第17話「嵐の戦場」前編
「皐月の誘導ビーコンを確認」
「ハッチ接続用意良し」
「速度同期、完了しました」
「そのまま上昇しろ」
「了解。ドッキング開始まで180秒」
「衝撃注意報発令。艦内準備良し」
旧月型補給工廠艦。見た目はただのコンテナを積んだタンカーだが、中身は異なる。
艦底部には明けの明星用の倉庫や簡易工廠が存在し、補給物資や人員どころかSAGAの運搬と修理すら可能だ。
この旧月型を用いることで、蒼龍は工廠から離れた場所でも行動することができる。
ちなみに正体を偽装するため、12隻全てが実際に交易を行っており、明けの明星の資金源の1つだったりする。
「ドッキング開始まで、5、4、3、2……今」
「接続確認、排水開始」
「水密は……問題ありません」
「排水完了。ハッチ開きます」
「コネクター接続開始……終了しました」
「自己システムチェックを始めます……オールグリーン、全て問題ありません」
蒼龍側のドッキングハッチは空中用発艦ハッチで、8個全てが同じ規格となっている。残念ながら、ドッキングは1隻としか出来ないが。
しかし、旧月型の巨体は巨大な蒼龍すら覆い隠すため、そしてその巨体から生まれる圧倒的なキャパシティにより、1隻で十分だった。
「作業を開始しろ。今回の物品は?」
「食料等は通常通り予備を含めて1ヶ月分、余った物は搬出します。個人の注文品も予定通り34人分届きました。ミサイル、魚雷、予備パーツなども規定量の搬入、廃棄品の搬出もいつも通りです。SAGAは搬出が4機、搬入が2機になります」
「予定通りか」
「はい。4号機のベルフェゴールと5号機のマモンです。繭ちゃんと聡君も戻ってきました。潤人君と智子ちゃんの移乗準備も進んでいます」
「順調ならいい。警戒は厳となせ」
「了解しました」
伯父貴達の働きもあり、蒼龍の補給は滞りなく進んでいた。
そんな時、格納庫の中では……
「ただいま!」
「っと。おかえり、繭」
「あー、止められた……」
「分かってたからな。繭は軽いし、止めるのは簡単だ」
「ん、ありがと」
ご機嫌な繭と、それを受け止めた凛斗。そしてそれを笑いながら見る5人。
訓練漬けと凛斗は聞いていたのだが、繭は予想以上に元気だった。
「今戻りました、凛斗さん」
「聡もよく帰ってきたな。疲れたか?」
「はい、少し……」
「なら休んでおけ。出番はすぐに来るぞ」
「分かりました。ありがとうございます」
ただし、聡の方は疲れが溜まっているようなので、凛斗は部屋へ行くよう言う。
元々戻ってくる予定だったため持ち出した荷物は最小限であり、すぐに休めるだろう。
「で、アレがベルフェゴールとマモンか」
「うん。仕様はデータ通りだし、いけるよね?」
「ああ。まあ、基本はあんまり変わらないけどな」
「おい凛斗、こいつら随分と小さいな」
「4機目と5機目は小型機だ。エンジェルシリーズの方も同じらしい」
「だから速いし、小回りも利くよ。小さいけど武器は多いから火力は十分だし」
「さっすが繭、ちゃんと言ったね」
「ちょっと、やめてよ」
香織にからまれる繭。だが、香織の目的はそれだけではない。繭も聡と同じくいくらかの荷物を持っていたのだが、それは香織に掻っ攫われていた。
そんな風に騒ぐ2人もいるが、大人しい者もいる。入れ替わる2人は荷物を持ち、ハッチの方へ向かっていた。
「あ、その、凛斗。いってくる、ね」
「少しの間ですが、行ってきます」
「潤人と智子は機体の最終調整と受領だけで、訓練は蒼龍でやるんだったよな?」
「う、うん。そう、みたい」
「ただ、調整に手間取ってるらしい。少し遅れたとしても、焦らなくても良いからな」
「はい。万全な状態で戻ってきますから、心配しないでください」
「心配はしてない。信頼してるからな」
「う、うん、頑張り、ます」
「懐かしい光景ですね。しばし見ていませんでしたが、変わらないようでなによりです」
そしてそこへ混ざってきたのは、この時代には珍しくメガネをかけた男だ。
視覚障害の矯正のためにかけられているものだが、知り合いの間ではトレードマークのようなものとなっている。
「メガネさん」
「久しぶりですね、凛斗君」
「久しぶり。メガネさんが色々と教えてくれたおかげで、かなり助かった。ありがとう」
