第10話「嘘と思惑」後編
「ハァァ!!」
「ふっ!」
掛け声とともに凛斗は右手を姉御へ向けて突き出す。
だがこれは囮、本命は足を刈る回し蹴りだった……が、軽く跳ぶだけで避けられた。
「はっ!」
「ほっ、はぁ!」
「くっ」
姉御が空中にいる隙に凛斗は左のストレートを放つものの、これは手の平で受け止められ、さらに腕を極めかけられる。
凛斗は急いで振りほどき後ろに下がるが、姉御の追撃を捌ききれず、体重の乗った右ストレートをクロスさせた両腕で受け止めた。
ちなみに2人の周囲には6つの人影が倒れている。凛斗と同時に姉御に立ち向かい、凛斗より先にやられた剛毅や繭達だ。
「こ、のっ!」
凛斗が牽制代わりに腹部へ回し蹴りを放ってみると、姉御は足で正面から受け止めた。
今は凛斗の方が背は高く力も強いのだが、姉御を揺るがすことはできていない。
「ちっ!」
そして力で無理矢理押しのけにかかると、すぐに後退して逃げられる。
追撃しようにも、左腕が邪魔で簡単には手が出せない。
「待て!」
「待たない」
だが、その程度で凛斗は止まらなかった。
ジャブをフェイントに使った前蹴り、それを前進に利用したストレート、不意をつく膝蹴りと裏拳。
全て避けられ、防がれつつも、凛斗は攻撃をやめない。
「当たれっ!」
「お断り!」
「はぁ!」
避けられることを考慮した下段への右足回し蹴り、その勢いを利用した上段回し蹴り、そして防がれた瞬間に腰をひねって放たれた左足の上段回し蹴り。凛斗の体は宙に浮かんでいるが、威力は十分。
どうやら左右から連続で攻撃されるのは効いたようで、腕で防いだ姉御の体勢は崩れている。
「くらえ!」
そこで追撃を決めた凛斗は、足が地面についた瞬間に左突きを放った。姉御もそれへ腕を合わせ、衝撃を吸収しつつ防ぐ。
だがそれは囮、凛斗は姉御の腹部に右手を当て、腰や肩で生まれた回転の力を掌を通じて叩き込んだ。
これは寸勁と呼ばれる技の一種で、ゼロ距離からでも大の大人を突き飛ばし、場合によっては昏倒させるほどの威力を出せるが……タイミングよく後退すれば避けられる。
「ちっ」
「まだまだ」
崩せたと凛斗は思っていたが、まだまだだったようだ。
逃がさないよう、凛斗は前に出つつ左手を突き出す、が……
「くっ、この!」
「ふふっ」
防がれた際に避けきれず、左腕を掴まれた。
凛斗は振りほどこうとするも外れず、逆に引っ張っられて体勢が崩れる。
「ほいっと」
「がはっ⁉︎」
そのまま変則的な巴投げを食らってしまい、受け身もほとんど取れずに床に叩きつけられた。そして胸を踏みつけられる。
これが少しずれてして首を踏まれていれば、確実に死ぬ。つまりこれで終わりだ。
なおこんなことをしていても、蒼龍の静寂性に問題はない。ここも射撃場と同様に、厳重な防音・遮音壁で囲まれているためだ。
「ああくそ、姉御強いなぁ……」
「いやいや、凛斗も十分強いよ。あたいも何回か危なかったし」
「負けた相手に言われても嬉しくないって。1対7だったのに……」
「まだ負けるわけにはいかないからね。というより、他の6人が不甲斐なさすぎるんじゃない?」
「それは確かに」
凛斗は起き上がりながら、床で伸びている6人に目を向ける。
彼らは凛斗が防御に回った一瞬ごとに1人ずつ姉御に落とされていたのだが……姉御としばらくであろうとタイマンができる人間は明けの明星にも数人しかいない、ということを忘れてはいけない。
「無理、言うなよ……姉御、相手、だぞ……」
「凛斗がおかしいんだから……」
「剛毅、繭、大丈夫か?」
「まだ、背中が痛い、っての」
「頭がグラグラするぅ……」
「あー、まだ寝てろ」
受け身無しで背中から思い切り叩きつけられた剛毅、頭を揺らされて軽い脳震盪を起こした繭、他4人も未だに起き上がれない程度にはダメージを食らっていた。
なお安全のため、格闘技などの訓練の後は精密検査が必須となっている。相手は上手く手加減をできる人物だが、それでも万が一の対策は必要だ。
技術の進歩でMRIのようなものの全身検査が準備なしでも数分で終わるため、そういう制度も導入できた。
「それにしても……全員強くなったんだな」
