第21話「金星の休日」後編
「ここだな」
「凛斗、あれじゃない?」
東京の街の一角、指定された場所にたどり着いた2人。
そこで端末を確認した後、近くに停められているバンに乗り込んだ。
「よ、来たか」
「はい、いつもの装備よ」
「ありがと」
「全部揃って……るな、良し」
乗員とそんな挨拶を交わしつつ、凛斗と繭はカービンライフルと弾倉5つを受け取る。
三二式5.56mm自動小銃、日本国防軍時代から使用されている歩兵用小銃の1つだ。|バトルライフル《三六式16mm自動小銃》と異なり対装甲性は低いが、200m以内における対人能力は非常に高い。また小型なため、日本国防軍特殊部隊や市街地戦部隊に愛用されていた。
形は昔のP-90と呼ばれる個人防衛火器に近く、銃床部に弾倉があるブルパップ方式だ。ケースレス弾薬という特徴も合わさり、装弾数は100発を誇る。
弾速は超音速だがインテグラルタイプのサプレッサーにより、カービンライフルとしては破格の静音性を持っている。
現在も日本系パルチザンが使用する逸品の1つである。
「それで状況は?」
『いつも通りですよ。テロリストが郊外に爆弾を運び込み、テロを企てている。計画では明日実行のようです』
「なるほど。じゃあメガネさん、連中の武器は?」
『そちらもいつもと同じです。正直、それでは過剰火力ではありませんか?』
「容赦なんていらないでしょ」
さらに、三二式と予備弾倉4つに加えて9mm拳銃2丁、アーミーナイフ2振り、グレネードを6つ、ボディーアーマーや各所のプロテクター、身元隠蔽兼情報機器のバイザーと防弾防刃マントも受け取った。
これで明けの明星特殊戦闘員、日本国防軍諜報部特殊戦闘員を源流に持つ歩兵が完成する。戦闘スーツと三六式を扱う軍特殊部隊系列の歩兵とは異なり、市街地戦向けの装備だ。
『うんうん、良い感じですね』
「そりゃ当然」
「何年もやってるし」
『そんなものだろ。ああ凛斗、繭、この作戦の総指揮は俺が執る』
「兄貴が?何でまた」
『暇なんだよ、こっちは』
「買い物に忙殺される身を考えてほしいんだけど」
『そんなこと知るか』
「頼んだ張本人が……あ、そうだメガネさん、アレは?」
『戻ってきてからです。良いですね?』
「了解」
しかし、全て順調というわけではない。
軽口の言い合いが出来る程度には余裕があり、そうしなければ戦えない程度には追い詰められている。
戦術的な優勢を確保できても、戦略的には大きく劣っている現状だ。心にある程度の余裕を持たせなければ、戦士も組織も潰れてしまう。
「着いたぞ、凛斗、繭。ここからは歩いてけ」
「了解。兄貴、メガネさん、作戦はこっちに?」
『そうなるな。行けるか?』
「当然」
『では、いつものように任せます』
「凛斗、行こ」
「ああ」
凛斗と繭は郊外の倉庫街でバンを降り、目的地へ向かう。
周囲はすっかり暗くなっており、街灯もほぼ無く、バイザーの暗視装置が無ければ何もできないほどだ。
しかしそれも慣れたもの、2人は軽く打ち合わせをしつつ、バイザーに表示された情報を頼りに歩いていく。
「繭、俺が前に出る。援護頼む」
「わたしが前じゃなくて?」
「時間稼ぎなら俺の方が向いてるだろ?それに、敵の数は多そうだ」
「そうだけど……でも、先導はやって良い?途中まででいいから」
「分かった分かった。なら、道中は任せる」
「了解」
そうあうわけで、繭が前、凛斗が後ろというフォーメーションで警戒しつつ進む。
まあ、途中にある監視カメラはハッキング済みなので、そこまで張り詰めなくても良いのだが。
「それにしても……」
「ん?」
「よくやるよね、あいつら。こんなことしたって逆なのに」
「下っ端は知らないからな。そして上は連中の犬。口で言ったところで聞く耳が無いんだよ」
「でも、だからって……!」
「待った、見張りだ」
視線の先には私服にサブマシンガンを持った男が2人、テロリストが配置した見張りだろう。
位置的には厄介だが……やる気は低そうだ。
「ふぁ〜あ……」
「おい、真面目にやれよ」
