第17話「嵐の戦場」後編
「ドロー2だ凛斗、あがらせないぞ」
「残念、俺も持ってる」
「あ、わたしも」
「同じく」
「僕もです」
「返ってくるなよ!」
嵐が近づいているらしく、海の上は荒れ始めているそうだ。だが、海の中は静かなものである。
そんな状況にある蒼龍の中で凛斗達5人はカードゲームに興じていた。
「これであがり、と。悪いな、剛毅」
「ちっ。で、どれにすんだ?」
「コーヒー……いや、カフェラテで」
「ストロベリーラテかな」
「メロンソーダ」
「サイダーです」
「はいよ」
負けた人間が他全員分の飲み物を食堂から持ってくる、そういう勝負だ。
なおトレーを使えるため、唐突な揺れ以外はそんなに大変ではない。
「ほい、持ってきたぞ。で凛斗、アレって本当か?」
「アレって何だ?」
「帝国の皇女と凛斗が知り合いって話でしょ」
「……それ、誰から聞いた?」
「え?メガネさん」
「僕もそう聞いたんですけど……?」
「守秘義務とか機密とかないのか……!」
確かに機密指定の話は聞いていなかった。だがたった数日だ。
その間に知れ渡っていることに驚き、そして少し恐怖した。
「大丈夫だよ凛斗。メガネさん、私達だけだって言ってたから」
「それの何処が大丈夫なんだよ」
「大丈夫でしょ」
「それより凛斗、早く言えっての」
「僕も気になります」
「分かった分かった。皇女とはクラスメイトで、一応友達だった。良い奴だったけど、何か企んでそうだったな」
「ふーん。じゃあ凛斗、その皇女って綺麗だった?」
「ん?まあ、美人ではあったぞ?」
「そっか」
ただ、どうやらあの事は知らされていないようで、凛斗は安心した。心苦しくもあったが。
「にしても、凛斗にそんな綺麗どころの知り合いがいるのか」
「何よ、私達はブスってわけ?」
「は?そんなの一言も言ってねえだろ」
「けど、話は聞かないと。繭も?」
「あ、うん。だってね」
「お前ら……気にしすぎじゃないか?特に繭」
「そんなことないよ?」
「そうそう。変なこと考えてるわけじゃないし」
「……剛毅?聡?」
「ま、まあ……な」
「それは、その……」
「ったく。あいつとは友人止まりだよ。冗談を言い合ったことはあったけど、本気にしたことなんてない」
「なら良いけど」
「まあ、繭だもんね」
「ん?何が……」
そんな風に会話を続けていた5人。
だが非常警報が鳴らされたことで、話は中断される。
「えっ」
「ちっ」
「また?」
「全員着替えて機体に乗れ!」
何度も経験していることのため、反応は速い。
すぐさま走り出した5人は更衣室でパイロットスーツに着替え、格納庫へ駆け込んだ。
「親爺さん!」
「おう凛斗、起動準備は済んでるぞ」
「もう?オーバーホール中だったんだろ?」
「オーバーホールは胴体部だけ、もう終わってら。それで慌てて組み上げたけどな……不具合の確認は出来てねぇから無理すんじゃねぇぞ?」
「分かってる。無理はしない」
「何かあったらすぐ戻ってこいよ」
「了解」
話を聞きつつ、ガントリーを登ってコックピットに入る。そしてすぐさま起動、状況の確認を始める。
「各機、状態報告」
『サタン、異常無し。やれるぞ、凛斗』
『リヴィアタン、問題無し。今回は完全水中戦仕様ね』
『ベルフェゴールも大丈夫。ちゃんと動いてくれるよ』
『マモン、大丈夫です。いつでも行けます』
「了解、ルシファーも問題ない。伯父貴、状況は?」
『前方70kmの地点にスパイダーを発見した。護衛はジャガー級が4隻だ。このままでは進路が43km地点で重なる上に、ウンディーネの降下も確認されている。見つかる可能性は高いだろう』
「その前に攻撃するってことか」
『そうだ。だがスパイダーの周囲に存在するSAGAが多い。演習中の可能性もあるが……エンジェルシリーズだけではなく、ジャッジメントも確認された』
「ジャッジメントが?……ちなみに伯父貴、補給艦隊は?」
『それはさらに南東へ300kmの位置だ。戦えば、恐らく回避されるだろう。今回は諦めろ』
