柴田勝家の結婚秘話〈織田信長と柴田勝家〉
【地獄安土城にて 織田信長と柴田勝家】
「お義兄さん」
「…………?」
「お義兄さん。返事してくださいよ」
「…ああ?今度は誰だ?」
「お義兄さん、俺ですよ」
「なんだよ、勝家じゃねえか」
「そうですよ、お義兄さん。なんで返事してくれないんですか」
「お前に、お義兄さんなんて呼ばれる筋合いはねえだろ。
あっ いや……そういえば……」
「やっと分かってくれましたか、お義兄さん」
「許した覚えはねえぞ」
「でも、死んでるんだから、許可なんて取れませんでしたよ。
それにしても…俺も死んでから、こんなに早く会えるとは思っていませんでしたよ、お義兄さん」
「おい、お義兄さんって呼ぶんじゃねえ。気色悪い」
「なんでですか。市は俺の嫁なんですから、信長様はお義兄さんです」
「市とか言うな。あいつが死んだのは、お前と結婚したからだぞ。お前、すぐ切腹しろ」
「イヤですよ。切腹は、現世でしたばかりです。あれは痛かったですよ。十字腹なんて、地獄の苦しみですよ。介錯の意味が、よく分かりました」
「ああ、そうだな」
「そもそも信長様、佐久間信盛だって追放で済ませたじゃないですか。信長様が切腹を命じたことって、意外に少なかったですよ。武田勝頼も松永久秀も、信長様が切腹を命じたわけじゃないですし」
「そうだぞ。俺は実は寛大な男なんだ」
「だから切腹は無しです。それから、誤解のないように言っておきますと、俺は、市……お市様には、逃げてくださいと頼んだんですよ。でも お市様が、死ぬときは俺と一緒だって言ってくれて…でへへ…」
「勝家」
「はい、お義兄……信長様」
「切腹しろ」
「だから、イヤですって。あれは地獄です」
「まあな。俺も、あんなに痛てえなんて思っちゃいなかった。しかも俺は、介錯なしだったぞ」
「ああ そうでしたね。あんなの、よく耐えられましたね」
「火を付けたからな。すぐ煙で意識が朦朧としてきて……あとはよく覚えてねえ」
「そうなんですか。まあ とにかくあの苦しみを味わってきたせいか、この本物の地獄が、温く感じて仕方がないです」
「切腹していないやつでも、そう言うぞ。現世のほうが、よっぽど地獄だったからな」
「戦国武将だったってだけで、よく調べもせず地獄行きにされましたが、熱くも苦しくもないんじゃ意味ないですよね。
俺も、鬼柴田と呼ばれた男ですから、地獄でも暴れてやろうかと思っていたのに…」
「まったくだ。ちっとも張り合いがねえ」
「…………」
「お前も、すぐ退屈で死にたくなるぞ」
「ええと……あの、信長様…」
「ああ、どうした?」
「信長様と再会して、少し燥いでしまいましたが…」
「…ああ、そういえば俺もだ」
「そろそろ、あの勝家結婚秘話の真相を、お話ししても良いですか?」
「そうだったな。なんとなく分かってはいるが、念のため、お前からも聞かせてくれ」
「分かりました。俺は確かに、お市様と結婚はしました。しかしあれは、信長様がいなくなり、お市様といえども織田家での地位が盤石ではなくなったので、形の上でだけ俺の妻になり、身の安全を確保して頂くためでした。
一歩間違えば、秀吉の妻に…なんていう可能性もありましたからね。秀吉の妻どころか、一切 秀吉の世話にはなりたくないとお市様から相談され、あのような処置を取らせて頂きました。
お市様はとても魅力的なお方でしたが、俺にとっては、信長様の妹君です。もちろん、一度も抱いてなどいませんし、同じ布団で寝たこともありません。一応は夫婦ですから寝室は一緒でしたが、それも俺が自ら、お市様の身辺をお護りするためでした。
お市様も、俺を信頼してくださいました。しかし秀吉との戦になり、俺が不甲斐ないせいで、お市様を護り通すことができず、せめて最期は苦しまぬよう、やむなくこの手にかけました。申し訳ありませんでした」
「分かった。昔から市は秀吉が嫌いだった。逆に秀吉は、市に惚れていたのかも知れない。市を浅井長政に嫁がせたときは、ちょっと泣きそうな顔をしていた。でも長政なんかに嫁いで、可哀想なことになっちまったな。
お前、秀吉と戦って死んだんだろう?市は、逃げていれば死なずに済んだよな」
「はい」
「なのに、死ぬことを選んだってことか。死んでからお前に会うまで、市のことを思い出すことはなかった。だから、お前から話を聞けて良かったぜ」
「はい」
「よくやってくれた。お前は俺の、年上で暑苦しくて鬱陶しくて頼もしい、かけがえのない義弟だ」
「信長様。褒められたのか貶されたのか微妙でしたが〈よくやってくれた〉と言われたのは、初めてです」
「そうだっけ?」
「地獄まで来てやっとですよ。もうちょっと、家臣に優しくしてくださいよ」
「うるせえ。お前、やっぱり切腹しろ」
「まあ……これからも仲良くしましょうよ、お義兄さん」
【天下なんて取りたくなかった!〈織田信長と豊臣秀吉〉】に続く
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