第9話「深海の鼓動」前編
「うん、まあ良いんじゃない?」
「うわ、相変わらず厳しいな、姉御」
蒼龍内部にある射撃場。格納庫と同レベルの、何重にもなる厳重な防音・遮音壁によって隔離されたここに、凛斗の姿はあった。
そしてその隣にいる女性、名前は五十土由香里。蒼龍の調理チームのリーダーで、医者でもある。
無くてはならない人材の1人だ。
「いやいや、大したものよ。ここまで上手くなるなんて予想外だったんだから」
「褒められてるなら悪い気はしないけど、褒め方は考えてほしい」
「善処はするよ。それにしても大きくなったね。お姉さんと遊んでく?」
「遠慮しとく」
「つれないねぇ」
「どうせプロレス技でもかけるつもりなんだろ」
「バレてたか」
そして何故か、格闘戦能力が異様に高い。重要さ故に前線には出ないが、訓練では精鋭数人をまとめて転がすほどだ。
「実戦的なやつならまだしも……」
「やるかい?お姉さんは歓迎するけど?」
「姉御のオモチャなんて絶対に嫌だ。そもそも、お姉さんとか言える歳じゃ……」
「あ゛ぁん?」
「すいませんでした」
なので、最も怒らせたらいけない人物だった。色んな意味で。
そんなやり取りが一通り終わった後、付いてきていた2人、剛毅と智子がようやく口を開く。
「おい凛斗、どうやって練習したんだ?手加減してたって聞いたぞ」
「手加減はしてたぞ?手加減になるように訓練はしてたけど」
「その、具体的、には?」
「自分自身で別の条件をつけてた。射撃なら、別の所を狙うって感じだ。ワザと中心以外を狙うっていうのも、結構な練習になったな」
「よく考えたなぁ」
「だからこんな風に……」
片腕だけを伸ばし、9mm拳銃で素早く3点バースト。
「上達したんだよ」
それらは全て、50m先にある直径10mmの円に収まった。
「おぉー」
「格闘戦だって足技封印してたし……あ、でもそっちの勘が鈍ってるか。姉御、また今度でいいから練習頼む」
「もちろん。でも元々足技が多かったんだから、ちょうどいいバランスになったんじゃない?」
「それならいいんだけど」
白兵戦については兄貴や姉御に鍛えられた。とはいえ適性や好みの問題はあり、凛斗は蹴りなどの足技を得意としていた。
それをハワイ高等士官学校では封印していたのだから……
「けど、SAGAの操縦でも使うんだ。だから……」
「あっ、り、凛斗!」
「智子?どうしたんだ?」
「その、これ……」
「ん?」
唐突に声をあげた智子から端末を受け取る。
そこに書いてあるのは……東京で自爆テロ発生、死傷者多数という文字。
「あの……あのクソ野郎どもが!」
「どうした?」
「これを読めば分かる。はぁ、ふぅ……智子、被害者は?」
「速報だけど、死者13人、重傷者29人……全員日本人」
「やっぱりか……」
「なあ凛斗、帝国軍よりこいつらをどうにかした方が良いんじゃないか?」
「それができれば苦労しないよ。テロリストはSAGAを持ってないけど、見つけづらい。特に元民間人が多すぎるから……それにこっちがSAGAを出したら、それこそ奴らの思う壺だ」
「けどさ……どうにかなんないか?」
「メガネさん達に頼むしかないよな……後は本土のパルチザンか」
「その、凛斗。何か、聞いてる?」
「いや、何も。むしろそっちの方が知ってることは多いだろ?」
「それが伯父貴も兄貴も教えてくれなくてさ……凛斗になら何か話してそうって気持ちがある」
「分かった。それなら今度何か聞いておく。それより……姉御?」
「何か用?」
「その顔、やっぱり何か知ってるんだろ」
3人集まれば何とやら、ではないが、凛斗達は戦場で生き残った人間だ。子どもでも、威圧感は出せる。
「はぁ、やっぱりバレるか。あたし、こういうの向いてないし」
「隠し事苦手だもんな、姉御は。それで?」
「まあ、メガネ達も多少は動いてるね。でもあまり効果的じゃない。理由は知ってる?」