「了解。それで?」
『デーモンシリーズとハクゲイは艦首ハッチから発進しろ。コクロウは上部ハッチからカタパルトを使わずに発艦させる』
「了解。なら順番は……」
『いや、1回で発艦できるぞ』
『え?5機なのに?』
『ベルフェゴールとマモンは同じハッチに入ることができる。小型機だ、不可能ではない』
「伯父貴、機体はそうでもガントリーが……ってもしかして?」
『それ専用にガントリーは調整させた。上部ハッチでは無理だが、艦首ハッチなら可能だ』
「なるほど……分かった。じゃあ振り分けはそっちで頼む」
『任せておけ。だが、原田はコクロウで出る。デーモンシリーズの指揮は任せるぞ』
「了解」
本来の獲物であった補給艦隊はまだ遠く、今狙うにはスパイダーが邪魔だ。だがスパイダーへの対処を行えば、情報を得た補給艦隊は避難してしまう。さらに、スパイダーへの対処は急務だ。
そんな状況では、獲物を変えるほか無かった。
「さて、簡易だけど作戦説明を始めるぞ」
『ルシファー、サタン、リヴィアタン、ベルフェゴール、マモン、ガントリーの移動を開始します』
『艦首ハッチ、上部ハッチ、起動確認完了。問題ありません』
「剛毅と香織は好きに動け。剛毅は空中、香織は水中だな。ガブリエルとラファエルが出てきたらまた押さえろ」
『雑だな』
『仕方ないでしょ』
『移動完了、ハッチ閉鎖』
「文句言うな」
『コクロウ16機、ハクゲイ12機、移動を始めます』
『水密確認……異常なし』
『注水開始します』
「繭と聡、最初は俺の援護をしてくれ。しばらくは3機で動く。ただ、向こうの2機……ウリエルとラグエルが出てきたら任せる。多分、俺はミカエルに専念しないといけなくなるからな」
『了解』
『はい』
「質問は?……無いな。行くぞ」
『注水完了』
『周囲に敵影無し、艦首ハッチ解放。発艦よし』
だがそんな状況でも、やることは変わらない。
ハッチが開かれ、4ヶ所の穴から5機の人型が飛び出す。
「剣崎凛斗、ルシファー、出撃する!」
『塚原剛毅、サタン、行くぞ!』
『無花果香織、リヴィアタン、行くよ』
『富塚繭、ベルフェゴール、行きます』
『山中聡、マモン、出ます!』
そして少し進んだ後、リヴィアタンを除いた4機は海面から飛び出した。
「風が強い……」
だが、凛斗の予想より嵐は近かった。風は強く海は大荒れ、雨もかなり強くなっている。未熟なパイロットでは飛行不可能なレベルだ。
SAGAでは風の影響を完全に排除しきれない以上、慎重かつ大胆な操縦な求められる。
『問題ないだろ』
『これくらいなら普通でしょ』
「お前らはな。こっちは3年間も嵐や台風から切り離されてたんだぞ?」
『飛ばなかったの?』
「いや、嵐の日は教官が全面的に禁止してた。まあ、あんな中を飛べるって知られるのも問題なんだけど」
『そんなこと俺らに言うな』
『そうそう。関係ないでしょ?』
「そうだけどな。ただ、気持ちの問題だ」
『でも、凛斗ならできるよね?』
「簡単に言うなよ。けどまあ、やるしかないか」
そんな話をしている間に、向こうも対応が決まったようだ。スパイダーからSAGAが向かってきた。
また、ラファエルらしき機体が水中に飛び込むのも見える。
「香織、ラファエルがそっちに行った。気をつけろ」
『了解。ハクゲイ隊との連携も必要かな』
「ああ。前衛の8機と通信を繋いでおけ」
『凛斗、作戦を決めるぞ』
「了解、兄貴。けど、エンジェルシリーズがいるならいつも通り……ん?」
『どうした?』
「……まさか」
拡大した敵機の肩に描かれているのは、黒百合の前で交差する剣。
こんな場所にいるとは思っていなかった相手。
「帝国の悪魔……奴が何でここに!」
パルチザンにとって最悪の敵の登場。凛斗が叫んだのも仕方のないことだった。
『こんな中で戦闘かよ』
『文句言わないでよ。こっちまで嫌になるでしょ』
「シアもそんなこと言わないで。多分、私が1番大変だから」
『メイちゃん、速いもんね』
