第19話「暗黒の海」前編
「それで、その時レックスがね」
「おいおい、あいつそんなことやってたのか」
「うん。リントも見たかった?」
「当たり前だろ」
嵐は収まらず、むしろ激しくなり、2人は洞窟の中で夜を迎えた。
相変わらずメイは手錠をしたままだが、和気藹々といった状況だ。本当に何をやっているのだろうか。
当人達もそう考えてもいたが。
「ああそうだメイ。まさかとは思うけど、シアの毒牙にかかってたりはしないよな?」
「毒牙って……合ってるけど。うん、大丈夫だよ」
「それは良かった」
「そんなに心配ならリントのお手付きにしちゃう?」
「は?いや、何言って……」
「ほーら、今なら好き勝手しても私は抵抗できないよー。手錠ついちゃってるからねー」
「なら、遠慮は無しで良いな?」
「え?」
そう言うと、凛斗はメイへ近づいていく。それは彼女が普段から近いとも思っていた距離すら超えられ、顔の赤みが増していく。
慌てて逃げようとするメイだったが、既に手で顎と肩を押さえられていて、顔をそらすことすらできない。
「流石に、ここまで言われて黙っていられるほど子どもじゃない。覚悟もできてるようだし、丁度良い」
「え、いや、その……リント?」
「してほしいんだろ?だったら……」
「あ、んっ……!」
鼻の頭が当たるほど顔が近くなり、メイは目を瞑った……のだが、これもまたいつも通りのことだ。
「そんなに赤くなるなら、あんなことしなければ良いだろ」
「え、あ……また騙された」
「またとは失礼な。ちゃんと黙ってなかったんだし」
「だ、だって、あのままなら……!」
「それはメイの勝手な勘違いだ。違うか?」
「むー……」
そんな風に遊ばれ、メイは不貞腐れているが、凛斗は笑っている。
「けどまあ、それが良いならやってもいいぞ?それに、時間的にもちょうどいい」
「え、えっと……冗談、だよね?」
「冗談が良いか?それとも……」
「え、いや、わ、私は、その……」
「なら冗談にするか」
「……酷い」
むしろ何故慣れないのか、凛斗はそう思っていた。何十回と経験していたというのに。
今の方が楽しいし可愛いので言わないが。
「そうか、酷いか」
「うん。弁償を求めます」
「じゃあデザートの……わらび餅と餡蜜のどっちにする?」
「どっちも」
「贅沢な……分かった分かった」
文句を言おうとしたら睨まれたので、凛斗は白旗を上げた。これ以上不機嫌にして良いことはないため、律儀に2人分差し出す。
そしてデザートを食べて機嫌が直ったメイへ、凛斗は問いかけた。
「なあメイ、こっちに来ないか?」
「え?」
「帝国軍を抜けて、明けの明星に入って欲しい」
「えっと、リント?」
「戦えなんて言わない。ただ、こっちに来て欲しいだけだ。その……俺の所へ」
「それって……」
「それならこれが食べ放題だぞ?」
「あ、それは良いかも……でもね、リント」
いや、直ってはいないようだ。凛斗は嫌な予感に襲われた。そして口を開いたメイの顔を見て、逃げるべきだと勘が告げた。
まあ、逃げられなかったが。
「何で私に執着するの?」
「え?」
「何で私に執着するの?質問の意味は分かってるよね?」
「え、あ、いや、それは……」
「ミカエルが欲しいだけなら捕虜でも十分でしょ?それに、その、俺の所、なんて言ってるし……何で?」
「ええと、な、メイ……」
どうやら、色々あって吹っ切れたらしい。今までなら自分から聞くことは無かっただろうが、今は昔とは違う。
ある意味、凛斗のせいで。
「ねえ、教えてよ。何で?」
「おい待て、その顔、分かっててやってるだろ!」
「えー、何のこと?」
「こいつ……!」
「言わないの?」
「ああもう、それは……」
だから凛斗も覚悟を決め、言うことにした。
「好きだからだ。メイのことが、この世界で誰よりも」
「うっ……」
「スパイで騙すのが役割だったのに、気づいた時には好きになってた。できることなら……メイだけでも、巻き込みたくなかった」
自身の正直な気持ちを。
そして分かっていたにも関わらず、それを聞いた瞬間、メイは固まった。
しばらくして、ようやく再始動したのだが……
「えっ、あっ、ええっと、私も……え、あ、あれ……?」
