第14話「天使の願い」後編
「さて、準備は良い?」
『良い、けどよ……』
『メイちゃん、ホントにやるの?』
「もちろん。みんなもその方がいいでしょ?」
『い、いや、メイがわざわざやるのはな……』
『そ、そうそう。あたし達だけでも……』
「良いよね?」
『お、おう』
『え、ええ』
『無理矢理感が凄い……』
『……良くも悪くも、か』
ミカエルに乗り込んだメイに対し、4人の返答は芳しくない。
というか、ここまで怯えているのは半分トラウマに近いものを植え付けられたためだったりする。4対1であり、機体性能差はあの時ほど酷くないのだが。
とはいえ、これは訓練なのでメイが容赦する理由にはならない。
「1対4なんだから、しっかりやってよ?」
『ちっ、しゃあねぇ、覚悟決めねぇとな』
『こっちも同世代機だ。やれるぜ』
『うん、頑張ろう……怖いけど』
『クリス……ま、やるしかないか』
「その調子。ニーネ、アクト、合図は?」
『好きに始めればいいんじゃない?』
『……ああ。既に対面した状態だ。合図があろうと変わりはない』
「そっか。じゃあ……行くね」
呟いた瞬間にはプラズマスラスター全開、一気に突っ込んだ。
ミカエルが狙うのはガブリエル、上段から大刀型クルセイダーを振り下ろし……斜めに構えられた長剣型クルセイダーに受け止められる。
そのまま鍔迫り合いに移行した。
「流石だね」
『このぉ!』
「でも!」
ミカエルとガブリエル、この2機が持つクルセイダーはほぼ同じものだ。マニピュレーター出力はミカエルの方が上だが、その差は少ない。そのため、こうやって受け止めることも可能ではある。
違うのは……スラスター出力だ。
『うぉぉぉ⁉︎』
『レックス⁉︎』
「まだまだ!」
『こいつ!』
『行け!』
圧倒的すぎるスラスターの出力差で押しのけられ、ガブリエルは弾き飛ばされた。飛び去ったミカエルには火線が集中するが、ルシファー以下の火力に当たるメイではない。
避けながらも牽制のビームガトリングを放ち、ついでとばかりにラファエルとラグエルが放ったミサイルを薙ぎ払い、ウリエルのビームサブマシンガンを1つ破壊する。
『うわっ⁉︎』
『クリス、下がって!あたしが!』
「遅いよ?」
『きゃっ⁉︎このっ、メーイー!』
下がったウリエルに代わりラグエルが前に出るものの、ビームロケットアンカーは2つともケーブルを切り裂かれ、さらに蹴り飛ばされた。
『追いつけねぇ……!』
「もっともっと!」
『そこ!』
『メイちゃん!』
「まだまだ」
『ぐあ⁉︎』
総合能力が足し算できるものであるなら、4機合計は間違いなくミカエルの2倍か3倍の値になる。
だがミカエルは、機動力というたった1つのステータスだけで他の4機を圧倒していた。
ラファエルの左腕を盾ごと切り落とし、ガブリエルのブリューナクを1基残らず叩き切り、ウリエルとラグエルの両足と片翼を切りとばす。
『……凄まじい、な』
『メイ、生き生きしてるね』
とはいえここはシミュレーターの中、命はかかっていない。訓練だが遊具のようでもあり、気負うことなく戦いに臨める。
それが良いか悪いかは分からないが、ストレス解消にはうってつけだった。前回のように。
『またこれか!』
『アレより酷えよ!』
「遅い遅い!」
『速すぎだって!』
『動きが、読めない……!』
「あはは!」
……若干、戦闘狂のようにも見えてしまうが。
「やぁ!」
『ひっ!』
『がっ⁉︎』
とはいえ、そんなことを当人が気にすることはなく。
ガブリエルのジェネレーターへタックル気味に大刀型クルセイダーを突き刺し、ビームスローイングダガーでラグエルのコックピットを貫いた。
『うわっ!』
『このぉぉ!』
