならルシファー1機の方が効率も良い。良いな、繭」
「けど……」
「無理はしないし、絶対に戻ってくる。俺が約束を破ったことは無いだろ?だから、安心して待ってろ」
「うん……分かった」
未成年組の間で合意が成立し、大人達も安堵の表情を浮かべる。
自分の弟妹、もしくは息子娘のような子ども達だ。彼らの間のやり取りには、どうしても注目が集まる。いつものことだった。
また、これで大まかな通達は終了したため、次は作戦の詳細を詰めることとなる。
「さて、凛斗が敵戦力を引きつけている間に、こちらは補給基地および輸送艦隊への攻撃を行う。優先順位は補給基地、輸送艦隊、哨戒部隊、その他敵戦力の順だ。しかし、残存戦力も多い可能性が高い。十分に注意しろ」
「伯父貴、発艦位置は?」
「ここ、基地から東へ500kmの位置だ。輸送艦隊の予想航路からは300km離れている。作戦開始時間は……凛斗から連絡が来た時で良いだろう」
「了解。じゃあ、配置もこっちで決めておくか。な、兄貴」
「だな。伯父貴、良いか?」
「ああ、任せる」
目標、時間、作戦。
この場で決められることは全て決まり、後は実行を残すのみ。
「作戦開始は18時間後、それまでに機体を万全にしておけ」
「「「「了解!」」」」
本当に細かいことはパイロット同士で話し合うということで、凛斗の役目はひとまず終わりだ。
なのでルシファーの進捗を聞きに、凛斗は格納庫へ向かった、のだが……
「凛斗」
「繭、ついて来たいのか?」
「ううん、もう諦めたよ。だって凛斗、行きたいなんて言ったら縛り付けてでも止めるよね?」
「流石に縛ったりはしないけどな。まあ、分かってくれたならそれで良い」
「でも……誰も納得してないってこと、忘れないで」
「分かった分かった。絶対に戻るからな」
その言葉に納得した繭と別れ、凛斗は格納庫への扉を抜けた。
そこから見えるルシファーにはいくつもの整備用機器が取り付けられており、珍しく複数人の整備兵が作業していた。
「親爺さん」
「おう、凛斗。大役だってな、頑張れよ」
「ありがと。で、関節部の換装は?」
「もう少しで終わるはずだぞ。一応、今までの1割増しにはできたけどなぁ……」
「俺が本気でやると追従できるか分からない、って感じか……それ以上のは?」
「新型試験機用のを回す予定はある。そっちなら5割増しを見込めるんだが……凛斗、止めるつもりは」
「無い。というか、それが無いと俺が負けるし」
「ま、仕方ねぇなぁ。無茶だけはすんなよ」
「注意しとく」
親爺さんとそんな話をしつつ、凛斗は端末にルシファーの状態を表示させる。
大きな変更点は駆動部のみ、他はほとんど変わらない。エネルギーケーブルの信頼性を上げ、サブスラスターの限界圧力が少し増やした程度だ。
「まあ、これなら明日使えるか……親爺さん、最終調整っていつやる?」
「このままだと、まあ2時間ってとこか。その後ならいつでもできるぞ」
「なら、チューニングもその時にやるとして、それまで時間を潰すには……射撃場にでも行くか」
「忘れるんじゃないぞ」
「分かってる」
蒼龍艦内にある射撃場は防音のため、少し複雑だ。
まず特殊な防音措置を施された2つの扉をくぐると、銃などの備品が置かれた部屋がある。そしてその奥にもう1つの扉があり、その先が射撃場だ。
凛斗は拳銃2つをホルスターに入れ、9mm弾のマガジンをいくつかポケットに込めると、イヤーマフを耳にかけてから3つ目の扉を開くと、射撃音が聞こえた。
「智子か」
「あっ、凛斗……使う?」
「隣をな。智子は練習か?」
「うん……その、ちょっと考えたくて……」
「考え事があるから狙撃なんて智子らしいな」
「えっ……駄目、かな?」
「いや、それで良い。智子らしいだろ?」
「うん……あ、ありがと」
中にいたのは智子で、彼女は光学スコープと二脚を取り付けた三六式16mm自動小銃長銃身タイプを持っている。
どうやら、狙撃練習を繰り返していたようだ。的は100m程度しか離れていないが、非常に小さい。距離は短いが、ある程度は使える。
狙撃に長けた彼女はアスモデウスのパイロットに選ばれており、明日の作戦にも参加する。あの機体は特殊な狙撃を行うが、彼女は訓練で既に使いこなしていた。
「で、アスモデウスの方はどうだ?使えるか?」
「大丈夫、だけど……凛斗、は?」
「ルシファーも問題無い。駆動系の交換ももう少しで終わるし、性能も上がる。親爺さんは1割上がるって言ってたな」
話をしつつも、動きは止めない。凛斗は9mm拳銃2丁を手に取り、30m程先に設置された的へ射撃を始めた。
ちなみに、的の動きは高等士官学校の時より激しい。
「それだけで、良いの?」
「何が?」
「足りない、よね?」
「まあ、正直に言えばまだ足りない。新型機用が5割らしいから、早くそっちに変えてほしいかな」
「そう、なんだ……大丈夫?」
「さっきも言っただろ。問題無い。本気でやったらイエローになるかもしれない程度だ」
「それ、大丈夫、なの?」
「だから、問題は無い」
