020 ジャガーの神殿
黒いすらりとした大型の猫の彫像。
目は金色。
鋭い爪。
双子女官ミル曰く、ジャガーという動物の彫刻らしい。
ネコ科のヒョウ族。
(ジャガーって、黄褐色の体に黒いロゼットという花輪状の模様があり、そのロゼットの中にも黒い点が入った動物じゃなかったっけ?)
女子高校生ルナの知るジャガーは真っ黒ではないが、黒は黒でかっこいい。
ルナは、双子女官ミルと共に〈ジャガーの神殿〉にいる。
神殿入口の黒いジャガーの巨像を白い布越しに観察する。
外出時は顔を隠すために薄い布を頭からすっぽりと被る。月の宮殿の外に出るための条件なので、わずらわしいが仕方がない。
召喚前の修学旅行中に行った国立人類学博物館で見た遺跡が、ルナの目の前にある。
2026年に見た巨像はどれも欠けたり、塗料が落ちていた。しかし目の前の像は、動き出しそうなほど生き生きとしている。
(うおー。博物館の展示物で観た時より、迫力ある。すごい。すごい)
ジャガーの神殿は、太陽の神殿のような極彩色と思いきや、白と黒を基調としたモノトーンなインテリア。
この神殿は、月のピラミッドから南に伸びる幅40mの石畳の大通りからは見えない。大通りから見えるのは石造りの巨大な土手である。幾重もの土手を超えて急な勾配の石段を上がると、見晴らしのいい高台に出る。
突然、眼下に巨大な石造建築が現れる。
地下にくだる何百段もの階段の先にそびえ立つ石の壁には、不思議な彫刻がみえる。壁面から飛び出たカメレオンの舌のような突起物の上に、丸い円盤が壁に垂直に刺さる。模様の刻まれた円盤の両脇に、球体が半分埋め込まれたように彫られている。球体の近くに大きな口のような浅彫が見える。口の中には鋭利な歯が並び、壁の前に立つ者を威嚇する。
ルナとミルは途中で休みながら階段を降り神殿内部に入る。〈ジャガーの中庭〉を通して入る自然光のみの屋内は薄暗い。
目が暗闇に慣れてくると、壁画や壁の浅彫がだんだんと現れる。
(お、これは鳥か?)
ずんぐりむっくりな鳥の絵がある。大きなくちばしに、丸い点の目。ぽかんとした表情である。足は短く丸い体型の鳥。
(なんだか愛嬌がある。かわいいな)
口を上に向かってパカっと開けたカエル。このカエルの体型も丸い。
(なんで口を開けているのかな?笑える)
カメレオンの舌のような突起物が、細かい模様の刻まれた石の彫刻から飛び出ている。
(くるんと手前に巻いて飛び出ているのは舌?それにしても私の背丈ほどあるな)
ジャガーの中庭からの光を頼りに、ルイはどんどん神殿の奥に進む。
(あ、この蛇には羽が生えてる)
黒い猫のようなジャガーにも羽が生えている。ホラ貝を吹いている。
遺跡好きギャルとしては、今回の召喚は不本意だが、意外と楽しめる。
(今を楽しまなきゃ)
壁画や石の彫刻を壁伝いに進むと、ジャガーの神殿奥の大広間に着く。
神殿入口のジャガーの巨像よりもさらに大きいジャガーの巨像が、大広間中央に在る。
老若男女集う場所の割に、今日は全く人がいない。
(地上からかなりくだったけれど、まだ空が見える)
黒いジャガーの巨像の前に立ち、中庭越しに雲一つない空を見上げる。
ひんやりとした湿っぽい空気が、どこからか流れてきて、ルナの肌をなでる。
一緒に来た双子女官ミルとはいつの間にかはぐれてしまった。
今、この大広間には、黒い巨大なジャガーの像とルナしか居ない。地下空間特有の冷気が彼女を包む。ぶるっと身震いをする。
ジャガーの金色の目が微かな明かりできらめく。
(え、今。目が動いたような気がする。こわっ)
ルナはジャガーの像から目を逸らし、周囲を見渡す。誰もいないはずだが、何かの息づかいが聞こえる気がする。
(怖くなってきた)
ルナがジャガーの像の背後にまわる。この像を少し見たら、ミルを探そう。
恐る恐るジャガーの巨象を観察する。怖さよりも好奇心が勝り、大広間の暗がりに入る。
すっと伸びてきた手がルナの口元を押さえる。
暗闇の中、咄嗟にルナが手の主を見上げるが、深くフードを被っており相手の顔が見えない。布が口を覆う。
「ふあっ!?」
声にならないうめきをルナが発する。
一瞬の出来事だった。何かを嗅がされたルナは気を失った。
ルナの顔を隠していた白い薄い布が、頭からふぁさりと床に落ちる。
「ルナ様、どこにいらっしゃますかーー?」
やっとルナに追いついたミルの声が遠のいていく。
(なんでこんな頻繁に攫われるんだ?召喚しといて、扱いがあらい!)
眠気にあらがっても確実に遠のく意識の中、ルナは文句を脳内で言い続けた。