「それは良かったです」
彼の名前は仁王元。明けの明星の諜報部門をまとめ上げる男だ。厳つい名前だが、実際の彼は優男だ。
以前は日本国防軍情報部に所属しており、そして明けの明星が自由に海を行ける理由でもある。
「さて、自分はこれで失礼します」
「伯父貴のところへ?」
「ええ、会議室で報告を。凛斗君も来ますか?」
「なら行く。潤人、智子、頑張れよ」
そうして2人が向かった会議室では、伯父貴だけでなく兄貴もいた。
「よく戻った、仁王」
「ようメガネ、お疲れさん」
「自分の仕事の1つです。最前線に出るわけではないので、苦労はそこまでありません」
確かに、彼は最前線に立たない。表も裏もだ。謙虚すぎるかもしれないが、正しい言葉でもある。
そしてそれが、凛斗には少し不満だった。
「メガネさんがいなかったら俺達は何もできないんだから、誇っても良いよな?」
「忍びは影でいい、ということです。謙虚でいいんですよ」
「でも……」
「そこまでだ、凛斗。仁王、報告を」
だがそれはここで言うことではない。
伯父貴に制止されて気づいた凛斗は若干不満げながらも引き、話を聞く。
「はい。先の亞号作戦以後、環太平洋地域の帝国軍は行動の自由を大きく減らしました。アラスカ中央基地撃滅による後方基地の警戒強化、日本本土だけでなくアメリカやオセアニア地域のパルチザン活動活発化、そして幾度もの補給部隊壊滅と、様々な要因が組み合わさった結果になります」
「具体的にはどうなんだ?」
「半年後まで遊撃可能戦力が半減する、と言えば分かりやすいでしょう」
「そこまで?」
「そうです。基地周辺の警戒は厚くなってしまいましたが、蒼龍が動く環境としては良くなっています。やり方次第ではありますが」
「なるほど。それは朗報だ」
「ですが地球の帝国軍内にて、明けの明星を危険視する者が増えたようです。詳しい情報はまだ分かっていませんが、対明けの明星用の特別な軍団が結成されています」
「特別な……メガネさん、その中にスパイダーは?」
「スパイダー?ああ、いますよ。エンジェルシリーズの機体も既に5機に増えたそうです」
「やっぱり……」
「ペースは同じ、か……こっちはほぼ全力だってのにな」
「仕方ないだろう。差のありすぎる相手だ」
「流石は帝国、侮れない」
「とはいえ、帝国も一枚岩ではありません。エンジェルシリーズに関しても裏で色々と動きがあり、製造スピードは本来の半分にも至っていません」
「けど、上層部がグダグダしてくれるのは助かるね。無茶しても追撃が緩いってのは良い」
「確かに」
「だが油断はするな。戦死されては堪らん」
「自分の方はそうでもありませんが……まあ、楽な方なのは事実です」
情報戦に関しては、明けの明星が帝国に勝っていた。世界最高クラスの実力を得ることに成功した日本国防軍情報部は、そのほとんどをメガネが回収したことにより、名前を変えただけで存続ができている。
もちろんこの情報網は他のパルチザンとも共有されており、日本系パルチザンの活動に大きなアドバンテージを与えていた。
「仁王、報告ご苦労だった。さて、それを踏まえて次の目標を決めるとしよう」
「硫黄島近海を補給艦隊が通るという情報があります。それを狙っては?」
「それより補給基地の方を叩きたい。戦力が増えてても、叩ける場所はあるんだろ?」
「それより哨戒艦隊を1つずつ潰さないか?そっちの方が動きやすくなるぞ」
そんな感じで候補をいくつも言い、次の目標を定める。戦略会議の場ではないため正式な決定は後だが、補給部隊を叩くということに決定された。
そうして、報告会は終わった、のだが……
「さて凛斗君、君の成果について聞いてもいいですか?」
「まあ、もちろん……でも、報告書は出したけど?」
「直接聞きたいからです。細かなことでも、重要なものはあるので」
「分かった」
そう言われ、凛斗はメガネと共に行く。
そして小会議室としても使われる部屋で、1対1で向かい合った。
「ここは初めて入ったけど……結構ゴツいんだな」
「この部屋は特に遮音能力が高い場所です。さらに言うと、電波も大半を防ぐ仕組みになっています」
「また頑丈な」
