第19話「暗黒の海」後編
「ん……あ……あれ……?」
鳥の鳴き声でメイは目を覚ました。
起き上がりながら見ると、洞窟の入り口からは朝日が差し込んでいる。どうやら嵐は去ったらしい。
「ここは……あ、そうだ……」
次いで、昨日のことを思い出した。軽く髪を撫でつつ、少しだけ赤くなった顔を隠す。
入り口から入ってきた人物に見られないために。
「起きたか。おはよう、メイ」
「あ、リント……ん、おはよう」
「朝食はそこにあるぞ。でも冷めてるな……温め直すか?」
「うん、お願い。それで、その……鏡って持ってない?」
「鏡?無いぞ?」
「そっか……寝癖どうしよう」
「寝癖って……少し巻きグセが付いただけだよな?」
「それが気になるの」
「なら、俺がやるか?櫛はあるんだろ?」
「あるけど……良いの?」
「ああ」
なので携帯コンロに火をつけて朝食を乗せた後、凛斗はメイの背後に回り、受け取った櫛で髪をとき始めた。
ちなみにメイの視界には、ナイフや拳銃の類は見当たらない。片付けたようだ。
「こんな感じか?」
「ああ、うん、大丈夫。それにしてもリント、起きるの早かったんだね」
「ルシファーを診てたからな。修理も要るし」
「直った?」
「ああ。バイパスは繋ぎ終わったから、もう飛べるぞ」
「そっか……」
「なあメイ、本当に捕虜で良いのか?」
「うん。仕方ないでしょ?」
「提案の方だよ。それに、受け入れたってことにしても……」
「ううん、ダメ。私は断ったんだもん。リントもちゃんとしないと」
「そうだな……敵に言われるなんて軍人失格だよな、俺も」
「そうだよ」
そんなことを言いつつ、互いに笑顔を向ける。その顔に曇りはない。
軍人とはいえ、敵同士とはいえ、彼らはまだ子どもだ。記憶は凄惨なものだけではない。
「朝食を食べて、後片付けを終わらせたら、すぐに出発する。それで良いか?」
「私に拒否権なんてないくせに」
「いや、ある。数時間程度なら伸ばしても良いぞ」
「そんなの無いようなものじゃん。良いよ、それで」
「分かった。それなら早く食べろ。ちょうど出来た」
「あ、ホントだ」
そう言われたメイはすぐにスープとパンを手に取り、少しずつ口に入れていく。
作業疲れを癒すためか凛斗も少しつまんでいて、2人で仲良く食べていた。
「ねえリント、何か暇つぶしできるものってある?」
「どうした?」
「だって牢屋に入っちゃうんでしょ?多分暇だよ」
「ああ、確かに……オフラインにした端末なら許可は出ると思う。あとは漫画か小説かな」
「じゃあ、日本の小説ちょうだい。勉強になるし」
「メイの日本語、はっきり言って違和感ないぞ。要るか?」
「良いでしょ。だって読みたいんだもん」
「分かった分かった。じゃあ、戻ったら探してみる」
「リントは持ってないの?」
「俺は漫画の方が多いな」
といっても、凛斗が読むものは少年漫画だけではなく、割と子難しいものも多い。
そして高等士官学校時代はネットを使って読んでいたが、蒼龍ではネットは使えない。実物主義になるのも当然だった。
「そういえば、リントって漫画とかアニメとかの方が好きだよね」
「それと科学雑誌も。メイは小説も好きだったよな?」
「うん。推理と歴史は特に好きだよ。アニメも漫画も好きだけど」
「それに加えて、少女漫画と乙女ゲーか」
「そ、それくらい良いでしょ!」
「悪くはない。でも、流石に趣味には合わなくないか?」
「分かってるもん、それくらい。でも、女の子らしいでしょ?」
「悪くはない」
「そればっかり」
「メイは女の子としても可愛いけど……男装させても面白いかもな。意外と似合いそうだ」
「え、あ……そ、そういうのが良いの?」
「さあ?」
メイはメリハリのついた体つきをしているが、背が高く手足も長いため、そういうのも似合うかもしれない。
ほぼ確実に、からかう材料にもされるだろうが。
「またからかわれた……」
「よく分かったな」
「分かるもん。だって……」
「何回もされたから、だろ?」
「合ってるけど……リントのせいなんだからね!」
「メイが可愛いから仕方ない」
