天下なんて取りたくなかった!〈織田信長と豊臣秀吉〉
【地獄安土城にて 織田信長と羽柴秀吉】
「信長様、お久しぶりです。また お会いできて嬉しいです」
「おお、太閤殿下じゃねえか。しばらく会わんうちに、俺より偉くなっちまったな」
「いや もうそんな身分じゃありません。また俺を、信長様の家来にしてください。俺は太閤なんかより、組頭くらいが丁度良いんです」
「組頭か。そんなもんも地獄にはねえが、まあ 好きにしろよ」
「組頭がなければ、雑用係でも良いです」
「そうか。じゃあ適当にやってくれ」
「承知しました。信長様、今度はこの地獄を統一してやりましょう。また この藤吉郎に、あれやこれやと無理難題をお命じください」
「ああ、そうだな…。ところでお前、天下を取った気分はどうだった?」
「天下ですか。正直に言ってしまうと、俺には特に嬉しくも悲しくも感じられませんでした。俺にはどうやら、天下なんて向いていなかったんだと思います。
俺は、信長様こそが天下人という夢を持つに相応しいと思います。まあ 地獄を天下というのかは微妙ですが」
「俺もな、初めは地獄に布武して、威張り散らそうかと思っていた。だが地獄には、布武も統一もないんだよ」
「そうなんですか。むしろ地獄のほうが、ハードモードでやり甲斐がありそうなのに…」
「それが、ハードでも何でもねえ」
「どうしてですか?」
「それはな…平和だからだ」
「ああ そういえば、あの殺伐とした空気を感じませんね」
「そうだ。つまり現世が地獄だったんだよ」
「さすがの統一マニアの信長様でも、平和なもんは統一できませんね」
「そうだぞ。しかも歳を取らねえし、死にもしねえ。時間や体力が有限だから、人はやる気が出るんだ」
「人はなんで歳を取り、なんで死ぬのかを、考え込んだことがありましたが、ちゃんと意味があったんですね」
「死ななきゃ分からんことだな」
「そういえば俺は、現世で全国を統一してしまったとき、嬉しさより虚しさが勝りましたよ」
「してしまったか」
「今 思うと、その表現が一番合っています」
「あれで心は満ち足りたか?」
「満ち足りませんでした。だから、あそこで止まりもしませんでした」
「そこがゴールじゃなくて、通過点くらいに思えるやつじゃなきゃ、何かを達成することなんてできねえのかもな」
「現世では時間が有限だったから、命ある限り、どこまででも行ってみたかったのだと思います」
「そうだろうな。自分では、あと何年生きられるのかも分からないから、尚更 急ぎたくなるんだ」
「地獄は、その真逆なんですね。ちなみに信長様は現世では、もう少しで天下統一というところで死んでしまいましたが、それについては、今どう思っているんですか?」
「そんなことは、もう ほとんど思い出さなくなっているな。そりゃあ、戦で死ぬならともかく、あんなとこで あんな死に方はしたくなかったよ。
でも あれも、仕方がねえことだったんだろう。やりてえことを、全部やってから死ねるやつなんて、ほとんどいねえだろうし」
「夢が、でかければでかいほど、そうでしょうね」
「夢か。お前の言いてえことは伝わるんだが、俺がやっていたことを夢と表現するのは、なんか違うんだよな。
あれは〈俺がやりたかったこと〉としか言いようがねえ。やりてえことってのは、時とともに、変わったり消えたり増えたりもする。やりてえことを考えれば切りがねえし、夢なんて言えるほど、綺麗なことばかりでもねえんだ。
中には、くだらねえことも汚ねえことも…まあ 言わなくても分かるよな。本能寺で光秀の兵に囲まれた時も、まだ やりてえことはいくつもあったが、ここで死ぬのも運命なんだろうって思ったよ。だから別に光秀を恨んでもいねえ」
「そうですか。俺は、死ぬのが嫌で仕方がなかったです。俺も、やりたいことを、ただやれば良かったのでしょうが、夢だの何だのと小賢しく考えて、本当にやりたいことを、やってはいなかったのかも知れない……そう気づいたときには天下を取っていて、窮屈に感じながらも、天下人という地位を失いたくはないと、妙な感覚に囚われていました」
「お前さっき、自分は天下人になんか、向いていなかったって言ったよな。天下に、向いているとか向いていねえとか、考えることが そもそも無意味なんだ。
誰が天下を取ったとか、勝った負けたとかすべて、結果論なんだよ。俺なんて今川義元との戦で死んでいたかも知れねえだろ。もしそうだったら、織田信長なんて、ほとんど知られることもなかったはずだ。
だからお前が天下を取ったのも、今は死んでここにいるのも、家康がいずれ天下を取るのも、何もかも結果でしかねえんだ。それが歴史ってもんだよ」
「なるほど。なんだか急に気が楽になりました。
俺はやりたいことを、全部ではないけれど そこそこはやって死ねたと思います。それが俺の生きた結果だというだけですね」
「そうだよ。お前は器用過ぎるせいか、完璧主義っぽいところがあるから、九割は上出来なのに 一割でも不出来だと気に入らねえんだろう。
考えてみろ。初陣で鉄砲玉を食らって死んだやつもいるんだ。そんなやつに、天下を取っても嬉しくねえなんて言ったら、呪われるぞ」
「そうですね。俺に敗れて死んだ者もたくさんいるのに…」
「そういうことだ。でもまあ……歴史は歴史、結果は結果で、間違いはないが…。
お前と関わったせいで死んだやつらの、個人の感情までどうなのかは、俺は知らんからな」
「えっ?ああ……やっぱり、気が楽にはなっていませんでした。どうすれば良いと思いますか?」
「個人の感情までは知らんと言ったじゃねえか。中には、地獄でお前を待っていたやつもいるんじゃねえか。そんなのがお前のところに来て、現世でのあんな話やあんな話やあんな話を、これから散々蒸し返されるかもな」
「でも地獄は、平和なはずですよね」
「それとこれとは、別じゃねえのか」
「やっぱり……俺は天下なんて、取らないほうが良かったんですよ」
【川中島の反省会〈武田勝頼と上杉謙信〉】に続く




