第21話「金星の休日」前編
「やあ、羽場さん。予定通りの到着、何より何より」
「こういうご時世なんでね。遅れたら何があるか分からんもんで」
「違いない」
昔と変わらず、交易港として栄えている東京湾エリア。今は全体が基地で覆われているが、所々に民間専用のエリアがある。
そんな港の1つに入港した1隻の船。その近くで顔を合わせて話をするのは、船長と港湾管理員だ。
そして、その近くには荷降ろしの作業を進める船員、および10代の男女がいる。
「許可証は……問題無し、と。ちなみにあっちの2人は?」
「知り合いの息子娘ですよ。あいつらの分の許可証もあるでしょう?ウチの船で働きたいって言うんで、見習いがてら乗せとるんです。娘っ子の方はギリギリですけど、義務教育も終わっとります」
「なるほど。将来有望なことで何より。勤務時間も問題無いな」
「おじさん、もう良いですか?」
「もうちっと待っとれ」
「そうだぞ。そんなに慌てるな」
「はいはい」
「いいや、荷物の搬入に関わらないんだったらこれで終わりだ。そっちの2人は街に行っても良いぞ」
「お気遣いありがとうございます。じゃあ行くか」
「うん、お兄ちゃん」
既に私服に着替えていた若い男女はその言葉を聞くと、すぐに港の外へ駆け出していった。
そうして港を出ると、すぐに顔つきを変える。
「まずは中心街に行くぞ。いつまでも港の近くにいるのはマズい」
「了解。でも、そこまで警戒する?」
「ああ。俺は一応、死んだことになってるんだからな?」
「あ、そっか」
若い男女の正体、それは凛斗と繭だ。2人は蒼龍から旧月型補給艦の文月に乗り換え、名前を偽って東京湾から上陸した。各種書類は文月に乗っていた同年代のサポート要員のものを使っている。
ちなみに、凛斗が東京に来た意味は特に無い。伯父貴は他にも考えているようだが、主な目的は凛斗を久しぶりに日本へ行かせるためだそうだ。
そして、案内役兼女性用品購入役として繭も付けられた。他の意図もあるようだが。
「買い物は……多い。流石に2人でこれは無理じゃないか?」
「え、出来るよ?宅配使えばいいから」
「それ、メガネさんの負担が大きいよな?」
「船に運べば?」
「……そうだった」
そんな会話をしつつバスに乗り、中心街方面へ向かう2人。その雰囲気は明るく、誰もパルチザンの一員とは思わないだろう。
しかし、ここは帝国に占領された場所だ。街中には日本人だけでなく、帝国人の姿も多い。そして、それに過剰反応を起こす人間が約1名。
「あいつら……!」
「落ち着け。あいつらに八つ当たりしても意味なんて無い。それより、任されたことをやるぞ。良いか?」
「だけど……」
「買ってこなかったら姉御が怒……」
「それはやだ」
そんなやり取りを終えた2人は百貨店の中に入り、買い物を始める。凛斗は端末にメモを表示させ、物を買っては船への配送を頼んでいった。
要望は本や雑貨、嗜好品など、明けの明星の補給線では手に入る機会が少ないものが大半を占めている。流石に酒は買えないが。
また、繭の方は女性陣から頼まれた化粧品やトリートメントなどを買っている。繭は何やら細かいところを確認しているが、凛斗にはよく分からなかった。
「ねえ凛斗、そっちは?」
「だいたい終わった。あとは……これだけだな」
「じゃあ、同じところ?」
「らしい……そうだ。繭、服はいいのか?」
「え?」
「姉御に言われてるんだよ。ずっと買ってないんだろ?」
「じゃあ……買う」
繭は恥ずかしそうだったが、凛斗はゴリ押した。実行しなかった場合が恐ろしいとも言う。
ちなみに、凛斗の方に緊張は見られない。メイに付き合わされて慣れただけとも言うが。
「どうしよう……」
「これとかどうだ?さっき勧められたやつ。似合うんじゃないか?」
「え、でもあれは……」
「ああいうのもよく着てるよな?それに軍資金は山ほど貰ってるから、値段は気にしなくて良いし」
「……うん」
そして、慣れていない繭は緊張していた。
まあ、こういうことは嫌いではないため、すぐに慣れたが。
「えっと、どう?」
「やっぱり似合ってる。良いな、それ。どうする?」
「買うよ。けど……」
「けど?」
「……何でもない。次のも着るね」
「ああ……?」