「そこ!」
さらにウリエルをビームガトリングで蜂の巣にし、ラファエルを縦に真っ二つにする。
「終わりっと」
『……流石だな』
『相変わらず速いよね』
「そうかな?ちょっと手間取ってたんだけど。やっぱりみんなも強いよね」
『そっちじゃないんだけど……それより、そろそろ出てきて』
「え、もう終わり?」
『……ああ』
「じゃあ出るね」
少し不満気なメイだが、ここで逆らったりはしない。
コックピットを出て、ガントリーを降りた。
「お疲れ様」
「私はそんなにかな。クリス達の方が疲れてない?」
「……それが分かっているなら手加減しろ」
「無理。それに、手加減したって良いことないよね?」
「確かにそうだけど……」
そして、3人が視線を向けた他の2機からは……グロッキー状態の2人が降りてくる。
残りの2人もすぐに通信が繋がり、顔を合わせる。
『あー、負けたー!』
「あの体当たり、マジでヤバいぞ……まだ頭が……」
「オレだって気づいたらぶった切られてたしよぉ……」
『メイちゃん酷いよぅ……』
特に、突進を2回も食らったレックスの三半規管はかなりのダメージを受けていた。
この時代のシミュレーターは慣性も再現する優秀なものだが、こういった状態ではそれを呪いたくもなる。
「……レックス、無事か?」
「無事なわけないぜ……」
『大丈夫?休む?』
「確かに、休んだ方がよさそうかも。でも、床の上だと辛いし」
「なあレックス、これは膝枕してくれる流れじゃねぇか?」
「いや、そんなことは……」
「ないない」
「ないかな」
『ない』
『ないよ』
「トラン?」
「はっはっは……逃げるが勝ちだ!」
「待てゴラァ!」
どうやら、少しくらいは期待していたらしい。逃げられて怒るくらいには。
ついでに不調も吹き飛んだようで、すぐにトランを捕まえて関節を決めていた。
『ったく、そんなことやるのはメイだけでしょ。ま、リント限定だけど?』
「ちょ、ちょっと待ってシア。私そんなこと……」
『え、やらないの?』
「やるんでしょ?」
「え、えっと……やるかも」
「やっぱり」
『ほら言った通り』
『だってメイちゃんだもん』
そんな風に寄ってたかって言われ、メイは反論できずに顔を赤くする。そういった可愛らしい反応をするから終わらないのだが。
なお、アクトは巻き込まれないよう避難している。
「ほーら、リントと会えたらやっちゃいたいこととかあるんでしょ?今のうちに言葉にしちゃったら?」
『言えばあたしが本にしてあげるよ?色々と楽しそうだし』
「な、何考えてるの⁉︎」
『メイこそそんなに顔を赤くして、何を考えてるのかなー?』
「え、あ、いや、その……」
『メイちゃん、そんなに慌てちゃうことなの?』
「クリスは聞いちゃダメ!」
『え、何で?』
「私達全員の口癖みたいなものだから、かな」
飛び級で2つ年下の同級生となったクリスは他全員にとって妹のような存在だ。このように過保護のようにも見える部分もあるが、可愛がられているだけである。
ちなみに、レックス、トラン、アクトの3人は格納庫の一角で模擬格闘戦をしていた。
「あ、いたいた。ハイシェルト少尉」
「あれ?アルトア曹長?」
『あの人が?』
『メイちゃん、また何かやったの?』
「何もやってないけど……どうしたんですか?」
「とりあえず、引きこもり訓練のことだ。長時間続けてただけあって、かなり良いデータが集まってた。同時に心配もしてたけど」
「あ、それは……ごめんなさい」
『メイちゃんは必死だったんだよ』
「分かってる。それで別件で、キリシマ大尉達とシミュレーター訓練をしてくれないかな?」
「レイカさんと、ですか?」
「そうそう。ちょっとしたレクレーションみたいなものだから」
