第13話 壊れる日常
領主様、初登場です。
とある屋敷の一室。
高級であるが嫌味に感じさせない、ギリギリの上品さを持った家具や調度品達。
そんな屋敷の主人の良い趣味を反映した落ち着いた室内で、それとは真逆に忙しなく、その主人が執務机で書類の整理をしていた。
「この案件は……月末で構わないな。予算の概ねの計算だけしておいてくれ。っと、決済が必要な書類はこれで終了だ。北部の開拓計画の報告書も書き終わったし……他は?」
「本日の業務はこれで終了でございます。」
「ふぃ~!やっと終わった。」
山のような仕事を終えて、椅子の背もたれに身体を預ける男。
フォレストサイトにおいて最も大きな力を持つ領主、ベルクリオである。
見るからに文官という細身の体型、黒髪の美形である。
この男、どう頑張っても20代前半にしか見えないのだが、今年で50を越えているという、驚異的な童顔である。
「お疲れ様でした。こちらお茶と、いつもの雑誌でございます。」
「これこれ。この胡散臭さがイイんだよね。」
「…立場的にこういった読み物はあまりお薦めできないのですがね。」
彼が楽しそうに開いているのは”週刊ミステリーフォレスト”。
フォレストサイトで起こった本当か嘘かも分からない不思議な出来事を記事にした、三流雑誌だ。いわゆる娯楽の一つである。
だが貴族という立場で考えれば、側に仕える秘書が言う通り、あまり良いものではない。
「面白いんだからそれでオッケーだろ?ほら、見てみなよ、この”恐怖!巨岩を抱く土の精霊”とか、”鮮血のロンド、地面を跳ねる冒険者!”とか。」
「確かに実話なら面白いのでしょうが作り話でございますよ。」
「セドルは夢がないな~。」
唇を尖らせながら机に張り付くその様子に、仕事をしていた時の威厳はない。
溜め息をつきながらセドルと呼ばれた秘書が1つの封筒を手渡す。
「今朝、伝書用鴉で届きました。アグラニル様からお手紙です。」
「!そういうのは早く出してよ!」
ベルクリオは嬉しそうに手紙を引っ手繰る。
あまりに急いで開けたので、封筒がグシャグシャになってしまっている。
その様子はまるで、誕生日プレゼントの中身を少しでも早く見たがる子供だ。
だが中の手紙を開き、文面を読み進めていくにつれ、その喜色満面の表情が険しくなっていく。
そして手紙を読み終えると真剣な顔でセドルに突き返した。
「…私が読んでも?」
「ああ。」
「…………なるほど。至急捜索班を編成します。」
「頼む。無事でいてくれれば良いが。」
「話は2ヶ月前、ですか。…全力を尽くします。」
セドルは答えを濁したが、ベルクリオはそれについても何も言わなかった。
~~~~~
ところかわってフォレストサイトの郊外。
どこまでも続く、王国の台所を体現する豊かな農耕地帯。
その畑の一角が、轟音を響かせながら猛烈な勢いで耕されていく。
黒いフードを目深に被った男が、両手に持った鍬を大地に突き立てていく。
「いんや~、グリさんに頼んだらあっちゅう間に仕事が終わったの~!」
「んだんだ。依頼料は必要でもこれなら大満足だわ!」
「くきゅ~~…くきゅ~~……」
依頼人である農家の老夫婦が、寝ている豆しばを撫でながらグリさんことグリザイユ………アシュレーを見ていた。
ギルド登録から、はや2ヶ月。
謎のフード男グリザイユの名前はフォレストサイトに響き渡っていた。
………主に農家の間で。
ここフォレストサイトは、非常に治安が良い。
しかも街の周囲にも危険な魔獣はいない。
つまり、依頼料が高額な犯罪捜査や討伐関連の依頼がほとんどないのだ。
あったとしても、それは希少な依頼として高ランク登録者に優先的に割り振られてしまう。
このフォレストサイトギルドという場所は、名を上げたり金を稼ぐという視点で見ると、非常に劣悪な場所なのだ。
だがしかし、フードの下の顔にそんな悲壮感は全くなかった。
「ふぃ~!やっと終わった。」
作業開始から6時間、通常であれば数人で半月は掛かるであろう耕し作業を、俺はその恵まれた身体能力で完了させた。
依頼料は銀貨1枚。労力を考えれば割りの良い仕事とは言えないが、1日で終わらせれば非常に良い稼ぎになる。
俺はこうした長期の力仕事を1日で終わらせることでお金を稼いでいた。
稼ぐお金は1日平均銀貨4、5枚。現在の貯金額は銀貨291枚。
普通であれば過労死するほどの労働量だが、そこはチート能力で乗り切った。
