第15話「北の大地」前編
「本日24:00より、アラスカ中央基地への攻撃を開始する。以後、この作戦は亞号作戦と呼称する」
時間は遡り前日の昼前。ブリーフィングルームには蒼龍に乗るほぼ全てのSAGAパイロットが集められていた。
「なお、仁王からの連絡で、アラスカ中央基地から多くの戦力がハワイ基地へ送られたことが判明している。現在の兵力はSAGA1000機、飛行艦50隻、海上艦20隻、奇襲できれば完全陥落も不可能ではなくなった」
日本国防軍は解体されたとはいえ、その巨大な諜報網は明けの明星が回収している。
元CIAという協力者の多い北アメリカ大陸だ。日本国内ほどではないが、情報収集は容易な類に入っていた。
それに、大規模な部隊の移動を隠しきれるわけがない。
「現在の蒼龍の位置はここ、アラスカ中央基地より南東へ700kmの場所だ。アラスカ中央基地の広域防空圏内だが、現在周囲に哨戒部隊はいない。海上へ出ても問題はないだろう」
SAGAなら1時間程度で飛行できる距離だが、見つかっていなければ何の問題もなかった。
こんなところでのんびりとブリーフィングができるのも蒼龍の、ひいては日本国防軍が重視した潜水艦の系譜のおかげだった。
「また、アラスカのアメリカ系パルチザンも作戦に参加する。SAGA部隊が壊滅状態なため歩兵のみだが、アラスカ中央基地地下施設への攻撃を行うそうだ。彼らの作戦域は既に示してある」
アラスカ中央基地はアラスカで1番の大都市アンカレッジを塞ぐような形で、ファイア島を拡張して作られている。陸地と接している部分もあるが、数は少ない。
そのため、歩兵の攻撃は難しい……はずなのだが、どうやらアラスカのパルチザンにはそれを覆す方法があるようだ。
「作戦指揮は原田と凛斗に任せている。異論はないな?では、後は任せた」
白紙委任のようにも聞こえるこの台詞だが、そう聞いた者はこの場にはいない。伯父貴はそれほどの信頼を得ていた。
なので傍に控えていた凛斗と兄貴が前に出ても、聴衆はより真剣な顔になっただけだ。
「よーし、アラスカ中央基地攻撃作戦のブリーフィングを始めるぞ」
「伯父貴が言った通り、アラスカ中央基地の戦力は減少してる。それに、防衛兵器の配置は8割がた分かってる」
「ただし重要なのは、帝国軍の基幹基地の1つを攻撃したっていう事実だ。ついでに、後方に戦力を集めてくれたらラッキーだな」
「まず、作戦開始前の動きはこの通りだ」
まあ、この辺りは性格の違いだろう。というか、凛斗が固いのは緊張のせいでもある。
そんなことは置いといて、ブリーフィングルームの前面に映されたマップには、新たに2種類の矢印が加えられた。
「コクロウ24機とサタンは俺が、ハクゲイ12機とリヴィアタンは兄貴が率いる。俺の部隊は22:00に発艦、このルートを低空飛行し、チャガック元州立公園の中に隠れる」
「俺の方は21:00に発艦、ゴンペルツ海峡の海底に潜伏するぞ。暗くても文句言うなよ」
1000機が属する基地へ攻撃を仕掛けるのが、たったの39機。
SAGAだけでも25倍の戦力差が存在する。
「作戦開始時刻になった後、まずは俺の方が基地へ向け最高速度で接近、直掩機を薙ぎ払う。その後基地の防衛兵器とハンガーへ向けてミサイルを全弾発射、可能な限り抵抗される前に潰してくれ。俺は司令部を叩く」
「凛斗達の攻撃開始と同時に、俺らの方も動く。一気に接近した後、大型魚雷で海上艦を攻撃だ。ただし、香織はリヴィアタンで飛行艦を叩け」
「え、1人で?」
「SAGAと防衛兵器の排除が終わったら俺も加わる。少し待ってくれ」
「了解。凛斗、早く来てよ」
「善処する。というか、香織1人でも陽動できるだろ」
「それはそれ、これはこれでしょ?1人で数百機相手にするなんて、凛斗じゃないし」
「おい、どういう意味だ」
「凛斗、後にしろ」
だがこれは、後を考えないレベルの全力出撃だ。そうしなければ生き残れないと考えられていた。
蒼龍にはハクゲイが4機だけ残るが、それだけだ。デーモンシリーズ残り4機分のスペースすら、緊急的に埋められていた。
隠密性に優れた蒼龍でなければ立てられない作戦だろう。
「水上艦と飛行艦を殲滅後、ハクゲイは地上施設破壊を行う。ま、凛斗が上手くやったなら問題ないはずだ」
「ただしハンガーを破壊しきれず、敵に攻勢可能な戦力が残っている場合はここで撤退する。無理する必要なんてない」