「分かりました」
「じゃあよろしく」
半分一方的に言ってきたようなものだったが、その言葉に強制力はあまり感じられなかった。レクリエーションという言葉からすると、案外バーグナー艦長の提案かもしれない。
酒の肴にされるのかも、とメイは思ったほどだ。
「訓練はいいけど……でも急だね」
「確かに。でも、やるんでしょ?」
「うん」
『お姉様とか、良いなぁ……』
「ねえシア、ずっとそう呼ぶつもり?」
『当然。それに、話も合うし』
「えぇ……シア、それって大丈夫?」
『ヒ・ミ・ツ』
「答え方が違うよ……」
「まあ、シアだから……」
シアのこれは昔からなので他の面々は全員、自分が巻き込まれなければ聞き流すようにしている……メイは巻き込まれることも多いが。
とはいえ、この話に大きな意味はない。そんなたわいのない雑談していると、キリシマ大尉が部下を連れてやってきた。
「よ、メイ。元気かい?」
「はい、この間はありがとうございました」
「いやいや、そんな堅苦しいのは無しで。こっちが胸を借りる側なんだから。ほら、あんたらも挨拶しな」
「大尉、そんな雑に言わないでください」
「いいじゃないか。本人公認なんだからな?」
「公認って……」
「まったく……こんな上官で悪いですが、よろしくお願いします、メイルディーア少尉」
「は、はい、よろしくお願いします!」
そう自分の上官の愚痴のようなものを言いつつ、副官の彼女は名字ではなく名前の方でメイを呼んだ。
もしかしたら、キリシマ大尉から話を聞いていたのかもしれない。ハイシェルト家が嫌いなのかもかもしれない。
理由は分からないが、その事実がメイは少し嬉しかった。
『お姉様、お元気そうでなによりです』
「ようシア。戻ってきたらまた語り明かそうな」
『はい、是非。新しいネタも仕入れておきます』
「うわぁ……」
こっちは何かあくどいことを計画しているのではないかと訝しんだが。
「さてと、やるとするか」
「はい、分かりました」
『メイちゃん、手加減してね?』
「大丈夫。キリシマ大尉達も強いから」
実際、キリシマ大尉達は運も多分に絡んでいたとはいえ、2回にわたる明けの明星との戦闘で戦死者か誰1人としていない。スパイダーの中でも一目置かれる部隊だ。
隊長の悪癖は置いておいて。
「いやいや、手加減なんていらないね。本気で来てもらないと」
「え、でも……」
「そっちじゃないと張り合いがないってのと、罰ゲームもやりたいからさ」
「分かりました。でも罰ゲームって……」
「こっちが勝ったら今晩あたしの部屋に来てもらうよ」
「……何が目的ですか?」
「そんな警戒しない。イイコトするだけだから」
「……絶対勝ちます」
そんな気の抜けた会話の後に始まった、レクリエーションのような訓練。
そこで彼女達は……
『ぎゃあ⁉︎』
『ひぃ‼︎』
『た、たすっ!』
『隊長!』
『マジか、これ……』
地獄を見た。
「あれ、もう終わりですか?」
『何だよアレ……メイ、張り切りすぎてんじゃ……』
「これくらい普通ですよ?」
『マジか……』
文字通り全滅するまでの時間、僅か1分。
メイにとってはルシファー相手の数分の一程度の負担だが、他者にとっては違う。
「じゃあ、もう1回始めますね」
その言葉が死神から発せられたように聞こえたのも、仕方のないことかもしれない。
『ちょ、ちょっと待ってください!』
「え?」
『大尉は後でしばきます』
『おいコラ』
『なので、別の部隊に……』
「え、でも……もう始まりますよ?」
彼女の提案は少し遅く、シミュレーターが始まってしまった。
こうなってはどうしようもないため、覚悟を決めた……のだが、