「日本国防軍情報部はあくまで対軍事組織向けの情報組織で、民間への監視はネットの閲覧くらいだったから」
「そう。テロリストどもは民間を母体としてるから、動きにくいってこと」
「他には?」
「それは……」
「ほ、か、に、は?」
「はぁ……凛斗、あんた大した男になりそう」
「そりゃどうも。それで?」
「機密ってわけじゃないけどね。どうやらあいつらが裏にいるせいで、上手く動けないみたい」
「やっぱり……連中のやりそうなことだ」
「あ、凛斗!」
テロリストとパルチザン。彼らにとって、この違いは天と地ほどに大きい。テロリストがレジスタンスと呼ばれないのにも、十分な理由があるのだから。
だがそう考えていた所で、繭から通信が来た。
「繭?テロの件なら……」
『ううん。そうじゃなくて、伯父貴が呼んでるよ。でも、どうしてテロ?』
「智子、見せてやれ。で、どこに?」
『うわ、また……艦橋にいるから、すぐに行って』
「了解」
そのため凛斗は射撃場から出て行き、艦橋へ駆け込む。
蒼龍の艦内では外に漏れない専用無線が使えるが、他のものは使えないからと配られた専用端末が早速役立った形だ。
「伯父貴、呼んだか?」
「来たか」
「よ、案外遅かったな」
「兄貴まで。射撃練習をしてたんだよ。それで?」
「こう、急に呼び出して頼らないといけないのは心苦しいが……」
「伯父貴、さっさと言っちまおう」
「そうだな……先ほど、警戒用プローブが帝国軍艦艇を発見した。ここから100kmほど北の海上を南東へ向けて飛行中だ。だが……」
「伯父貴?」
「見せた方が早いだろう。こいつだ」
艦橋の中心部にあるテーブル型の映像投影機から出力されたのは、300mを超える飛行艦だ。
それは……
「ジャガー級2隻に護衛されたこいつのことを知りたい。何か……」
「これって、クラブ級飛行実験艦か?」
「知ってるのか?」
「ああ。こいつは帝国軍の兵器試験とかに使われてる艦だ。前線に出るような艦じゃないから、俺とメガネさん以外は知らない方が普通だよ。それで、このカラーリングは確か10番艦のスパイダーだな」
これは凛斗ですら、資料でしか見たことがない艦だ。
流石の面々も、何の目的でここにいるか分からなかった。
「けど、こんなほぼ非武装の艦は通商航路を通る規定のはず。何でこんな非通商航路に……いや、待てよ」
しかしそこまで考えて、凛斗はメイの言葉を思い出した。
「第10技術試験隊……ミカエルか」
「何?」
そう、それは彼女の乗る船。彼女のいる場所。
凛斗が自身と決着をつけなければならない時。
「こいつは多分俺、というか俺達への追撃部隊だ。データ集め代わりに派手にやらかしてみたけど、ようやく動いてくれたのか」
「それがこれだけの数か?舐められたもんだな」
「さあ?その辺りの事情は分からない。クラブ級に載せられるSAGAの数は多いけど、それだけだ。これはチャンスだよ」
「ふむ、確かに」
「まあ、そうだな」
「というわけで伯父貴、兄貴、奇襲攻撃をしたい。もちろん俺も出る」
「許可しよう。それで……凛斗、お前が指揮をとれ」
「は?」
そんな風にやりたいことを、戦い方だけを考えていたため、伯父貴のこのセリフには意表を突かれた。
「聞こえなかったのか?この作戦の指揮は凛斗、お前がとれ」
「いやいやいや、急にどうして」
「それが急じゃないんだな」
「いや兄貴、どういうことだよ」
「元から考えていた。SAGA部隊にもう1人優秀な前線指揮官がいれば、より効果的に動ける、とな」
「それで俺を?」
「他の連中も腕はいいけど、小隊レベルが限度だろうな。国防軍時代と違って、今は1機1機に注意しないといけないんだ」
「凛斗、お前にはそれができる。俺達は確信した」
「評価してくれるのは嬉しいけど……でも正直言って、ルシファーで戦ってる時は無理だぞ?」
「それも理解している。むしろ、あんな機体を操る方が難しいだろう。指揮はやれる時で構わない」
