021 捕らわれてもポジティブ
ぴちゃりと頬に水滴が落ち、ルナは目覚める。
地面が冷たくて、湿気の多い場所。
石造の壁に囲まれた屋内は薄暗く、埃っぽい。
微かな頭上の明かりにルナは気がつき、闇しか見えない天井を見上げる。手の届かない高い場所に小さな窓がある。月あかりで、ほんのりと部屋が明るい。
(今は夜かな。ここは牢屋みたい。少し寒い)
「お目覚めですかな?月の巫女さま」
牢の木製の格子の暗闇に向けて目を凝らすと、背中の曲がった小柄な老婆が、蝋燭を手に格子越しにこちらを見ている。
ゆらゆらと揺れる蝋燭で照らされた老婆の顔は、地味に怖い。
(いまから怪談でも話しそう)
「申し訳ないねえ。若い衆がどこぞの神官にそそのかされて、巫女さまを攫ってきて」
老婆は「よいしょ」と木製の格子前の古びた椅子に座り直す。
椅子がぎしっと軋む音が、石造の地下空間に響く。音の響きからして、広大な地下空間のようだ。目を凝らしても暗闇しか見えない。
「ここはどこ?」
聞いても土地勘のないルナには無駄な気がするが、気味の悪さを払拭したくて何か言いたい。
「若い衆がのう、うちの孫たちがのう・・・・・・」
(あ、このお婆さん、人の話聞かないタイプだ。もしくは、耳が遠いとか。)
「うちの孫が、漆喰の左官職人でな。太陽の神殿に出入りしとったんじゃ」
「あのう、お話し中に大変申し訳ないですが、何か食べる物を頂けませんか」
なぜか常にお腹がすくルナは、どこにいても食べ物の優先順位が上位にある。
お婆さんの話や恐怖心よりも、食べ物が欲しくなってきた。
「黙って、聞きなさいな」
(あ、お婆さん、耳が聞こえてる)
「漆喰職人と月の巫女との因果関係が不明です。お婆さん」
簡潔に教えて欲しい。そして、飯をくれ。
「ばあさん、いないと思ったら、こんな所に。風邪ひくよーー」
例の孫だろうか。若い男の声が暗い地下空間に響く。松明を片手に近付いてくる。
「うんにゃ?」
ルナが起きているのをみて、若い男が驚く。
「ちょうどいい!そこのお兄さん、飲み物と食べ物をください。今の気分は果物!」
「ありゃあ、巫女さん、起きたかーー。うんにゃーどうしたもんか」
細身の若い男は、生成りの平民服を身につけている。召喚された日に〈黄泉への道〉で見た多くの人の服装が、生成りの布地をまとっていた。一枚の布を体に巻き付け、腰紐で止める簡単な作りである。
「うんにゃ、行くよ。ばあさん、足元、気をつけて」
若い男はルナを無視して、老婆の手を取り支える。
「おい、こら。聞け!そこの兄さん!うんにゃ君」
去ろうとしていた若い男の足が止まる。ルナは彼の口癖から、「うんにゃ君」と名付けた。
「うんにゃ?ばあさん、巫女さんって、こんなに口が悪いのか?」
「いんや、こりゃ特殊じゃな」
「太陽の巫女ソラ様はもっと上品だったような」
「そうじゃ、そうじゃ。歴代の巫女様がたは、そりゃもうお美しくて気高いお方じゃったなあ」
「なんで、漆喰の左官職人に私が攫われなきゃいけないの!?教えろ!」
ルナが二人の会話に割り込む。独房の木製の格子をがたがたと揺らす。
老婆とうんにゃ君が振り返り、月の巫女ルナをまじまじと見る。
「間違って攫ったんじゃなかろうかねえ」
「うんにゃ、俺もそう思ったんだが、太陽の神殿で見た顔と同じなんだわ」
松明を掲げて、ルナの顔を照らす。
「そっくりさんかなんかじゃなくて?」
「うんにゃ、間違いねえ。月の巫女さんだ」
「やはり、まねかざる巫女ってのは、ほんとかもしれんねえ」
「うんにゃ、太陽の神殿で聞いた噂かあー。でもなんで攫ったんだ?」
(なんだこの、うんにゃ、うんにゃヤローは)
ルナの怒りが沸点にぐんぐん上昇する。
「分からないのに、さらったの!?信じらんないっ」
「うんにゃ〜?」
ルナの顔が般若のような形相になる。
「い、い、か、ら!飯よこせ!」
ルナは、こちらを無視して話し続ける二人にブチ切れた。




