第9話「深海の鼓動」後編
「ふぅ……」
『どうした?ため息か?』
『幸せが逃げちゃうぞ』
「そうじゃない。ただ、本気で戦うってなると、少し」
『ミカエルか?』
「まあな。実力は上限まで知ってるんだけど……」
凛斗達は発艦後、深度100mの深さを静かに進んでいた。
合計21機、20世紀の潜水艇ではありえないスピード・深度・静寂性を持つSAGAだが、レーダーやソナーも同様に進化している。隠れる努力は必要だった。
また、この時代は水中でも問題なく通信が可能となっている。とはいえ傍受を避けるためにレーザー通信を使っているが。
『凛斗、レーダーやソナーは?』
「問題ない。データリンクと同じだ」
『よかった』
「気にしすぎだぞ、繭」
『そうかもしれないけど……』
そして、ルシファーで本格的に海中を泳ぐのは初めてだった。不安が無いわけではない。
なので繭の心配も的外れではないが……結果としては、問題はなかった。蒼龍からのデータリンクもちゃんと届いている。
「スパイダーの現在位置は……蒼龍の北東80km、高度1500mか」
『今の速度なら、残り10分って所だな』
「それなら……コクロウ全機、安全装置解除。戦闘用意」
『おう』
「ハクゲイ各機は警戒を強めろ。ウンディーネがいないとも限らない」
『うん』
警戒網の張り方次第では、既に捕捉されていてもおかしくない。
相手が飛行艦でも油断はしなかった。
『けどよ、凛斗』
「ん?」
『指揮官ってどんな気分なんだ?』
『あ、わたしも気になる』
「どんな気分って言われても……あー、そういえば高等士官学校でも、訓練で指揮官役をやらされてたな。あっちは遊び感覚だったけど」
『意外……でもないな』
「向こうの教官も、案外分かってたのかもな。伯父貴や兄貴と同じように」
『そうなんだ。それで?』
「正直言って慣れない。作戦は何とか立てれたけど、戦闘指揮はどうだか……」
『ま、そんなもんだ』
「兄貴?」
『最初はそんなもんだったからな。俺は元々一等軍曹だぞ?伯父貴が目をかけてくれなきゃ、ただの下っ端だった』
「その分、俺は恵まれてるわけか」
『いや、恵まれてるってのとは違うぞ』
「え?」
『気づいてないのか、気づいてないフリか……俺が言えたことじゃないな。それより凛斗、着いたぞ』
「だな。全機、作戦開始!」
そして17機は一斉に上昇を始めた。
「メイちゃん」
「クリス?どうしたの、こんな所に」
「何となくかな。それで、メイちゃんを見つけたから」
ミカエルのコックピット、その中にメイの姿はあった。パイロットスーツを着てヘルメットを被っているが、バイザーは上げたまま。
クリスが覗き込んできているが、作業は続行する。
「またやってるの?」
「うん。まだちょっと気になるから」
サブモニターにキーボードとパラーメータを映し、それを少しずつ動かして反応を見る。
これは脳波コントロールの調整で、検出された脳波をどのレベルで機体に反映させるか決めるものだ。
SAGAは脳波で動かす割合が高いため、プログラムのおかげである程度はオートでできるとはいえ、パイロット本人による調整が必須だった。
「同じところばっかりやってるよ?」
「う……」
が、それは未調整であればこそ。調整が終わっているなら、行う必要はない。
つまり……
「やっぱり、気になっちゃう?」
「うん……クリス、私、大丈夫なのかな?」
「大丈夫じゃないと思う」
「うっ……」
「でも、間違ってるわけじゃないよ。だってあんなことがあったら、ボクだってそうなるから」
「そっか……」
「でも、考えすぎるのも良くないよ。今は休も」
「うん……ありがと」
そうクリスに言われ、メイはミカエルのシステムを落とした。
「ふぅ……少し疲れたかも」
「根を詰めすぎるのはダメだよ?」
「反省してるよ。それで……きゃっ⁉︎」
「な、なに⁉」
そして、メイはミカエルのコックピットから出ようとする……が、突如衝撃が2人を襲い、少し遅れて艦内警報が鳴り響いた。