「最初に言った通り、攻撃の事実が重要ってことだ。30倍の戦力差相手に真正面から戦う必要なんてないぞ」
「まとめると……まあ単純だな。奇襲で抵抗される前に潰す。これに限る」
作戦そのものは単純だ。だが、それを実行できるかは当人達次第だ。
そして、この場に失敗すると考えているものは誰1人としていなかった。
「というわけだ。お前ら、やっちまうぞ!」
「おうよ!」
「やってやらぁ!」
「目にもの見せてやんよ!」
「はぁ……兄貴、1番苦労するのは俺なんだからな?」
「もちろん、凛斗のことも頼りにしてるからな。だから任せるわけだ」
「だったら、もう少し気を使ってくれ」
若干呆れてはいるものの、それに頼られて悪い気はしないため、心境はそれほど悪くない。
まあ、若干ついていけないノリがあることは否定しないが。
「さて、質問はあるか?聞けるのは今のうちだぞ」
「じゃあ兄貴、攻撃前にバレたらどうするんだ?」
「それは……」
「その場合はデーモンシリーズの火力で牽制した後、反転する。2部隊が合流した後は蒼龍の場所が分からないよう、コクロウ2機とハクゲイ1機の組12個に分かれる。そしてそれぞれでバラバラなルートを使用し、撤退する。その時は深度150mより下を進んでくれ」
「そんな簡単に逃げれるか?」
「固まって逃げるよりはマシだ。なんなら、俺が囮になってもいい」
「はっ、冗談じゃねぇ。なあ?」
「おうよ。凛斗、むしろお前の方が先に逃げろ」
「そう。私達が囮になった方が戦力的には良いわよ?」
「そういうことだな。さて、他にあるか?」
未成年組を昔から見てきた者にとって、凛斗達は子どもや弟妹のような存在だ。既に半分以下になったとはいえ、さらに減らしたいとは誰も思わない。
その後少しは話が続いたものの、すぐに質問がなくなり、解散となる。
「潤人と智子はハクゲイの方だったよな。頑張れよ」
「はい。まあ、無理をすることはないでしょうけど」
「う、うん……凛斗も、ね」
「わたしもいるから、こっちは心配なんていらないよ。それより、凛斗と剛毅の方が心配なんだけど?」
「俺達の方が数は多い。それに、俺の乗機はルシファーだ。心配するな」
直近2回ではミカエルとばかり戦っているが、ルシファーは対多戦闘用の機体だ。
規模が小さめの補給基地とはいえ、それを単機で潰したルシファーは伊達ではない。
「初撃は俺がやる。剛毅、続きは頼めるか?」
「任せとけ。つっても、他も動くだろうけどな」
「それは仕方ない。むしろ早く片付くから助かる」
「じゃ、そうしとくか」
「メインの仕事は違うぞ」
直掩機を早く排除すること、ハンガーを破壊して援軍を出させないこと、反撃させずに防衛兵器と艦艇を沈めること。
この作戦に必要なのはこれらを済ませることだ。コクロウは2番目がメインとなる。
攻撃そのものが目的とはいえ、ダメージは増やせるなら増やしたい。
「っと、親爺さんに呼ばれてたんだった」
「それは急いでください」
「早く行かないと」
「ごめんな、話は後でする」
そういうわけで雑談もそこそこに、凛斗は格納庫へ向かった。
「親爺さん」
「おう、来たか。すまんな」
「いいよ、これくらい。それで、用事は?」
「ルシファーのことなんだがな、機体性能は上げれる限り上げといたぞ。もうそろそろ上限だろうな」
「了解、ありがと」
「ただし、6割は専用パーツになってるぞ。他のデーモンシリーズは2割か3割ってのによ」
「それは……ごめん」
「気にすんな。こりゃ仕方ねぇことだからな……帝国軍のをまんま使ってればこうならぁ」
「ああ……まあ、必要なら新型にも乗る。それでいいよな?親爺さん」
「今は大丈夫だ。というか設計すらできてねぇからな」
「了解。じゃあお願い」
話の重要度はそこまで高くなかったため、凛斗は他の用事を片付けにかかる。
そうして時間は過ぎ、21時まであと30分。
「コクロウのビームライフルと高出力ビーム砲の予備パーツをくれ。3機分だ。期限前だけど、少し交換しておきたいところがあるらしい……じゃあ頼む。兄貴、ハクゲイの魚雷とミサイルの装填は?」
『3分前に終わってる。お前ら、最終点検だ。駆動系をちゃんとチェックしとけ』
『了解!』
「伯父貴、こっちはだいたいスケジュール通りだ。周辺に敵影はないよな?それとハッチの方は?」