『無理すんなよ?』
「大丈夫」
一方のメイ達。彼女達はちょうど、エンジェルシリーズとジャッジメントを含んだ30機程度の機体で演習中だった。
演習中も警戒を怠っていたわけではない。だが、気づいたのはルシファーが飛び出した後だった。
『気を抜きすぎではありませんか?ハイシェルト少尉』
「キュルト中佐……いいえ、そんなことはありません。いつも通りです」
『普段がそれであれば、色々と改めなければならないようですね』
「だから心が狭いなんて言われるんですよ」
『……言ってくれますね』
『あ、あの、先輩?』
「あ、ごめん……とりあえず、ルシファーは譲りません。アレと戦えるのは私だけです」
『では3機で参りましょうか』
「はい?」
『不服ですか?折衷案としては良いものですが』
「連携なんてできるはずがありません」
『私が合わせるだけです。問題はありませんよ?』
『先輩、わたしも頑張りますから』
「……分かりました。ですが、足を引っ張ったりはしないでください」
『それはこちらのセリフです。金星の獅子を討ち取ります……殿下のためにも』
警戒していた直掩機とスクランブル機も合わせ、50機程の部隊で迎撃に向かう。数だけなら敵の倍近い。
ただ、これでも満足しきれないのが以前からスパイダーに乗っている者達だ。
「トラン、多分リヴィアタンもいるけど、そっちはお願い」
『おう。ま、戦うだけなら問題ねぇよ』
「クリスとシアは協力して……ベルフェゴールとマモンに対処して。レックスはサタンの相手だけど、できるならクリス達の方にも気を配ってね」
『難しいこと言ってくれるぜ』
『うん、任せて』
「あ、ジャッジメントが来ても追い払わないでね。後が面倒だから」
『じゃ、囮に使ってみる?』
「それくらいなら良いんじゃないかな?」
『うお酷ぇ』
『けどま、それくらいならやってやるぜ』
『メイちゃん、何かあったの?』
「何も。でも、積極的にやらなくても大丈夫だよ。来たら、で良いから」
武装法務隊にあまり良い感情を持っていないのは、メイも同じだった。
その理由は彼女のみが知ることだが。
『何だと⁉︎』
『何でよ!』
『嘘だろ……』
『クソが!』
『ふざけんなっての』
『どうして……』
『凛斗、何か知らない?』
「そんなこと知るか。ただ嘘じゃない。あのエンブレム、絶対にあいつだ」
『凛斗、無理だけは……』
「大丈夫だ、兄貴。今なら勝てる」
帝国の悪魔、アルマ・キュルトと戦ったことがある人間は少ない。未成年組の中では凛斗だけだ。そして、その時は何とか撤退できたものの、機体は中破となっていた。
しかし、あの時は魔改造されていたとはいえ第8.5世代機、今は第12世代機。凛斗にとって、これは借りを返すチャンスだ。
『それならマシか。で、どうしたい?』
「数の差はマシな方だから……いや」
空中の敵機は確認できる限り、エンジェルシリーズ4機にシルフィード8機、バトラー16機。そしてジャッジメントが10機、内2機が専用機だ。
ジャッジメント10機というのは中途半端なので、もう2機が水中にいることを凛斗達は正確に推測していた。
同時に、ウンディーネは12機だろうということも推定済みである。
「兄貴、ちょっと確認してもいいか?」
『ん?まあ、必要ならな』
気になったことを確かめるため、凛斗はルシファーを少し降下させる。すると、ミカエルもそれに合わせて動く。
そしてジャッジメントの専用機2機も少し遅れて追従した。
「やっぱり……」
『凛斗?』
「専用機2機とミカエルは俺が相手をする。奴らの狙いはルシファーだ」
『おい!』
「デーモンシリーズ各機はエンジェルシリーズの相手、兄貴は6機から8機でジャッジメントの対処をして欲しい。他は残り全員で頼む」
『そうか……分かった、任せとけ』
『凛斗!』
「心配するな、繭」
『でも……』
「援護は出来る時だけで良い。繭が無理したら元も子もないからな。大丈夫だ。俺はこんな所で死んだりしない」
『……信じてるから』
