第11話「黄昏の時」後編
「リント……」
翌朝、メイは官舎の中、ベッドの上でうずくまっていた。
昨晩は見つけられるより先に官舎に戻っていたが、状況が好転したわけではない。
「ねえ、どこにいるの……リント……」
むしろ悪化していると言えるかもしれない。
錯乱しているわけではない。ただ……現実を認めたくないという思いは、相変わらず強かった。
「無理、だよね……でも、私は……」
枕を抱え込み、頭を押し付ける。涙はほとんど枯れているが、流れないわけではない。
あれから数日、枕を濡らした回数は数えきれなかった。
「どうしよう……ねえ、リント……私、どうしたらいいのかな……?」
そして、自分を見失いかける。
いや、見失おうとする。
「向いて、ない、のかな……私は……」
思考が自己の否定へと向かうこともある。どうしようもないのだと、諦めようとする時もある。
だが、彼女の根っこが変わることはない。
「リント、どうしよう……ねえ、どうしよう……」
だからこそ、彼女はここまで悩んでいた。
これはもう、1人では解決できない。だが……メイは1人ではない。
『メイちゃん、起きてる?』
「クリス?……うん」
『あ、起きてた。入るね』
「……分かった」
メイが端末から鍵を外すとすぐに扉が開き、クリスが顔を出した。
そしてメイの状態を見て、またため息をつく。
「またそんな所にいるの?」
「クリス……放っておいて、いいから……」
「そんなことできないよ。だって、友達でしょ?」
「だけど……」
「そっか……でも、友達だからね。じゃあみんな、始めよっか」
「……え?」
そう言ったクリスにメイが驚いている間に、他の5人もゾロゾロと部屋に入ってきた。
「……悪く思うな」
「私達が探すから、男子は運び出して」
「おう」
「了解」
「メイ、少しお邪魔するよ」
「え……何、を……?」
そして戸惑うメイをよそに、女子3人がタンスや机を漁り始める。
「さーて、リント君のはどこかな?」
「仮の部屋だから、凝ってはないと思うけど?」
「このあたり……あったあった」
「大丈夫なのはこっちに持ってこいよ」
「ちょっと……何で……」
男衆は床に散らばったゴミを片付けつつ、女子が集めた品々を段ボールに詰めていく。
「何でって言われても、ね」
「このままだとゴミ屋敷になっちゃいそうだもん」
「……や……」
「というか、もうその兆候があるわけだし」
「…め…」
「よし、運び出すぞ」
「や…て」
「……分かった」
「やめて!」
「ぐおっ⁉︎」
そしてその段ボールを抱え、外へと運び出そうとしていたトランを、メイは涙目のまま突き飛ばした。
トランは受け身を取るも、壁に衝突する。
「やめて!何でこんなこと……!」
「言った通りだよ?」
「使わないものが山ほどあるし」
「ゴミに埋もれるのは流石にね」
「やめて!」
今度はレックスの足を思いっきり蹴り飛ばした。急すぎて受け身を取れなかったのか、悶絶している。
かと思うと、次はアクトの腕を取って捻り上げた。
「私も……怒るよ?」
「……もう怒ってないか?」
「そっか、だったら……!」
「とっ、取り押さえて!」
正面にクリスが対峙し、左右からシアとニーネが突っ込み、復活したトランが背後から隙を窺う。
アクトはメイに腕を取られたまま……いや、頭を蹴られてノックアウトだ。
「ひっ⁉︎」
「きゃっ⁉︎」
「このっ!駄々っ子、がっ⁉︎」
そしてシアはタックルで押し倒され、ニーネは腕を取られて投げられた。
復帰したついでに不意打ちを仕掛けたレックスには、鳩尾へ膝がめり込む。
「かはっ」
「うおっ、ぐえっ⁉︎」
「これで終わり?」
さらにクリスは胸部を蹴られて、壁に叩きつけられた。
その隙に羽交い締めにしたトランだが、後頭部を鼻に叩きつけられ、さらに抜け出したメイに蹴り飛ばされ、崩れ落ちる。
「ろ、6対1、だぞ……!」
「む、無茶苦茶、な……」
「怒ると強くなるタイプだったんだ……」
授業では半分が犠牲になれば勝てた。だが、今は凛斗を相手にしていた時より勝ち目がないように感じられる。
それを知ってか知らずか、メイは適当に選んだニーネの頭を両手で掴み、持ち上げる。
「ねえ、ニーネ」
「ひっ、な、何?」
「何であんなことやったの?」
「そ、それはさっき言った通り……」
「そっか。じゃあ……寝てて」
そして頭突き。
メイは痛いだけで済んだが、不意打ちをくらったニーネは倒れ込んだ。気絶してはいないようだが、しばらくは起き上がれないだろう。
「っ〜……次は?」
「ひっ」
「は、話せば分かるからよ……」
「トランは黙ってて」
ついでとばかりに投げた本が鳩尾に突き刺さり、トランは轟沈した。
「……クリス?」
「ひっ⁉︎」
次のターゲットに選ばれたクリスは逃げようとするが、逃げられない。
首に手を回され、絞め上げられる。
「あっ、やっ……」
「気絶で済ませてあげる、から……」
「め、メイ、ちゃん……」
