第8話「天空の雲」前編
「これがスパイダー……」
ハワイ基地、軍港エリア。そこには巨大な1隻の船が泊まっていた。
船というよりは、飛行船寄りの艦なのだが。
「でっかいよなぁ」
「タイラント級以上だぜ、こいつはよ」
「大きすぎて迷っちゃうかも」
「覚えないとね」
「それより、早く入った方が良いんじゃない?」
「……そうだな」
これから艦に部屋を貰って住むことになるため、全員軍支給のキャリーバッグに荷物を入れて持ってきた。
ただ……何故かメイだけは、キャリーバッグが2つある。
「ねぇメイちゃん。荷物が多いけど、何が入ってるの?」
「え、これ?私の着替えでしょ、パイロットスーツ、端末、それとリントの枕と……」
「メイちゃん……ボク、変態になるのだけはやめた方が良いと思うよ」
「そ、そそ、そんなのじゃないから!」
メイは大慌てで否定するも、既に説得力はない。
クリスにも冷めた目で見られていた。
「じゃあ何で入ってるの?」
「え、いや、だって……寂しいから」
「いや、それはおかしいよ……リント君の下着とか持ってても驚かないかも」
「持ってないよ!腕時計以外はジャケットとパーカーだけだもん!」
「十分持ってるから……嗅がない?」
「うっ……た、多分」
「絶対ダメだからね!」
「き、着るだけだから……」
「それも完全にアウトだと思うんだけどなぁ……」
そしてクリスは遠い目に変わった。
頑張れ、負けるな。メイを引き戻せ。
「メイ、クリス、置いてくよー」
「あ、ごめん!クリスが……」
「メイちゃんのせいだよ!」
そんなやり取りをしつつも、7人で新たな艦へ向かう。
だが……
「やあやあ、もしかして今日からの新人って君達のことかな?」
「ひぅ⁉」
そこへ突如現れたのは、大尉の階級章を持った女性士官。
メイは肩に手を置かれ、さらに首に息を吹き付けられて、とても驚いた。
「えっと、どちら様ですか……?」
「君の先輩に当たる人物だ。それにしても良い体つき……ねえ君、今夜あたしの部屋に、あだ⁉」
「何をやってるんですか、大尉。新人イジメですか?セクハラですか?それとも未成年誘拐ですか?」
さらに現れたのはハリセンを持った女性中尉と、その後ろに10人の女性軍人達。
どうやら、同じ部隊らしい。
「いったいなぁ。副官ならもっと隊長を労われ」
「お断りします。副官の仕事は隊長の躾ですので」
「いや何だよ、あたしは犬か何かか?」
「違いますか?」
「違う!」
そんな目の前でされた漫才を見て、7人の警戒心はだいぶ下がった。
なので、改めて聞き直す。
「それで、その、どちら様ですか?」
「こちらはレイカ・キリシマ大尉、一応、私達第037中隊の隊長を務めています」
「うわ、一応とか言いやがった」
「ええと……よろしくお願いします、キリシマ大尉」
「レイカさん、で良いぞ。お姉さん、お姉ちゃん、お姉様でも可だ。敬語も無くしてくれると嬉しいね」
「え、えっと……レイカさん」
「あちゃ、それ選んじゃったか。個人的には最後のがオススメだったんだけど」
「貴方は百合じゃないでしょう」
「いてっ⁉」
再度ハリセンを叩きつけられるキリシマ大尉、そしてそれを笑う部下の女性達。どうやら部隊内ではこんな扱いなのだろう。
ただ、メイ達の側にも面白がる人物はいるもので……
「お姉様」
「ほら来たぞ。やっぱりいるんだよこういう娘も」
「なん、だと……」
「メイは貸すので、見せてくれません?」
「ちょっと待ってよシア!それどういう意味⁉」
「え?百合モノを書きたいから、資料が欲しいってだけだけど?」
「ダメダメ!絶対ダメ!」
そうやって必死に否定するメイに、シアもキリシマ大尉も、さらにクリス達や部下達すら大爆笑だった。
「ちょっと⁉」
「ま、あれば冗談だよ。それで、君達が新入りで合ってるよね?」
「はい、私は……」
「話は聞いてるよ。メイルディーア・ハイシェルト、新型機のパイロットなんだって?」
「その通りです」
「情報通りで何より。それでさっき言われたけど、あたし達は第037中隊、少し前にスパイダーに配属されたSAGA部隊の1つだ、これからよろしく頼むよ」
「は、はい」
「おう!」
「よろしくなぁ!」
「お願いします!」
「よろしく、お姉様」
「よろしくお願いします。シア、それ続けるのね……」
「……特に気にする必要はないだろう。よろしく頼む」
「オーケーオーケー。それじゃあ、艦内を案内しようか。実は艦長に頼まれてるんだよ」
そんな軽い感じで部下達は別の方に向かわせ、キリシマ大尉はさっさと艦内に入る。
メイ達はキャリーバッグを入り口にいた警備兵に預け、慌てて追いかけた。