『コンディションレッド発令!コンディションレッド発令!総員、戦闘配置!戦闘配置!』
「コンディションレッドって……」
「クリス、機体の方に行って!」
「う、うん!」
メイはクリスを追い出してコックピットを閉め、戦闘モードでミカエルを起動した。
実戦配備状態だから、システムの起動は数秒で事足りる。
「こちらミカエル、メイルディーア・ハイシェルト少尉!状況説明をお願いします!」
『て、敵襲です。海面から上昇したSAGAが攻撃を仕掛けてきました!』
「衝撃が警報より後だった!何で!」
『そ、それは私には……』
『ルシファーの攻撃だ。プラズマ収束砲ってやつかね?見つけた瞬間に撃たれたんだよ』
「来てる……私が出ます!」
『無理だ。ミカエルはかなり奥に入っててね、すぐには出せないよ』
「っ〜!だったらできるだけ早く!」
『あいよ。兵長』
『は、はい!』
『他を説明してやんな』
『り、了解!敵機の数は17機、内16機はエアーズです。敵のミサイル斉射によって警戒機は全て撃墜、ジャガー級も危険です!』
「じゃあ早くして!」
『り、了解!』
慌ただしく準備を始めるスパイダーの艦内。だが、後手に回った感は否めなかった。
「奇襲成功……兄貴、剛毅」
『おう。全機ミサイル斉射!』
『こっちもだ!』
「護衛艦への攻撃を開始。他はスパイダーを攻撃しつつ、敵機は発艦次第撃破だ」
海中から飛び出した直後、ルシファーはプラズマ収束砲を放ち、スパイダーの持つメインスラスターの1つを破壊した。
さらに高出力ビームライフルでビーム砲もいくつか破壊、防空網に穴を開ける。
また、コクロウが一斉に放った750発以上の小型ミサイルは警戒機とジャガー級飛行護衛艦に分かれて向かい、警戒機を全て落とした。
ジャガー級は相当数を迎撃したが被弾も多く、さらにコクロウ4機の攻撃を受けていて、撃沈は時間の問題だ。
「さてと……」
プラズマ収束砲。ルシファー最大火力を誇るこの武装はいくつか欠点があるものの、威力と射程は抜群だ。
この距離なら高出力ビームライフルの方が使い勝手は良いのだが、威力だけは圧倒している。
「出てくるまで撃ち続けるぞ、メイ」
そしてまた1つ、メインスラスターを吹き飛ばした。
暴発寸前までエネルギーを溜め込めば艦砲並みになるそうだが、壊れかねないので凛斗はやらない。
というか、飛行戦艦を落とすのに、火力はそこまで重要じゃない。やり方次第だ。
「如月さん、2番ハッチチェック。修哉さんは3番と15番を。1番カタパルトから出てくる、赤谷さん」
それと同時に指揮も行う。
と言っても、他のパイロットが上手く動くため、それを追認する程度しかできていないが。
経験不足は大きいと凛斗は感じていた。
「ちぃ!」
ついでに、コクロウの包囲網から逃げた1機を高出力ビームライフルで撃ち落とす。
ルシファーも前に出して迎撃するべきか迷ったその時、2方向で爆炎が上がった。
『おっしゃ、落ちた!』
『こっちもだ。凛斗、そっちはどうだ?』
「大丈夫だ。ただ、兄貴、剛毅、スパイダーの相手を頼む。8機だけじゃもう封じれそうにない」
『了解だ』
そして16機でスパイダーを囲い込み、包囲網を再度形成する。
だが、もう既に奇襲の利点は失われていて、包囲しきれない機体も出てきた。
「ちっ、俺も前に……」
『いや、来るな』
「どうして?」
『お前がそこにいるだけでプレッシャーになる。凛斗、お前は何基メインスラスターを吹き飛ばした?』
「なるほど」
『それに、ミカエルの相手をできるのはお前だけなんだろ?だったらその時まで待ってろ』
「了解」
そう、火力がそこまで重要でなくとも、火力があれば落とすのが早くなる。ルシファーが狙っているだけで敵は焦り、コクロウが対処しやすくなる。
だが、そう言ってすぐにシルフィード1ヶ小隊、4機がルシファーへ迫ってきた。
「落ちろ!」
「消えろ!」
「日本人どもが!」
「死ねぇ!」
通信なんて通っていないにも関わらず、凛斗にまでそんな気迫が聞こえてくるようだった。
