行き先のない会話
「さ。長い話はおしまい!」
すっかり冷めてしまった紅茶を飲み干し、ぱん、とロヴィーナは手を打った。
いつまでも長々と喋っていたってつまらない。ということで。
「町に行きましょ」
「町、ですか? ですが町に視察の予定など……」
「そうじゃなくて。散歩よ」
以前とは違って、散歩に行きたいと思い立てばふらりと出ていけるようになった。わざわざスケジュールに散歩という時間を作り、1時間単位で時間を切り取る必要はなくなった。使用人たちが勢揃いで見送る仰々しさももうない。
行きたいと思ったその隙間時間に、ふらっと行って帰って来られるようになった。護衛ということでラディウスは一応連れていくが、昨日まではそれもなかった。
「立場が弱いのも悪いことだけじゃないわね」
神輿としてその身が安全であればよし。生き返る不死鳥姫なのだから仮に死んだって問題なし。保守派からもそんな目で軽視されているから何をするのも気軽だ。楽でいい。
軽口を叩きつつ、見送りのない玄関をくぐって馬車へ。途中すれ違ったメイドや屋敷の門番に行き先を告げてから馬車を走らせる。
といっても、特に行きたい場所があるわけでもない。部屋に引きこもっても退屈なので外に出てみただけだ。御者任せのコースで馬車を適当に走らせる。
がらがらと車輪の音を聞きながら、話の補足だけど、とロヴィーナが口火を切った。
「私を殺そうと画策するのはたいてい革新派の連中……だけど、だからといって革新派を敵視するのはやめてね」
革新派のほとんどは技術屋や科学者。日々色んなものを発明し、生活を便利にしてくれる彼らをないがしろにするわけにはいかない。彼らの機嫌を損ねたら、彼らの発明品は使えなくなってしまう。今更、昔の機械なしの暮らしには戻れない。だから、彼らのことはないがしろにできない。
こんな話をしよう。
とあるところに、保守派の男がいた。彼は革新派を疎み、排除しようとした。彼らが開発した技術すらも否定して、社会の発展など神の加護に頼ればいいじゃないかとすら言ってのけた。
しかしある日、彼の屋敷の時計が壊れてしまった。そこで時計職人を呼んだのだが、職人はまったくそれに応じない。どれほど金貨を積んでも修理依頼を受諾しない。革新派を否定し、技術屋を否定し、生み出したものを否定するのならこの時計の修理も神に頼ればいいでしょうと。奇跡が起きれば時計も動き出すのではないでしょうかと突き放した。それきり、時計は壊れたまま修理されず神の奇跡も起きず動かないままだ。
「なんでこう釘を刺すかっていうと、あなたのお兄さんがそうだったから」
何を隠そう、その保守派の男こそお前の兄ラドラン・ガルドだ。彼が革新派を片っ端から敵視するせいで色々と苦労した。
ぽいっ。爆弾を投げ込むつもりでそう言い放つ。急にラドランの話をされたら少なからず動揺するだろう。
どうだ。どう出る。反応を窺うが、ロヴィーナの予想に反してラディウスは静かな表情を保ったままだった。
「わかりました。肝に銘じます」
政治の派閥として敵対する。だが生活に絡む以上、邪険にしすぎるとまずい。たとえ命を狙いに来るとしても、それは煽った黒幕を憎むべきであって、十把一絡げにして排斥するのは極端である。
そんな情報だけ飲み込んで諒解した顔だ。兄の名を出されても揺れない。前任者の失敗として受け止めているようだ。
「む…………」
爆弾を放り込んだのにかわされてしまった。それもそうか。兄のことを口にされる程度ならこれまで今までもあったはず。今更揺れることもないか。
しかし『あの事』の張本人であるロヴィーナに言及されても表情を変えないとは。ラディウスはどれだけ鉄面皮なんだか。平静を保っている演技にも見えない。
兄のことをどうでもいいとは思っていないはず。汚名を返上すると言っていたし、むしろ行動原理の中心にあるだろう。それなのに言及されても動じないなんて。
まぁ、とはいえ。ひっくり返って泡を吹くほど動揺してほしいわけではないのだが。
むしろ私情を切り分けてくれるのは助かる。こちらも余計な気を使わないで済む。ラドランのことを『兄』ではなく『前任者』として扱うのなら、こちらもまたそうしよう。
そう決め、しかしさりとてそれ以上踏み込むのも不躾な気がして。会話が途切れたまま時間が流れていく。がらがらと車輪の音だけがしばらく響いていた。目的もなく走る馬車はまるでこの会話のよう。埒もなくそう思った。