「うわ、広い」
「機材の搬入とかもあるって聞いてるからね。こっちの道も広くないとやってられないんだってさ。格納庫だって広いってのに」
「……なるほど」
「だからSAGAの数も多いんだね」
「そういや、この艦ってほとんど武装が無かったんじゃねぇか?外から見た感じだけどよ、あんまし場所がなかった気がすんだよなぁ」
「お、よく見てるね。大きな艦だけどスパイダーは実験艦だから、武装は迎撃用のものしかないんだってさ。だからまあ、そんなのを実戦任務に投入するなんて……」
メイ達は、この艦の乗員がどこまで話を聞いているか知らない。だがどうやら、ある程度のことは知っているようだ。
「それで、艦の左右に格納庫エリアがあるよ。広すぎるから、それがさらに複数に分かれてるんだけど……ま、そのあたりはおいおい知ればいいだろうさ」
「はい」
「カタパルトはどうなっていますか、お姉様?」
「カタパルトはそんなにないね。ハッチがほとんどだ」
「そんなんで良いのかよ?」
「実験艦だから、だそうだね。実戦で使わないけりゃそんな感じなんだってさ」
ついでのように居住区の食堂、ジム、シャワー室などを巡りつつ、8人は最初の目的地へ向かう。
そこは艦の中央部、艦橋の真下。
「さて、ここが艦長室だ。準備はいいかい?」
「は、はい!」
そして彼女達は中へ入る。もちろん、許可を得てからだが。
その中には、無副流煙電子タバコを口に咥えた、30代後半から40代前半くらいの女性大佐がいた。
「ようこそ嬢ちゃん達。わたしがこのスパイダーの艦長兼第10技術試験隊隊長、ティエルナ・バーグナーだ。ご苦労だったね、キリシマ大尉」
「は!」
「それで?」
「本日付で着任しました、メイルディーア・ハイシェルト少尉、以下7名です」
「少尉、ねぇ……コネで入ったような甘っちょろいのだったら、今すぐ送り返してやるよ?月までね」
「コネでパイロットが決まるのなら、ミカエルはもっとおとなしい機体になっています」
「自分の機体を暴れ馬扱いかい!はっはっは、気に入った!歓迎するよ、ハイシェルトの嬢ちゃん」
「メイルディーアでお願いできませんか?私は父様や母様とは……」
「そうかい、ならそうさせてもらうよ。わたしも、あの辺の家はあんまし好きじゃないんでね」
メイがそんな風なのをいいことに、好き勝手言うバーグナー艦長。
流石に武装法務隊がいれば別の態度を取るだろうが、部下に対してはこんな感じらしい。最初は嫌いな相手が来たのかと警戒していただけのようだ。
「さて……今後の予定だが、気になるかい?」
「はい」
「なら話すとしようかね。第10技術試験隊は明日、12:00に西へ向かう。目標は当然、ハワイ基地を攻撃してきた連中だ。荷が重いったらありゃしないけどね……一応、ジャガー級飛行護衛艦を2隻つけてくれるそうだけど、あんまし期待しない方が良さそうだね。噂通りなら月から降りてきたばっかりの連中だそうだ」
「詳しい情報を聞かせてはいただけませんか?例えば……」
「そういうことは午後のブリーフィングで伝えるよ。色々と共有しなきゃならん情報があるのさ」
「メイちゃん」
「うん、分かってる。だけど……」
「色々と大変そうだねぇ……ま、辛かったら何でも言いな。人生の先輩として、多少は後輩の役に立つだろうさ」
「ありがとうございます」
「それとまあ、ついでに部屋についても話しておくかね。といっても、それぞれの機体を担当する整備兵と同室だよ。ま、メイルディーア少尉だけは1人なんだがね」
「え、それは」
「ああ、勘違いしないでおくれよ。ただ人がいないだけだ。ミカエルの整備兵と、エンジェルシリーズの統括が相部屋なんだからね。でもまあ、2人部屋を1人で使うんだ。集合場所にでもすれば良いじゃないか」
「あ、そうですね。ありがとうございます」
「若いの同士、仲良くしときな」
他にも2つ3つ、いくつかの連絡事項が伝えられる。艦長がすることではない気もするが……本人曰く、ついで、だそうだ。
なのでメイ達はありがたく聞いていたし、いくつか質問もした。
「それじゃあ、用があったらここへ来な。何も無けりゃ次はブリーフィングでだね」
「はい、ありがとうございました」
「キリシマ大尉、まだ案内する場所はあるんだろう?送ってやりな」
「は!」
そうしてメイ達は退出し、また案内される。
「話しやすい人でよかったね」
「おう。無理に合わせる必要が無くてなぁ」
「そうだね。それじゃあレイカさん、この後もお願いします」
「ま、後は格納庫と全員の部屋だけなんだ。そう大した苦労じゃないよ」