「任せとけ」
そう言うと改めて覚悟を決め、敵群を睨みつけた。
ルシファーはそれを反映するかのように、両手の高出力ビームライフルを握りしめる。
「さて……」
そしてプラズマスラスターを吹かしたミカエルに対抗し、ルシファーもメインスラスターの出力を上げ、突撃した。
大刀型クルセイダーを持つ手に盾を押し当て、振り下ろしを防ぐ。そしてそこへ蹴りを食らわせ、ミカエルを弾き飛ばす。
「行け!」
『行くぞお前ら!』
それと同時に双方からミサイルが飛び、戦闘が始まった。明けの明星側に損害はないが、帝国軍の方は3機のエアロが損傷し戦線を離脱する。
海中でも同時に戦端が開いたようで、海面には水の柱がいくつも立った。
ルシファーも見逃されるわけがなく、両手にビームソードを持って突撃してきたキュルト機が接近してくる。
「流石に、強い……けど」
それを両腕の固定式ビームソードで防ぎ、弾く。高出力ビームライフルを向けるが、それは蹴りでそらされた。
剣の技量はアルマ・キュルトが上、機体性能では凛斗が上。しかし、この差はどちらも大きくない。この一瞬の交差で分かったのはそれだけだ。
「ルシファーなら!」
そしてこれなら、勝機がある。3年半前とは違う。そう確信し、右足の固定式ビームソードを一閃した。
残念ながら防がれたが、そのままサブスラスター出力と駆動部の出力を合わせた力業で吹き飛ばす。
「死、っ⁉︎」
体勢を崩したキュルト機をビームボーゲンで狙うが、その前にミーフェル機からの射撃が降り注いだ。
射撃武器の数は6門と、ルシファーより少ない。だが、的確な射撃だ。反撃は盾に防がれて届かない。
1対1なら一蹴できただろうが、今は3対1。ミーフェル機のみ相手をするわけではない。だが、慌てて回避行動をする姿は、敵からすれば格好の的だろう。
「こいつっ……ん?」
しかし、追撃は無かった。吹き飛ばされたアルマ機はまだしも、ミカエルの距離が妙に遠い。加速のためだとしても、今の状況と比べて遠すぎる。
そのため、落ち着いて大刀型クルセイダーの腹へ盾を当て、防ぐことができた。
「連携が悪い……いや、メイが遠慮してる?ジャッジメントの方は……?」
体勢を整えたキュルト機も、位置取りがおかしい。ミーフェル機と連携して挟み撃ちを作ることはできるが、そこはミカエルと同じ方向だ。
別の場所へ移動しようとはしているらしい。軍に手柄を取らせたくないのかもしれないが……どうやら、ルシファーとミカエルの機動力を見誤っているのもありそうだ。
本気で逃げに徹したらジャッジメントでは追いつけないため、順当な結果だが。
「射撃機はまだまだ……新入りか。なら、都合は良い」
そう判断した凛斗は操縦桿を操り、両手の得物を高出力ビームライフルからビームソードへ変更する。
そして獰猛な笑みを浮かべ、アルマ機へ向けて突撃した。
「キュルト中佐、退いてください。邪魔です」
『貴女こそ退きなさい。』
「合わせると言ったのはキュルト中佐の方です。性能で劣るジャッジメントがサポートに回るのは当然、それとも死にたいんですか?」
『それは貴女の理屈です。そして階級を何だと思っているのですか、ハイシェルト少尉?』
「私は貴女の部下ではありません。あくまで同じ艦に……キュルト中佐!」
『なに⁉︎』
経験からか、驕りからか、キュルト中佐はルシファーの高い格闘戦能力に驚いていた。だが次に、射撃戦用機であるルシファーが自分から突っ込んできたことに驚いた。
そのため、反応が若干遅れてしまう。そして出力差で押される。
『くっ』
「そのまま抑えててください」
『先輩⁉︎』
「ミーフェルは牽制射!当てなくていいから!」
『は、はい!』
「このまま……っ!」
しかし、それを好機とする者もいる。メイはプラズマスラスターの出力を一気に上げると突喊、大刀型クルセイダーを振り上げた。
だが不意に頭をよぎった直感に従い、翼の向きを変えて急旋回する。そして次の瞬間、元いた場所を何十条ものビームが貫いた。