問題大有りのような気がするが……凛斗は気にしていなかった。というより、からかうためにワザと言っているだけのようだ。
ちなみに、2人の射撃は今も続いている。凛斗の射撃は正確で、全ての弾が2cmの円の中に入っていた。
しかし、智子はそれ以上だ。的の動きは凛斗より遅いとはいえ、着弾痕は1mmの狂いもない真円を描いており、1発たりともそこから外れていないことを示している。
「流石……本当に凄いな」
「そう、かな?」
「ああ。特技の1つなんだぞ?自信を持て」
「うん……難しい、けど」
「そこも相変わらずだな。まあ、昔からか」
ただ、智子は人見知りが激しく、慣れ親しんだ人相手でも若干の挙動不審が残っている。
彼女は努力して、初対面の相手とも多少は話せるようになったが……本人としては、まだまだ足りないと思っているそうだ。
と、そんなことをしているうちに、凛斗が持つ拳銃は両方とも、ストックが下がったままになった。替えのマガジンはもう無い。
「っと、弾切れだな」
「そうなんだ……その、続ける?」
「いや、これで終わりにしとく。智子は?」
「まだ……繭ちゃん、来る?」
「それは知らないな。何かあるのか?」
「えっと、ね。相談……繭ちゃんの、だけど」
「なるほど」
凛斗は智子の射撃を見つつ、射撃台の上を片付けると、空薬莢をまとめて専用の箱に放り込む。
さらに拳銃を分解し、簡単に清掃。組み立てた後に挙動を一通り調べ、ホルスターに収めた。
「じゃあ智子、明日は頼む」
「う、うん……頑張る。凛斗も……頑張って」
「俺が帰る前に終わらせろよ。数が多いから、大変だろうけど」
「そっちの方が、大変……だよね?」
「いや、そんなに大変じゃない。たったの7機だぞ?」
「そ、そうなんだ……」
智子が若干引いているような気もしなくもないが……凛斗は本気でそう思っていた。
メイ1人ではなく、あの7人が相手であれば、勝ちの目はいくらでもある、と。
「ゴラ凛斗!機体ぶっ壊す気か!!」
「いや、これくらいないと対抗できないし……だから5割増しの方が欲しいんだよ」
「ったく、壊したら承知しねぇぞ」
他人ではまともに歩かせられないような機体を使って、だが。
「全員揃ったね」
「はい、艦長。でも、急にどうしたんですか?」
翌日、スパイダーの艦長室。そこにメイ達7人は集められていた。
他にはアルティス副長しかいないが、目の前の空気は明らかに異質だった。まるで何か不都合なことでも起きたのかと、メイ達は感じる。
「さてと、とりあえず機体のことでも聞いておこうかね。どうだい?」
「問題ありません。だよね?」
「良い感じだよな?」
「……ああ、使える」
「毎日乗ってるもんね」
「問題無く戦えるくらいには慣れてきたと思います」
「そうかい。それなら、言っても大丈夫かね」
そう言ってバーグナー艦長は端末を取り出すと、メイ達に見えるように置いた。
そこにはとある情報が書かれており、定期的に更新されている。書いてある数字は緯度と経度のようだ。
「ルシファーには固有の発信機、高出力緊急ビーコンが取り付けられていたのは知ってるかい?」
「はい。ミカエルと同じ物が乗せてあったと聞いています」
「ま、相手はそれを使う馬鹿じゃないから、忘れても仕方ないんだろうけど……実はね、その反応がいきなり出たんだよ。つい30分前にね」
「え⁉︎」
その意味をすぐに理解したメイは、凛斗の意図にまで考えが及ぶ。
いくつか考えられたが、最も可能性が高いものは……
「それって……」
「ルシファーがそこにいる、って考えた方が良いだろうね。もしかしたら他の機体も。上は200機、もしくは300機を送り込む計画を立ててるよ」
「200機って……」
「多くないか?」
「多すぎない?」
「かなり多い。だが、ルシファーなどの戦力評価から考えれば妥当だろう。では艦長」
「それで、これからが本題だ。上は本隊を送る前に偵察をしたいようでね。で、どうやらエンジェルシリーズに白羽の矢を立てたらしい。どうだい?行くかい?話は管轄違いの所から来てるから、断ったって何の問題も無いよ」
スパイダーの所属は未だ完全編成が成っていない特務軍団であり、帝国軍極東司令部の指揮系統とは直結していない。
だが、そんなことで止まるメイ達ではなかった。要望が来ているのであれば、行かない理由は無いのだから。
「行きます。行かせてください」
「良いのかい?確実に罠だよ?」
「普通の機体だとやられるだけです。でも、エンジェルシリーズなら勝ち目があります。それに、私達なら最悪の場合でも離脱はできます」
「だよな。つーか、行かねぇなんて選択肢はねぇ」
「行かないとダメなんじゃない?一応、担当みたいなものなんだし?」
「そうかい……若いってのは良いねぇ。んじゃ、出撃だよ。偵察は他の基地からも出すそうだけど、エンジェルシリーズが1番速いからね。30分以内に支度しな」
「了解!」
そう答えると、7人は格納庫へ向けて駆け出した。
待ち受けるのが誰か、その顔を脳裏に浮かべながら。




