無邪気なわらべうた
がらがら。がらがら。車輪の音だけが響く微妙な沈黙が続く。その気まずさを破ったのは、ふと聞こえてきた子供の無邪気な遊びの声だった。
きゃたきゃたと笑いながら走っている。追いかけっこなのか何なのか。非常に微笑ましい。
あははっ。無邪気に笑いながら歌っている。
「こまどり、こまどり、だれがころした?」
「こまどり、こまどり、またしんだ!」
歌詞に乗っているのは間違いなく駒鳥姫ロヴィーナのことだ。なんと無礼な、と思わずラディウスが立ち上がる。彼が馬車の上から怒鳴ろうとする前に、馬車を見たのだろう母親らしき女性たちが慌てて子供たちを止める。やめなさい、あっちで遊びなさいと叱りつけ、子供たちを連れてそそくさと立ち去っていく。
不謹慎な子供を叱り損ねたラディウスが何とも言えない表情で腰を下ろすと、ふふっとロヴィーナが笑いを漏らした。
「子供ってそういうものよね」
それをのんびり見送りつつ、なんてことないようにロヴィーナは呟いた。
特に気分は害していない。子供というのはああいう物騒な内容の歌を無邪気に歌うものだ。歌詞の意味はわかっていたりわかっていなかったり。成長に伴って意味を理解して歌わなくなる。
「むしろ感心するわ。よく考えるもの」
子供たちのある種の賢さにむしろ感心する。大人たちが話していることを聞き、そこから歌を作り上げる。誰が作って音をつけて歌いだしたのか、それはいつの間にか子供たちの中で流行っている。
自分たちで歌詞も音程も作り出すその知恵に感心さえする。ロヴィーナが乗っている馬車を見て、囃し立てるように歌ってしまう幼稚さは子供らしいが。
「知ってる? あの歌の歌詞全文」
こまどり、こまどり、誰が殺した。こまどり、こまどり、また死んだ。
まずは軽く、狩人が。胸をひと刺し、弓矢でひと刺し。
森のお次は町で殺され。視察で刺殺。二刺し目。
ラディッシュサラダに毒があり。皿にぽたぽた、血がいっぱい。
クック・ロビンはコック・ヨハンに、またもや毒を盛られたとさ。
放るよ放る、ダンスホール。上からどしんとシャンデリア。
1回目の死から5回目の死まで。ロヴィーナは平然と自身の死を歌う歌詞をそらんじる。
その次の歌詞は知っているか。視線で問えば、ラディウスは表情を動かさずに頷いた。
「…………信じられぬ生還続き、護衛の騎士が……ですよね」
「えぇ」
『それ』をラディウスの口から言わせたのは酷だったかもしれない。しかし鉄面皮は動かない。さすがに気分を害するなり動揺するなり苦い顔をするなりすると思ったが。
「その次は?」
「ウェルカム招かれ姫はウェルダン。火の輪が跳ねて焼けちゃった……と」
そして次。セジャロンとオデュロン、口論回り、回り回って姫が死ぬ。
その次。2人を切腹させた姫、今度は湖で船が転覆。
そうして、こまどり、こまどりと続き、悪い人は次は何を企むのだと歌って締めだ。9回目の死まできっちりと歌詞に乗っている。10回目があった先日の件はまだ新しいことのため歌詞にないのだろう。そのうち付け足されるはずだ。
「それを聞いてどう?」
「無礼極まりない歌だと思います。早急に差し止めるべきかと」
「まぁそう思うわよね」
まぁ、最初聞いた時は自分もそう思ったし。うんうんとロヴィーナは頷く。
しかし、気にするべきはそこではない。子供たちがあぁして歌っている光景を見て、無礼さよりも気にしなければならないことがある。
「気にするべきは、私の死の詳細が平民たちにまでほぼ正確に伝わっていることよ」
平民の、それも子供にまで。駒鳥姫の動向など、平民たちにとっては雲の上の出来事。今日何をしたなんてわかりっこない。
それなのに、駒鳥姫が死んだこと、そしてその死因の詳細までもが伝わっている。話に尾ひれがついたのか、歌として作る時にリズムの都合で曲げたのか、多少違っているがほぼ正確に。
ということは、誰かが言いふらしているのだ。駒鳥姫はこうして死んだぞ、と。
指摘され、はっとしたふうのラディウスへロヴィーナは重ねて告げる。
噂を辿れば革新派の人間に行き着くだろう。しかしそれは表向き。やはりその裏にはきっと黒幕がいる。革新派の『向こう』の誰かだ。
奴が煽り、空気を作っている。革新派の人間があぁも無謀に無計画に神の排除を唱えるのも、やれるんじゃないかという根拠のない自信を奴が唆しているせいだ。革新派という派閥ができたのも、奴がそう仕組んだせいだろう。
奴を排除すればすべてが丸く収まる、とはいかないだろうが、派閥のせいで政治が二分するなんてことにはならないはずだ。
「わかる? 私たちが対峙すべきは『向こう』なのよ」
目先のものを追いかけてはいけない。降りかかる火の粉は当然払うべきだがそればかりに目を向けてはいけない。
気をつけるべきは『向こう』の誰か。目標はそこだ。前に出した例でいうと水源。
それを念頭に置くように。改めてロヴィーナはラディウスに言い渡した。
「わかりました」
「よし。じゃぁわかったところで帰りましょ」
特に目的もなく走っているうちにいい時間になってきたし。そろそろ馬も疲れたろう。
屋敷に帰るよう御者へ言う。馬首が返り、がらがらと車輪が鳴る。屋敷へ戻る馬車を見送るように子供たちの無邪気な歌が聞こえる。
「こまどり、こまどり、またしぬの?」
「こまどり、こまどり、またいきかえる!」
「こまどり飲み込むわるいひと、つぎはなにをたくらんだ?」