元々の体力は異常なまでに高いし、どれだけ疲れたり体調を崩したりしても神の心臓でリセットできるので、昼夜を問わず仕事ができた。
ただ、仕事量が異常という自覚はあるので、オオイさんにこのフード付きコートにグローブと同様、正体隠蔽の魔法をかけてもらっている。
グリザイユという人物がいることは分かっても、その顔について知っている人間はこの街にはいない。
金を稼ぐだけでなく恩返しも継続中だ。
俺は頻繁に外出し、アインに”お土産”という名目で、定期的に食べ物を食べさせている。
アインが遠慮しようとすると、
「そっか…俺、アインにそんなに嫌われてたなんて……っ」
と、遠くを見つめながら切ない顔をすると焦りながら食べてくれる。
彼女の優しさを利用するようで心苦しいが、嘘も方便、勘弁して。
後は働き過ぎないように、アインの疲れ具合を見て休憩がてら、レナのお見舞いに誘っている。
もちろん商店街での買い食いも忘れない。
少しづつ体型もふっくらしてきた。
ベルクさんへの宿泊による資金援助だが、これは早々にばれた。
正確に言うと、ばれただろうとオオイさんが言っていた。
親戚の都合が伸びたとベルクさんに言い、さらに宿泊期間を伸ばそうとしたとき、何となく俺の真意に気付いたようだ。
ただ彼は、目尻に涙を浮かべながら「ありがとよ」と言ったきり、それ以上は何も言ってこなかった。
やはりベルクさんは人を良く見ている。
障魔病の薬代は銀貨1000枚。
障魔病が末期に至るまでは約半年。
このままのペースでは間に合わないが、オオイさんがギルド登録員の助成制度について教えてくれた。
ギルド登録員が緊急で高額の金銭が必要になった際、その理由が妥当であり、かつそのギルド登録員が優秀であると認められた場合、必要な金額の半分を担保に、その金額に比例した回数の依頼の無料受託を条件に、必要な金額を受け取ることができるのだ。
過去にオオイさん達が取り入れた制度で、冒険者の中にはどうしてもお金が必要で、無茶をしたり犯罪に走ったりする者が少なからずいたことから、オオイさんの国にあった銀行という機関の制度を真似て導入したそうだ。
正に今の俺にぴったりの制度だ。
計算上では、あと1ヶ月半ほどこの調子で働けば銀貨500枚に届く。
そうすれば、依頼の無料受託という枷は付くが、お金を手に入れることができる。
銀貨500枚分のただ働き……まあ、先に依頼料を受け取れたと考えれば悪い話ではない。
そこまでいけば、あとは自分のことだけだし、どうとでもなるだろう。
本当に、オオイさんがいなければどうなっていたことやら。
改めてこのちょっと癖のある神様に感謝だ。
「くきゅ~………へぶしゅ!」
……今は犬だけど。
~~~~~
「ただいま~。」
「おう、戻ったかアッシュ。」
「ふぁん!」
「おう、豆もな!」
夕方の狼の昼寝亭。
呼び方が愛称に変わったあたり、親密になったのを感じる。
まあ、アインだけは恥ずかしがって呼んでくれないんだけどね。くすん。
ベルクさんはカウンターの中で忙しそうに働いている。
丁度夕食の時間だし、宿泊客の食事の準備だろう。
ベルクさん、顔はこんなだけど飯はメチャクチャ美味いからな。
今日の夕食も楽しみだ。
「あれ?アイシアさんとアインは?」
「アインは奥の厨房で鍋を見てる。アイシアはそろそろ帰ってくるだろう。」
「そうですか。あ、夕食はベルクさん達が落ち着いてからで良いですから。」
「気ぃ使ってもらってすまねえな。先に風呂にでも入っちまいな。」
そう言って俺は豆太郎を裏庭に繋ぎに行った後、自室へ戻った。何だかこういうやり取り、家族ができたみたいで嬉しいな…。
「-----!!!」
「----!」
「ーーー……。ー----。」
……ん、何だ…。下の階から大声が聞こえる。
俺はベッドからモゾモゾと這い出す。
少し仮眠するつもりが結構長いこと寝てしまったらしい。
すでに日が沈んでいる。そういえば夕食も食べてないな。
いつもならアインかアイシアさんが起こしに来てくれるのに。
それにさっきから聞こえる大声。お
そらくベルクさんと誰か他の大人。
………何だろう、凄く嫌な予感がする。
俺は静かに階段を降りていった。
「そんな理由、納得できる訳ないだろう!!!」
「ですがこれは彼女が望んだことです。」
「アイシアに会わせろ!!!」
「契約は既に完了しています。買い戻すのであれば、倍額は頂きますよ。」
「あいつは俺の妻だ!」
「ですが、今は私の主人の奴隷です。」
ーーーーー!!!