「このっ!」
ミカエルはビームガトリングで応戦するが、キュルト機が邪魔で上手く狙えない。
ミーフェルの方も当たることの無い無意味な射撃しかできないでいた。
「早く退いてくださいキュルト中佐!もしくは吹き飛ばされて!」
『無理を言うより私ごと撃ちなさい!』
「そんなことできるわけないです!」
やろうと言えば可能だ。だが、メイはやりたくない。甘いと言われても、それだけは許容できない。
なので返答には、同類になるのは御免だという意味も込められている。
『こんな時に!』
「こんな時でも、です!」
『言い訳しな、ぐっ⁉︎』
「危なっ⁉︎」
だがそんなやり取りをしている隙はなかった。
膝蹴りと回し蹴りでキュルト機はミカエルの軌道上に弾き飛ばされ、ミカエルはそれを避けるために止まらざるを得ない。
そしてその隙に、ルシファーは全く違う方向へ飛び立った。
『この方向はっ!』
「させない!」
それは警戒とSAGA隊支援のために前進していた2隻のジャガー級の片方へ向かう軌道。
体勢の崩れたキュルト機に先んじ、ミカエルはルシファーを追う。
「待って!」
『先輩、速いです!』
「大じょ、えっ?」
だがルシファーは急制動をかけ、ミカエルの下をくぐった。
そして足を掴まれ、強引に軌道と姿勢を変えられる。
「きゃあ⁉︎」
『先輩っ、ひっ!』
『だから勝手に、っ⁉︎』
「この!」
そんな風に翻弄される3機。致命傷こそ追っていないが、ルシファーに勝つ確率は少しずつ減っていた。
「シアちゃん、まだ行けるよね?」
『当然。むしろクリスの方が大変でしょ?』
「ううん、大丈夫。援護お願い」
『後ろは任せなさい。前は任せるから』
「はーい」
同じ戦場の中でクリスとシア、ウリエルとラグエルはベルフェゴールとマモンの相手をしていた。
レックスのガブリエルは上手くサタンを抑え込み、他の機体から隔離している。戦況としては若干劣勢だが、負けるほどではない。相性を上手く生かしていた。
ジャッジメント隊は数の有利を生かして立ち回っているのだが、質的不利は否めない。既に腕か足を無くした機体が3機はいる。
シルフィードとバトラーはほぼ一方的に減らされていたが、スパイダーから来る援軍のおかげで何とか戦線を保っていた。コクロウの側に攻め気が少ないのも要因の1つではあるが。
また、海中の様子を直接見ることはできないが、データリンクによると五分五分らしい。トランのラファエルがウンディーネと協力して、リヴィアタンとハクゲイへ対処している。
『はっ!』
「やぁ!」
ラグエルはビームロケットアンカーを放ち、その隙にウリエルが両手のビームソードで切り込む。
合間にビームスローイングダガーやビームマシンガンを挟むことも忘れず、2機で果敢に攻めかかった。
『この……!』
「シアちゃん!」
『くっ』
だが2機がかりでも、ベルフェゴールに傷一つつけることができない。むしろ、ウリエルとラグエルの方が一方的に損傷していた。剣の腕は明らかに相手の方が上だ。
しかも後方支援のサタンがいる。ビームカービンライフルとビームマシンガンによる牽制だけでなく、少しでも足が止まれば8門の高出力ビーム砲に撃ち抜かれる。
「危ないよね」
『そりゃまあ、戦場だし』
そしてプラズマ収束砲を撃たれれば、最優先で回避しなければならない。小口径とはいえ、威力は折り紙つきだ。
1度それで危ない目に遭い、2人の攻め手はいくらか緩んでいた。
『それでも……危険でも、やるしかない、か』
「うん。メイちゃんのために頑張ろ」
『もちろん。やられっぱなしってのも嫌だしね』
それでも、諦めたりはしない。最低でも友達のために、時間稼ぎくらいはするつもりだ。
「こいつ……ウザい!」
空中と同様に、激しさを増す海中での戦闘。対峙している2つの陣営。
その片方。リヴィアタンのコックピットの中で、香織はそう唸った。
『こら、そんな汚い言葉を使わないの』
「でも、本当のことだし……そっちもそうでしょ?桜さん」
