収穫しましょ、屠畜しましょ
捕食者と餌。騎士の剣と神の牙。物語は残酷な『収穫祭』へ。死闘が始まる――
――始まれば、どれほどよかったろうか。
「ぁ……あ……!!」
ばくん。勝負はたったそれだけだった。剣を抜いたラディウスが斬りかかり、駒鳥神がそれを迎え撃つ。交錯が始まるのかと思われた。
だが、その予想図は踏みにじられる。人間の尊厳ごと。ラディウスごと。駒鳥らしからぬ大口が一口で飲み込んだ。
あーん、ぱくっ。もぐもぐ。擬音にすれば可愛らしい。だが目の前の光景はとても可愛いなんてものじゃない。
剣を構え、殺気をみなぎらせる騎士ひとり。駒鳥神にとっては口に飛び込んでくる餌だった。鋼の板金鎧ごと、丸ごと一口で。愛らしい駒鳥の小さな嘴は縦に裂け、口から腹までわたる大口が開く。そこに飛び込む形になってしまったラディウスは、切り返す間もなく口腔へ。粘膜に剣を突き立てる抵抗すら『口の中に小骨が刺さった』程度で済ませ、駒鳥らしからぬ大口は閉じられた。縦に裂けた大口をまるで何もなかったかのように羽毛が覆い隠す。
血すら飛ばない。ラディウスがそこにいた痕跡すら残っていない。飲み込まれた瞬間を見なければ、ロヴィーナでも信じられなかった。
ここにいた議員たちもそうやって飲み込んだのだろう。逃げようと身を翻そうとも、立ち向かおうと踏ん張っても。悲鳴をあげても雄叫びをあげても。後には何も残らない。
「ふふ、ふふふ! おいしい!」
咀嚼なのか、体を揺らした駒鳥神が笑う。きっとその大口の中でラディウスを肉片にしたのだろう。歯を立てて、噛んで、咀嚼して、嚥下した。感想はたった一言。その忠義も、兄へのも、彼の人生も何もたった一言で消費されてしまった。
やっぱりこういうのがいいのよねぇ、食いでがあって。味の余韻なのか、そんなことを付け足される。だから何だ。一言付け足したくらいで彼の命が昇華されると思っているのか。
「やっぱりね、こういう強い感情が美味しいのよね。うん、うん」
鉄面皮で覆い尽くした堅実な理性の下の激情。まるでパイの包み焼きのようだ。スプーンを入れてパイを破って、中身をほじくって食べるこの心地よさ!
舌鼓を打つ駒鳥神は、あぁ、と思い出したように呟く。
「こんなに美味しいなら、兄のほうも美味しかったのかしら?」
弟のほうはこんなに美味しい。ならば兄のほうも美味しかったのだろうか。駒鳥姫への忠義と愛を拗らせ、心中に踏み切ったその魂は。
もしかしたら美味しかったのかもしれない。煮詰まった感情はよく煮込まれたシチューと一緒だったかもしれない。だとしたら勿体ないことをした。心中なんて感傷的なことに酔った愚か者などどうでもよかったので何もしなかったが、あの時、死体をほじくっていたら。
「っ、馬鹿なことを言わないで!」
ロヴィーナが叫ぶ。ノンデリカシーの馬鹿鳥などという領域を越えた発言に怒りをあらわにする。
人間を何だと思っているのだ。挙げ句、それを踏みにじって。捨てていくなら捨てていけ。わざわざ踏みにじっていく必要なんてないはず。
踏みにじるのはこいつが悪辣だからだ。ロヴィーナがどういう反応をするか知っていてそう言う。何故そうやって感情を揺らすのか、奴の態度から否応なしに理解してしまう。パイを温めるのと変わらない。激情によって味が豊かになるというのなら、怒りを煽る行為はそれすなわち、より美味しくするためだ。
感情を波立たせれば奴の思う壺。だが、この侮辱を見過ごせるほどロヴィーナはラディウスを軽く見ていない。彼の忠義も、狂信も、ひいてはラドランの抱いていた感情も、どれも知っているから踏みにじられるのを許せない。
どれほど。どれほどの想いがあったと思っている。ラディウスだけではない。この会議場にいた皆だって。彼らの一人ひとり、それなりに人生があり、信念や欲望があったはず。それらはただ奴を楽しませる味付けだったなんて。
「うんうん、そうよね! 怒るわよね!」
とてもよくわかる。うんうんと駒鳥神は頷いた。これまで巣を持ったことは何度もある。何度もあるということは、それすなわち、それだけ放棄して新天地に渡ったということ。この巣は何個目だったか。数えていないが、まぁ何回目かはどうでもいい。
これまでの何個の巣も、最後はこんな感じだった。ニンゲンノソンゲンとかいう訳の分からない話をされるのだ。そんなものどうだっていいのに。大事なのは、美味しいと感じるほど餌が育っているかどうかなのに。
「うん、うん! でもね、わたし、そんなことはどうでもよくって」
最初は真面目に付き合っていたが、どうもよくわからなかったので。何個目かの巣から、そういう話は一切聞かないことにした。
どうせ食べてしまうのだし。人間だってそうだろう。今から絞める家畜が何を言ったって、構わず屠畜するじゃないか。それと一緒のこと。お前らはただ、餌として喰われていればいい。
「いただきます!」
あーん。




