封印された夢〈徳川家康と石田三成 前編〉
信長との対話を終えた家康は、駿府城への途上で関ヶ原に立ち寄った。そこで出会ったのは、かつてそこで相まみえた、石田三成だった。
【地獄関ヶ原にて 徳川家康と石田三成】
「やっぱり、信長との会話は疲れるよ。でも 現世にいた頃よりは、かなり話が通じるようになっていて良かったよ。現世では、極端に気が短かったし、唐突に話題を変えることも多かった。頭の回転が速すぎるからだったんだと思うけどね。
しかし 俺も、真っ直ぐ駿府に帰ってもつまらない。どうせ また、(本多)正信の惚けた顔を見るだけだからね。たまには、こうして寄り道してみるのも悪くないな」
「家康殿ではありませんか?」
「おお、三成か。お前と、関ヶ原なんかで会うとは思わなかったよ」
「私も、まさか家康殿がここにいるとは、思っていませんでした」
「お前、ここには よく来るのか?」
「いえ、地獄に来てから初めてです。私は、用のない場所には、なかなか行くことができない性分なのです」
「ああ、真面目なお前らしいな」
「そうなのでしょうね。しかし地獄には、私の用などありません。
ですから私も、たまには気の赴くままに、どこかへ行ってみようかと思ったのです。そうしたら、なんとなく ここへ来てしまっていました」
「お前にとって関ヶ原は、なんとなくで来るような場所かな」
「そうですね。なんとなくで、私がここに来るはずがないですね。でも、どうして来てしまったのか、説明もできません」
「じゃあ、俺が説明してやろうか」
「お願いします」
「お前は、俺に会いに来たんだよ。俺も、お前に会いに来た。互いに引き合って、ここで会うことになっていたんだよ。お前の首を打った、あの日からね」
「ここで会うことになっていた…。徹底した現実主義者の家康殿なら、とても言わなかった台詞ですね。現世では、理路から外れたことは、ほとんど言わない人でした」
「そうだな。確かに、そういうことは言わなかった。でも それは、言わなかっただけなんだ」
「なるほど、言わなかっただけですか。
家康殿は確かに、常に理路整然と振る舞っておきながら、時には理路を外すことでも、平然とやってのけていましたね。その無理を、通すだけの力もあったから、勝者になれた」
「そうだ。俺とお前には、似ている部分が多かったが、お前は決して理路から外れることはしなかった。お前が、やりたいことをやり切れずに死んだのには、そういう理由もあった」
「それを悔いてはいませんがね」
「知ってるよ。だが…いや、だからこそ俺は、お前という人間を心から惜しんだよ」
「家康殿にそう言われると、つい本音を言ってしまいそうになりますね」
「本音か。良いよ、言っちゃえよ。秀吉にも黙っていてやるからさ」
「そうですか。では、家康殿と私だけの話ということで…。
あの時、死んだことに悔いはありません。しかし、やり残したことへの未練はありました」
「未練か」
「自分の思い描いた国を作るという、儚く愚かな夢と言っても良いですがね」
「お前は、忠義を貫くために、その夢を封印した。それを俺は、愚かだとは思わない。
そして お前の忠義は、豊臣家というより、秀吉に対してのものだった。秀吉の死後、どいつもこいつも私情に傾き、豊臣恩顧の臣なんて有名無実化していく中、お前は秀吉の恩顧に殉じた。見事な死に様だったよ。お前が、あの時代 最後の忠臣だったのかも知れない。
しかし一方で、封印されてしまった夢は、この国の平和的発展のためのものだったよな。
秀吉への忠義も見事だったが、石田三成には、この国の発展のために生きて欲しかった」
「そこまで評価して頂いていたとは、光栄です。家康殿が仰っている意味も理解できます。
しかし私には、秀吉様が亡くなっても、その恩義を忘れることはできませんでした。それを蔑ろにしてまで作った国が、真に平和になるとは思えなかったのです。だから、命賭けで豊臣家を守ろうとしました」
「胸に深く刺さる言葉だよ」
「批判でも皮肉でもありませんよ。
確かに、国の平和的発展のためならば、権威を失った既存の政権を倒すのも、有効な手段の一つだったと思います。秀吉様も、そういう考えの人でした」
「室町幕府を、本当に滅ぼしたのは秀吉だったからね。あの気の短い信長でも、やらなかったことだ。〈殺してしまえ ホトトギス〉なんて、とんでもない誤解なんだ。
室町幕府を滅ぼした豊臣秀吉と、その豊臣政権を滅ぼした徳川家康…特に、豊臣秀頼を死に追いやって、国を完全に掌握した徳川家康こそ、殺してしまえ ホトトギスだったんだ」
「しかし織田信長という人も、いずれは室町幕府を完全に滅ぼしていたはずです。
そういう、痛みを伴う改革を断行できる人物が、やはり国の主導者に相応しいのでしょう」
「現世でも、そこまで考えていたのか?」
「考えていました」
「当たり前だが、利権と保身にしか関心がない者たちの政権は、国の害だ。
だが、そんな害を取り除くには、一部の清廉な者も巻き込まざるを得ない。改革に痛みを伴うとは、そういう意味だよな」
「はい」
「そこまで分かっていたなら。お前は秀吉への恩義を忘れず、同時に、あの政権の改革を断行できたように思えてきたな」
「私の行動は、矛盾しているように感じますか?」
「正直 言うと、そうだ。
律儀すぎて融通が利かないお前は、ただただ秀吉への忠義のためだけに、俺と戦い死んでいったのだと思っていた。
だが今の話を聞いていると、確かに秀吉への恩義もあったのだろうが、それだけでは納得できない部分があるな」
「確かに…そうですね」
「だよな。じゃあ…お前の本当の狙いは、何だったんだ?」
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