「うっ……だ、騙されないからね」
「騙してない、本心だ」
「そ、それは……ずるいよ、もう」
敵同士とは思えない、甘く、温い関係。この2人ならではの関係。
だが……
「ん?……ちっ!」
凛斗の懐にある端末から流れる音、そして端末を確認した凛斗の顔、その2つを確認したメイは、何か不都合なことが起きたのだと理解した。
「リント?」
「この距離……マズいな。もう少しで見つかるか」
「ねえ、どうしたの?」
「敵機……エンジェルシリーズだ。2機がすぐ近くにいる」
「え……」
「こっちはいないか。今通信するわけにもいかないし……」
「それって……どうするの?」
「……仕方ない」
これは凛斗としても、そしてメイとしても、想定外な上に望んでいなかった。
だがこうなった以上、諦めるしかない。
「このタイミングだと、メイを捕虜にするのは無理だ。抵抗するつもりなんだよな?」
「……うん。流石に、ね」
「なら、俺が逃げるために利用する」
「うん」
「だから、次会う時は敵同士だ」
「分かってる。でも、リント」
「ん?」
「……死なないで。やっぱり私……リントがいないとダメだから」
「当たり前だ。メイも、死ぬなよ」
「うん」
「じゃあ、誓いの形を残すぞ」
「え?」
そう言われ、メイは疑問符を浮かべる。
だが凛斗は構わず近づき……互いの唇を触れさせた。
「え、えぇ⁉︎」
「またな、メイ。愛してる」
「ちょっと待って、リント!」
メイが呆然としつつも見守る中、ルシファーは上昇を開始する。
残った彼女は手を胸の前で握り……
「……私も大好きだよ、リント」
と、風の中に呟いた。
「メイ……またな」
コックピットから名残惜しそうに眺めつつ、凛斗は意識を向かってくる2機の方へ移していった。
とはいえルシファーは離陸直後、戦闘体勢を整えるのは相手が先だ。
『ルシファーのパイロットへ警告します。貴方は完全に包囲されています。大人しく武装解除、投降してください』
「シアか……」
そして行われたのは機体の外部スピーカーを使った警告、降伏勧告だ。
ルシファーがこんな島にいることから、機体に異常が起きたと推測してもおかしくない。そしてそれなら、この勧告も妥当な判断だ。
各部に損傷がある上、ショルダーシールドを片方失ったウリエルと武装を約半分失ったラグエルでも、勝ち目があると思う程度には。
『武装解除しない場合、こちらには撃墜する用意があります。貴方の賢明な判断を期待します』
そのため、規定通りの降伏勧告だった。とはいえ包囲というのは嘘だろうと、凛斗は考えている。
完全に包囲しているのであれば、見つかるのがあの2機だけというのはおかしな話だからだ。
それに、生半可な包囲なら食い破れる。
「けど、捕まるわけにはいかないからな」
だが穏便に済まそうと、ルシファーは洞窟の方を指差す。その先には空を見上げるメイがいた。
それに気づき、ウリエルとラグエルの注意がメイの方へ向いた瞬間、ルシファーは翼をひるがえして全力で逃走を開始する。
『あ、待て!』
『シアちゃん待って!今はメイちゃんを!』
「メイを頼む、シア、クリス」
ウリエルの方もスピーカーに繋いだままだったのだろう、焦ったクリスの声を聞きつつ、ルシファーは島から去った。
「追撃は……無いな。海中にもいない、と」
対水中レーダーの探査可能深度は浅いが、対空攻撃をしてくる機体を判別することはできる。
むざむざ奇襲を許す凛斗ではないが、念のためだ。
「こちらルシファー、誰か応答を」
そして明けの明星の無線へ接続する。蒼龍へ無事ということだけは送っていたが、詳しい場所までは連絡していなかった。
それは逆探知を避けるためなので、今なら問題ない。
「こちらルシファー、誰か……」
『凛斗!本当に凛斗だよね⁉︎』
「ああ。帰ってきたぞ、繭。けど、ちゃんと通信で伝えたよな?」
『そうだけど……心配したんだから』
「……ごめんな」
『おい繭、人の無線に割り込むな』
「ん?ベルフェゴールが受信したんじゃないのか?」
『こいつは別方向だよ。同期してた無線に割り込んできたってわけだ』