「当たり前だろ。俺らだって死ねねえよ」
「凛斗はもっと強くなってるけど……」
「俺も努力してたからな。ただ、姉御に追いつけたかもって思ってたんだけど……」
「まだまだ。それはせめて1発でも当ててから言いなさい」
「だからこその愚痴だよ」
戦闘員ではない者が最も格闘戦で強いのだから、愚痴が言いたくなるのも当然だ。
だがこれは昔からで、もう慣れている。長々と続くことはない。
「さて、起きれるか?」
「何とか、な」
「わたしも。だけど……」
「大丈夫です。どうにか起き上がれるようになりました」
「私も、かな……まだ辛いけど」
「聡はどうだ?」
「えっと、大丈夫になりました」
「智子、大丈夫?」
「な、何とか……」
全員自覚するような症状はないため、先にシャワーを浴びて着替え、その後に医務室へ向かう。
まあ……痛めつけた人間と診察する人間は同じ人物なのだが。
「脳、骨、内臓、全て異常なし。上手く受け身を取れたみたいね、凛斗」
「姉御……自分でやっておいてその言い方は何だよ」
「あたいは本当のことを言っただけだけど?さて、次は?」
「あ、私が」
「そう。じゃあ繭もそこに寝転がってね」
「はい」
「始めるよ。ああ、それで凛斗は……」
繭が診察を受けている間も凛斗には話があった。とはいえ特に問題はなく、半分くらいは雑談だ。
それが終わって医務室を出たが、すぐに追いかけられていることに気づいた。
「凛斗、待って!」
「そう焦るなよ、繭。気づいてるから」
「ごめん……それでどこに行くの?」
「格納庫だな。親爺さんに少し用事がある」
「わたしは書庫だから、途中まで良いよね?」
「当然。それより書庫なんて珍しいな」
「それは、その……分からないところがあるから」
「宿題か。懐かしいな……」
「ねえ凛斗、少しでいいから教えてくれる?」
「良いぞ。俺の用事が終わってからな」
「うん。その前に調べたいから」
「それは偉い」
「そんなことないよ。凛斗の方がずっと頑張ってたんだから」
小学生の頃に明けの明星に保護された凛斗達は義務教育が終わっておらず、代わりの教育を大人達から受けていた。
凛斗はそれに加えて高等士官学校に入るための猛勉強もあったが、他はそこまで難しくない。
まあ繭にはまだ残っているし、凛斗と香織以外は高校レベルの勉強をしているが。
「あ、そうだ凛斗、ちょっと聞きたいんだけど」
「ん?」
「ミカエルを鹵獲したいのってなんで?」
「あの機体の技術が欲しいだけだ。繭のおかげでクルセイダーとプラズマスラスターは手に入ったけど、多分マニュピレーター関連も必要だからな」
「……それだけ?」
「ああ、これだけだ」
「そっか……分かった」
「繭?」
「何でもないよ。じゃあ凛斗、またね」
「ああ」
繭に気づかれたのではないかと内心ビクビクしていた凛斗だが、そればかり気にしているわけにもいかない。
当初の予定通り、繭と分かれて格納庫へ向かう。
「それで……いたいた。親爺さん!」
「ん?凛斗か、どうした?」
「ルシファーについて、少し相談があるんだけど……」
「おう、言ってみろ」
「ビームボーゲンの方はマニュアル操作の調整をしたいし、メインスラスターはできれば出力を上げてほしい。あのイナーシャルキャンセラーの出力ならもう少しは大丈夫だし……それと、サブスラスターをもっとピーキーにできないか?」
「それはまたとんでもないことを言うもんだ……必要なのか?」
「予想通りなら、次はもっと強くなる。というより、アレはまだまだミカエルの本来の性能じゃない。そしてあのパイロットなら、ミカエルの全力を引き出せる」
「知ってるから、ってとこだなぁ。今のままだと限界があるっていうのによ……ま、何とかしてやらぁ」
「ありがとう、助かる」
「新型も考えねぇとな」
一般的に言えば……パイロット側にとって無茶な要求だが、凛斗にとっては違う。
機体の全力を発揮されればミカエルはルシファーの天敵であり、本来の総合能力は等しい。抗うことは非常に難しくなる。万が一の対策を取ることは必要だ。
だがそんな考えに浸っていた凛斗でも、最後の一言だけは聞き逃せなかった。
「新型?」
