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日常のカラディシア  作者: 空港ヨハンナ


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3/5

Rowenaとローウェル

 Oic Mallの一角には、市役所が入っている。


 市役所といっても、重たい扉や大理石の階段があるわけではない。食品売り場と家具売り場の間に案内板があり、その矢印に従って歩いていくと、いつの間にか行政窓口に着く。


 移住して三日目。


 男はそこで番号札を握っていた。


 壁の表示が切り替わる。


『117 窓口6』


 立ち上がり、窓口へ向かった。


「移住者ですね」


 黒いセーターを着た女性職員が、卓上端末から顔を上げた。


「はい。えっと、Rowenaがもらえるって聞いたんですけど」


「ええ。一台だけですけどね。5、7、9、どれがいいですか?」


 あまりにも普通に聞かれたので、男は一瞬返事に困った。


「選べるんですか?」


「選べますよ」


 職員がカウンターの端を指した。


 三台の端末が並んでいる。


「触っていいですか?」


「ええ」


 まずRowena 5を手に取った。


 片手に収まる。スマートフォンとして考えれば一番馴染みがある。


 画面を二つに分割してみた。


「5は……ちょっと小さいかな」


「携帯性なら一番ですけどね」


「一個だけですもんね」


「はい」


 男は5を戻し、隣の7を持った。


「7は……スマホとしてはちょっと大きいな」


 画面を触る。


 端末がタブレット表示へ切り替わった。横向きにして、脇に置いてあった薄いキーボードへ接続する。


「へー。タブレットにもなるし、ラップトップにもなるのか」


「販売台数一位ですよ」


「そっか」


 最後に9を持ち上げた。


 数秒眺める。


「9は、スマホとは呼べないな」


「持ち運びはできますよ」


「まあ、そうですけど」


「私も仕事は9ですね。ほら」


 職員が自分の卓上を示した。


 さっきから彼女が操作していた端末もRowena 9だった。横長の画面にはいくつものウィンドウが浮かんでいる。


「全部、機能は似たようなものですよ。5はダブルウィンドウ、7と9はマルチウィンドウで複数のウィンドウを出せます。私に言わせれば、9のメリットはそれくらいですかね」


「仕事で9使ってる人が言うと説得力あるな……」


「大きいですからね」


 男はもう一度7を触った。


 少し迷ってから置く。


「7にします」


「はい」


 職員は椅子を引き、背後の棚から箱を一つ取り出した。


「こちらが新品になります」


「新品?」


「はい」


 男は箱と職員を交互に見た。


「新品くれるんですか?」


「今、新規ユーザーを獲得したい時期なので」


「国が?」


「Rowena側が」


「ああ」


「多分三年後くらいには、こういう場面で整備済みの物を渡してると思いますよ」


「やったぁ」


「運が良かったですね」


 箱がカウンターを滑ってきた。


「必要なアプリはすべてそこに入ってます。初期設定だけしてください」


「はい」


「では、楽しんでくださいね。カラディシアへようこそ」


「あ」


 男は箱を抱えたまま動かなかった。


「はい?」


「口頭の説明の方が助かるタイプなんですけど、お聞きしても?」


 職員はほんの少しだけ面倒くさそうな顔をした。


 一拍。


「どうぞ」


「えっと、仕事は?」


「Smallっていうアプリがあるから、それ見てください」


 職員が自分の端末を操作し、アイコンを見せた。


「ギグワーク、オンライン案件、正社員求人も見れます。日本からでしたっけ」


「はい」


「タイミー、Skima、Skeb、ハローワークみたいなのが全部入ってます」


「なるほど」


「資格が必要な求人には資格要件も出ます。応募できないものは理由も表示されます」


「家は?」


「こっち」


 別のアイコン。


「スーモみたいなアプリです」


「買い物は?」


「これ。アマゾンみたいなもの」


「本とか映画は?」


「これはKindle。こっちはPrime Video。こっちはMusicみたいなもんです」


「Apple派なんですけど」


「じゃあAppleアプリみたいなもんだと思っておいてください」


「急に雑になりましたね」


 職員は男を見た。


「本音を言うとね」


「はい」


「スマホで全部調べられることを口頭で説明させられるのは、あまり好きじゃないんですよ」


「言っちゃうんだ」


「あ」


 職員が指を立てた。


「『オーケーローウェル』って言ってみてください。端末に」


 男は新品のRowena 7を箱から取り出した。


 薄い保護シートが貼られている。


「これに?」


「はい」


「……オーケーローウェル」


『はい』


「喋った」


「Siriみたいなもんです」


「Apple派にも分かりやすい」


「でしょう?」


 職員は満足そうに頷いた。


「じゃ、あとはローウェルに聞いてください。ローウェル、あとお願いね」


『へっへっへー。よう、新人。この街のルールについて教えてやるよ』


 男は端末を見た。


 職員も端末を見た。


「なんで転校したてのイケメンに絡む不良生徒みたいな喋り方なんですか。90年代くらいのアメリカの」


 ぴこん。


『学習しました。ユーザーはこういうノリにツッコむタイプ』


「……いや、別に聞いただけ」


『ノリが悪い』


「ローウェルさん、もう少し優しくして」


『承知しました。初めての移住でご不安ですよね。わたしが一つずつ丁寧にご案内いたします。まず、カラディシアでの生活について、何かご不安なことはございますでしょうか?』


「そこまでじゃない」


 ぴこん。


『学習しました』


「早いな」


『では新人、Smallを開け』


「戻ってる」


 男は窓口を見る。


 職員はすでにRowena 9へ視線を戻していた。


「……あの」


「ローウェルに聞いてください」


「はい」


『へっへっへー』


「それやめて」


『注文が多いな、新人』


「ローウェルさん?」


『はい。』


 急に普通になった。


 男はしばらく端末を見つめた。


 それからSmallを開く。


 近所の品出し。


 雪かき。


 Oic Eatsの配達。


 オンラインでのイラスト依頼。


 正社員求人。


 資格職。


 画面を下へ送るたびに、知らない仕事が次々と現れた。


「……いっぱいあるな」


『ありますよ』


 今度は普通だった。


「どれがいいと思う?」


『まず、あなたの希望する労働時間を教えてください』


「週……二十時間くらい?」


『標準的ですね。職歴と資格を確認してもいいですか?』


「うん」


『では、向いていそうな仕事を探しましょう』


 男はRowena 7を持って立ち上がった。


「あ、ありがとうございました」


「はい」


 職員は画面を見たまま片手を上げた。


「困ったらローウェルに聞いてください」


『任せろ、新人』


「お前はもうちょっと黙ってて」


 ぴこん。


『学習しました』


 たぶん、していない。


 男はそう思いながら、市役所を出た。

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