「けどよ、これ意味あんのか?あとは置いてくるだけなんだろ?」
「……」
「おい、なんで黙っ……」
そのため、対処は容易だ。
同僚から声がしなくなり、振り返った男が最後に見たもの。それは同僚の喉に刺さったナイフ、そして自分の心臓に突き立てられたナイフ。
彼らは残念ながら、下手人の行動を妨害することは出来なかった。
「ナイス」
「凛斗こそ。やっぱり上手いね」
「繭、こいつらに文句を言っても無駄だ。だから手を出せ。馬鹿な犬には躾がいるだろ?」
「そうかな。でも、酷くない?」
「いいや、正当だ」
凛斗は投げたナイフを回収し、繭は血に塗れたナイフを見張りの服で拭う。凛斗と繭にとって、この程度は朝飯前だ。
その後も何度か見張りを始末し、ようやく到着した。
「ここだな」
「だね。時間は?」
「残り3分。先に行くか?」
「ダメでしょ。それより見張り」
「こっちから見えるのは……1人が3つ、2人組が1つだな。全部狙撃組が片付ける予定らしい」
「なら、今は場所確保か」
「そうだね。このまま待つ?」
「ああ。時間までは……もう少しか」
「うん」
2人の視線の先にあるのは非常に大きな倉庫で、SAGAなら10機程度は隠せそうだ。メガネさんの予想でも、50人以上が詰めているらしい。
流石に、そんな場所に2人だけで突入するのは非効率だ。三二式を構え、時間を待つ。
「5、4、3、2……」
「Go!」
それと同時に狙撃が実行され、見張りは全員が凶弾に倒れた。
それを見届けつつ、凛斗が先に突入、繭はその後ろから援護できるように位置を変えながら引き金を引く。
なお、この2人は囮であり、メインは反対側から突入する10人ほどのグループだ。流石に2人で50人以上を相手にさせるほど、明けの明星は鬼畜ではない。
しかし……凛斗だけで殲滅できないとは言っていない。
「何だ⁉︎」
「ぎゃっ!」
「敵襲!敵襲!」
「ぎっ⁉︎」
凛斗が目視で確認した敵の数は約40。気配も同数で、中央には爆弾を入れたと思わしきコンテナが存在する。障害物は他にもあるが、幸いなことに全員に視線が通る。別の部屋にいる敵までは分からなくとも、今はこれで十分だ。
まずは固まっている相手へ一連射、5人ほどを撃ち殺した。それを見た何人かは武器を取り落としたりしたが、テロリストの大半は凛斗へ殺気を盛大に向けている。
敵意には敵意を返す。善意にも敵意を返す。そういう連中なのだから。
「撃ち殺せ!」
「反撃しろ!」
テロリストの武装は古い型のアサルトライフルやサブマシンガンであり、三二式と撃ち合えるものではない。
なおかつ訓練を受けていない連中の射撃は不正確で、見当外れの場所を狙っている者も多い。
だが、数は力だ。並の人ではすぐに蜂の巣となるだろう。
「遅い!」
しかし、当たらない。1発足りとも、当たることがない。
「当たらねぇ!」
「何だこいつ!」
「この、ぎゃっ⁉︎」
凛斗は姿を晒して走っているだけではない。銃口を注視し、殺気を探り、当たらない位置を確保することで実現させている。
SAGAパイロットとして鍛えられた感覚も使用した、高度な戦闘技術だ。
「繭、どうだ?」
『全員凛斗の方向いてるよ。爆弾は真ん中のコンテナ、技術者は3人かな?』
「了解。端から片付けるぞ」
また、繭はそんな凛斗と障害物の陰に隠れ、戦況観察を行っていた。普段は繭も近接戦闘を行ったりするが、今回はしない。爆弾対処のためだ。
繭は索敵を優先したことで、リモコンを持つ敵全員の位置を把握している。いざとなれば狙撃で仕留めるつもりだ。
しかし、今は凛斗が作り出した混乱のおかげで、誰もリモコンを押そうとしていない。
「こいつはや、がっ!」
「なっ、消えっ、ぎぁあ⁉︎」
凛斗は遮蔽物の陰で方向転換し、視覚から完全に外れる。ついでにグレネードを投げ、何人か吹き飛ばす。
そして銃弾が流れていったのを確認する前に飛び出し、目標を見失った敵を撃ち殺していった。
「何だよ!何なんだよ!」
「ひっ、俺は逃げ、がっ!」
「ぎゃあ!」
「ちくしょう!こいつ!」
「角へ追い込め!」
さらに、障害物も利用した三角飛びで銃弾を避け、さらに敵の背後を取ると……