『それでもね。女の子なんだから』
「はいはい」
SAGAによる水中戦は水深数百mのエリアでも行われるため、光学機器はほぼ使えない。ライトを灯せば索敵もできるが、それは敵に見つかるだけなので使われない。今も昔も、海の底は闇の中だ。
だがソナー、磁気センサー、赤外線カメラ、水中用レーダー等を組み合わせた複合可視化システムにより、メインディスプレイには可視光とほぼ変わらない光景が浮かんでいる。
この時代の水中戦はこのように、探知可能距離は短くなるものの、感覚は空中戦とあまり変わらない。攻撃もビームとミサイルがメーザーと魚雷に変えられただけで、挙動はほとんど同じだ。
だからこそ、慣れていればパイロットの併用ができ、このように激しい戦闘が繰り広げられていた。
「ああもう!何だってこんな!」
『ちょっと香織、熱くなっちゃ……』
「分かっています!」
特に、リヴィアタンの主敵はラファエル、油断できない危険な相手だ。そこへ時々ウンディーネも混ざってくるため、何度か危ない思いもした。
ハクゲイ隊の蹂躙により数的不利を感じることが少ないとはいえ、ゼロではない。
彼女は凛斗ほど熟達していないのだから、当然でもあるが。
「この、はぁぁ!」
リヴィアタンは迂闊に近寄ってきたウンディーネのエレメントをメーザー砲で撃破し、魚雷を回避しつつ、ラファエルの斧槍型クルセイダーを受け止めた。
反撃としてメーザーソードを振るうも、斧槍型クルセイダーの柄に防がれ、失敗に終わる。
「当たらない……」
『無理したら……』
「大丈夫です!」
抵抗が大きく速度が抑えられる水中では、クルセイダーも十分な威力を発揮できない。こうして盾で受け止めることも十分可能だ。
そもそも格闘戦距離へ踏み込むのは空中以上に難しいはずだが、ラファエルは何度も成功させていた。それだけの才があるんだろうと、その手の才が少し乏しい香織は舌打ちする。
もっとも、並みの機体なら射撃だけで簡単に封殺できる腕前に加え、一般以上の近接戦闘能力を持っている人間がやることでは無いとも思うが。
現に、接近しようとしていたウンディーネ小隊を押し留めつつ、2機を既に撃ち落としていた。
「また来て、きゃあ⁉︎」
そんな最中、ラファエルがリヴィアタンに向かってクルセイダーを構えた時、2機の間の海面で爆発が起こり、その衝撃で機体が揺れる。
その周囲での戦闘は一時収まったが、隙になったことは変わらない。奇襲を受けなかったのは相手も動揺していたからにすぎない。
「今のは⁉︎」
『誰かが落とした敵機だって。兄貴かも』
「あー……まあ仕方ない、か」
『そういうこと』
そして、それを好機と出来るか否かが勝敗を分けると彼女達は悟った。
魚雷の残数は少ないが、まだ残っている。メーザー砲に弾数制限は無く、ライフルとソードも無事だ。戦闘に不安は無い。
そして、ちょうど起きた再度の爆発を利用する。
「上も頑張ってるなら、こっちもしっかりしないと。桜さん、突っ込むから援護してください」
『程々にね』
「分かってます……あ」
『任せて』
ウンディーネの編隊が戻る直前の僅かな隙、そこを突いたリヴィアタンは1ヶ小隊を殲滅し、1ヶ中隊を壊走させた。
しかし、ラファエルがリヴィアタンへ接近してきたが……
『これくらいなら、ね』
「ナイス!」
ヒレが刃になった鮫のパーソナルマークを持つ彼女なら、ラファエルを抑え込むこともできる。数機がかりなら他の人でも簡単だろう。ハクゲイは、もちろんコクロウも、それだけの性能を持っている。
さらに、ウンディーネの崩れた陣形の中にはハクゲイ隊が入り込んだ。
『このままやるよ。良い?』
「はい」
海中ではしばらくの間、明けの明星有利に戦闘が進むだろう。
「いい加減……墜ちろ!」
一方、圧倒的な力で翻弄しているように見えるルシファーだが、中の凛斗は綱渡りだった。
キュルト機もミーフェル機も上手く抑え込めているが、反撃は的確なため雑な回避はできない。
