嫌いなやつ〈織田信長と徳川家康 第一話〉
【地獄駿府城にて 徳川家康】
まったく、今川義元も武田信玄も、勝手に現れて、散々言いたいことを言って帰りやがったよ。
75歳の俺を小僧扱いしてくる、ああいうオッサンたちとの昔話も、面白いから良いんだけどさ。地獄では、敵も味方も関係ないしね。
それで、お次は…織田信長だ。やっぱり、避けては通れない相手なんだ。
だが信長の性格的に、向こうから会いに来るなんて、絶対にない。だから俺から行くしかないんだけど、本当に憂鬱だよ。俺は、信長が大の苦手なんだよ。現世では、完全に嫌いだった。
ただ、どうして苦手で嫌いだったのか、自分でも説明ができないんだ。今川家と縁を切った俺が、なんとか大名の端くれになれたのは、信長が、親同士の因縁を忘れて、同盟に応じてくれたからだし、あの大胆な発想や先見性、実行力など、色々なことを見て学ばせてももらった。
だから信長は、俺にとって恩人であり盟友であり目標でもあった。普通、そんな男を嫌う理由はないよね。つまり俺にとって、信長という存在は普通ではない。とにかく嫌いなもんは嫌いだったとしか、言いようがないんだ。
地獄に来た今でも、あの苦手感はバッチリ残っている。
でもね、苦手な相手にでも柔やかに接するのが、現世での俺の処世術だったんだ。ああ、中には例外もいるけどさ。
いつの時代も、コミュニケーションの基本は、挨拶と笑顔だ。俺はイケメンじゃないけど、いつも笑顔で人を油断…いや、安心させるのが得意だったんだ。良いか、最高の作り笑顔のコツはね……ああ いかん、また話が逸れていく。現実逃避したいときの、俺の癖なんだよ。
ええと…だから…。要は信長は、あの時代で一人、突出した存在だったんだ。三英傑なんて言葉がいつできたのかは知らないが、俺に言わせれば、織田信長とそれを真似した二人なんだよ。俺と秀吉を足しても、信長一人の実績に及ばない。それくらい信長は、ずば抜けていたんだよ。
ん?あれ…待てよ。俺はなんで急に、信長にこんなに肯定的になったのだろうか。ホントに気味が悪いが…どうやら俺は、時間や立場を気にせず、信長と話がしたくて仕方がないのかな?
率直に言うと、話したいことは たくさん思い浮かぶ。むしろ多すぎて、逆に何から話せば良いのか分からんくらいだ。まあ とにかく、ウダウダ言ってないで、会いに行けば良いのかな。
地獄では人間性が変わるって、こういうことなのかも知れない。らしくない発言の連発だった武田信玄を、俺も とやかくは言えないね。
もし できれば……信長にも、大いに、らしくない部分を見せてほしいよ。
【地獄安土城にて 織田信長】
家康も、ついに地獄に来たか。
徳川家康と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、あの笑い方だ。商売人みたいに愛想が良いようで、実は人を隅々まで よく観察しているんだよ。俺は ああいう、小狡い男は大嫌いなんだ。あの作り笑いさえなければ、まだマシだったんだがな。
だが、家康と同盟したおかげで、俺も領地を拡げ易くなり、思ったより早く上洛できた。俺の天下布武に、あいつの存在はかなり大きかったんだ。小狡いところはあっても、俺を裏切りはしなかったし、俺もあいつを信頼していたのは確かだ。
俺が死んだ後、家康が最終的に、あの時代の勝者になったのも納得できる。若い頃は、ちょっと鈍臭いところがあったが、基本的に頭は良くて意志も固い。そして何より粘り強かった。
最後に勝つのはやっぱり、ああいうやつなんだろうな。あの時代には、他にも実力者はゴロゴロいたが、家康ほど、長く必死に働いたやつはいねえ。ワーカホリックかと疑いたくなる。
まあ、現世にいるときは、そこまでの評価はしていなかったけどな。家康が本領を発揮したのは、歳を食ってからだからな。俺が死んで翼を得て、秀吉が死んで爪を隠さなくなった。
あの時、俺が死ななければ、いつか家康と戦うことになったはずだ。それは、直感で分かっていた。
初めは対等だった同盟も、徐々に俺が上で家康が下に変わっていったが、それでも、あいつは黙って俺に完全に臣従するようなやつじゃなかったんだ。
もし戦っていたとしても、俺が敗れることはなかっただろうが、絶対に死ぬほど苦しめられたはずだ。あと一手で詰むのに、その手だけが、どうしても指せないような戦になっただろう。仮に そこまで戦って、あいつの首を取っていたら、俺には、でかい翼が生えたかも知れない。
家康とは、そんな男だ。
もちろん もう戦えはしないが、その代わりに、心ゆくまで語るのも良い。あいつが何をどう考え、どう感じていたのか、聞かせてもらいたいんだ。そんなの、つまらない訳がない。
話題も尽きないな。多すぎて、逆に何から話せば良いのか迷う。若い頃のこと、俺が死んだ後のこと…。
いや 待てよ。おかしい。家康が会いに来るのが待ち遠しいなんて、初めてだぞ。あいつのことは、大嫌いだったはずなのに…。
俺、変だな。
【地獄安土城にて 柴田勝家】
信長様が なぜか、うつけ者と後ろ指を指されていた、小僧の頃に戻ったみたいに見える。勘十郎様(信長の弟)に付いて戦った俺を許し家臣にしてくれた、あの若き日の信長様が、そこに座っているかの如くだ。
三河松平の ひ弱そうだったガキが、まさか将軍様になるだなんて、あの頃は誰一人として考えもしなかった。それには信長様も、さぞ複雑なお気持ちだろうと思っていたが、家康が訪ねて来るのを、口元を緩めて待っているとはな。
本当は、あのうつけ者のままでいられたほうが、信長様にとっては幸せだったのかも知れない…なんて考えてもみたくなるな。
まったく、らしくねえよ。
魔王なんて呼ばれた人の、あんな姿を見ちまうと、現世で飽きもせず、殺し合い奪い合ってまで争った〈天下〉とかいうものは、一体 何だったのか、聞いてみたくなる。
まあ…聞かねえけどよ。聞けばどうせ、気取って言うに決まってる。〈夢幻のごとくなり〉とかな。
夢の邪魔をしちゃ悪いから、コテコテの尾張メシをどっさり置いて、俺たちは秀吉の聚楽第で、飲んで食って暴れてきますよ。
ちょっと家康に嫉妬してるから、秀吉にカラんで憂さ晴らししながらね。
じゃあ、ごゆっくり……どうぞ。
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