第25話 家族会議
獣人はとても情が深いのです。
アシュレーの活躍でレナの病気が完治してから1週間。
つい先日まで集まることさえ簡単にはできなかった家族4人が、食堂の丸テーブルを囲んでいる。レナは昨日、医者からのお墨付きを得て無事に退院し、商店街の親しい人達を集めて行われた宴は明け方まで続いた。今日のこれも宴会や食事というものであればアシュレーを誘ったのだが、些か趣旨が違った。
「え~、それではこれより、第10回、狼の昼寝亭家族会議を始める。」
「わ~!(パチパチ)」
「わんわん!(パチパチ)」
「いつも思ってたけど、この形式って必要なのかな…?(パチパチ)」
3人がそれぞれ異なる反応を返す中、レナの質問に司会進行のベルクが答える。
「獣人は何を決めるにも群、家族を基本にする。俺達獣人は本能で行動する奴らが多くて感情に任せた間違いをしやすいからだ。その間違いを回避するために、重要なことは皆で相談するんだ。」
「ふ~ん。」
「特に今日の問題は絶対に間違える訳にはいかねぇ。何せ、アッシュのことだからな。」
「「「…!」」」
アシュレー・シーグラム。
2ヶ月ほど前、突然この街にやって来た少年。最初は親切な少年くらいの認識だったが、この家族にとって今では大恩人だ。
知り合って間もないアインを背負って家まで運んできた。宿泊代を儲けさせるためか、何かと理由をつけて宿に長期滞在していた。お土産だと言って、食事も満足に食べないアインに食べ物を食べさせていた。朝から晩まで必死に働いて、治療代を内緒で稼いでいた。
そしてーーー
「私の病気、治してくれた。」
「…ああ、そうだ。」
レナが瞳を閉じ、噛みしめるように呟いた。思い出すのは薬を飲ませるために自分を抱き上げた、力強い腕の感触。朦朧とした意識の中でも感じ取れた、その優しさ。彼は薬の用意が間に合わないと知るや薬の素材を掻き集めて調合するという、驚きの方法で救ってくれた。
余程大変だったのだろう、あんなにボロボロになりながら。
万感の想いが込められたレナの一言にベルクが頷き、更に続ける。
「アッシュは薬の材料を調達するのに、自分の首飾りを壊してた。遠目だったからよく見えなかったけどよぉ、ありゃたぶん、白金だ。」
「白金って…!」
アイシアが驚きに口元を抑える。
「わう?どんな素材なの?」
「確か、凄く高価なんだよね?」
子供達2人はあまり分かっていない様子だ。
「具体的に言うと、一等地に立派な家が建てられる。」
「「ええっ!?」」
あまりの金額に子供らしい反応を返す少女2人。金額も重要だが、今話そうとしていたこととは別の話である。
「あいつは、家族は遠い場所に居るって言ってた。…スゲェ寂しそうな目でな。この街にも親戚を訪ねてきたって言ってたが、関係は良くねぇみてぇだ。」
「放置されてるみたいだしね…。寂しがってるのは気付いてた。子供とは思えないくらい大人びた子だけど、時々捨てられたワンちゃんみたいな顔をするの…。」
アシュレーは周囲に気付かれないように頑張っていたが、大人2人には筒抜けだった。そのいじらしさもまた、2人の保護欲を刺激していた。
「わうぅ、全然分からなかった…。」
「わ、私は入院してたし!毎日顔を合わせてたら気付いてたし!」
「詳しくはあいつも話さなかったが、あいつの親は、もうこの世には…居ねぇのかもしれねぇ。」
「そうなんだ…!」
「わうぅ、アシュレー君、可哀想…っ」
「…大人にならざるを得なかった、ということね。」
家族は生きているし親戚との関係も良好なのだが、それを修正するべきアシュレーはここにはいない。ベルクは続ける。
「そしてだ。あいつが首飾り壊す時の言葉、聞いただろう…?」
「「……」」
「わ、私、意識がなかったから聞いてないよ!何て言ったの?」
「…”ごめん、父さん”…だ。」
「…!」
親は死んで一人ぼっち。寂しさに耐えながら必死に生きる、小さな少年。それでも優しさを忘れず、自分達一家に尽くしてくれた。そして最期には親の形見であろう首飾りを自分で壊し、レナのために与えてくれた。何物にも代えることはできない、大切な心の支えを。
強く、正しくあろうとするその姿勢と、時折見せる寂しげな表情。女性陣3名の乙女回路(内1名は母性回路)がギュンギュン起動していく。
「それでパパ、会議の議題は何なの!?」
「私、アシュレー君の為なら何だってできるよ!」
「助けられたのは私なんだから私がやる!」
「3人とも何だか凄いやる気だな…!」
3人の迫力に気圧されながら、ベルクが今回の会議の議題を発表する。