「何?」
「スッキリ、した?」
「え……あっ……」
その言葉を聞き、メイの怒りは消えた。そして自分が何をやっていたかに気づき、腕の力が抜ける。
床へ落ちたクリスが復帰する程度の時間、呆然としていた。
「けほっ、こほっ……やっと元に戻ったんだね」
「あ、うん……もしかして、その、このために?」
「そうそう。荒療治でもやらないと」
「あのままだとどうなってたか分からないし」
「じゃ、じゃあ、運び出すっていうのは……?」
「全部フリだぜ?本気でやるわけないだろ」
「オレらは本気でやられてたけどなぁ」
「ごめん……でも、ありがと」
「メイの強さだけは予想外だったけど」
「……予想通りだった。が、予想以上でもあった」
「うっ……」
「まあ、気にすんな」
「うん。ボク達も覚悟してたもん」
そして仲直り。まあ壊れたわけではないが、ケジメをつける意味合いでは必要だ。
ただし、あれだけ暴れればいくら防音性が高くても気づかれる。
「お前達!」
「何を騒いでいる!」
「げっ」
「やっべ」
警備兵が2人、駆けつけてきた。
場所が場所だからかどちらも女性で、入り口近くにいたレックスとトランは鋭い目を向けられる。
「すんません、模様替えの最中に少し問題があったもんで……」
「正確には、配置のトラブルです。騒ぎと思われたのは、その際に足を取られて転んだのが何人もいたせいだと思われます」
「そうなのか?」
この問いに対し、後ろにいた5人全員が頷いた。
というか、こうしないと都合が悪い。
「だが、何故ここに男がいる。女子寮だぞ、ここは」
「力仕事担当です。流石に女4人で雑多な荷物全てを動かすのは大変とのことで」
「だから呼ばれたんだよ」
「なるほど、道理は通るな。それで、散らばっている衣服が男物ばかりなのは何故だ?」
「それは、その……」
「持ち主の趣味、というか……」
「そ、そうか……すまなかった」
「ま、まあ……迷惑でなければ、人の趣味に文句はつけられないからな」
その後メイに対して妙な視線を向けつつ、警備兵は去っていった。
残ったのはやりきった表情の2人と、安堵を浮かべた4人と、あからさまに嫌そうな顔をした1人。
「よし、何とかなったな」
「上手くやれたなぁ、おい」
「それ……私が不名誉な印象を持たれただけなんだけど?」
「半分くらいは事実でしょ」
「……持ち込んだ理由がそうだ」
「ねえメイちゃん」
「な、何?」
「使った?」
「うっ……3回だけ」
「そっか……捨てよ?」
「うー……」
クリスの言った意味を正確に理解したメイは、恥ずかしがりながらもそう答える。
とはいえ恥ずかしいので、半分強引な方向転換をした。
「そういえば、マイリアとレグルトは?こういうのなら、2人とも来そうなんだけど……」
「おいメイ、今日がいつか忘れてんじゃねぇよ」
「え?」
「卒業式前に公務を終わらせるために月へ行く、って言ってたの忘れた?来れるわけないでしょ」
「あ、そっか……そうだった」
「でも、連絡はしてね。メイちゃんのこと知って、帰ってこようか悩んでたから」
「うん、分かった」
メイとマイリアは幼馴染に似た関係であり、付き合いは他の誰よりも長い。
恐らく、2番目にメイのことを心配していた人物だろう。
「さて、メイも元に戻ったことだし、何か食いに行こうぜ」
「良いね、それ。どこにする?」
「……いつもの店のどこか、か?」
「オレは良いぜ。にしてもよ、メイって柔けぇんだな。羨ましいったらありゃしねぇ」
「あ」
「おいおい……」
「アホ?」
「バカ」
「……好きにしていいぞ」
「分かった」
「……げ」
「ねえ、トラン?」
その冷たすぎる声を聞いたトランは震え上がったが、この程度でメイは止まらない。
「それをやって良いのはリントだけだから、ね?」
「わ、分かった、分かったからよ……許してくれねぇか?」
「ダ、メ」
そして美しい笑顔に反し、彼は地獄を見ることになった。
「メイルディーア・ハイシェルト少尉以下3名、入ります」
そしてメイとレックス、トランの3人はスパイダーのドックの近くにある会議室へやってきた。改めて店を決めようとした時に通信が入り、出頭を命じられたためだ。
「おや、元に戻ったのかい?」
「はい、おかげさまで。ありがとうございました」
なお、呼ばれたのはレックスとトランだけだったが、メイも顔見せが必要なのでやってきた。
1人多いが、艦長は気にしていない。むしろメイを心配していた。
「それは良かった。でだ……マックスレイ准尉は何でそんなボロボロなんだい?転んだってわけじゃないんだろう?」
「バカを粛清しただけです」
「こいつの自業自得ですので」
「そうかい。なら良いんだけどね」
ただし呼び出した本人である艦長も、トランの状態は気になったようだ。
頬に大きな紅葉マークがあるだけなら痴話喧嘩だとでも言っただろうが、顔全体が真っ赤になっていると冗談は言えない。