「しばらくは俺がサポートしてやる。凛斗が指揮官の時は俺が副指揮官、逆も同じでな」
どうやら、退路はもう無いらしい。
それを理解したので、凛斗も覚悟を決めた。
「分かった。じゃあ今回は、コクロウ16機とハクゲイ4機で行く」
「作戦は?」
「相手は飛行艦だけだ。ソナーは使えない」
「ああなるほど。それで?」
「開幕はルシファーの1撃……プラズマ収束砲でメインスラスターを狙う。ハクゲイは待機、コクロウには警戒機の排除を頼む。その後は8機がスパイダーを、残りは4機ずつでジャガー級を狙ってほしい。そっちは兄貴と……剛毅かな」
「ま、それくらいだったら良いぜ」
「SAGAが出てきたら、まずコクロウが対応、俺はスパイダーへの攻撃を続行する。まあ、しばらくしたら俺もSAGAの相手をしないといけないだろうけど」
「それは当然だな」
「それと……」
指揮は初めてなので、できる限り無難な作戦を立てる。だが1つだけ、自分の要望を通した。
それは譲れないこと。
「ミカエルの相手は俺がする」
譲りたくないこと。
「目標はミカエルの撃墜、もしくは鹵獲だ。けど戦闘になったら、指揮をとる余裕なんてなくなる。兄貴、頼めるか?」
「いいが……そんなの必要か?ハワイじゃ圧倒してただろ?」
「あの機体はそんな生易しいものじゃない」
ミカエルという機体を最もよく知っているのはメイだが、次は恐らく凛斗だ。この機体の、メイの強さは理解している。
ルシファー内に残っていたシミュレーションの結果を呼び出した。
「アレは多分パイロットの問題だ。何せ味方だと思ってた機体がいきなり攻撃をしかけてきたんだからな。でも、今は違う」
「ふむ、だがコクロウで相手をするのはどうだ?4機、いや6機なら」
「危険すぎる。ルシファーを落とせるとしたらミカエルくらいだ。コクロウで相手をするなんて自殺と変わらない。兄貴でも」
「それほどか……」
「資料にも載せてるだろ?ルシファーは対多射撃戦向けの機体だけど、ミカエルは逆に対単近接戦向けの機体なんだ。相性は悪い」
「おい、それだと」
「機体特性を把握してるから、対処法はいくつかある。少なくとも今は簡単だよ」
何だかんだ言って、ミカエルとルシファーは互いに天敵同士だった。
もちろん、ルシファー側が不利なことに変わりはないが。
「それで……あとはエンジェルシリーズの新型が出てくる可能性かな」
「あるのか?」
「無いとは言い切れない。向こうにいて帝国軍の物量の怖さ、量産速度がよく分かった。2番機を造ることくらい朝飯前……伯父貴。確か親爺さんに、デーモンシリーズの2番機と3番機を造るように言ってたよな?」
「ああ」
「余裕があるなら、4番機と5番機についても計画を始めてほしい。多分、向こうは全部造ってくる」
「何故そう思う?」
「あの攻撃がなかったら卒業後、まだ出来てもいない機体のために優秀な新人を数十人も集める予定だったんだ。パイロットはもういるって考えた方が良い」
「なるほど」
「で、その2番機ってのは?」
「兄貴、資料読んでないのか?エンジェルシリーズの2番機はオーソドックスな機体だ。特殊な武装はあるけど、兄貴達でも対処はできる。もし出てきたら、4機で囲んでほしい」
「了解だ。鹵獲は?」
「可能なら。技術的にはミカエルの方が欲しいはずだけど、そっちも貰えるなら多分喜ぶから」
「だろうな」
そうして、作戦が立てられていく。だが時間はかけず、素早く終わらせる。
「これでよし。伯父貴、他のパイロットの選択は頼む」
「任せておけ。ふむ……これで良いな」
「流石。じゃあ兄貴、行くよ」
「おう。頑張れよ、指揮官どの」
「誰のせいだ!」
凛斗は格納庫近くにある更衣室へ向かうと、明けの明星で新しく用意されたパイロットスーツに着替え、格納庫へ入った。
既に発進準備は整っていて、コクロウにもハクゲイにも、そしてルシファーにも、整備用ロボットは付いていない。