『問題ない。周囲の海流、海水温、塩分濃度、全てモニタリング中だ。ソナー音は一切ない。ハッチを開いても発見されることはないだろう』
「了解。まあ、そっちの心配はしてないから……」
「おいこらてめぇらぁ!そっちの機材移動させろっつったろうが!」
「すんません!」
「親爺さん……まあいいか。香織、リヴィアタンの点検が終わった。そっちでも確認してくれ」
『了解。じゃあジェネレーターから……』
作戦開始前ということで、いつも以上に慌ただしい。
特に今回の作戦はルシファー強奪の時並に重要かつ無茶なものだ。点検の精度は高められるし、気になるところは可能な限り交換される。
ピリピリするのも、仕方がない。凛斗はコンソール経由で指示を出しつつ、自分の準備も行う。
「ルシファー、各部システムチェック開始。まずはスラスターと駆動系から……」
「よ、凛斗。調子はどうだ?」
「車座さん……まあまあってところかな。ミカエルとの戦闘で消耗した部分は親爺さんが交換してくれたけど、微調整が終わってない。作戦立案が大詰めだったし」
「疲れたか?」
「まさか。むしろ興奮して仮眠しづらかった」
「そんなガキンチョみたいなところがあるんだな」
「ガキで悪かったな」
「それで良いんだよ」
ふてくされたように言う凛斗に対し、車座という名の男は優しい目で笑った。
「え?」
「凛斗、すまない。いつも不自由をさせてばかりだ。保護した者の責任も果たせていない」
「違う。これは俺達が選んだことなんだ。俺達の責任であって、他の誰のものでもない」
「相変わらずだな」
「それに、いつも謝られてばかりだと嫌味な上司みたいだし」
「違いない」
何度も繰り返された、互いに理解しているが故に止められないやり取り。軽口のようなものだ。
だからこそ、リラックスもできた。
「兄貴、伯父貴、時間か?」
『そうだな。なあ伯父貴、警戒のやつらは?』
『ハクゲイ12機、移動開始』
『問題ない。4機とも、送ってきているのは異常無しのみだ』
「なら良いな」
『そうだな』
『4機のハッチ収容を完了。水密確認しました』
『艦首発艦ハッチ、注水開始します』
「じゃあ兄貴、任せた」
『おうよ』
『注水完了、発艦よし』
『原田宗弥、ハクゲイ、出るぞ!』
「さて、と……」
『艦首発艦ハッチ、排水開始。終了まで30秒』
「伯父貴、コクロウの方も問題無い。ハクゲイのついでにやってくれて、早く終わったみたい」
『排水完了。ハッチ解放』
『そうか。だが凛斗、お前が要となることは忘れるな』
『4機のハッチ収容完了。水密確認完了』
『艦首発艦ハッチ、注水を開始』
「もちろん。初撃は俺だ。外さない」
『だが、気負うな。そして無理はするな』
「難しいこと言うな……了解」
『注水終了、発艦よし』
『それと凛斗、生きて帰ってこい』
『艦首発艦ハッチ、排水を開始します。終了まで30秒です』
「だったら、祝勝会の幹事を頼める?」
『排水、完了しました』
『そうくるか……まあいいだろう』
『4機のハッチ収容完了。水密確認終了』
『艦首発艦ハッチ、注水開始』
「ありがとう、伯父貴」
『注水完了、発艦よし』
ハクゲイが全機発艦し、ガントリーに空きが出ても、慌ただしさは変わらない。
そのため、もう1時間もすぐに過ぎた。
「ルシファー、サタン、コクロウ隊、全機オールグリーン。作戦遂行に支障なし」
『凛斗、この作戦は攻撃を行えば成功だ。分かっているな?』
「もちろん。最悪の場合は……プラズマ収束砲をぶっ放すだけで逃げてくる」
『それで良い』
『ルシファー、サタン、コクロウ4機、ガントリー上昇します。続けてコクロウ8機』
「それより伯父貴、祝勝会の準備を頼む」
『ガントリー、上昇完了しました。接続を開始します』
『リニアカタパルト、電圧上昇』
『お前は……まあ、問題はない。どのみち、工廠に寄る予定だ。そこでも問題ないな?』
「もちろん」
『リニアカタパルト、電圧予定値へ到達。コントロールを各機へ譲渡します』
『浮上速度問題なし。海面まであと45秒』
「海面到達と同時に発艦開始だ。素早く動け」
「了解。じゃあ、行ってくる」
『海面到達、上部ハッチ解放。全機発艦よし』
『行ってこい』
天井が開き、背中の柱には電子が溜め込まれる。
「剣崎凛斗、ルシファー、出撃する!」
そして、ルシファーは闇夜へ飛び出した。