「おいこら」
『あはは……ごめんなさい』
割り込みはマナー違反だ。軍事的にはより強い意味も持つ。だがしゅんと落ち込んだ繭を見て、だれも怒る気にはならなかった。
気強く振舞っている面もあるが、彼女はまだ15歳。未成年組の中でも最年少だ。
当然、可愛がられることは多い。
「それで、蒼龍の場所は?」
『そこから真っ直ぐ、この座標だ』
「やっぱり遠いな……」
『当然でしょ。あんな所に残ってたのは凛斗なんだから』
「あんな所って……まあそうか。周辺の警戒は?」
『できてます。浅瀬だけど、ハクゲイ8機がいるので』
「了解。急いで行く」
『待ってるからね』
その後ルシファーは、周囲を警戒しながら1時間ほど飛び、蒼龍に帰還した。
そして伯父貴へ報告を済ませ、シャワーを浴びた後、凛斗はルシファーの様子を見る親爺さんへ声をかける。
「親爺さん、ルシファーの様子は?直る?」
「直るちゃあ直るけどよ……こいつはエネルギーケーブルの整備不良っていうか、許容量が下がってたんだな。こいつはしっかり点検しとけば防げたんだけどよ……すまねぇな」
「あの緊急事態なら仕方ないよ。耐用期限より前なら他に優先する所もあるし……けど、早すぎないか?」
「早えぇ。それに、両腕のフレームにも随分と負荷がかかってるな」
「あー、ミカエルのクルセイダーが……」
「いいや、そっちはそれ程じゃない。結局は、ルシファーが高速射撃戦用機だからか」
「というと?」
「マニュピレーターやらスラスターやらの出力と強度の比が格闘戦向けじゃねぇってこった。本当なら、ミカエルとタイマン張れるような機体じゃねぇんだよ」
「それは……でも親爺さん」
「それだけ凛斗の腕が上がったってこと、なんだけどな……仕方ねぇ、改造案を作るか。それまで無茶すんなよ?」
「分かった、善処はする」
続けて細々とした確認をした後、ルシファーを親爺さんに任せて凛斗は立ち去った。
だが部屋に帰ったりはせず、格納庫に備え付けられている長椅子に座る。
「ふぅ……」
「はい、凛斗」
「ん?ああ、ありがとな、繭」
そして繭が飲み物を両手に持ってやってきて、隣に座った。その片方を受け取り、口をつける。
凛斗の好みの味だ。
「疲れた?」
「まあな……流石に野宿は疲れる」
「野宿?機内じゃないの?」
「ちょうど良い洞窟があったから、雨宿りついでにそこにいた」
「そっか。運が良かったんだ」
「ああ」
本当のことは、告げられない。告げてしまえば、ここにいられなくなるかもしれない。
それが凛斗にとって、世界で2番目に恐ろしかった。
「レーションも補充しないとダメだよね?それに燃料も」
「そのあたりはまた後で相談だな。姉御とか、メガネさんとか」
「手伝う?」
「いや、いい。わざわざ手伝ってもらわなくても、すぐ終わる」
拳銃弾とレーションはメガネさんに相談すればどうにかなる。回収した拳銃やナイフについても同様だ。凛斗はそう考えていた。
だから、あとは変な噂にならないよう注意するくらいだ。
「じゃあ、とりあえず整備待ち?」
「そうだな。ただ……」
「ただ?」
しかしその時、注意報が発令された。それは……
「は?着艦?」
「え、今?」
艦首ハッチからの着艦情報だった。
だが哨戒しているハクゲイの交代はまだ先なので、タイミング的にはおかしい。端末を広げ、確認する。
「ベルゼブブってことは、潤人か。近くの旧月型から直接泳いで……ハクゲイがいるけどな、無茶するなよ」
「伯父貴かな?」
「どっちかって言うと兄貴だろ、これは」
「かもね」
そんなことを話している間に、ガントリーに固定された機体が入ってきた。
「大きい……」
「データ通り、だけど……」
実用されているSAGAの限界値に近い、全高13.0m。そしてそれを支えるためか、翼の推進機構はかなり大型だ。
肩にあるのはショルダーシールドと言うより、独立駆動する大盾と呼んだ方が良いだろう。
全身に多数の武装を搭載しているが、ルシファーと違い大口径火器の占める割合が高い。ミサイル搭載量もサタンに次ぐレベルだ。その代わりに、接近戦用武装は最低限のものしか無かった。