「嘘だろ……」
そして敵へ鉛玉を叩き込んだ。
しかし、そこで連射は止まる。
「ちっ」
「今だ!やれ!」
「リロードだ!撃ちころ、ぎっ⁉︎」
「舐めるな!」
弾が切れても焦らず拳銃を抜き、三連射で3人を撃ち倒した。
そして三二式の空弾倉を外すと背中から次のものを取り出して固定、チャージングハンドルを引いて初弾を装填する。
「突入は!」
『もうやってる、壁の向こう』
「にしては遅いな……」
『予想より障害物が多いんだって。表はしっかり守ってたみたい』
「ちっ」
ある意味、ここだけはメガネさんや伯父貴の予想を超えたと言える。もちろん、悪い意味だが。
偏りがあるのは軍事訓練を受けていない者達の共通点だ。そして弱く、思い切りだけが良いのも。
「こいつ!」
「甘い!」
「ぎゃあ⁉︎」
隙を見つけたつもりなのか、横からナイフが振るわれた。しかし凛斗は肘を折って落とさせ、心臓に銃弾を放つ。
さらにそのナイフを足の甲に乗せるとそのまま蹴り飛ばし、別の男の目に叩き込んだ。
「目が、目がぁー⁉︎」
「うるさい黙れ」
そして拳銃でトドメを刺す。
残りは20人と半減し、さらに8割以上の腰が引けているが、凛斗が容赦する理由は無かった。
裏切り者を生かす必要は無いのだから。
「た、たった1人で……どこのどいつだ、お前は!」
「お前達にそれを言う必要があるか?」
「帝国か?帝国だな!ちくしょう!」
「黙れ」
凛斗も慣れたもので、敵の言葉に惑わされることはない。しかし、憐れむことは多い。
そもそも、彼らの言葉は本心だ。ただ、何のために動いているのかを知らないだけで。
「こうなったらこいつで……」
「繭!」
『了解!』
そんな連中だが、害を成そうとするのであれは全て排除される。
爆弾のリモコンを押そうとした敵は繭の狙撃で倒れ、他にリモコンを持っていた者達も次々と撃たれ倒れる。それを見て、ようやく現実を悟ったのか、テロリスト達は次々と戦意を失っていった。
ほぼ同時に、正面から攻め込んだ部隊が突入してきたが、もう終わった後だ。
「ひっ⁉︎」
「なっ……」
「あ……」
「やっと静かになったな。で、お前達の目的は?」
「んなこと言うわけ、ぎゃっ!」
「次。お前達の目的は?」
「ひっ、て、帝国人を殺すんだよ。それ以外にあるか⁉︎」
「そうか、じゃあ死ね」
「がっ!」
しかし、今の凛斗に容赦は存在しない。
質問に答えようが答えまいが関係なく、1人ずつ処分していく。
「さて、この爆弾はどこで爆発させる計画だった?」
「誰がお前なんかに……!」
「質問に答えろ」
「ぎゃああぁぁぁぁー⁉︎」
ただ、最後の1人をすぐに殺すことは出来ないため、まず右太ももを撃ち抜いた。
とはいえ遠慮することなく、神経も動脈も傷つける場所だ。
「もう1度聞く。どこに仕掛けるつもりだった?」
「ひっ、ひぃ……」
「言え。次は左だ」
「博物館だ!博物館に仕掛ける計画だった!」
「なるほど、馬鹿だな」
「は?」
「そんな所に帝国人が寄り付くわけないだろ。この裏切り者が」
そして最後の銃弾を放つと、倉庫の中は静かになった。
「凛斗、良いの?」
「ああ。こんな裏切り者達を生かしておく意味なんて無いからな」
「そうじゃなくて、肩の方。少し当たってたでしょ?」
「あ、そっちか。でも、マント越しだ。大丈夫、大したことない」
「本当に?」
「本当だ」
「凛斗、ちょっと来なさい」
「了解」
実際、局所的に内出血ができた程度だ。直撃を避けるために仕方なく当たった時の怪我であり、凛斗はほとんど気にしていない。繭は違うだろうが。
そして、気にしない人間は他にもいる。凛斗はメガネさん配下の諜報系特殊部隊、正面を攻めていた部隊のリーダーに呼ばれた。
「ごめん、俺達だけで終わらせて」
「良いよ良いよ。むしろこっちが楽できたし」
「ちょ……まあ良いや。こいつらと爆弾は?」
「テロリストどもは焼却処分ね。流石に、この数は運び出せないわ。それと、爆弾はこっちで回収するから」
「任せます。一応、本業じゃないので」
