022 作戦会議
日没後、天体観測の石に月の巫女ルナは現れなかった。
予想通りというか、ルナがまた何かやらかしている懸念がルシオに生じる。
頭を掻きながら、月の神官ルシオは、天体観測の石の脇にある座るのにちょうど良い石を見つけて、どさっと腰掛けた。
ーーー 神官モード、オフ。
(なんかあったなーー。これ)
溜息を吐きながら、満天の星空を見上げる。
不夜城の東京では空を見上げても、星を見つけることはできなかった。
夜に隅田川を散歩する時に、北極星を探すぐらい。
(あーーー、タバコを吸いたい)
神官の白い服を着て、天体観測の石の場所に居るが、気分はコンビニバイト休憩中の店裏の喫煙所。
前世では学業の合間に、大学院に進学するためアルバイトを詰め込んでいた。
(あの頃は、博士課程に行きたくて、がむしゃらに働いたなあ)
一羽の鳩が夜空を舞う。
月あかりを反射した白い羽が蒼い夜空に映える。
夜間飛行用に訓練された白い伝書鳩が、ルシオの頭の上で旋回する。
(ホント、やだやだ)
前世の記憶を認知してから、今の生活に無いものねだりをしてしまう。
タバコ、酒、バイク、サッカー、ゲーム、漫画。
ここには娯楽が少ない。そして、時間外労働がある。
右足に結縄が結ばれた白い鳩が、ルシオの肩に止まる。
「糞するなよーー」
鳩の落とし物を警戒しながら、ルシオは顎を引く。肩の上の鳩から距離を保ち、しゅるりと結縄を解く。
今日は金曜日。
明日は休みなのに、これからもう一仕事。
「ビエルネス」
ルシオが、彼専属の諜報部員を呼ぶ。
諜報部員は曜日制。七人いる。
原則、影は一人の神官につき一人が基本である。
ルシオの場合、それぞれの諜報部員が自由気まま系なので、気がついたらこの体制になっていた。
彼だけが珍しく七人制だが、表向きは一人の影として認知されている。かなり個性豊かな七人の影のため、多重人格的な一人の影と神官仲間の間ではもっぱらの噂である。
巣に帰る鳩を見送り、星空を見上げていた顔を正面に戻す。
ルシオの正面に、真っ黒な衣を着た細身の男が立っていた。目元以外は、布で覆われている。
金曜の影ビエルネスの顔を、誰も見たことがない。
唯一見える目も、切れ長なのか、そうでないのかすらよく見えない。
「まるで忍者だな」
ぼそっとルシオが呟く。
ビエルネスは右に首を傾げる。
「ルナがジャガーの神殿で攫われた。奪還せよ」
金曜日の影ビエルネスは、ボスに文句を言いたいが我慢する。
「あと、これ」
双子女官シエンからルシオに渡された太陽の神官レアンドロの結縄をビエルネスに渡す。
そこには、『太陽に気をつけろ』と書かれている。
『太陽』の指す範囲が、太陽の神官なのか太陽の神殿の女官なのか不明である。
「範囲が広すぎるから、よろしく。金曜日の影」
はあっと吐く息が、ビエルネスから思わず漏れる。文句は我慢できないようだ。
「おまえなあ。はーーー、もうホント、いつも作戦会議なしの丸投げ、やめてくれない?」
ビエルネスがいつものセリフを残し、瞬時に目の前からふっと消えた。
天体観測の石に張られた水面に映る月が揺れる。
(やっぱり忍者だ)
月の神官ルシオは、重い足取りで月の宮殿に帰った。