「おう。スラスターだけじゃねえ、SAGAの方も考えてるぞ。ま、実験機って感じになりそうだ」
「慌てて作らなくても……」
「いつまでも帝国の機体を使って、なんてガラじゃねぇだろう?作ってやるよ。まだ研究中だけどな」
「そっか、ありがとう。それなら……」
「おい凛斗、伯父貴が呼んでるぞ」
まあ工業技術が発展したこの時代でも、新型機を作るには時間がかかる。
なので凛斗はもう少し詳しく親爺さんに聞こうとしたが、その前に兄貴に呼ばれた。その手には端末、どうやら聞いたばかりらしい。
「兄貴……分かった。じゃあ親爺さん、よろしく」
「おうよ」
「それで兄貴、どういう用なんだ?」
「これからについての作戦会議だと。お前も実戦部隊の幹部なんだから、行かないとな」
「親爺さんは?」
「今回は伯父貴に呼ばれたメンツだけだ。親爺さんは関わらない話らしい」
「そっか。了解」
そんな風に話をしながら、2人は会議室へ入る。
その中には既に数人の人間がいた。内1人は伯父貴だ。
「来たか」
「ああ。ただ伯父貴、何で呼んだんだ?」
「原田に伝えた通り、今後についてだ。今まで我々明けの明星は、帝国軍の補給基地および補給艦隊を目標に攻撃を仕掛けてきた。ハワイ基地攻撃は凛斗のもたらした正確な情報があったため成功したことで、他はそうではなかった。だが、それも近日中に終わる」
「おい伯父貴、まさか……」
「それって……」
「そうだ」
嫌な予感がし、伯父貴へ問う兄貴と凛斗。そしてそれは当たっている。
「帝国軍の主力基地への攻撃を始める。現在の明けの明星の戦力なら可能だ」
これを聞いた途端、会議室の中に困惑が広がった。帝国軍の主力基地には最低でも1000機のSAGAと50隻の艦艇がいる。
いくら超大型とはいえ、たった1隻の潜水艦でどうにかなる相手ではない。
「伯父貴、本気なのか?」
「当然だ」
「けど、ハワイは俺が防衛兵器の配置、人とSAGA双方の警備状況、レーダー網の穴、格納庫やパイロット待機室の場所、それに基地内部への侵入経路を伝えたから成功したんだろ?それに太平洋艦隊が全艦いなくなるタイミングで、ハッキング用のバックドアだって開けたし、こっちだって綱渡りだったって言ってたし。それを……」
「別にあれを再現するつもりはない」
「つまり?」
「別に全てを破壊しなくても良い。破壊し尽くす方が良いことは確かだが……攻撃を加え、ある程度以上の損耗を与えることに意味がある。後方の負担が増えれば、それだけ前方の数は減るからな」
「なるほど……それならいけるか」
だがこれを聞き、会議室は納得の方が多くなった。たとえ敵の数が多くとも、攻撃するだけならやりようはある。
帝国軍主力基地の戦力は、総数だけは多いがスクランブル機はそう多くない。上手く作戦を立てれば、奇襲で一気に破壊し尽くすのも不可能ではないだろう。
それに、こちらには切り札があるのだから。
「対SAGA戦の主力は凛斗、お前のルシファーだ。むしろルシファーがいなければ成り立たない」
「了解。100機だろうと200機だろうと殲滅してやる」
「無理をする必要はない。だが無理でなければ戦果を拡大しろ」
「もちろん」
「コクロウとハクゲイはルシファーの援護、および基地への攻撃だ。具体的な作戦はその時に決める」
「了解」
「これで話は終わりだ。質問は?……無いな。ではご苦労だった」
そこで話は終わり、1人ずつ部屋から出る。
凛斗も部屋を出ようとしたのだが……
「さて、この後は……」
「凛斗、お前は残れ」
「伯父貴?」
伯父貴に呼び止められた。
なので他のメンバーが全員いなくなった後、凛斗は話しかける。
「どうしたんだ?急に呼び止めるなんて」
「今工廠から連絡があった。次の2機の完成が近いそうだ」
「そっか。それなら誰か2人……あの機体なら赤谷さんや桜さんあたりが……」
「いや、剛毅と香織に行かせる」
「……伯父貴、正気か?」
「これは決定だ、凛斗。機体もその予定で調整されている」
「伯父貴、その答えがどういう意味なのか分かってるよな?俺はいい、志願したんだ。けどあいつらは違う。伯父貴、どうしてだ。返答次第なら俺は……!」
「凛斗」
「っ⁉︎」
