裏切りの真相〈織田信長と浅井長政 後編〉
【地獄安土城にて 織田信長と浅井長政】
「もう一度 言っておくが、説明に納得しても、お前を許すかどうかは別だからな」
「はい。それも、分かっています。
信長殿に同盟を申し入れたのは、浅井家のほうです。朝倉家は、浅井家を利用するばかりで、有事のとき、本気で頼りにできるとは思えなかったからです。
とはいえ、一度 従属したからには、こちらから絶縁を宣言するのは、敵対に等しい行為になります。それで、朝倉家に従属しながら、織田家とも同盟する道を選びました」
「予想は付くが、念のため聞いておく。どうして俺を選んだんだ?」
「六角家に対抗する方法は、織田家との同盟以外にはなかったからです。織田家が、ちょうど美濃の斎藤家を攻めてもいましたし、浅井家と利害も一致すると思いました」
「分かった」
「つまり、俺から申し入れた同盟だったうえ、織田家が明らかに上だというのに、朝倉家にも従属していた浅井家の勝手な都合で、同盟に条件など付けるはずがないのです。それも、織田家がもし朝倉家を攻める時は、事前に浅井家に報せてくれなんて、とてもあり得ません」
「そうだな。来月、朝倉家を攻めるからよろしく、なんて、従属している浅井家に報せるのは、どうぞ こちらの情報を、朝倉家にもお伝えくださいって言っているようなもんだ。
そんなアホな条件付きの同盟なんか、受けるやつはいねえ。だったら、朝倉と仲良くやってろって言うに決まってる」
「はい。それに当時、織田家と朝倉家は敵対していたわけでもありません。だから、あえて朝倉家を名指ししてまで、そんなことを求める必要もなかったのです」
「両属なんて珍しくはなかったんだから、浅井と朝倉の関係だけは特別だなんて、通用するはずもねえからな」
「そうですね。ですから俺が裏切った理由が、信長殿が先に同盟の条件を破ったからだというのは、絶対にあり得ないのです」
「良いだろう。まずは、それがはっきりしたということで、俺の怒りゲージは、100%から98%に下がったぞ」
「いや、まあまあ時間をかけて説明したんですよ。60くらいまで下がらないんですか?」
「甘えるな。いいから話を続けろ」
「分かりました。では、どうして浅井家が信長殿を裏切ってしまったのかを、お話しします。
あのときの浅井家は、情けないことに、俺と親父、それに家臣たちの意志がバラバラでした。
俺は強引に家督を奪い、一度は浅井家を独立させましたが、結局 六角家と斎藤家の連合に対抗できず、朝倉家に従属するしかありませんでした。つまり、従属先が変わっただけで、状況は何も好転しなかったのです。むしろ、六角家と斎藤家を敵に回したことで、脅威が増してしまいました。
そのため、俺と親父との間に不和が生じ、家臣も、俺を支持する者と、親父を支持する者とに、分かれてしまいました」
「本当に情けねえな。どんな経緯であろうとも、お前が当主になったのなら、不平を鳴らすやつは、殺すか追放すれば良かったんだ。
戦に、勝ったり負けたりは当たり前なんだよ。勝ったときには擦り寄って来て、負けたときには背を向けるようなやつは、害悪にしかならない。そんなやつなら、いねえほうがマシなんだ。たとえ千人が五百人になっても構わず、害悪は駆除するべきだったんだよ」
「俺は、そんなことも分からない、馬鹿な小僧だったのです」
「お前、当主になった時、歳はいくつだった?」
「十六歳です」
「そうか。ああ まさか、あの六角との戦が、初陣だったのか?」
「そうです」
「ああ…もったいねえ。もったいねえな」
「何がですか?」
「お前と、その家臣たちだよ。浅井家には、若い当主を補佐できるだけの、能力と人格を備えた家臣は いなかったのか?」
「いなかった…と思います」
「…ああ そう。分かった。話を続けろ」
「浅井家は、俺を支持するかしないか以外にも、織田家と朝倉家への従属についても、意見が割れていたのです。
そして、信長殿が朝倉家を攻めた時、徳川家康は参戦しましたが、浅井家には出兵の要請もありませんでした。京から越前に向かう信長殿の軍が、近江を通過して行くのを、ただ見ていただけでした。
あの時、織田家との関係に否定的な一部の者たちが、あることへの恐れを強く抱いたようなのです。その者たちの中には、俺の親父も含まれていました」
「あることへの恐れか。俺が朝倉家を討ったら、次の標的になるのは、浅井家だとでも思ったわけか」
「そういうことです。信長殿があの時、俺に出兵を要請しなかったのは、どうしてですか?」
「お前は、朝倉を攻めるから兵を出せって、言われたかったのか?」
「あくまで俺個人は、そう言われたかったです。もちろん家中には、それにも反感を持つ者がいたでしょうがね。
しかし、兵を出せと言われなかったことで、一部の者たちが抱いた疎外感が、さっき信長殿が言った通りの恐れにまで、膨れ上がってしまったのです」
「難しいもんだな。俺は、気を遣ったつもりだったんだけどな」
「それも分かります」
「本当に、分かっていたのか?さっき お前は、兵を出せと言われたかったと答えたよな。その小さな不満を、周りにまったく見せなかったと言い切れるか?」
「いえ…。信長殿は、なぜ浅井家を戦に呼ばないのかと、家臣がいる前で言いました」
「当主の そういう言動を、家臣はよく見ているもんなんだよ。俺が浅井家に兵を出せと言わなかったのは、朝倉にも従属しているお前らでは、矛先が鈍ると思った…それだけのことだ」
「はい。それを頭では理解していましたが、俺は信長殿と一緒に戦い、織田家との繋がりを強くしたかったせいで、つい不満を漏らしてしまいました」
「それを聞いた家臣たちの恐れは、さらに大きくなったんじゃないのか?
それにお前は、朝倉に人質を差し出してもいたんだろう?」
「はい。俺の長男を差し出していました」
「そうだよな。だから無理をしなくて良かったんだよ」
「信長殿は、そこまで考えていてくれたのに、俺は…浅井家は……」
「あれが なんでだったのかは、だいたい分かった。突然 俺の背後を突いた部隊を率いていたのは、浅井久政と、古参の武将たちだった。
お前は、親父や重臣たちを、抑えることができなかったんだ。それは、当主として失格だ」
「はい。申し訳ありませんでした。やはり、許されることではなかったですね」
「ああ、許さん。やはり、お前は失格だ」
「では、これで俺は去ります」
「そうしろ。だが次は、俺の姪たちの話でも、聞かせてくれないか?」
「しかし俺は、二度と顔を見せるなと…」
「確かにお前は、浅井家の当主としては失格だ」
「はい」
「だが…」
「……………」
「だが、俺の義弟としては……認めてやる」
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