「じゃあ、行きます」
第037中隊の乗機は全員バトラー、空中戦ではエアロが必要になる。エアロは優秀な機体ではあるが、空中機動性はシルフィードに劣る。
そのため、虐殺しか起こらない。
「ふっ!」
1機をエアロごと、大刀型クルセイダーで下から貫いた。
『えっ』
2機をビームガトリングで蜂の巣にする。
「遅いですよ」
蹴り飛ばした機体を別のバトラーに衝突させ、大刀型クルセイダーを投げて2機まとめて撃破した。
『速すぎでしょ!』
ビームスローイングダガーを左右それぞれの腕で連続投擲、合計4機を撃墜する。
「これで……」
さらにビームソードを抜いて接近してきた2機に一閃、両方とも爆散した。
『やっぱりヤバッ!』
「最後!」
そして大刀型クルセイダーを回収すると最後の1機、キリシマ大尉の機体を縦に真っ二つに叩き斬る。
「終わりですね」
『またやられた……』
『ウソでしょ……』
『無茶苦茶だ……』
「そうですか?」
『メイ、初めて相対すればそうなるから』
『そうだよメイちゃん。外から見てても分かんないもん』
「そっか」
エンジェルシリーズすらギリギリなのだ。プラズマスラスターを全開にしたミカエルへ、2つも世代が違うバトラーが反応できるわけがない。
ミカエルは1対1向けの機体だが、その圧倒的なスピードは1対多でも役立つ。ルシファーほどでなくとも、このように一方的な蹂躙が可能だった。
「おぉ……」
「すっげぇな!」
「流石はエース」
「メイちゃーん!」
「なあ、俺らとも戦ってくれないか?」
「おい、こっちが先だ!」
降りたメイを迎えたのは驚愕と歓喜の声、そして対戦依頼だった。半分くらいは彼女のことをアイドルか何かと勘違いしていそうだが。
とはいえそこに含まれる感情に悪いものはなく、メイも拒否しようとは思わなかった。
「分かりました。でも順番にお願いします」
「感謝する」
「順番はくじか?」
「勝った奴には全員で何か奢るぞ!」
「じゃあ、私が全勝したら奢ってもらえるんですか?」
「意外としたたかだな、嬢ちゃん」
そうしてシミュレーター訓練にはキリシマ大尉達以外のパイロット、主に一般市民出身だったりして日本人への忌避感が少ない者達が集まり、巨大イベントのようになっていく。
ちなみにミカエルは圧倒的な強さから、まるで悪役大ボスのような扱いを受けていた。大悪魔ではなく熾天使なのだが。
「疲れた……」
『お疲れ様、メイちゃん。大変だったね』
「うん。それに、みんな帰っちゃうし……」
『ボクしか残ってないもんね』
その後、何十連勝したメイは疲れた顔で廊下を歩いていた。
近くにいるのは通信を繋ぐクリスだけで、他の人影はない。
「薄情すぎだよね?」
『うーん、そうかな?ボクもあそこにずっといるのは……』
「そっか……シアは?」
『シアちゃんはレイカさんと話してるよ。悔しがってるみたい』
「あんなこと言ったからね。だけど……」
『メイちゃんは悪くないよ。ボク達だって負けたし、アレが普通だもん』
「ありがと。あ、もう切るね」
『うん。メイちゃん、頑張って』
「うん」
そうして通信を終えたメイは少し雑用をし、その後夕食のため食堂を訪れたのだが……
「おい、聞いたか?」
「アレだろ?」
「そうそう」
「流石にウソだろ。そんなの……」
「けどな、通信ができないのは……」
変に騒々しい。メイが入っても何も変わらないため、あのシミュレーターの話ではないようだ。
「メイ!」
「ニーネ?どうしたの?」
「それが……」
「え⁉︎」
そしてニーネから聞いた話は、メイにとっても驚愕する事実。
「アラスカ中央基地が、落ちた……?」
ようやく帝国へ打ち込まれた、数少ない楔の1つだった。