「それじゃ本題だ!あいつと話し合った結果、この宿に学園卒業まで下宿する、その間の各種費用をこっちで負担するってことで決まった。まあ、俺が無理矢理納得させたんだがな。足りない分も少しずつでも確実に返していくつもりだ。そんで、今日の議題は、それ以外のとこで俺達が何かあいつにしてやれることはねぇかってのを話し合いたい。」
騒動の翌日には早朝から出掛け、帰って来た時には表情も明るくなっていた。アインの理不尽な説教を受けた後、床に倒れ込みながらも、もう気にしていないと自分達に話していたが、それを鵜呑みにして良いものか。
今日も朝からバイトがあると言い、まるで何事もなかったかのように出ていったが、本当に立ち直ってくれているのか。
孤独な少年の心を癒すーーー思い立ったら即行動のベルクであったが、そんな繊細さを求められる事柄にまで突っ込んでいく勇気はない。ここは家族の知恵を借りるべきだと考えたのだ。
ベルクの質問にアインが元気一杯に手を上げる。
「わう!短足牛をイッパイ食べたら元気になるよ!」
「…それはお姉ちゃんだけだよ。」
「そんなことないよー!」
「まあ………とりあえず保留だ。他に意見はあるか?」
次にレナがスッと手を上げる。
「古今東西、最上のお礼は身体で返すのが1番よ。私が一生彼の傍に居て添い遂げる。」
「わう?ソイとゲル?難しくてよく分かんないよ。」
「レナちゃんがあっくんと結婚するってことよぉ。」
「ダメーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!」
宿屋はおろか商店街にまで響き渡るアインの大絶叫。あまりの声量に窓にピシッと亀裂が走る。近くにいたベルクとアイシアのダメージも甚大だ。耳の良い獣人だけでなく商店街中の人々が耳を抑えて悶絶した。
ーーーレナとアインを除いて。
「ダメ!!!絶対ダメェ!!!」
「どうして?お姉ちゃん。」
「け、結婚はお互いが好き同士じゃないとダメなんだよ!」
「私は彼に好意を持ってる。彼の気持ちはまだ分からないけど、きっと好きにさせてみせる。」
5歳とは思えない大人びたレナの発言と年相応のアインの反論。幼い2人の言い争いがヒートアップするのに時間は掛からなかった。
「ふ、ふんっ!レナちゃんみたいなお子ちゃま、アシュレー君は好きにならないもん!」
「…っ(怒)。どこかのおデブちゃんも好きにはならないと思うわよ?」
「カッチーン!何それ!私が太ってるって言いたいの!?」
「どこの誰とは言ってないけど?」
「だったら痩せっぽちだって振り向いて貰えないもん!」
「これはスレンダーって言うの!」
「「…むむむぅ~~!!!」」
突如始まる姉妹の大喧嘩。客観的に見れば男を取り合う女の修羅場。男親のベルクはオロオロと狼狽し、女親のアイシアはあらあらと楽しそうに2人のやり取りを見つめている。
カランカラン
「ただいま戻りました。凄く大きな声でしたね。喧嘩ですか?…途切れ途切れだったけど外まで聞こえてましたよ?」
「「「「…!」」」」
そんな時、タイミングが良いのか悪いのか、渦中の人物が帰宅した。
「原因はアインとレナの2人?…ダメだよ?家族は仲良くしなくちゃ。」
「「「「………っ」」」」
「…み、皆さん、どうかしました?」
アシュレーはテーブルを囲む一家を見て一瞬寂しそうな顔を見せたものの、明るく話し掛けてくる。
だがその気遣いはこのタイミングでは失敗だった。
周囲から見て今の状態は、アシュレーは1人ぼっち(厳密に言うと頭頂部にスライム1匹あり)でアルバイト、一家は家族会議とはいえテーブルを囲んで談笑している図式だからだ。そして自身の寂しさを気取られないよう、努めて明るく振る舞うアシュレーの言葉。ベルク一家はアシュレーに対して覚える必要のない罪悪感を覚えた。同時に胸の奥から湧き上がる、凄まじいまでの愛おしさも。
4人がアシュレーに殺到する。
「あっくぅぅん!私のこと、ママって呼んでイイからねぇ!」
「へっ?あっ、えっと、ありがとう、ございます?」
「わう~~!わう~~!」
「ア、アイン?何で泣いて…?」
「ごめんなさい、ごめんなさい…っ」
「何で謝るの?喧嘩してたのアインだよね…?」
「辛かったなぁ…辛かったなぁ…!大丈夫、大丈夫だ!俺が、俺が守ってやっからよぉ!!!」
「ベルクさん、酔ってます?」
4人全員に律儀に声を掛けるアシュレー。心配そうな顔をしているが、それでも一家が自身を気遣ってくれていることが何となく分かったのだろう、その口元は嬉しそうに、僅かに緩んでいた。
第10回狼の昼寝亭家族会議議事録
議題 アシュレーにしてあげられること
結論 家族になろう
次回からシリアス展開です。
少しずつですがポイントも入ってきました。
ありがとうございます。