「凛斗!」
「繭?」
すると、パイロットスーツを着た繭が凛斗の方へ走ってきた。
彼女は出撃パイロットに選ばれているが、ハクゲイの方だ。
「頑張って。わたしは見守ることしか……」
「見送り代わりか?ありがとな。けど、見てるだけじゃないぞ」
「え?」
「予備兵力だ。俺が危なくなったら助けてくれ」
「そう言ってくれると嬉しいかな。でも、必要なんて無いんでしょ?」
「よく分かってるな。じゃ、行くぞ」
「うん」
そうして別れ、それぞれの機体の前にあるカーゴへ乗り込む。
「親爺さん、例のプログラムは?」
「完成して、もうインストール済みだ。でもよ、ほんとにあんなん使えんのか?」
「使える。というか、使えないなら頼まないって」
「ならいいけどよ。負担が大きいぞ」
「もし使えなかったら元に戻す。親爺さんが両方入れてくれたからな」
「システムにも負荷がかかっちまったけどなぁ……ま、仕方ねえ」
「この戦いが終わればどっちを使うか決まるから、また調整して欲しいんだけど……」
「ったく、言うようになったじゃねぇか」
「親爺さんのおかげだよ」
会話をしている間にカーゴは上がり、凛斗はコックピットへ入った。
システムは実戦配備状態に切り替えられているため、強奪時のような長々とした起動は必要ない。
「ルシファー起動完了。管制」
『はいはい。じゃあ、ちょっと待ってて。発進順は……こんな感じっと』
「馬場さん、真面目にやって」
『真面目だよ。それより、ブリーフィングもやってないんでしょ?』
「そうだけど……」
『じゃあ、説明よろしく』
「はぁ……総員傾注」
そう催促され、蒼龍のシステムを介して出撃全機への通信を繋ぐ。
「ま、指揮官をやれって言われても威張るつもりはない。というかできないし、いつも通りでいく。目標は帝国軍試作機、ミカエルの撃破もしくは鹵獲。ミカエルの相手は俺がやるから、皆には他の連中の相手を頼む。行動方針としては、海中を進み敵艦隊の真下から強襲後、すぐさま警戒機を撃破、コクロウの内8機がスパイダーを、残りが4機ずつでジャガー級を狙ってほしい。ハクゲイは海中で待機だ。ただし、スパイダーは武装とスラスターへの攻撃をメインにして、沈めないように。ジャガー級はすぐに沈めてもいい。SAGAが出てきたら適時対応を頼む」
『ふむふむ、なるほど』
『撤退条件はどうすんだ?』
「撤退条件、は……中破以上が2機、これをラインにする。その時、必要ならハクゲイは撤退支援をしてくれ」
『りょーかい』
『指揮頑張って』
『案外安全マージンを大きく取るんだな。凛斗、それだとお前がミカエルを落とすより早いかもしれないぞ?』
「コクロウはシルフィード3〜4機分って書いたのは兄貴なんだろ?まあ、兄貴は多分6機分とかだろうし、バトラー相手ならもうちょいいけるみたいだけど、相手の数も多いから無理はできない」
『了解だ』
「俺もできる限り急ぐ。そっちも耐えてくれ」
『耐えるって、攻め側よ?変な言い方ね』
「確かに。でも、こんな所で死ぬなんて無駄に近いんだから、それはゼロでいて欲しいんだ。それと剛毅」
『ん?』
「頼むぞ」
『任せとけ』
通信を終えると、すぐに発艦準備が始まる。
慌ただしいが、それは当然だ。今も目標は動いているのだから。
『オーケーオーケー。じゃあ、ハッチまで動かすよ』
「お願いします」
すると、ルシファーの足を固定していたバレットが丸ごと動いた。そのまま格納庫の中央へ出て、機体の向きを変える。
空中へ発艦する時は艦中央から上へ動いていた。だが今回は水中、ルシファーは艦首方向へと進む。
その後艦首に4つある内、右上の発艦用チューブの中へルシファーは入り、後方の水密隔壁が閉鎖された。さらに注水、周囲が水で満たされ、前方のハッチが開く。
『ハッチ解放、発進よし』
「了解。剣崎凛斗、ルシファー、出撃する」
そして、堕天使は暗い水中を突き進んだ。




