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日常のカラディシア  作者: 空港ヨハンナ


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4/5

思考垂れ流し系チューバー

「やあやあ。聞こえてるかい?」


 夜九時。


 ラジオヨハンナはOic Placeの片隅で、Rowena 9を横向きに立てていた。


 画面には配信画面、コメント欄、ブラウザ、電子書籍、メモ帳。それから、なぜかゲームらしきものが開いている。


 本人は椅子に深く腰掛け、パーカのポケットに片手を突っ込んでいた。


「今日はねぇ、近代国家における経済制度と個人の自由について、少し考えてみようと思ってねぇ」


 コメントが流れる。


『今日は真面目回?』


『タイトルに釣られた』


『どうせ脱線する』


「失礼だねぇ。わたしだって真面目な話くらいできるよ」


『昨日キリンが肩こりするか一時間調べてた人』


「それは大事なことだろう?」


『大事かな』


「少なくともキリンにとってはねぇ」


 ヨハンナは別のウィンドウを開いた。


「それでねぇ、資本主義は熱苦しいし、社会主義はなんか景色が寂しかったり独りよがりだったりで、結局間を取るのが良いよねっていうのがカラディシアなんだけどねぇ」


『説明が雑』


『経済学者に怒られろ』


『景色で経済制度を語るな』


「もちろん、それだけじゃないよ」


 かち。


 かちかち。


「市場そのものを否定しているわけじゃないからねぇ。好きなだけ働いてもいいし、会社を作ってもいい。七千レフのパンを売ったって構わない。ただ、生きるための最低限くらいは、あんまり市場に振り回されないほうが」


