川中島の反省会〈武田信玄と上杉謙信〉
【地獄春日山城にて 上杉謙信と武田信玄】
「おい、越後の龍よ」
「おお、あんたは甲斐の虎」
「久しぶりだな」
「やっぱり、あんたも地獄だったか」
「そうだ。あの時代の武将は一律に悪人判定されて地獄行きだが、その中でも俺やお前は、極悪人の部類に入っている」
「それは間違いではないな。まあ そんなことより、あんたも飲めよ」
「お前はやっぱり、地獄でも酒浸りだな」
「酒さえあれば、地獄でも極楽だ」
「単純で羨ましい。そうだ、俺も土産を持って来てやったぞ。お前に飲ませてやろうと思ってな」
「なんだ、その黒い水…?ああ もしかして、それは酒なのか?」
「その通りだ。黒ではなく濃い赤だがな。こいつは、葡萄から作った酒なのだ」
「なんだと、葡萄から酒を作れるのか?
おい…匂いだけで分かるぞ。そいつは間違いなく美味い酒だ。早く飲ませてくれ」
「慌てるな。そのつもりで持って来たのだ。さあ飲んでみろ」
「……………………………」
「おい、どうした?何か言え」
「芳醇な香りに、複雑な味わい…。強めの酸味の後に、控えめだが程よい甘味が舌に残る…。
信玄、これは肉料理にピッタリな酒だ」
「お前、戦なんかより、酒でも作っていたほうが良かったんじゃねえか?」
「いや、作った酒をすべて飲んでしまうからダメだろう。
あんたこそ、葡萄から こんな美味い酒を作ってしまうとは、天才ではないか。もし現世でこんな酒を貰っていたら、あんたの戦をすべて俺が代わりにやってやったのによ」
「それは気づかなかった。そうしていれば、怖いもんなしだったな。なんで現世で、それに気づかなかったんだろうな。
川中島は肥沃で良い土地ではあったが、あの北信濃の狭い場所を巡って、お前と五回も戦をする意味なんかあったのか」
「そういう あんたが攻めて来たんだけどな」
「そうだったか?俺、なんで領地なんか欲しかったんだろうな?」
「びっくりすること言うんじゃねえよ。あの甲斐の寅さんの台詞とは思えんぞ。あんた、海に面した領地が欲しかったんだろうが」
「ああ そうだった。海って良いよな。心が洗われて、時にはドラマがあって…」
「そっちだったんだな。海産物とか海運とか、戦略上の理由かと思ってたぞ」
「いや、それだ。そう海産物とか海運な。
それで日本海沿岸に領地を拡げようとしたら、お前と戦になったんだった。でも戦ってみたら、謙信 半端ないって、あんなんできるなら言っといてくれよ、って陣中で叫ぶことになってな。やっぱり太平洋側に出ることにしたんだ」
「真面目な話をぶっ込むと、川中島は越後と信濃の境の、重要な防衛ラインだったから、俺も全力で死守したんだぞ」
「確か、そうだったな」
「あんた、意外といい加減だったんじゃねえか」
「何を言うか。いい加減だったのはお前も同じだ」
「否定はしねえんだな。それにしても、今川との同盟を破って駿河を攻めたのは、酷かったぞ。今川義元の娘が、お前の長男の嫁だっていうのによ」
「あれには、関係各所からクレームの嵐だった。でも今川氏真も、塩を売らないとか嫌がらせをしてきたんだから、お互い様なんだ。
だがお前は、俺が越後から塩を買うのを止めなかったし、値上げもさせなかった。お前は本当に良いやつだったよ」
「酒と塩は必需品だ。手に入らないのは、さすがに可哀想でな。酒の肴は、とにかく塩辛くしなければいかん」
「お前は塩分取り過ぎだったがな。食い物はすべて、犬でも食わんほど塩辛くしていたんだろう?」
「そうだ。酒と塩辛い食い物があれば、他に欲しいもんはなかったからな。頭の血管が詰まったのも、そのせいらしいぞ。言っといてくれよな」
「誰かしら言ったと思うぞ。お前が聞かなかっただけだろう」
「そうかも知れん」
「それにしても、現世ではお前と話したことなど、一度もなかったよな」
「なかった。顔を合わせたこともなかったと思う」
「お前が一騎で、俺の本陣に乗り込んで来て、俺が軍配で太刀を止めたなんて逸話はあるがな」
「あれのせいで俺は、戦闘力の化け物みたいなイメージが定着してしまったんだ。いくら酔ってても、あんなことするわけがねえぞ」
「ご丁寧に、八幡原に銅像まで作られたしな。あれで、武田信玄と上杉謙信が、宿命のライバルっていうイメージも定着した」
「川中島で何回か、小競り合いをやっただけなのにな。激戦になったのは、実はあの八幡原での四回目だけだ」
「今 思うと、あんなところで十年も争ったのは、無駄でしかなかった」
「詳しいことはもう忘れたが、無駄だったのは間違いねえな。結局 得たものはあったか?」
「分からん。勝ったのか負けたのかすら分からん」
「確かあんた、勝ったって言ってたぞ」
「お前も言ってた」
「そうだっけ。勝った気はしなかったけどな」
「俺も勝った気はしなかったが、負けたとも言えないから、勝ったってことにしたんだと思う。ちょうど駿河を取って、海にも出られたから、その後は川中島のことなんて、すっかり忘れていたしな」
「やっぱり、いい加減なもんだったな。でもあんた、何回目かの戦で、いきなり鉄砲なんて使いやがっただろう。あれにはビビったぞ」
「鉄砲か。あれはすげえ武器だったな。信長が使ってるって聞いて、俺もこっそり買ってみたんだ。バカみてえに高かったぞ」
「あの後 俺も買ったけどな。あんなもんまであったし、一騎で敵陣に突っ込むなんて、不合理の極みなんだ」
「色々と話を盛りてえやつらが、大げさな創作を考えるんだ。武田の騎馬隊なんてのも、創作だからな」
「それは日本中、みんな同じだ。ほとんどの兵が、普段は農民なんだ。それがいきなり馬に乗って突撃なんてできるわけがねえ。
創作は創作で、面白くて良いけどよ。何でもかんでも事実だなんて、思い込まないでほしいもんだよ」
「そうだな。やけに話が合うじゃねえか」
「まったくだ。話せば分かる相手だったってことだ。長々と戦った挙句に引分けだったし、俺もあんたも消耗しただけだったな」
「だから、信長や家康みたいな小僧が、天下なんて取ったんだ」
「そうだな。さっさと京から将軍様を連行して、越後でも甲斐でも良いから、ドカンと幕府を作っちまえば良かったんだ」
「お前それ、現世でなんで言わなかった?」
「あんたが攻めて来たから、そんなこと思い付かなかったんだよ」
「そうだな…。しかし俺は、何で川中島を攻めたんだっけ?」
「おい、甲斐の寅さんよ。それ本気で言ってるのか。振り出しに戻ったじゃねえか。この話、無限ループじゃねえのか?」
「振り出し?そうか?…でもよ、それでも別に良いじゃねえか。どうせ時間は無限にあるしよ」
「まあ、それもそうか…。じゃあ、あんたが飽きるまで付き合ってやる」
「おお、さすが越後の龍だな。話が分かる。よし、この酒、もっと持って来てやる」
「最低でも、あと10は必要だぞ」
「10本でも20本でも構わん」
「はあ?10本じゃねえよ。10ダースだ。常識だぞ」
「…葡萄に、恨みでもあるのか?」
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