第18話「嵐の空」後編
「さて、まずは……」
「……」
携帯コンロに火をつけ、インスタント食品の紐を引く。
ルシファーが駐機された場所の近くの洞窟に、2人はいた。
「それで、これはこう……」
「……」
「あっつ、少し強すぎか」
缶詰の方には水を入れて加熱する。
凛斗は調理をしているが、メイは動かない。後ろ手に拘束されているから当然だが、それ以外の理由もある。
「いい感じだな。味は……よし」
「……」
「ほらメイ、できたぞ。口を開けろ」
その心境を理解しつつ、理解していないように振る舞い、凛斗はスプーンにスープを入れて差し出した。
だがメイは、口を開けない。口をきかない。
「どうした?食べないのか?」
「……」
「食べないともたないぞ。一晩だけでも……」
「……ねえ、リント」
「ん?」
何故なら、目の前のことが信じられないから。信じたくないから。
それでも、聞かないわけにはいかない。
「何で、ここにいるの?……何で、そこにいるの?……私、は……」
「……リント・ケンザキ准尉は敵に捕まって洗脳された」
そして……
「……って方が良かったか?」
その一言で、メイは全てを悟った。何故、どうして、そういった疑問も、裏切られた、死んでいなかった、という感情寄りの思考も、全てを含めて悟った。
リントを信頼しているが故に、理解しているが故に。
「それとも、家族を人質に取られてるって言ってほしいか?」
「違うけど……それじゃあ、リントは……」
「ああ」
だが悟っていても、聞かずにはいられなかった。
そして……
「死んだっていうのは偽装、嘘だよ。俺は元々こっち側だ」
残酷な真実を告げられる。
もしかしたらという希望は持っていた。希望を肯定されて喜んだりもした。だがそれが自作自演だと言われ……メイは唇を噛んだ。
「死んだことにしないと追っ手が激しくなるっていうのもあるけど、メイ達にもスパイ幇助の疑惑がかかるかもしれなかったからだ。流石に、騙した上で迷惑をかけるのは忍びなかったからな」
凛斗は言う。何故か、どうしてかを。
彼には信念がある。理想がある。だからこそ、この手段を取るしかなかった。
「捕虜になったって言ったのは、メイが自殺しないようにっていう保険だ。その顔だと……少しは考えてたか」
メイは聞く。理由を、釈明を。
彼女にも想いがある。願いがある。だが……彼女の心にあるのは別のことだった。
「私が……」
「ん?」
「私がどれだけ泣いたか分かってるの⁉︎」
メイは凛斗へ詰め寄った。その目に涙を浮かべ、泣き出しそうな声を発しながら。
もし手が自由であれば、凛斗の胸ぐらを掴んでいただろう。
「みんながどれだけ悲しんで、私が、私が……!」
「なあ……」
「それなのに、なのに……リントは、リントは……!」
「……メイ」
「それとも何⁉︎簡単だって思ってたの⁉︎何かすればすぐ笑う、簡単な女だって!だって、私は……!」
「メイ!」
「なにっ、ふぁ⁉︎」
だからこそ、凛斗はメイを安心させることにした。
具体的には彼女を抱きしめ、耳元で囁いた。
「……ごめんな」
「え?」
「でも、これしか方法が無かったんだ。メイが悲しむことを分かってて、それでもやったんだ。だから、ごめんな」
「そんなこと言われても……」
「分かってる、これはただの自己満足で、メイが喜ぶなんて思ってない。それでも、俺の本心だ。許してくれなんて言わない。ただ、俺は……」
「……ふん!」
それを聞いて安心したのか、それとも呆れたのか、メイは解放されると凛斗から離れる。
離れはしたが、まだ目を合わせようとはしない。なぜなら……
「はぁ……まだ怒ってるのか?」
「当然だよ!リントが裏切って、たくさん殺して、私だって何回も殺されかけて……」
「違うだろ?メイ」
「っ⁉︎」
そう、メイは誤魔化していた。己の本心を。
「メイが怒っているのは……」
「ダメ!言わないで!」
だが、凛斗は気づいている。そして、言葉を止めるつもりはない。
彼女のために。そして、自分のために。
「俺が本当のことを言わなかったからだろ」
「……」
だから告げる。彼女の本心を。
「そうだよな?」
「私、は……私は……」
「怒っていい。泣いていい。俺はそれだけのことをしたんだ」
「そう、だよ……そうだもん!何で言ってくれなかったの!だって、私、リントが……!」
「もちろん、俺も悪いって思ってる。本当なら、メイだけにでも言いたかった。でも言えない、当然だよな。そんなことがバレたら俺だけじゃない、メイだって酷い目に遭う」
「そんなの関係ないよ……どこまでも連れて行ってくれるんじゃなかったの……!」
「したかったけど無理だったんだ。誘拐する暇なんてなかった。連中の目を忍んでやるには、俺の力も足りなかった……だから、鹵獲に賭けるしかなかった」
そして、己の本心も。他の誰にも言わなかった目的を。