 かちかちかち。


『さっきから何の音?』


「資料を見てるんだよ」


『クリック多くない?』


『資料そんなにクリックする?』


「最近の資料は操作が複雑なんだよねぇ」


 画面の端で、小さな剣士が走った。


『ゲームしてない?』


「してないよ」


『右下』


「右下?」


『見えてる』


「……」


 ヨハンナはゲームのウィンドウを少し小さくした。


『隠した』


『LOLじゃねえか』


「調査だよ」


『何の』


「人間がゲームをしながら政治思想についてどの程度正確に喋れるのか」


『今作っただろ』


「ふっふっふ」


 ヨハンナはゲームへ視線を落とした。


「あー、デマーシア来たねぇ」


『完全にやってる』


「ウルト決めたいんだろう?」


 敵が突っ込んでくる。


「でもねぇ」


 ヨハンナがキーを叩いた。


 キャラクターが金色に固まった。


「ステイシスなんだよねぇ。ふっふっふ」


『性格悪い』


『ざまあ』


『今のうまい』


「さて、どこまで話したっけ」


『資本主義』


『社会主義』


『景色がデカい』


「ああ、そうだったねぇ」


 ヨハンナは机の横から紙のカップを取った。


 ざく。


 ざく。


 スプーンを口へ運ぶ。


『何食ってる?』


「これかい?」


 カップをカメラへ向けた。


「Oicのカップシリアルだよ」


『また食ってる』


「Oic Corner行ってるかい? あそこのシリアルが大好きでねぇ」


 ヨハンナはカップの中をスプーンで混ぜた。


「わたしはMサイズのカップに、シリアルもグラノーラもミューズリーもオートミールも全部混ぜて、豆乳をかけるのが好きだよ」


『混ぜすぎ』


『オートミールまで?』


『味喧嘩しない?』


「するよ」


『するのかよ』


「でも毎回配合が違うから面白いんだよねぇ」


 ざくざく。


「それでねぇ、なんだっけ」


『資本主義』


「違う違う。シリアルの話」


『そっちかよ』


「ああ、そうそう。期間限定でヨーグルト風味のグラノーラが出てるんだよねぇ。これが結構美味しいのさ。おすすめだよ」


 ぴこん。


 画面上部に通知が出た。


『300レフ Oic Corner公式:3ヶ月限定です。宣伝ありがとうございます』


「おっと」


 ヨハンナが笑った。


「おやおや、Oic Corner公式チャンネルからスパチャだねぇ」


『公式いるの草』


『案件』


『PR』


『外務大臣とOicの癒着』


「やめなよ、ステマを疑われるじゃないか」


 そう言いながら、ヨハンナはヨーグルト風味のグラノーラを一粒スプーンですくい、カメラへ見せた。


『見せるな』


『完全に広告』


『提供:Oic』


「ステマじゃないよ。自分で買ってるんだから」


『今300レフもらっただろ』


「それは向こうが勝手に投げてきたんだよ」


『返せ』


「嫌だねぇ」


『正直』


「ふっふっふ、ステマじゃないって」


 コメントが勢いよく流れていく。


「みんな止まらないねぇ」


『ガレン』


『ガレン来てる』


『後ろ』


『ゲーム見ろ』


『ヨハンナ後ろ』


「ん?」


 ゲーム画面を見た。


「おや」


 剣を掲げた大男が目の前にいた。


「これはまず」


 光が落ちた。


 キャラクターが倒れた。


《You have been slain.》


 コメント欄が爆発した。


『wwwww』


『デマーシア』


『ざまあ』


『シリアル食ってるから』


『ヨーグルトグラノーラのせい』


 ヨハンナは黙って画面を見た。


 ざく。


 カップシリアルを一口食べる。


「……さて」


『さてじゃない』


「資本主義の話なんだけどねぇ」


『逃げるな』


『ゲームからも話題からも逃げるな』


『死んだことについて説明しろ』


「死んだものは仕方ないだろう?」


 ぴこん。


『30レフ 哲学ヨハンナ:くっ』


「おや」


 ヨハンナの眉が上がった。


「哲学ヨハンナじゃないか」


『外務大臣きた』


『本物?』


『認証ついてる』


「『くっ』。ふっふっふ。それだけのために30レフ払ったのかい」


 スプーンを持ったまま首を傾げる。


「それだけあれば、かけ蕎麦が食べられたのにねぇ」


『今36レフ』


「あれ?」


『6ポイント返ってくる』


『実質30』


「ああ、そうだったねぇ」


『物価を把握しろ』


『外務大臣だろ』


「わたし外務大臣じゃないよ」


『お前もヨハンナだろ』


「ヨハンナだからって全員外務大臣だったら、この国の外務省が大変なことになるだろう?」


 ぴこん。


『30レフ 哲学ヨハンナ:お前も会議に来い』


「嫌だねぇ」


 即答した。


『仕事しろ』


「わたしにはわたしの仕事があるからねぇ」


『何』


「喋る」


『仕事?』


「スパチャもらってるから仕事だろう?」


 ヨハンナは残った豆乳を飲んだ。


「そういえばねぇ、最近スパチャが結構入るんだよ。この調子だと哲学ヨハンナ外務大臣の年収、越えちゃったんじゃないかなぁ」


 数秒後。


 ぴこん。


『30レフ 哲学ヨハンナ:くっ』


「また蕎麦を失ったねぇ」


『煽るな』


『外務大臣の可処分所得を削る配信』


『国家予算がOic Tubeに流出してる』


「まあ、30レフくらいなら国も滅びないだろう」


 ゲームではキャラクターが復活していた。


 ヨハンナは操作を再開する。


「それで、どこまで話したっけ」


『資本主義』


『三回目』


『もう諦めろ』


「ああ、そうだったねぇ」


 ヨハンナは少し考えた。


「資本主義というのはねぇ」


 かちかち。


「……おや、ドラゴン出てるじゃないか」


『終わった』


『今日もダメだ』


『ウェーバー呼んでこい』


「ウェーバー?」


 ヨハンナの手が止まった。


「そういえばウェーバーってねぇ」


『やめろ』


『新しい話を始めるな』


『戻れ』


「官僚制について面白いことを言っててねぇ」


『資本主義どこ行った』


「ちゃんと繋がってるよ」


『お前の中ではな』


「ふっふっふ」


 ヨハンナは笑った。


 その夜の配信は、それから三時間続いた。


 翌朝、カラディシア国内では「マックス・ウェーバー」の検索件数が少しだけ増えていた。

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