ワインや燻製と同じこと
「そう、それでね。やめようと思うの!」
「何を……?」
ここから、『何』をやめるというのか。巣を放棄することを決め、その前にすべて手放すことを決め、そこから何を『やめる』と決めたのだ。
反するものは粛清された。残るは従順なものだけ。だから『お手入れ』をした巣を再び運営していくという話はもうしていない。
そうであればまだよかった。あとに残るは絶対的な神による恐怖政治だが、それでも神の庇護は健在で、人間は生きていくことができるのだから。
でもそうではない。駒鳥神は従順な人間もすべて見捨てた。選別が面倒だから『全部』切り捨てることにした。その初手の結果がこの不気味なほど静かで綺麗な会議場だ。今から飛び立つので、追いすがってくるであろう手を邪魔がって切り捨てようとする。
いったい何をやめるというのか。不都合なものを切り捨て、いったん全部更地にするという名目のもと忠実なものすら捨てて。
これ以上何を捨てるというのか。聞いてはいけない、答えを明文化されたら決定的に壊れることを予感しつつも問いを投げかける。
「決まってるわ! 餌をいつまでも可愛がることよ!」
「え……」
ロヴィーナが何か言うより先、ラディウスが彼女の肩を引いて抱き込む。空振りになった嘴が宙を噛んだ。
ぎちぎち。愛らしい駒鳥らしからぬ音が嘴から鳴り響く。まるで化け物のような歯並びが口腔に見えた。
「っ、ロヴィ……どうして……」
何故。駒鳥神は『駒鳥姫』すら殺すのか。自身が寵愛した眷属すらも放棄の対象なのか。
駒鳥神にとって、眷属は自らの力を支えるものだと本人から聞いたことがある。眷属がいなければ力を保てず、この国に加護を行き渡らせて維持するには眷属がひとりは必要だと。だからそのために人間をひとり選び、眷属とする。駒鳥姫とはそういう役職で、ロヴィーナの前にもそういった立場の娘がいた。
だから、最悪、自分は殺されはしない。力を保つための存在として、ロヴィーナの心がどうだろうと生かされるだろうと。巨大な怪物の胃袋の隣に添えられる。
巣を放棄したとしても自分だけは生かされる。だとするなら、その立場を利用してどうにか巣に繋ぎ止められないか、ここからどうにかできないかと思考を巡らせていたのに。その知略すら嘲笑うように、駒鳥神は『放棄するすべて』の対象にロヴィーナを入れた。
「……ふざけるな」
憎々しげにラディウスが呟く。これが神の本性か。
これは愛らしい駒鳥ではない。人間の尺度で測れない神だ。人間にとって『よくないもの』だ。理性が告げ、忠誠心で動く。
ここで討たねば何もかも無に帰す。神にとってはひとつの遊び場が閉鎖したくらいの感覚で放棄される。放棄される側の人間の中にどんな感情があったとしても。ラドランの汚名も、それに至る想いも、何もかも。そんなこと許してはならない。気軽に捨てられていいものではないのだ。はいそうですかと放棄を看過してはならない。
彼女を守らねば。いや、守るのは人間の尊厳そのものだ。覚悟をもって神に歯向かう。神。もう神ではない。この駒鳥は神などなんでもない。ただ特異な力を持っただけの怪物だ。怪物を討つ、それだけだ。
「あら! なぁに? なぁに?」
きゃたきゃたと駒鳥神が笑う。ラディウスが抜いた剣を前にしても一切怯まない。
雛鳥が一生懸命爪を立ててこようとする。その抵抗の可愛らしいこと。愚かで可哀想で、非常に愛おしい。その抵抗が無駄であることも含めて、あぁなんと慈しむべき尊さかと思う。
その愚かさがもう、本当にたまらないほど愛してる!
だから庇護した。うん。でももうその愛もおしまい。餌を育てるのはもうやめた。後は刈り取って食べてしまおう。
そもそも、人間たちは勘違いしているのだ。親鳥と雛鳥という例えに酔って、無条件に庇護されるべきものと思い上がっている。本質はまったくそうではないのに。
人間たちは餌だ。駒鳥神が自身の命をつなぐための餌。眷属である駒鳥姫はその最たるもの。餌だから育てた。餌だから手をかけた。最後に美味しく食べるために。わざわざ蘇生なんてしたのも、食べる前に餌がだめになりそうだから手入れしただけ。食べ頃になる前に腐ってしまわないように。庇護はそのためのもの。寵愛はたったそれだけのこと。
収穫時だから、食べるだけ。
「当たり前のことでしょ?」




