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危うく12回目

がらがらと車輪の音を響かせて屋敷に帰る。夕飯の準備に忙しいのか、出迎えはなかった。

まぁいつものこと。神に愛された駒鳥姫という身分からしたらありえない事態だが、立場が低い今はどうしようもない。

ロヴィーナは今『この程度』なのだ。平然と、ただいまぁ、と帰宅を告げるロヴィーナの後ろに控えつつ、ラディウスは鉄面皮の下で苦虫を噛み潰した。


「そういうものよ」


ずらりと並んで出迎えられるほうが息苦しい。むしろ今くらいの扱いのほうが気が楽だ。

あっさりとそう言ったロヴィーナはティーポットを手に取った。慣れた手つきで紅茶を淹れる。

特にこだわりがあってのことではなく、わざわざメイドを呼びつけて淹れさせるのが面倒だからだ。自分でできるなら自分でやる。そっちのほうが気楽でいい。


「茶くらい私が」

「いいのいいの。私が自分で飲むやつなんだから」


それにこの鉄面皮の男に茶を淹れるなんて繊細な作業はできそうもないし。そう言うと、わずかにラディウスがたじろいだ。図星らしい。

それならなおさら自分で淹れよう。こんな不心得者に任せたら、ただ温かいだけの茶色のお湯が出てきてしまう。香りも味も吹き飛んでいる渋い茶色のお湯を飲む気はないので。


「あなたも飲む?」

「いえ」

「……いつ飲食してるのよあなた」


つい聞きたくなるくらい固辞しやがって。ひと散歩終えての夕飯前のひと休憩の時間くらい、一杯飲めばいいのに。

食事の時間での飲食以外、間食も水分補給もしていないのでは。それならどれだけ職務に真面目なんだか。

そんな呟きをつい漏らしつつも、後で欲しがっても淹れてやらないからねと返してティーカップの準備を始める。


その背中を見守りつつ、ラディウスはそれ以上に周囲に気を配り目を向ける。職務1日目から護衛の役に関して一切手を抜く気はないようだ。

やや手持ち無沙汰に、彼は視線をテーブルの上の紅茶缶に止めた。


「見たことのない銘柄ですね」


一般に流通している紅茶葉の缶ではない。紅茶など詳しくはないが、独自の銘柄なのだろうか。

ロヴィーナが普段使っているものなら、そうだと知識を入れておかねば。手持ち無沙汰の雑談ではなく認識のすり合わせのために問う。


「えぇ。……といっても、3種類の茶葉をブレンドして、そこに香り付けの花を入れただけ」


この国で主に生産している3種類の紅茶葉を均等に、そこにさらに香り付けの花をひとつまみ。

国の頂点たる神に愛された駒鳥姫が特定の茶葉だけ愛用すると人気の偏りがどうたらこうたら。そんな配慮で作られたのだが、今となっては特定の茶葉だけ使っても誰も気にしないんじゃないかと思う。このためのブレンド缶を作るのにもコストが要るし、そのうち経費削減の名目でなくなりそうな気がする。


「茶葉だけでもいい匂いなのよ。嗅いでみる?」


慣れた手つきで紅茶をカップに注いでから、ほら、とロヴィーナが紅茶缶をラディウスに手渡す。

受け取ったラディウスが缶の蓋を開ける。少し緩い。しっかり締めないと湿気るだろうにと思いつつ、促されるままに嗅ごうとして缶の中身を覗き込んだ。

からからに乾いた紅茶葉。そこに混ざる黄色の花弁。これは。


「っ……!!」


ラディウスの手が翻る。振り払った手が乱暴にロヴィーナの手元からカップを叩き落とす。払った手の勢いが良すぎたせいか、カップは床ではなく壁へ。飛んだカップはばしゃんと音を立てて、観賞魚が泳ぐ水槽に飛び込んだ。


「な……あなた、何するのよ!?」


今まさに飲もうとしていたところだったのに、横から奪い取られた。というか吹き飛ばされた。

いったいどういうつもりだ。ロヴィーナが問い詰めようとし、しかしラディウスが硬い表情で見つめる水槽を見て言葉を飲み込む。


「魚が……」


ぷかり。ぷかり。カップが沈んだ水槽で、優雅な尾ひれの観賞魚が腹を見せて浮いている。

まさかこれは。ロヴィーナが可能性を口にするより先にラディウスが頷く。


「毒です。……おそらく紅茶葉でしょう」


紅茶葉に混じっていた黄色の花弁。あれに見覚えがあった。騎士としての訓練のすがら、読んだ書物に記載してあった。あれは毒草だ。

何者かが紅茶缶の中に毒草を混ぜていた。ラディウスが気付いて弾き飛ばさなければ、ロヴィーナは今頃12回目の死を迎えていたはず。


「手荒な真似をして申し訳ありません」

「いいわ。助かったのだし……ありがとう」


ともかくこの状況を片付けないと。紅茶葉の毒草と、死んだ観賞魚と、気付かなければ死んでいたことと。

騒ぎを聞きつけて駆け込んできたメイドに応対する。ラディウスと一緒に経緯を説明し、証拠として紅茶缶を渡す。とはいえ犯人の検挙は難しいだろう。紅茶缶を用意したメイドの誰かか、いや紅茶缶のある棚には誰でも触れることができる。最低限の人数しかいない屋敷だ、人の目を盗んで毒草を混入させることは簡単だろう。

犯人の検挙には期待しない。重要なのはまた誰かがロヴィーナの命を狙い、その『向こう』に黒幕がいるということだ。そういうことですよね、と理解の度合いを確認するようにラディウスが視線を向ける。


「そういうことよ。……ラディウス、だったわね」

「はい」

「いいえ、なんでもないわ」


兄の汚名を払うとは口だけではないらしい。なかなか理解が早くて機転が利いて有能だ。

心の中で評価を改め、ロヴィーナはそっとその名前を口にした。

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