2機がビームソードを両手に持ち突撃、2機がビームカービンライフルで援護。教科書通りの模範的戦法。
とはいえ……
「遅い」
相手が悪すぎる。
ルシファーは両足の固定式ビームソードを起動すると縦に回転、突撃を避けつつ片方を天頂から斬り裂く。さらにそこで横回転を行い、もう1機のコックピットを抉りとった。
そして援護の2機へ高出力ビームライフルを放ち、撃墜する。
『ひゅー、上手いな』
「兄貴、言ったそばからこっちにも来てる。対処は?」
『すまないが、数が多くなってきた。自己防衛くらいはやってくれ』
「やっぱりか。各機はそのまま戦闘をぞっこ……」
『おい、出たぞ!』
「すぐ行く!」
兄貴に言われるまでもなく、凛斗にはあの白い輝きが見えていた。
それは視界の先にいる。大刀型クルセイダーを振った姿勢のミカエルと、片腕を失ったコクロウ……
「やらせるか!」
そのコクロウが落とされる前に、ルシファーは高出力ビームライフルとプラズマ収束砲を放ち、ミカエルに回避運動を強要させた。
避けたミカエルはクルセイダーを正面に構え、ルシファーと正対する。
『何あれ……』
「報告書通りだ、紅さん。俺がやる」
『お願い』
片腕を失ったコクロウは下方へ逃げ、海に飛び込んだ。追撃もあったが、それは他のコクロウが抑え込む。
「さて……」
それを見たルシファーは高出力ビームライフルを腰に戻し、ビームソードを2本抜く。
「やっぱり来た……」
カタパルトから発艦後、目の前にいたコクロウへ攻撃を仕掛けたミカエル。
発艦直後で直線的すぎたようで直撃は逃したが、大刀型クルセイダーで左腕は奪っていた。
「大丈夫、私は大丈夫」
だが取り逃がした。原因は目の前の機体。
メイにとっての怨敵。
「うん……」
ミカエルは大刀型クルセイダーを正眼に構え直し、プラズマスラスターの出力を上げる。
「リントの……仇!」
「来い、メイ!」
「ふっ!」
ミカエルはプラズマスラスター全開で突っ込んでくる。
ルシファーはビームソードで大刀型クルセイダーの腹を薙ぐことで逸らし、もう一方を向けるも……既にそこにはいない。
ロックオンしてビームボーゲンを放つが、全て回避運動だけで避けられた。
「流石メイ、速いな……」
ビームボーゲンを放てば数回は抑えられるものの、その後に必ず突撃がやってくる。ビームガトリングを撃たれれば回避運動を取らざるを得ず、突撃前に抑えるのは難しかった。
今は避けられているが、何度も繰り返せば不利なのはルシファーの方。
なので……
「……使うか」
凛斗はサブモニターに表示された、とあるアイコンをタップした。
「また避ける……」
一方のメイも焦っていた。有利な機体を使っているにも関わらず、決め切れない。
ならばより苛烈に攻撃しようと、彼女は決心した。
「でもこれから……っ⁉」
だがそれより先に直感に従い、ミカエルを横へスライドさせる。すると、数瞬前までいた所をビームが貫いた。
ロックオン警報は表示されておらず、射撃警報の残響だけが聞こえている。
「ロックオンされてなかったのに……まさか、そんな……」
1つだけ、メイはこの現象を説明するものを知っていた。
だが、彼女はそれを考えたくなかった。
「マニュアル⁉」
ロックオンなし、パイロットがコースを決めるマニュアル射撃。
凛斗がシミュレーターで試し、ワザと失敗したものだった。
「結構キツい……けど」
とはいえ、無条件で使えるわけではない。システム的なサポートはあるが、脳の処理量な格段に増えている。
オートより軌道が複雑で、ロックオンが無いため避けにくいという利点はあるが、パイロットへの負担を考えるとあまり良いとは言えない。親爺さんが渋るのも当然だった。
「やれるぞ!俺は!」
だが、凛斗なら実戦レベルで使える。今はそれで十分だ。
ロックオンのように固めることはしない。ミカエルの進路上にばら撒いた。
さらに緩急と疎密の差をつけ、ミカエルの進路を誘導する。完全な誘導ができなくとも、ある程度でいい。