そして、メイン武装は翼に取り付けられている。
「ゴツイ」
「凄いね。ユーラシア系の機体に近い?」
「かもな。それで、大口径プラズマ収束砲、ルシファーのと違って照射型だったか?データだけなのによく作れ……」
「だって親爺さんだよ?」
「凄い説得力だな」
実際、明けの明星の全員が親爺さんの謎の技術力に驚かされている。基礎検証レベルだったコクロウやハクゲイの量産を成功させ、構想しかできていなかった蒼龍を高い完成度で就役させ、奪ったばかりのデーモンシリーズを魔改造もしつつ短期間で建造する、といったことをやってのけているのだ。
親爺さんが所属していた日本国防軍装備庁技術研究局兵器開発部は日本国防軍内部において魔窟だの、変態技研だのと言われていたそうだが、何をどうすればこんな人間ができるのだろうか?もちろん親爺さんだけでなく、兵器開発部時代からの部下の人達も色々とおかしな面々が多い。
とはいえ、今気にしても仕方のないことだ。凛斗は思考を切り替えると、コックピットから降りてきた潤人へ声をかけた。
「よ、潤人。お疲れ」
「おかえり」
「ただいま戻りました」
「また硬い……智子はどうした?」
「まだ調整が終わっていないので後になります。専用装備に手間取っているそうでした」
「なるほど。それで、訓練はこれからだよな?」
「はい。調整の間にも少し行いましたが」
「なら伯父貴への報告と、親爺さんとのすり合わせが要るな。自分で行くか?」
「はい」
「じゃあ任せた」
そういうわけで潤人を見送った凛斗だが、彼にもこの後予定がある。
あまり長居はしていられなかった。同行すれば別だが。
「さて、俺は機関室に行ってくる。繭も来るか?」
「ごめん、これから勉強があって……」
「分かった。頑張れよ」
「うん、ありがとう。凛斗も頑張って」
ただ残念ながら、同行できる者はいないようだ。
凛斗のものも教育ではある。だが繭とは違い、幹部としての教育だった。佐官教育と将官教育が混ざったもので、その中には艦艇運用も含まれていた。
その機関室での教育は1時間程度で終わり、部屋に帰ろうとすると……
「あ、凛斗。ちょうど良かった」
「香織?」
「姉御にね、凛斗も呼んでこいって言われたから。力仕事らしいよ」
「げ、マジか。今やる力仕事は……レーションだよな……」
「そういうこと。でも1時間くらい後で良いって」
「了解」
その力仕事とは、蒼龍の中央付近にある倉庫からレーションの山を取り出し、各SAGAと艦各所にある非常用パック内のレーションを交換し、交換した物を調理場に持っていく、という作業だ。
重要なことだが割と面倒で、あまり好まれてはいない。そのため、未成年組が駆り出されることが多い。
「そういえば……なあ香織、小説って誰かから借りれないか?書庫に無いやつで」
「凛斗が小説なんて珍しい……ジャンルによって持ってる人は変わるけど?」
「そうだな……推理系とか、歴史系で」
「推理系は冬夜さんや馬場さん、歴史系は隼さんかな。伝えとく?」
「いや、俺が言う。ありがとな」
「いいよいいよ。また今度の頼み事で返してくれれば」
「3倍はやめろよ?」
「なら倍で」
「ったく」
そんなことを言い、香織と別れた凛斗。その彼は……
「……とりあえず、読んでみるか」
予想以上に彼女の影響を受けている、ということに苦笑しつつ、目当ての3人を探し始めた。
・ベルゼブブ
EXSG73-T06D → 試製特七三式六型機甲戦闘機
全高13.0m、第12世代SAGA。デーモンシリーズの6番機。デブかつ大火力な機体で、特に遠距離戦向き。近接戦になると弱い。
紺地に濃い黄色のカラーリング。
武装
___高出力ビームライフル×2
___可動式ショルダーシールド×2
___迎撃ビームバルカン×4
___ビームマシンガン×2
___ビームガトリング×2
___大口径プラズマ収束砲×4
___砲塔型3連装高出力ビーム砲×6
___12連装小型ミサイル発射管×6
___ビームソード×2
___重砲型ブリューナク×4