繭はメイと違い、体つきも顔も幼い。そのため勧められた服も可愛い系のものが多く、当人もそういったものが好きだった。
そういったものを何十回も試着し、3つほど購入した後、話題は凛斗の方に移る。
「これで良いかな……凛斗の服は?」
「あー……いくつか買うか。ちょうど、良いのもありそうだし」
「じゃあわたしが選ぶよ。良いかな?」
「任せる。というより、やりたいんだよな?」
「うん!」
そういうわけで、繭は戦闘前以上に意気込んでいた。やってみたかったのだろう。
ただし……悩む時間が非常に長い。
「どっちが良いかな……」
「両方着れば良いだろ。時間はあるし」
「ダメ!1番良いのを着てほしいの!」
「ったく。なら、好きなだけやれ」
「えっと……あ、でもこっちも……」
こう言われても変わることなく……さらに15分ほど悩んでいた。
「うん、決めた!」
「結構かかったな。で、どれだ?」
「これと、これと、あとこれと……」
「1着ずつ……じゃないよな。何通りだ?」
「え、その……5つ」
そして結局、1つに絞り込めなかったらしい。複数パターン、10着ほどがカゴに詰め込まれている。
もっとも……繭はその1セットでも満足せず、凛斗も何度か新しいカゴを渡されることとなった。
その分、繭は十分に楽しめたようだ。
「あー、満足した」
「それは良かった。他の買い物も終わったし……どこか行くか?」
「行く行く。どこにする?」
「時間的に夕食、どこかに食べにに……っと」
「なに?」
「繭、こっち来い」
「ちょ⁉︎」
しかし、ここで起きたのはそれだけではない。
繭の腕を引っ張り、転びそうになったところを受け止める。そして棚の影、入り口からは見えない場所に隠れた。
繭は抱きつくような体勢になっていたが、凛斗は気にしていない。それよりも重要なことがあった。
「り、凛斗、こんな所で……!」
「静かに」
棚から少しだけ顔を出した凛斗が視線を向ける先。
そこにいたのは……メイ達だ。
「俺の顔を知ってる連中だ。静かに出るぞ」
「う、うん……」
そう言うと、凛斗は繭を連れて店から抜け出した。
なお、繭がちゃんと聞いていたかどうかは定かではない。
「それでね、その時……」
「またその話?クリス、そろそろ飽きない?」
「良いんじゃない?楽しかったんだろうし」
「そうそう。でも、クリスも気をつけてね」
「はーい」
東京湾港湾基地にスパイダーが停泊し、パイロット達には上陸の許可が与えられた。
そのためメイ、クリス、シア、ニーネの女子4人はショッピングに出かけ、その一環で服を買いに来たのだった。
ちなみに、レックス、トラン、アクトの3人は仲の良い整備兵達と一緒にゲームセンターで対戦を繰り返していたりする。
「でもさ、メイが誘うなんて珍しくない?」
「え、そうだっけ?」
「ほとんどリントと行ってたからね。仕方ないとは思うけど」
「あ、確かにそうかな。でも……あれ?」
「メイちゃん?」
「ううん、気のせいみたい」
確証は無く、目の錯覚のように思える。
しかし……
「……リント?」
メイは感覚的にそう感じた。
「ふぅ……バレなかったか」
「凛斗、知ってたの?」
「スパイダーが東京湾港湾基地にいることは聞いてたけど、まさか鉢合わせるなんて思わなかった。危なかったな」
「ふぅん。で、アレって誰?」
「多分、エンジェルシリーズのパイロットだ。全員そうとは限らないけど、少なくとも1人はそうだな。ただ、タイミング的に……7機揃ったか?」
「そうなの?だったらここで……」
「いや、そこまでやるのはマズイ。理念的にも、戦力的にもな。それに、思考はこっち寄りだ。上手くやれば味方になる可能性もある」
「また?そんな甘いこと言ってると……」
「それが俺だ。それに、帝国の全てを相手にして勝つ保証は無い。そういう相手は絶対に要る」
むしろ、全面戦争では勝ち目が無い。8年前にそれで負けたのだから。
だからこそゲリラ的な戦いに終始し、他国のパルチザンと連携し、地球の占領を諦めさせる。凛斗はそういった考えを持っている。
明けの明星に所属する者の多くはそうだ。繭はまだ完全に振り切れてはいないが、未来を優先していることに変わりはない。
「まあ、そんなことより夕食だ。食べたいものはあるか?」