「え……そ、それじゃあ、ハワイのって」
「ああ。最初と2回目は鹵獲を目的に動いてた。メイを引き込むには、それこそ仲間に怪しまれないためには、機体を鹵獲して捕虜にするしかなかったからな」
「リント……」
かなり乱暴な手段ではあるが、それは凛斗自身も理解している。
そして他に手が無かったということを、メイは理解した。
「まあ、3回目からはそんな余裕はなかったけどな。今日なんか割と本気でヤバかったし。ソードもライフルも壊されて……上手くなりすぎだ」
「もう……嬉しいくせに」
「このやろ」
それに気づいたからか、いつの間にかメイの顔は笑みへと変わっている。
「……許す」
「ん?」
「もう、許すよ、リント……リントにも事情があったんだよね?」
「メイやマイリアと同じか、それ以上には」
「でも、正直に話してくれたから。だから許すよ、リント」
「ありがとな、メイ」
「捕まっちゃってるけど」
「それは言うな」
そんな風に、2人は以前と同じように笑う。
だが残念ながら、元通りではない。ありとあらゆる面で、2人の関係はもう元には戻れない。
ただ、変わったたけだ。新しい関係に。
「だったら……もう1回抱きしめてくれる?それでこれも許してあげる」
「お安い御用だ」
「ありがと……えへ、良い匂い」
「おい待て」
「あっ……その、忘れて?」
「何だか嫌な予感がするんだけど……」
確かに……凛斗の予感は当たっている。メイはそれを自覚している。
自分から言うことはないが。
「まあ良いか。それで、食べるよな?」
「あ、うん。でも……」
「まず食べろ。驚くのは後だ」
「え?んっ」
話題をそこで打ち切った凛斗は再度スープを入れたスプーンを手に取り、開いたメイの口へ突っ込む。
メイにしてみれば無理矢理口に入れられたようなものだったが……その顔が驚きに変わるのに、そう時間はかからなかった。
「……美味しい」
「だろ?日本のレーションをなめるなよ」
「うわ、凄く美味しい……でも何で?」
「日本はこのあたり、かなり拘るんだよ。自衛隊時代からの伝統らしい。それで、もっと食べるか?」
「うん」
気に入ったようで、メイは何度も求める。
ただしその光景は……何というか、ヒナ鳥にエサを与える親鳥のような感じだが、当人達は一切気にしていなかった。
「リント、あっちは?」
「インスタントだ。米とササミの味噌焼きと煮物で、時間的には……よしよし、出来てるぞ」
「やった。早く食べさせて」
「おいおい。そんなに無防備でいいのか、お嬢様?」
「だってリントだもん」
「信頼されてるのか、度胸がないって思われてるのか、判断に迷うんだけど……」
「ちゃんと信頼だよ。あ、で、でも……」
と、急に言いにくいことを言うかのように黙り込んだメイ。
「……ねえ、リント」
「ん?」
「やっぱり、手錠を、前に変えてくれないかな?その……こんな体勢で食べさせてもらうの、やっぱり恥ずかしくて」
「まったく。反抗しないか?」
「武器が無いもん。無理だよ」
「分かった」
その言葉を聞いた凛斗はメイの背後に回ると、手錠の左手側を外した。
そして正面に回り、メイも両手を出す。
「さて、次はこっちを……」
「甘いね!リント!」
だが突如、メイは飛びかかり、凛斗の右手を掴んだ。
メイはそのまま右手に付いたままの手錠を凛斗に付けようとして……
「うわっ⁉︎」
右手を掴み返されて失敗する。
そしてうつ伏せに押し倒され、背中に乗られて両手を押さえこまれた。
「まだまだ甘いな、メイ」
「できるって思ったのに……」
「手加減していた俺にも勝てなかったんだから、今勝てるわけがないだろ。それに、急にあんなことを言ったらバレバレだぞ」
「うっ……」
「そもそも、あの程度で恥ずかしがったことなんてなかったよな?」
「うん……」
凛斗の考えをメイが分かるのと同時に、メイの考えも凛斗は分かる。
気づいていない風だったが、実は最初からバレバレだった。
「分かったらこっち向け。前の方が良いんだろ?」
「え?」
「あの程度なら大丈夫だ。俺が気にしなければ、な」
「はぁ……変わらないね、リント」
「メイこそ」
メイも今度は反抗せずに従い、手錠の位置が前に変わる。
そして談笑しながら食べ進め、食事を終えた。
「……ヒマ」
「少しは我慢しろ」
「だってー……ねえリント、何か話してよ」
「はぁ……仕方ないな。けど、流石に機密はあるぞ?」
「パルチザンなのに?」
「パルチザンだから、だ。ウチの、明けの明星の母体は日本国防軍だからな。規則とかはその時と同じで、帝国軍とほとんど同じだぞ」
「そうなんだ」
ただ談笑していても、本来の陣営は敵同士、この辺りはしっかり区別する。
「まあ、そんなに堅苦しくないけどな。普通にバカやったりするし、笑ったりもしてる」