奴隷…?まさかアイシアさん、自分を身売りしたのか!?
ベルクさんと、一見小間使い風の小柄な男が言い争っていた。
「とにかく、奴隷契約が成された以上何も問題はありません。こちらが料金になります。」
そう言うと男は金の入った麻袋と奴隷契約の定型文とアイシアさんの名前だけが書かれた書類をテーブルに置き、ベルクさんの言葉を無視して立ち去った。ベ
ルクさんは茫然としている。
よく見れば、アインがベルクさんの足元にしがみついていた。
表情も、今にも泣き出しそうに歪んでいる。
「ベルクさん……アイン……」
「………分かっちゃいたんだ。このままじゃ、レナの治療代は稼げねぇって。だけど、考えねぇようにしてた。みんなで頑張れば何とかなるって。」
「………」
「アイシアは俺が奴隷にしちまったようなもんだ。本当に…本当に、不甲斐ねぇ…!!!」
血を吐くような独白の後、ベルクさんは涙を流した。
「アシュレー君……っ!」
アインが俺に抱き付いてくる。
普段であれば嬉しいハプニングだが、今は悲しみしか湧いてこない。
いつも笑顔を絶やさない彼女が、俺の胸の中で泣きじゃくっている。
「もう、おがあざんと会えないのぉ?」
「……っ」
俺は、何を言えば良い?
よくよく考えれば、俺が裏でコソコソ金を稼がずにこの一家に話していればこんなことは起きなかったんじゃないか?
見えないところで、自己満足に浸っていただけなんじゃないか?今
までの自分の行動の意味が分からなくなっていく。
俺が混乱していると、男が出て行った宿の出入口の隙間から豆太郎が顔を出した。
裏庭に繋いでいた豆太郎がここにいるということは……オオイさん、か?
だけどアインをこのままにしておくこともできない。
オオイさんにアイコンタクトした後、俺はアインを慰めながら彼女の部屋へ向かった。
~~~~~
『(…明らかに不自然だ。話が急過ぎる。)』
月の光が射し込む宿の裏庭、オオイが虚空を見つめる。
知恵の神は現状の不自然さに気付いていた。
そして、今回の騒動には裏があると結論付けた。
第一に、アイシアとは昨日まで顔を合わせていたが、そんな悲壮な決意は見られなかったこと。
物事には必ず前兆というものがある。
それが人という存在が起こすものなら尚更だ。
腐っても千年の刻の流れを過ごした神。
こんな、自分の人生を賭けた重大な決意をした者の意志を感じ取ることができない訳がない。
第二に、奴隷契約書が不自然であったこと。
小間使いの男が置いていった書類をちらっと見たが、彼女の名前以外の記載が無かった。
通常の奴隷契約であれば、保証人を記載する。
それは保証人の記載の有無で払われる金銭に雲泥の差が出るからだ。
保証人と言っても面倒な手続きも無く、書面に名前が出るだけで奴隷になる本人が記載することも法律上認められている。
問題のある法律だと思うが重要なのはそこではない。
なぜ、少しでもお金が必要なアイシアが、自分で自分の値段を下げなければならないのか?
保証人の記載が無いことで得をするのは奴隷契約で主人になる者だけだ。
もしアイシア自身があの契約書を書いたのなら明らかに不自然だ。
例え知らなかったとしても、奴隷契約の際に主人側は奴隷側に詳細を説明しなければならないと法律に明記されている。
説明がされていなければ、その時点で契約は無効だ。
そして第三に、これが一番重要だがアイシアの容姿が非常に整っているということ。
あれほどの美人でスタイル抜群の女性であれば、犯罪紛いの行動を起こしてでも手に入れようとする下賤な輩がいてもおかしくない。
小間使いが言っていた主人が俄然怪しくなってくる。
オオイが街へ歩き出す。
『(精神年齢が高くても、アッシュはまだ子供だ。両親に続いて大切に思っていた人達まで。冷静でいられる訳がない。)』
元々大人びた子供だろうと、加護の力で知識や精神が強くなろうと、アッシュは子供なのだ。
大人に頼るべきなのだ。
ただ、彼に頼れる大人はいない。
『…俺の周りの人達に手を出すなんて、いい度胸だ。』
神は人の世界に不干渉。
ただし、自身や自身の周囲に害を為すものであれば、その限りではない。
知恵の神、オオイ。
人の身でありながら、神の存在にまで登り詰めた者。
かつて、味方からは戦場の支配者、敵からは黒き悪魔と呼ばれた男が、動き出した。
『日向の仕事は君に任せる。日陰の仕事は、俺に任せろ。』
次話、「必殺、仕事犬!(仮)」。
どうぞお楽しみに。