そして最も厄介なのはミカエルだが……パイロットを殺してはいけない。それは凛斗にとって絶対条件であり、戦闘を困難なものへ変える要因だった。
『凛斗、これ以上風が強くなると、SAGAでも危険になる。いくら凛斗でもな。早く退くぞ』
「分かってる。でも敵が……蒼龍は?」
『安全圏へ離脱したらしい。流石に、敵前での撤退は厳しいか』
「敵が退くまで耐える。それしかないだろ?兄貴」
現在の風速は秒速20メートルを超えたところか。
こんな風の中でも比較的安定して戦闘できるのはSAGAの特徴だが、それでも限度がある。このペースで強くなると、すぐにまともに飛ぶことすら不可能となる。
『……分かった。なら凛斗、そっちは頼む』
「ああ。兄貴もな」
引き際を間違えれば被害は免れられない。ちゃんと考える必要がある。
「と言っても……ちっ」
だが、思考を続ける隙はなかった。
ミカエルが突撃してきたため、大刀型クルセイダーの柄を押さえることで防ぐ。
「はぁ!」
そしてショルダーシールドを掴み、巴投げ風に投げ飛ばした。
さらに突っ込んできたキュルト機へ50発のビームを叩き込む。
「穿て!」
今までキュルト機には同時に5発程度しか撃っていなかった。だからこそ反応が遅れたのだろう。
簡単に避けられるよう撃ったためキュルト機に損傷は無い。だが、体勢は崩れた。
その間にキュルト機の背後を取り……
「しっ!」
左腕と右足を切り飛ばす。
「落ちろ!」
さらにミーフェル機へビームボーゲンを斉射。
正面の30発を囮に、10発ずつを迂回させることで、ミーフェル機の両腕を破壊した。
「よし!」
想定より敵機の損傷が少ないのはパイロットの腕だろう。
だが、これで戦闘能力は無くなった。撃墜もしやすい。
「これでトド、っ⁉︎」
しかしミカエルが飛び込んできたため、残念ながら逃げられてしまった。
追撃しようと得物を変えていたが、無駄になってしまった。
「メイ……やっぱり邪魔するか」
そうして、高出力ビームライフルを両手に構えたルシファー、大刀型クルセイダーを両手で構えたミカエル。4回目にして3回目の対峙。
だが……今は敵同士とはいえ、既に3回経験したとはいえ、凛斗にとってやるせない状況だった。
「……死ぬなよ」
しかし、手加減もできない。先制を目論見、ミカエルへ集中射撃を浴びせかけた。
残念ながら掠めただけだったが、その内のいくつかが両腰にラックされていたビームライフルを2つとも破壊する。
「邪魔な……」
バトラーやコクロウからの流れ弾もあるが、その程度なら無視できる。散発的に飛んでくるものであれば、盾で防ぐのも容易だ。
しかし、一瞬目を取られてしまうことは確かである。
「投げ、まさか⁉︎」
ミカエルは大刀型クルセイダーを上に放り投げ、ショルダーシールドからビームスローイングダガーを引き抜き、投擲した。
「ちっ!」
投げつけられたビームスローイングダガーは6つ。ルシファーは4つを機動で回避し、残り2つは両足の固定式ビームソードで破壊する。
その後のミカエルの突撃
「ふぅ……兄貴、戦況は?」
『悪くない。敵も撤退を開始している。3割から5割程度を損傷させたな』
「こっちの被害は?」
『撃墜はゼロだ。だが大破はいる。殿を任せれるか?』
「大破まで……」
『1機だけだ』
「分かった。このまま戦い続ければ良いよな?」
『頼む』
レーダーを確認すると帝国軍機は少しずつ撤退を開始していて、それに合わせるように明けの明星も下がっていく。海中も同じだ。
そのため、戦場にいる機体の数は減っていた。
「くっ」
だがミカエルのみでも危険なことに変わりはない。既に大刀型クルセイダーを回収しており、再度突撃をする。
むしろ流れ弾が少なくなったことで、危険度は上がったくらいだ。
「当たらない……」
ビームボーゲンで牽制しつつ、ルシファーは後退した。
牽制と言っても当てるつもりで撃っているのだが、この程度だと今のミカエルには当たらない。10発程度まとめて撃っても大半は避けられるか盾で防がれ、当たっても装甲を掠める程度だった。