その決定は、凛斗としては許容しづらいものだった。彼の、想いにとって。
だがいつになく低い、怒気まで含まれた声に、凛斗はすくみあがる。
「これは命令だ。分かったか」
「伯父貴っ……分かった。けど、理由は教えてほしい」
「そう難しい理由ではない。連携を考えた結果だ。戦闘スタイルが機体に合い、高度な連携が取れ、なおかつ高い技量を持つ。そんな人員はそうはいない」
「ってことは、繭達も……」
「ああ。だがもちろん、説明はする。それに凛斗、お前なら守りきるだろう?」
「ああ……やってやる、やってやるよ。伯父貴の思惑に乗ってやる」
7機を1つの戦術ユニットとして扱う、そういう意味だと凛斗は理解した。そして、帝国軍基地強襲の核にするつもりだということも。
だが、反抗するわけにはいかない。伯父貴の想いも分かっている。なので凛斗は半分ヤケのように答えつつ、了承した。
「素直にならないのか?凛斗」
「素直になれるか……俺は、そこまで余裕のある人間じゃないんだから」
「確かに、お前は昔から必要以上に考え込んでいたな」
「そうなんだよ……伯父貴みたいにいくつも同時に考えられるなら、もっと楽なんだろうけど」
「そうでもない。考えなければならないことも、そして責任も、山ほどあるぞ」
「それでも、伯父貴にはそれが向いてる。けど俺は、向いてないのに……あいつらのリーダーとしての責任があるんだ。誰かに任されたものじゃなくて、俺自身が作った」
「相変わらず損な性分だな」
「だから板挟みで……」
「板挟み?」
「ああいや、何でもない」
言えるわけがない。自覚があるからこそ、言えるわけがない。
だが、誤魔化した凛斗の様子を見た伯父貴は別の方向だと考えたため、問題にはならなかった。
「じゃあ伯父貴、2人を呼んでもいいか?」
「気が早いな。そこまで慌てなくてもいいだろう」
「気が変わらないうちに了承させないと、俺がまた反対するぞ?」
「そうか、それなら呼んでこい。ただし、ここに来るまでは何も伝えるな」
「分かった」
そして凛斗はしばらく艦内を探し、2人を見つけて戻ってくる。
「来たぞ、伯父貴」
「おい凛斗、何で急にここに連れてきたんだよ。理由くらい言えよ」
「そうそう。慌てて片付けて来たんだけど」
「それは俺が伝えないよう言ったからだ。すまないな」
「ああいや、伯父貴に言ったんじゃ……」
「凛斗、ごめん」
そんなやりとりをするが、時間は有限だ。
挨拶代わりの話はこの程度にして、伯父貴はすぐに本題に入った。
「それで本題だが、2人にはデーモンシリーズの新たな機体に乗ってもらいたい」
「え、マジか」
「期待はしてたけど……」
「次の機体、サタンとレヴィアタンはルシファーに比べれば扱いやすいとはいえ、第12世代の超高性能機だ。親爺さんがかなり改造したらしいけど、それでもコクロウやハクゲイとは桁が違う……2人とも、断るなら今だ。どうする?」
「はぁ……おい凛斗、お前はワンマンアーミーじゃないんだぞ?」
「ずっと1人だけで戦わせてたんだから、少しくらいは分けてもらうよ」
「凛斗、これはお前の負けだな。背負うのは1人だけではないようだ」
「そう、なんだな……」
その答えを聞いて、まるで凛斗の気落ちを目で見せるかのように肩が落ちる。
ただ……どうやら同時に肩の荷も同時に降りたようだ。
「2人には明日の補給で工廠へ移り、そこで2機の調整と訓練をしてもらう。動かし方はコクロウやハクゲイに合わせたそうだ。それだけでも大丈夫だろう」
「伯父貴、どれくらいだ?」
「2週間、といったところだ。終わればまた蒼龍に乗ってもらう」
設計図を得てから約1ヶ月でロールアウトとなる計算だ。昔に比べれば早いが、この時代の基準からすれば遅い。
これは新世代機ということと、設計図に何ヶ所も手を加えたためだ。
ルシファーほど調整ポイントが無い機体なので、この程度で済んでいるが。
「了解。じゃあ凛斗、その間は頼んだからな」
「この船を沈めたら承知しないよ?」
「任せておけ」
別れると言っても2週間程度、凛斗と比べればほとんど無いようなものだ。
3人とも、そして残りの7人もそこまで気にすることなく、伯父貴の厳しくも優しい目論見は達成された。