答えようとした時、彼女の目からは大粒の涙が溢れていた。
「あっ、いやいや、えぇ⁉︎ちょっ、メイ、俺が何かしたか?」
「え、いや、違う、違うんだけど……何で涙が……」
「そうか、俺か、俺だよな。そうだよな、あんなことしておいて、こんなの図々しいよな……」
「ち、違うよ!何で、私嬉しいはずなのに……」
「無理するな。最低だよな、俺は……」
「違うから!」
そんな自身に戸惑いつつも、メイは己の心を口にする。
願いに繋がる、自分の心を。
「あの、ね、リント……私も好き。多分、最初で最後だと思う。涙だってね、悲しいからじゃないよ。嬉し涙って言うんでしょ?」
「メイ……それなら」
「でも……ごめん」
だがこの時、さらに一筋の涙が零れた。
「残念だけど、行けない。私は帝国軍人だから。守りたい人達がいるから。だから……ごめん」
それが他とは違う意味が持つことを、この場の誰も気づかなかった。凛斗も、メイも。
気づくのはいつになるのか、そもそも気づくことができるのか、それは誰にも分からない。
「そっか……まあ無理強いするつもりは無いし、大人しく捕虜になってくれ」
「はーい」
「でも……じじつ……」
それよりメイが気になったのは、凛斗から零れた音の方だ。
「リント?」
「何でもない。ただの独り言だ」
「そうなの?」
「ああ」
「そっか……まあ良いや」
だが気になったものの、凛斗にこう返されたため、メイは注目を他へ移す。
聞いても答えてくれないことは、今回の件で学んだから。
「それで捕まえちゃったわけだけど、このまま私を攫っちゃう?あ、でも、もしかして飛べないの?」
「ああ。ルシファーのメインスラスターが壊れてて、バイパスを繋がないと飛べないな」
「スラスターには1つも当たってなかったよね?」
「変な感じでケーブルに負荷がかかったらしいくて、メインとサブが同時に死んだ。応急処置はできても、解決は整備士の人に診てもらってからだな」
「ミカエルは直さないと飛べないのに……というか、ジェネレーターも動かないんだよ?」
「あの場所はジェネレーターとは無関係……海に落ちた衝撃で壊れたか?それとも、エネルギー伝導ラインの方が?」
「分かんない。でも予備電源もつかなかったから、ラインの方じゃないかな?ジェネレーターって衝撃には強い方だし」
「衝撃なら……電子機器が壊れた可能性もあるか。ジェネレーターは緊急停止か何かで……」
「直せる?」
「いや、俺には無理だ。それに、直したらメイが逃げるだろ」
「あ、バレた。でもリント、応急処置なんてできるんだね」
「気休め程度だけどな。バイパスを繋いだり、エネルギー分配のマニュアル調整はできるけど、本格的に壊れた所は直せない。直せる範囲で助かったというか、何というか……これでジェネレーターが止まってたら、自力だと無理だ。他の人に見つけてもらうまでずっと2人きりか」
「何それ、アダムとイブのつもり?」
「数日で餓死する可哀想な2人組だな」
SAGAのコックピットに収められているレーションは多くても数日分しかない。不味い帝国製を含めても、だ。
凛斗はある程度のサバイバルができるとはいえ、レンジャー徽章は持っておらず、無人島で生きていられるほど逞しくはない。餓死、もしくは食中毒を免れることは不可能だろう。
まあ実際は、その前にどちらかの助けが来るだろうが。
「そっか。ルシファーが壊れてなくてよかった」
「そうだな。もし逆だったら、俺は死刑間違いなしなわけだし」
「あっ……そうだね」
「これも覚悟の上だった。メイは気にするな」
「でも……上手く誤魔化せたりしないかな?例えば、記憶喪失とか?」
「上手く演技できる自信なんて無いぞ。というか、その程度であの武装法務隊が無視なんてしないだろ。厳しいからな、連中」
「え、でも、私が言えばどうにか……」
「無理だ」
「無理なんだ……何か知ってるの?」
「ん?いや、帝国と軍事の常識に沿って考えただけだぞ」
「ふーん……そっか」
まあ、現状からすればあり得ない話だ。今さら突然機体が入れ替わることはないから、凛斗が帝国軍へ出頭することもない。
そして、明けの明星の場合は凛斗のコネが効く。
「でもこのパターンなら大丈夫……大丈夫だよね?」