「一応、形だけでも防諜を気にしないといけないので。それに、凛斗君なら知っておいた方が良いでしょうし」
「え?」
「正式に幹部になったから、ある程度は伝える必要が出てきたということですよ」
正式な役職というわけではないが、既に SAGA部隊副指揮官といった立場だ。
そして、凛斗は明けの明星の全員に認められている。何の問題もない。
「さて、まずはSAGAについて聞きましょうか」
「性能についてはメガネさん達が調べた通りだった。操縦感覚は……まあ、可もなく不可もなくってところかな。性能が低い分、簡単な方だと思う」
「機体による操縦性の違いは?」
「ほとんどない。性能に振り回されさえしなければ、バトラーのパイロットはルシファーを操縦できる。適性の問題で無理だけど」
「ルシファーも……親爺さんの報告通りですけれど、本当に徹底しているようですね」
「メガネさんも知ってたんだ」
「帝国軍パイロットの中にもスパイは紛れ込ませていますから。それと報告書の中に、帝国内部での対立についての話がありましたね、具体的には?」
「帝国軍と武装法務隊の間には大なり小なり確執があるし、帝国軍内部にも格差はあった。特に日本人やアメリカ人寄りの帝国人と純粋主義者の対立かな。月で生まれただけの連中は更生させるのも簡単だった。頑固な連中は最後まで変わらなかったけど」
「経験済み、と」
「頑固な連中以外は実力差を理解させれば手のひら返ししてきたな。痛快だった」
「なるほど。ちなみにレーションは?」
「辛い。とにかく辛い。食べれなくはないけど食いたくない」
「とことん嫌っているようですね」
「当然。だから帝国料理はイギリスより不味いなんて言われるんだよ……ハワイで本当に助かった」
ハワイでなければ発狂したかもしれない、凛斗は本気でそう考えていた。
ただし今の月において、一般家庭やレストランの食事はそこまで悪くはない。素材の関係で地球には劣るとはいえ、普通に美味しい高級店もある。
だがそれを知らない凛斗にとっては、食事が苦痛になりかねない飯が全てだった。
「そういえば、マイリア皇女と同級生という話を聞きました。本当ですか?」
「ああ。同じクラスで、多少の交友もあった。友人って言っても良いかもしれない」
「具体的に言うと?」
「座学を教える、自主訓練に付き合う、サバイバル訓練で偶然遭遇した時は助け合う、って感じだった。悪くはないし、やりすぎてもない」
「なるほど、それなら……」
「なあ、メガネさん」
「はい?」
「マイリア皇女の行方を調べてほしい。俺達の手札として使えそうだし、彼女自身何か企んでそうだった」
「そうですね、了解した……と言いたいところなんです」
「何かあったのか?」
「マイリア皇女を見失っています。卒業式前から時々どこかに出かけていたみたいです。けれど……行方も、何をしたかも分かっていません」
「それは……」
「皇族の1人なので、最優先で調べさせています。数週間は月にいたという報告もありますが……」
「んー……分かった。ただ、何か分かったら教えて欲しい」
「それくらいは当然ですね」
そんな不可解な状況に疑問を持ちつつも、それだけを構っている余裕はない。他にも様々な分野の話をする。
「それと最後に……この少女について知っていますか?」
そして最後に、1枚の写真を見せられた。
メイのものだ。
「名前はメイルディーア・ハイシェルト。ハイシェルト家の令嬢で、ハワイ高等士官学校の同級生だった。俺に次ぐ学年次席で、ミカエルのテストパイロットだ。多分、今も」
「ハイシェルト家、ですか」
「ただ、どうやらハイシェルト家の中では疎まれてるらしい。家族との思い出なんてほとんど聞いたことはないし、呼び方もどこか他人行儀、聞いた話もあまり良いものじゃなかった。それに、考え方も俺達寄りだった」
「それが嘘の可能性は?」
「無い。3年間も近くにいて見破れないほど俺の目は悪くない。一応、友人でもあったから」
「なるほど。それならば、こちらの写真はどうですか?」
「っ……」
次に見せられたのは、凛斗とメイが隣り合って仲良く歩いている時の写真だった。さらに似たような写真が2枚、追加される。
「そ、それは……」
「分かっていますね?これがどういう意味を持つのか」
