あの人物は二人いたのか?〈徳川家康と本多正信〉
【地獄駿府城にて 徳川家康と本多正信】
「家康様」
「おお 正信。なんでお前が地獄にいるんだ?」
「はあ?死んだからに決まっているでしょう」
「なに、いつ死んだ?」
「家康様が死んだ翌々月でしたよ。私もかなり老いていましたからね。
でも私だってまさか、こんなに早く家康様とまた会うとは、思っていませんでしたよ」
「そうだよ、あと三十年くらいは現世で働いてから来いよ。お前は若い頃はニートだったんだからさ」
「それは否定しませんが…。私だって八十歳近くまで生きたんですよ。あと三十年も生きたら、天海みたいになってしまいます」
「天海って二人いたんじゃないの?」
「いきなり、香ばしい話をしますね」
「良いんじゃないの。もう死んでるんだし。現世じゃ、言いたくても言えないことが、色々あったからね」
「だからって、死んだ途端にする話ですか。
まあ 確かではないですが、天海も服部半蔵みたいなものだったんじゃないですかね。親も子も服部半蔵を名乗るような…」
「そうだよ。それを言いたかっただけだ。お前が勝手に〈あの説〉を思い浮かべただけで、俺は別に、明智光秀と天海が同一人物だとは言ってないよ」
「天海が二人いたって言われたら、私じゃなくても〈明智光秀=天海説〉かと思いますよ。でも、本当は違うんですよね?」
「さあね。それは謎のままで良いだろう」
「まあ 私は構いませんが…」
「俺や秀忠に仕えていた…というか、参謀的な存在としての天海は、実在するよ。家光の代まで、現役だったのかもな。
でも、何歳からそうなっていたのかは不明確だし、陸奥の生まれだとされているが、前半生の史料はあまり遺っていない」
「その実在した天海には、子供はいなかったのですか?」
「知らないけど、いたと確認できる史料はないね。もし いたなら、天海の死後、その名を受け継いだかも知れないな」
「天海って通説では、享年108歳ですよね。子供がいたとしても、先に死んでしまった可能性もありますね」
「それも有り得る。とにかく、天海の名や、幕府内での地位を継ぐ者がいなかったのは確かだ。
その理由は、子供がいなかったからなのか、正式な家臣ではなかったからなのか、もしくは…」
「もしくは、知らなくてもいいことを、知り過ぎてしまっていたからなのか」
「そうだ。誰かが跡を継いだら、伝聞や文書も後世に受け継がれてしまうから、天海は〈あの天海〉が最後になったんじゃないのかな。あくまで可能性の話だけどな」
「徳川家には、知られたくない事実が山ほどありますからね。
私にも、墓場まで持って行かなくてはならない話がたくさんありますよ。ああ でもそういえば私も、もう墓に入ったのでした。
現世では言えない話でも、死んでるし もう言っても良いよね、なんて、さっき誰かが仰っていましたよね」
「そういう性格だから、嫌われたんだぞ」
「本多正信が蛇蝎のごとく嫌われていたというのは、創作ではないですかね。
武将に悪口を言われるなんて、文官にはよくあることでしょう。武官と文官の折り合いが悪いのは、わりと普通です。
だから、私も確かに嫌われてはいたでしょうが、あれは三河物語による、創作か誇張だと思いますよ」
「そういうことに しておいてやるよ」
「そもそも、いつの世のどんな組織にも、嫌われ役は必要なんですよ。例えば石田三成だってそうじゃないですか」
「織田信雄もな。あっ、つい言っちゃったよ」
「確かに織田信雄は、若い頃には奇行が多かったようですが、あのバカ殿のイメージも、かなり誇張されたものですよね。家康様は、イメージ操作がお上手ですな」
「そんなの、俺だけじゃないよ。有名なやつらの大半は、自分の都合の良いようにイメージを利用していたんだよ。他人を悪者に仕立て上げるなんてのも、よくあることだ」
「だから本多正信も、嫌われ者に仕立て上げられたんですよ」
「しつこいな。それは分かったよ。俺の代わりに、汚れ役もやってくれたって言いたいんだろ。
だがな、徳川家康も、なかなか嫌われていると思わないか?」
「それはまた別な事情だと思いますが…。確かに歴史的な功績のわりに、アンチは多いでしょうね」
「どうしてなんだ?」
「分からないのですか。華がない・狡賢い・義理に欠けるの 三拍子揃った、珍しい逸材だからです。誤解しないでくださいよ。私の意見じゃなく、あくまでも一般的なイメージですからね」
「まったく、酷い評価だよ。華がないのだけは認めるが…」
「熱烈なファンも たくさんいるのですから、別に気にしなくても良いと思いますよ」
「そうだな。最近 少しは評価が変わってきた気もするしな」
「現世で、死んだ後のことなんか、どうでもいいとか言ってたわりには、結構 評価を気にしているじゃないですか」
「いや、神でも狸でも良いとは言ったが、死後 何世紀にも渡って、こき下ろされても構わんってことじゃないぞ」
「ああ そうですか。まあ これから色々な人たちが会いに来るはずですが、喧嘩はしないでくださいよ」
「不当な意見には、反論するぞ」
「はい、ご自由に」
「で、まず誰が会いに来るんだろうね」
「それは知りませんが、何か言いたい人はたくさんいるでしょうね。武田信玄や今川義元あたりは、すぐにでも来そうな気がします」
「嫌だなあ…」
「仕方がないですよ。あと当然、織田信長や豊臣秀吉は避けて通れませんよ」
「ホントに嫌だな」
「時代の勝者になってしまったのですから、我慢してください」
「実は徳川家康も二人いてな、俺は勝者のほうじゃなくて…」
「余計なことは、言わないでください」