8人は艦橋、機関室、武器保管庫なども回っていく。
そうすると当然ながら時間がかかり、雑談は次第に個人的な内容へシフトしていった。
「そういえば君達、あたしに対する侮りとかないよな。どうしてなんだ?」
「え?」
「艦長はアレだから気にしないけど、全員じゃないからね……で、何でなんだ?」
「それは……」
「ボク達には日本人の友達がいたんです」
そう聞かれ、メイがどうしようか悩んでいたところ、クリスが先に口に出す。
「クリス?」
「ボクが言うから。大丈夫だよ、メイちゃん」
そして準備していたのは、どうやらクリスだけではないようだ。他の面々も先を越されただけで、用意はしていたらしい。
「ハワイ高等士官学校の同級生で、凄く大切な友達でした。ボク達7人と、彼と、ここに乗ってない2人、10人で一緒にいたんです。優しくて、頭も良くて、自慢の友達でした」
「良い友人だったのか。けど、過去形ってことは」
「はい……死んじゃったんです、あの日に」
「……ハワイ基地襲撃の日、だよな」
「はい。ルシファーって名前は聞いたことありますか?」
「ああ、あの……ってまさか」
「あれのテストパイロットが彼、リント・ケンザキ君だったんです。それで……」
「分かった、だからもう話すなよ。泣きそうな顔なんて見たくないからさ」
だが、悲しくないわけではない。
それを理解したキリシマ大尉は話を止め、少し急ぐようにして7人を連れていった。
「さて、ここが君達の機体が入る格納庫だ。ミカエルはもうあるようだね」
「あ、あれだね!」
「クリス、そんなはしゃがないで」
「……自分達は?」
「他は確か……機体が届くまではシルフィードかウンディーネに乗るって聞いてる。大丈夫かい?」
「……問題ない」
「大丈夫ですね」
「ならよし。じゃ、それぞれ挨拶してこいよ」
メイ以外の端末にそれぞれのハンガーの場所が表示されたので、7人は分かれて向かう。
ミカエルの前にいたのは……メイも見たことがある人物だった。
「よう嬢ちゃん、元気か?」
「あれ?あの時の……」
「あの後から専属になったんだよ。こいつのな。ボロボロになったこいつを直すのは大変だったんだぞ?」
「すみません……」
「あの時の状況は聞いたから、責める気はねぇ。けどよ、お返しはしっかりやってやれ」
「はい」
40代ほどの叩き上げ一等軍曹がミカエル専属の整備兵らしい。ハワイが攻撃を受けた時、ミカエルの起動準備をしていたのも彼だ。
また、そこへ近づいてきたのは20代後半といったところの男性下士官、人が良さそうな笑みを浮かべている。
「ミカエルのパイロットっていうのは君のことかい?」
「え?はい」
「よかったよかった。僕はドーラン・アルトア曹長、エンジェルシリーズの整備統括を任されてる。よろしく」
「メイルディーア・ハイシェルト少尉です。よろしくお願いします」
「いいよいいよ、そんな畏まらなくて。階級は僕の方が下……あ、それだと僕が敬語にした方が良いのかな?」
「い、いえ、配属されたばかりですし……」
「それなら、ハイシェルト少尉も固くならないで。気楽にいこう、気楽に」
「は……分かりました。お願いします」
「そうそう」
気負う必要が無さそうな人達で、メイは安心していた。
メイの考え方という意味でも、ルシファーを追うという意味でも。
「おーい、メイ、昼飯行くぞー」
「あの、レイカさん、さっきまでメイルディーアだったんですけど?」
「ん?これか?いいだろう、別にさ」
「いいですけど……急すぎです」
「悪い悪い。けどよ、待ってんだから」
「分かりました。それじゃあ、また後で」
「おう、行ってきな」
「こちらは気にせずにどうぞ」
なお、昼食については若干不満があった模様。凛斗のせいで舌が肥えたのかもしれない。
・クラブ級飛行実験艦
全長342m、全幅195m、全高113m
帝国軍第10技術試験隊に所属するスパイダーはこれの10番艦。
SAGAの最大搭載可能数こそ多いものの、戦闘性能は低い。何故ならその容量は大半を観測機器及び実験用装備に使うため。宇宙での航行、大気圏内での飛行の双方が可能。だが、大気圏単独突入は不可能で、専用カプセルが必要。
クラブ級に限らず飛行艦艇は反重力装置を使用し、重力を軽減しているが、代わりに艦体構造に制限がかかる。また、宇宙艦艇も軌道遷移を容易とするため反重力装置を搭載しているが、出力は飛行艦艇より低く、艦体構造への影響は小さい。
武装
___連装対空ビーム砲×40
SAGA用装置
__発艦用リニアカタパルト×4
__発艦ハッチ×20