「そこまで戦えてどこが本業じゃないんだか」
「そう言われても、っ⁉︎」
「なっ⁉︎」
「これって……!」
「総員退避!」
彼らの耳に聴こえてきたのは、独特の推進音。
「SAGAが来る。バラバラに逃げろ!」
「逃走ルートB16、行きなさい!」
闇夜の空を見上げた先、凛斗が見つけたその影は……
「まったく。優しいな、いつも」
最も良く、ある意味で 最も悪い相手だった。
「ここ?」
『そう。その倉庫の南側らしいよ』
『……本当にここか?』
「行ってみるしかないよね?本当だったら大変だもん。それに、捜査権も貰ったし」
『ハイシェルト家の権力ゴリ押しだろうが』
テロリストが爆弾テロを企んでいるという情報を聞き、ミカエルで飛んできたメイ。なお、情報源は日本について調べるために使っていた、ハイシェルト家独自の情報網だったりする。
また、ハイシェルト家の権利を使ってまで捜査権を分捕ってきたため、軍務違反ではない。権利を分捕るところが違反なのかもしれないが。
こういう時、メイは権力を使うことに躊躇がない。
「あれ?」
『どうしたの?』
「音がしない……中に誰もいないの?」
『音がしない?』
『ハズレか?』
「分かんない、けど……」
『けど?』
「行ってみるね」
『っておい!』
『……まあ、大丈夫だろうが』
とはいえ、それにも限度はある。ここがパルチザンの拠点であれば、メイが何と言おうと100機単位の護衛がいただろう。そんな場所への許可は出ない。
しかし、その倉庫にいるのはレジスタンス、SAGAを持たない貧弱な相手だ。爆弾とはいえ、生身で運べるようなものに傷つけられたりはしない。
それよりも……
「これって……」
『銃撃戦の後、か……?』
『それにしては変じゃない?』
『仲間割れ?』
「分かんない」
ミカエルが無理矢理こじ開けた屋根の下、そこには大量の私服を着た死体が広がっているのみだった。
生き残りのテロリストはいないようで、爆弾が入っていると思わしきコンテナは残ったまだ。
「あ、爆弾ってこれかな?」
『……恐らくは。持ち帰るか?』
「それより、海の上で爆発させた方が良いよね?爆弾処理とか面倒だし」
『どうだろ。証拠が欲しいかもしれないけど?』
『こっちで言っとくか。その方が良いだろ』
「じゃあお願い、って、あれ?」
『どうしたの?』
「今、誰かが……あ」
そんな惨状を見渡す中、メイが他の倉庫の近くに人影を見たのと同時に、ミカエルへレーザー通信が送られてきた。
そこに含まれていたのは、わずか4単語の短い文。
「爆弾は任せる、ルシファーより……って」
慌てて周囲を探したメイは、走り去る黒い人影を見つける。
「もう……いるんだったら言ってくれればいいのに」
理解と安堵、その2つが混ざった表情で、メイはそれを見送った。
「これでよし、と。兄貴、爆弾はミカエルが回収した。こっちはもう撤退する」
『了解だ。で、いつこっちに戻ってくるかは分かってるか?』
「明日の夕方だよな。船に乗るのは昼、ドッキングは16:00から。ちなみにそっちは?」
『変わり無しだ。哨戒部隊には見つかっていないし、特に動いてもいない。ただ、蒼龍にはアスモデウスが搬入されたぞ。これで揃ったな』
「智子の分が?へえ、調整終わったのか。ちなみに様子は?」
『上手く使ってるぞ。すぐに実戦投入できるくらいで、伯父貴のお墨付きだ。それより凛斗、お前、大丈夫か?』
「兄貴?」
『何か悩んでるんだろ?いつでも相談に乗るぞ』
「うっ……ごめん、内容は言えない。けど、ありがとう」
『そうか……だが、必要なら言えよ』
「了解」
通信を切ると、凛斗は遠目にミカエルを仰ぎ見て、溜息を吐く。処理は帝国軍、というよりメイに任せることになるが、この状況では仕方ないだろう。
それよりも、だ。
「まったく……俺もダメだな。片方を貫ければ良いのに」
心配されて悪い気はしない。だが、騙しているような状況が心苦しいのは変わらない。
そしてメイについても同様だ。
「けどまあ、それが俺か」
とはいえ、諦めることだけはしない。
凛斗はそういう男だった。