「リント、もしかして中心になってたりする?」
「正解。それと、金曜日はカレーだ。これは姉御、料理担当の人が外せないって言ってた」
「外せないんだ」
「伝統だってさ。というか、週2回か3回にしてほしいんだけどなぁ」
「あはは。あ、住み心地ってどうなの?凄く大きな潜水艦だって聞いたけど?音に気をつけないといけないんじゃ……」
「言えるかバカ」
「だよね」
探らないとは言ってないが。
「メイの方はどうだ?スパイダーの乗り心地は気になるな」
「悪くないよ。あ、でも、話しちゃって大丈夫かな?」
「機密に入らない程度でいいぞ。尋問じゃなくて、雑談だし」
「分かった。でも、そんなに変わったことはないかな。リントが思ってるのと同じだと思う」
「スパイダーってかなり載せれたよな?パイロットだけで何人だ?」
「そこは秘密。だって分かっちゃうじゃん」
「ちっ」
「誘導尋問なんてダメだよ」
やり返さないとも言ってないが。
「そういえばリント、他にも私に嘘ついてたよね?」
「ん?嘘は言ってないぞ?」
「だって初めてのシミュレーター訓練の時、乗ったこと無いって……」
「バトラーに乗ったのは、アレが始めてだ」
「えぇ……じゃあ、ゲームって言うのは?」
「SAGAのシミュレーターってゲームみたいなものだろ?」
「へ、屁理屈……!」
「屁理屈も理屈の内だ」
「違うよ!」
「そうか?」
「分からないって顔しない!」
そんな風におちょくられていても、メイは話を止めない。
あの別れから2ヶ月も経っていないが……彼女にとって、ひどく懐かしかったからだ。
「もう……でもそれって、他のことでも……」
「いや、他にはあまり無いな。剣道や空手は大人から習ったし、感想とかは正直に言ってた。友情を疑ったことはないから……嘘は1%あるかないかだ。まあ、家族についてはほとんど嘘だけどな」
「……え?」
「帝国軍の攻撃で……流れ弾なのか何なのか分からない攻撃で全員死んだ。9歳の俺を遺して」
「えっと……ごめん」
「分かってて嘘をついたんだ。気にしなくていい」
「それでも……私も……」
「ん?」
「な、何でもない!」
メイは露骨に話を切ったわけだが、凛斗は追求しなかった。自分に色々あるのだから、追求してはキリがない、とも考えていた。
だが当人としてはいたたまれず、無理矢理だが話題を変える。
「えっと……あ、そういえばリントって、いつからSAGAに乗ってるの?というかエースだったんだね」
「SAGAには……訓練なら保護されたあたりから乗ってるな。初陣は12歳の時で、その時に5機落としてる」
そのために、気になった、という理由だけで特に考えもなく聞いたことだったのだが……返された答えに、メイは目を見開く。
「え……少年兵?」
「人聞きの悪いことを言うなよ。合ってるのは年齢だけだ」
「え、でも……」
「俺達は全員志願兵だからな。無理矢理やらされたんじゃない。というか、大人に無理を聞いてもらった感じだぞ。エースに成れたのも偶然だ。条件を満たせる人は他にもたくさんいるからな」
「そうなんだ。じゃあ、戦いたくない人達は?」
「志願しなかったやつらは、戦いに巻き込まれない場所にいる。家事を学んだり、食料生産プラントで働いたりしてるな」
また、適性などからパイロットではなく整備士や管制官になった者達もいる。蒼龍にも数人乗っていて、話をすることを結構ある。
だがパイロットになった者達は……凛斗は内心を隠しつつも、そう思った。
「良い所だね」
「ああ。それに、俺がスパイになったのだって志願したからだ。1人だけなのも……まあ、犠牲になるなら俺1人で充分だって考えてたからな」
「でも、そのおかげで私と仲良くなれたんだよ?」
「それが1番の予想外だ」
「こっちの方が私には予想外だよ」
「そうなのか?」
「リントに手錠をかけられるなんて思ってなかったもん。でも、そんなに悪くなかったけど」
「なるほど、メイは束縛が良いのか」
「違うよ⁉︎」
そのため、内心を隠すためということも含んでからかった。
まあ、ただの遊びという理由の方が大きいが。
「じゃあ、さ、リント……リントは何で戦うの?」
「ん?」
「私なんかより辛くて大変でしょ?でも、何で戦えるの?戦わなくても良かったはずなのに……」
「それは……」
確かに、凛斗が戦わなければならない理由は無かった。メイよりも逃げやすい道が用意されていた。そして大人達も止めていた。
だが凛斗は戦う。それは復讐ではない。
「俺達は未来を奪われた。それはもう取り戻せない」
帝国軍に家族を殺され、仲間を殺され、敵を殺し、もう後戻りのできない所にいる。
「けど」
だが……
「後ろの奴に未来を残すことはできる。こんなくそったれな世界で戦うには、そんな理由がないとやってられないんだよ」
それでも、未来を作ろうと努力することはできる。