「この!」
再度の突進を右手のビームソードで払う。
だが勢いに押し切られ、ビームソードを手放してしまった。
「ちっ」
そこでルシファーは左のビームソードも戻し、両手に高出力ビームライフルを手に取る。
「当たれ!」
そして射撃。十数門のビームボーゲンと共に行った斉射であり、射撃精度も高い。通常の敵なら1ヶ小隊を殲滅できるレベルだ。
だがミカエルは高出力ビームライフルを優先して避け、多少掠めつつもスラスターへの被弾は無い。
「流石は……くっ」
ビームガトリングでの反撃を避けつつ、射撃は続ける。
牽制射でしかないとはいえ、突撃を抑える効果はあるからだ。
「1対1なら都合は良い……」
戦闘は終息に向かい、明けの明星も撤退を開始している。他のデーモンシリーズもそうだ。
だがルシファー、およびミカエルは未だに激しい戦闘を続けている。殿という役目もあるが、パイロット同士に目的があるからでもあった。
「けど、そろそろ退くべきか。それには……」
また、互いの戦闘能力が近づいているのもあった。凛斗の実力も上がっているが、メイの追い上げが凄まじい。
そしてその結果、ミカエルの戦法は一撃離脱だけではなくなっている。
「また上手くなってるな」
確かに、大刀型クルセイダーが最も威力を発揮するのは高速で突撃をかけた場合だ。だが、普通に振るっただけでも SAGAの装甲くらい両断する。
マニュピレーターの出力とサブスラスターを生かした連撃も脅威だ。今まで以上の速度と精度で連撃が放たれる。
「流石は、メイ……!」
ルシファーは自身もスラスターを全開にして退避行動を行いながら、盾を使って捌いていく。途中で左手の高出力ビームライフルを切断されたが、本体の損傷は軽微だ。
とはいえ、大刀型クルセイダーの衝撃を捌ききるのは並大抵の苦労ではない。
「まずっ⁉︎」
どうしても修正しきれなかった体勢の崩れ、それをミカエルに認識される。
そして、その瞬間に放たれた最後の一撃を……盾でどうにか受け流した。
「らぁぁぁ!!」
そのまま反撃に移る。残った高出力ビームライフルも手放すとミカエルの右手を掴み、メインスラスターを全開まで吹かして背後を取った。そしてプラズマに装甲表面を炙られつつも左手から固定式ビームソードを発振、ミカエルの両翼の付け根を貫く。
そうしてルシファーも同様に持つ弱点、メインスラスターへのエネルギー伝導ラインを正確に切断した。コックピットへの損傷は無い。
「はぁ、はぁ……これでよし」
もちろん、メインが潰れてもサブが動く。通常であれば戦闘に出る支障は最低限だ。
だが高速戦闘中、しかも退避のために最高速度を発揮しようとしていたミカエルでは最低限で済まなかった。サブが起動する前に海へ墜落してしまう。
「さてと、回収できるなら……がっ⁉︎」
高速で海面に叩きつけられたミカエルの内部機構は破損した、そう推測した凛斗は鹵獲も視野に入れていた。
だがその前に、ルシファーのコックピットも急な揺れに襲われる。
「何が……なっ、システムショート⁉︎エネルギーケーブルが……くそ!」
網膜投影に出ているのはメインスラスターの出力緊急低下、サブモニターを操作して表示した空間投影によると、エネルギーケーブルが破損したようだ。
どうやらジェネレーター付近でショートが起きたらしく、詳しい原因は不明だがサブの方まで同時にやられている。
他の機能に問題はないが、既に飛行は続けられなくなっていた。
「どうにかする方法は……バイパスを繋がないと無理、か。まあ、出来る範囲で助かったけど」
凛斗は親爺さんなどに教えられ、非常時の修理方法を多少は会得しているものの、ハードの故障では大抵の場合、地上での作業が必要だ。
そして、今回もそれに当たる。
「仕方ないな……あの島に降りる。それまでもってくれよ、ルシファー」
そのため、目に付いた島へ降りることにした。
サブスラスターと翼を使って滑空しつつ、ルシファーは森の中へと消えていく。