「……」
「答えによっては……これを使わないといけなくなりますよ」
トドメとして、メガネは机の上に拳銃を出した。
とはいえ身体能力的にも、戦闘能力的にも、凛斗の方が上だ。先に銃を取ることも不可能ではない。
だが……凛斗は両手を上げる。
「それを出すってことは……準備は全部終わってるのか……」
「その通りです。この部屋はそういう目的のためにも作った場所なので」
何かあれば、凛斗を処断する。メガネさんは初めからこのつもりだったようだ。
そしてそれを理解した凛斗は、抵抗を諦めた。
「けれど、できれば使いたくありません。だから……」
「全部話す。それに俺は伯父貴や兄貴達、メガネさんも裏切るつもりなんてない。ただ……このことは秘密にしてほしいんだけど……」
「まあ、それくらいは問題なさそうですね。君達もいいかな?」
恥ずかしいという理由で追加条件を出してみた凛斗だが、どうやら許容されたらしい。壁の向こうから頷くような気配が漏れてきた。
「内偵機関……本当にあったのか」
「昔の残りを使ってるだけですよ。内偵、なんてことはやらせていません。それに、味方の情報を分析すれば敵を知ることも出来ますから。ああ、伯父貴や原田君、それと未成年組は無関係なので安心していいですよ。それで?」
「彼女とは……友人だ。仲は1番良かった。彼女と2人で買い物に行ったこともあるし、彼女のおかげでクラスメイトと馴染むのも早かった……いや、彼女がいなかったら馴染めなかったかもしれない。そういう意味では恩人で、利用したのを悪いと思う程度には友人だ。ハワイ基地の情報も、半分くらいは彼女経由で得ていた」
「なるほど。でも、それだけではないですよね?」
「っ……黙秘権を行使します」
「ふふ……そうですか、凛斗君にもようやくそういう時期が来たのですか」
「え、いや、それは……」
珍しく慌てる凛斗を、メガネは笑いながら見ている。
裏切りに近い行為であったことは分かっている。だが信じてくれる、そんな良い環境にいられることに凛斗は感謝した。
・ベルフェゴール
EXSG73-T04D → 試製特七三式四型機甲戦闘機
全高8.2m、第12世代SAGA。デーモンシリーズの4番機。小型機で、シリーズの中では格闘戦能力が高い方。また、特に高速化した機体で、加速度はルシファーに劣るものの、機動性はルシファー並みかそれ以上。
なお小型機なので、コックピットは他のデーモンシリーズより小さい。
黒地に白のカラーリング。
武装
___ビームサブマシンガン×2
___ビームソード×2
___迎撃ビームバルカン×1
___ショルダーシールド×2
___ビームマシンガン×2
___高出力ビーム砲×2
___砲塔型単装ビーム砲×2
___3連装小型ミサイル発射管×4
___8連装小型ミサイル発射管×2
・マモン
EXSG73-T05D → 試製特七三式五型機甲戦闘機
全高9.7m、第12世代SAGA。デーモンシリーズの5番機。ベルフェゴール支援用の機体で、小口径とはいえプラズマ収束砲を搭載するなど、火力は高い。速度や機動性はベルフェゴールに次ぐレベル。
小型機なのでベルフェゴールほどではないが、コックピットは他のデーモンシリーズより小さい。
黒地に薄い紫のカラーリング。
武装
___ビームカービンライフル×2
___ビームソード×2
___迎撃ビームバルカン×1
___小型実体盾×2
___ビームマシンガン×2
___高出力ビーム砲×8
___小口径プラズマ収束砲×2
___9連装小型ミサイル発射管×4
・旧月型補給工廠艦
全長432m、全幅104m、喫水28.6m
明けの明星の補給艦である偽装タンカー。内部には SAGAを含めた補給物資の倉庫の他、簡易工廠も存在する。ただし怪しまれないよう、また資金源の1つとして、実際に交易を行なっている。
補給物資用倉庫や簡易工廠は1番下の艦底近くに保管されており、そこはほぼ完全に隔離されている。そして艦底にドッキングした蒼龍とハッチを繋ぎ、物資や人員を移す。
蒼龍ができる前は、各所拠点への秘密輸送に使っていた。
同型艦は12隻。睦月・如月・弥生・卯月・皐月・水無月・文月・葉月・長月・神無月・霜月・師走