メイの口ぶりから何となく察し、聞かなかったが。
「では艦長、私は退席した方が良いでしょうか」
「いいや。そのままで構わないね、メイルディーア少尉。呼んではいなかったけど、嬢ちゃんも関係者だ」
「了解しました」
「じゃあ、本題に入るとしようかね。察しはついてると思うけど、エンジェルシリーズの新型機の話だ」
「ってことは」
「つまり……」
「そういうことだね。アリースト准尉はガブリエルに、マックスレイ准尉はラファエルに乗ってもらうことになった。これで良いかい?」
「は!」
「了解」
「了解しました。ですが、1つ質問をしてもいいでしょうか」
「何だい?」
「何故2機からなんですか?6機同時に製造が始まったと聞いたんですが」
「ミカエルが負けたって聞いて、早く完成しそうだったこの2機を一気に仕上げたんだそうだよ。逐次投入って言われたらそれまでだけど、悪くないとは思ってるがね。理解できたかい?」
「はい」
「それは結構」
デーモンシリーズもそうだが、エンジェルシリーズもかなり大人の都合に振り回されている機体だ。
そしてそのパイロット達も。
「それで……機体の説明は嬢ちゃんに任せようかね」
「艦長、それは流石に無責任だと思います」
「良いじゃないかい。資料はここにあるんだからね。ただし、間違っていたら訂正させてもらうよ」
「はぁ……分かりました」
メイはテストパイロットとしての期間が長かったため、エンジェルシリーズやデーモンシリーズの他の機体についてもある程度情報を持っている。もっとも、機密保持的にはアウトな行為だが。
なのでタブレット端末を受け取るとバーグナー艦長に許可を貰い、迷わず会議室の機器を使って映像を投影した。
そこに映し出された2機の内、片方はミカエルに比べて各所が太く、片手に大きな盾を持った機体。
もう片方は各所が若干丸みを帯びつつ、ミカエルよりは短い翼を持った機体。
「ガブリエルは特殊兵装試験機、ラファエルは水中戦用機で、どっちも近接格闘戦向きの機体だよ。ガブリエルは長剣型クルセイダーを持ってるし、ラファエルも同じような斧槍型クルセイダーを持ってるからね。他の武装は……あんまり変なのは無いかな」
「なるほど。で、特殊兵装ってのは……ブリューナク?」
「おいおい、何だよこれ?」
「えっと、遠隔操作型兵装、だったかな?SAGAから離れて飛んで、自由に攻撃できる物だって。ガブリエルは格闘型だったかな?」
「それはまた難しそうな……」
「ビームボーゲンよりは楽だよ。システムサポートも多いし」
「ちょっと待て、それならルシファーはどうなるんだよ」
「えっと、確かリントが……そうそう、キチガイだって」
高い適性を持つ人間すら苦労するのだから、そういう評価も当然だ。凛斗もそういう言葉遣いは好きではないが、その時は思わず使ってしまった。
ちなみに、メイもレックスもトランも、キチガイの意味は分かっていない。日本語を学んでも、そこまでネイティブには成れなかった。
「試験機としてはこっちの方が優秀、ってことになるわけか」
「みてぇだ。それとよ、メーザーはビームに変えれるんだよな?」
「そうだよ。魚雷もミサイルに換装できるらしいし。当然でしょ?」
「当然だけどよ、一応確認しときてぇんだよ」
「要るの?」
「必要だろ。確認は……」
「だって書いてあるのに」
「……おい、トラン」
「……言うんじゃねえ」
水中で使用されるメーザー兵器は空気中では性能が大きく低下するため、ビーム兵器との互換性が持たされている。また魚雷は推進機関が同じエネルギーパルスなので空気中でも使用可能だが、最適化された大気圏内用ミサイルの方が扱いやすい。
手間がかかるとはいえ、こういった換装はこの時代の水中戦用機全てに共通することだ。
「もう。それと必要なのは……マニュピレーターの出力は低くなってるけど、代わりに装甲が厚いみたいだね。プラズマスラスターが無いしサブスラスターも多くないから、加速性も機動性も低いけど」
「あれはミカエルがおかしいだけだぞ?」
「え、そう?」
「おいおい。メイ、ミカエルとルシファーで基準がおかしくなってんじゃねぇか?」
「大丈夫、ちゃんと分かってるよ。ワザとだもん」
「なら良いけどよ」
実際のところ、ミカエルとルシファーは第12世代の技術試験機であり、量産試作機という意味合いはガブリエルとラファエル、そしてサタンとリヴィアタンの方が強い。
まだ未発展とはいえ、扱いやすさには大きな違いがある。
「これくらいで良いですか、艦長?」
「ま、そんなところだね。それじゃあアリースト准尉、マックスレイ准尉」
「はい」
「は!」
「今さらではあるけどね、無理をするなっていう命令をだしておくよ。若いのに無為に命を散らすことは良くない。もちろん、メイルディーアの嬢ちゃんもだ」
「了解しました」
こういったことを言ってくれる上官が優秀とは限らない。だが、人間として優秀なのは間違いなかった。