「よし」
そうすれば、直撃させられる。
避け切れないタイミングで包囲するようにビームを放ち、うち1条がミカエルの左足を貫く。
「浅いか。けど……」
当たったのは装甲だけのようで、ミカエルの動きに変化はない。
だが、要領はつかんだ。
「当たれ!」
冷却サイクルを無視しての連射。後で使えない時間が増えるが、それは今作ればいい。
ミカエルの被弾が増えれば、時間は稼げる。
「動きが速い……けどな」
ミカエルは避けようと激しい回避運動をとっているが、避け切れていない。
大刀型クルセイダーやショルダーシールドで防がれるものも多いが全てではなく、多数のビームがミカエルを掠める。
直撃はあまり無いが、それでも構わない。
「甘い」
掠めただけでも、スラスターの破壊は可能だ。
少しずつ動きを抑え込めれば、対処もより容易となる。
「これで……」
そしてついに、右のショルダーシールドを吹き飛ばした。
「ちぃ!」
だが、メイもタダでやられるわけではない。残ったショルダーシールドを前に出して、突撃してきた。
プラズマスラスターは全開、恐ろしく速い。歪曲ビーム砲を放つも、致命的なもの以外は無視している。
「なかなかやる、なぁ!」
上段、逆袈裟、さらに横薙ぎ。勢いを生かした連撃。1撃1撃が両断してなお余りある攻撃。
ルシファーはそれに対し、ビームソードを当てて横に逸らし、盾を斜めに当てて機体ごと動く。
最後の横薙ぎだけはスピードが足りていなかったので、左手の盾で受け止めた。
「はっ!」
そして一閃。
ミカエルの左腕を肩から切り落とす。
「そして……」
さらに回し蹴り。腕のない胴体左側を蹴られたミカエルは体勢を崩し、側面を見せる。
その瞬間にルシファーは右の手持ち式ビームソードを振る、と見せかけ、固定式ビームソードを伸ばした。
そのまま刃は振るわれ……
「もう1つ!」
左翼を根元から切り落とす。
だがそこで右翼のプラズマスラスターが噴射され、ミカエルはルシファーから離れた。
「ふぅ……」
片手で大刀型クルセイダーは振るえない。そしてそれはメイも理解している。
ミカエルは大刀型クルセイダーを投げ捨てると、腰の後ろからビームソードを抜いた。
「このまま……」
『中破2機目だ、凛斗』
「……ちっ」
『目標が達成できていないのは分かるが、決定は守れ』
「分かってる。全機撤退!殿は俺がやる」
悔やみつつも、凛斗が出した号令。それに従い、コクロウは全機反転、海面へ飛び込んでいく。
追撃しようとするバトラーやシルフィードに対しては、ルシファーが歪曲ビーム砲を放って撃ち落とした。
中破状態のミカエルは動けず、海へ沈んでいくルシファーを見送るしかない。
「全機残存確認。損害は……中破2、小破3か」
『大破も無しだから良い方だぞ。お前が遅れてたら1人死んでた』
『ごめん……』
「紅さんのせいじゃない。俺が甘く見すぎてた」
『凛斗だけじゃない。全員だ。俺もあそこまでとは思っていなかった。確かにアレはお前にしか無理だ』
「できれば鹵獲したかっ……」
『凛斗』
「ん?……おい繭、それって」
一方、急速潜航した明けの明星達の間では、そんな会話がなされていた。
そしてそこへ、繭のハクゲイが寄ってくる。その手には、ある長大なものが握られていた。別の1機は少し幅広のものを持っている。
『落ちてきたから拾ったよ。必要だよね?』
「親爺さんがな。でも、ありがとう」
『どういたしまして』
それはミカエルの大刀型クルセイダーと左翼。技術として、凛斗が欲していたものだった。
あくまで、技術としては。
「さてと、全機帰還する。ハクゲイ各機、護衛は頼んだ。特に負傷機の」
『了解』
『おう』
『任せて』
あとは蒼龍からの誘導に合わせて帰るだけ。指揮官としての仕事は終わり。
なので少しの間だけ、凛斗は音声通信を切った。
「流石に、簡単にはいかないか……」
「でも、俺は諦めたくない」
「だから……」
暗い海の中、少年の声は密室にのみ響く。