「凛斗が食べたいのでいいよ。久しぶりだよね?」
「まあ、ハワイにもいくつかあったけど、本物じゃなかったし……和食系で良いか?」
「うん。わたしも好きだから」
今は夕方、もう少しすると夕食時だ。時間的にはちょうど良い。
繭も反対する理由は無く、2人で食事処へ向かった、のだが……
「ちょ、凛斗、高いよここ」
「大丈夫、金は伯父貴からもらった」
「そうじゃなくて……」
「ほら、入るぞ」
レストランというより、料亭だった。それも割と本格的な方の。
金銭的には問題無いとはいえ、初体験の繭には敷居が高すぎた。なお、凛斗はある程度慣れている。
「いらっしゃい……2人かな?」
「はい。他にはいないですけど、大丈夫ですか?」
「構わないよ。こちらへ」
「ありがとうございます。調理を見れる席はありますか?」
「そうだね、ではカウンター席を用意しよう」
「し、失礼します……」
そして、対称的な雰囲気を纏いつつ店へ入る凛斗と繭。
店の中には大将1人しかいなかったが、仕事に支障は無いようだ。2人はそのままカウンター席に案内された。
「さて、ご注文は?」
「それより、他にお客さんはいないんですか?」
「まだ開けたばかりだよ。1時間くらいは2人だけだろうね」
「そうですか……では、2割り増しで。アレをお願いします」
「え?」
「あいよ。データは全部この端末に入ってる。暗号はもう知ってるんだろう?」
「え、凛斗?」
「この人は日本解放軍の関係者だ。優秀な人らしいぞ。この店も、解放軍とのやり取りで使わせてもらってるらしい。で、今回は俺がメガネさんに頼まれた」
「明けの明星の若獅子にそう言ってもらえるとは、嬉しい限りだね」
「こんな情報を隠して渡せる時点で並じゃないですよ。しかも何年も」
凛斗の言う通り、この大将は日本解放軍に所属する諜報要員の1人で、主に他のパルチザンとの重要情報交換に従事している。
符号を活用したアナログな口頭暗号はこの時代でも有効で、帝国軍から怪しまれたことすら無い。本人の洞察力もあり、他の諜報員を救ったことも1度や2度では無かった。
なお、この店が食事処であることも事実である。
「それで、ご注文は?」
「お任せで。要望を出せる知識は無いですから」
「お嬢ちゃんもかな?」
「は、はい」
「あいよ、お任せ2丁。少し時間がかかるから、これでも摘まんで待ってなさい。あいにく、未成年に酒は出せないけど」
本格的なものはすぐにできないからか、先に小鉢がいくつか出てきた。
中に入っているのはカルパッチョに似た、刺身を使った料理で、それぞれ中身が異なっている。
「わ、美味しい!」
「美味い……お、こっちも」
「あ、ズルい。わたしにもちょうだい」
「待て待て、少し落ち着け」
「ふふっ、良い顔をしてくれるね」
「あっ……すみません、騒がしくて」
「いやいや、素直に言ってくれるのは嬉しいものだよ。特に、君達みたいな年齢だと珍しい」
「え、でも……」
「素直で良いんだよ。何があろうと、例えエースであろうと、大人を頼れるのは今だけなんだからね」
「……はい」
「良い返事だ。それじゃあ、一品目」
その後、何品も出てくる絶品和食に舌鼓を打ちつつ、2人は会話も楽しんだ。
大将がいるとはいえ、ほとんど2人きり。気楽なものだ
「そういえば凛斗、わたしが他の所に行きたいって言ったらどうするつもりだったの?」
「あー……説得するか、無理矢理連れてくるか、もしくは夜中に1人で来てたか。そんなところだな」
「ふーん、そうなんだ……無理矢理でも……」
「繭?」
「な、何でもない。凛斗、これ食べる?」
「美味そうだな。くれ」
「美味しいよ」
そんな風に、1時間ほどの夕食を堪能した凛斗と繭。
他の客が来る前に勘定を済ませ、泊まる予定のセーフハウスへ向かう。
「美味しかったー」
「そうだな、アレなら何回でも行きたい。でも繭、最初は緊張してたか?」
「初めてだったんだから仕方ないじゃん。凛斗は何で普通だったの?」
「仕事込みだって知ってたのと……まあ、多少は慣れてたからな」
「ズルい」
しかしこの瞬間、2人の端末が同時に鳴った。メールだ。
その暗号化された内容は……緊急呼び出し。
「繭!」
「うん!」
それを知覚した瞬間、2人は夜の街を駆け抜けた。