「大丈夫だ。牢に入るのと、尋問くらいしか制限はない」
「牢屋はあるんだ……」
「捕虜なんて滅多に取らないから、懲罰房としてしか使ってないけどな。だから居住性もそんなに悪くない。他のこともできるだけ俺がやる。問題は……」
「問題?他にあるの?」
「仕方ないことだけど、帝国人を敵視する人が多いんだよ。俺もメイに会うまではそうだったし」
「ごめんなさい……」
「メイが悪いわけじゃない。流石に、暴走する人はいないはずだからな。それで他に考えられるとしたら、何かの取引材料……けど、使えないか?」
凛斗としては、メイが取引材料にされて帝国軍に戻られるなんて嫌だが、誰かが言い出さないとは限らない。
ただし、ハイシェルト家の内情を少しでも聞けば撤回するだろうが。
「無理だと思う。父様も母様も、兄様もだけど……私、疎まれちゃってるし」
「前に言ってたな。理由は知ってるか?」
「分かんない。ずっとだし、理由も教えてくれないから。だけど、昔……」
「昔?」
「ううん、何でもない。子どもの時の話だから」
「そうか?……メイが言うなら信じる。けど、無理はするな」
「大丈夫だよ。今はリントやクリス達がいるから」
味方よりも、家族よりも、敵の方を信頼している。
これがおかしいということくらい、メイも自覚していた。だが同時に、それが自分だということも理解していた。
「でも……」
「ん?どうした?」
「ねえリント。私達、付き合ってるってことで良いんだよね?」
「良いんじゃないか?両想いで、告白も終わってる。まあ、敵同士のカップルなんて論外中の論外だろうけど」
「そうだけど……でも、前と変わらなさすぎじゃない?恋人同士になったのに」
まあ確かに、普通なら多少は変わるだろう。どんなに元から親しくても、関係が一気に変わるのだから。
だが、彼ら2人は普通とは違う。
「逆に言ってもいいか?」
「うん」
「俺達が何回デートをしたか、覚えてるか?」
「え?あー……何回だっけ?」
「30は軽く超えてる。流石に3桁は無いと思うけど……」
「もしかして、カップルよりカップルしてた?」
「実際、ほとんど付き合ってるようなものだったらしいぞ?レックス達から、いつになったら告白するんだって詰め寄られたこともある」
「そうなんだ。でも……」
「ああ……」
ただしそれは……
「俺達らしいな」
「私達らしいね」
彼ら2人にはお似合いだった。
名前、性別、体格、性格、嗜好、国籍、生まれた星すら違う2人だが、こういったところはそっくりだ。
「だよね。うん、お似合い。リント以外に考えられないし」
「ああ、お似合いだ。というか、メイも他の相手なんて見つけられないだろ」
「うんうん」
そんな感じで話し続ける2人。
好き勝手している……が、既にかなりの時間が経っていた。
「それで……っと、もうこんな時間か」
「あ、本当だね。嵐のせいで分かんないけど」
「先に寝るぞ。俺は明日、早いからな」
「え、あ、ちょっと」
「おやすみ、メイ」
「あ、うん、おやすみ、リント」
そう言うと、戸惑うメイを無視して凛斗は横になる。
そしてすぐに、メイの耳に規則正しい寝息が聞こえてきた。
「リント……」
そう返事はしたものの、メイは戸惑いを隠せない。
「どういうつもり何だろ?一応、敵同士なんだけど……」
メイが目線を向けた先、そこには凛斗が外したり、メイから取り上げた拳銃やナイフが、鞄と共に置かれている。
そして位置は、ちょうど2人の真ん中だった。
「私が脅すことだってできちゃうんだよ?それなのに……」
手錠は前のまま、使おうと思えば使うことができる。
奪おうとすれば、脅そうとすれば、簡単にできてしまう。
「意味ない、かな。どうせリントが起きないと変わんないし……もう寝ちゃお」
しかしメイは、使わないという選択肢を選んだ。
意味がないという理由もあるが、やりたくないという方が大きかった。凛斗相手に、そんなことをするのは嫌だった。
「おやすみ、リント」
なのでそう言って、メイもまた横になる。しばらくすると、彼女からも寝息が聞こえてきた。
だが、彼女が寝るまで凛斗の目が開いていたことに、メイが気づくことはなかった。




