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静かな廊下

荒々しく車輪を鳴らし、馬車はようやく会議場に到着した。


会議場は静まり返っている。警備の兵ひとり見当たらない。あちこちを行き交う官吏の姿も、給仕する使用人の姿もない。

無人、無音。嫌な予感しかしない。いつでも抜刀できるように剣に手をかけたラディウスを連れ、ロヴィーナは会議場の大廊下を進む。


駒鳥姫は国の象徴として権力がない。権威しかないので政治を決める会議の場には不要。国の頂点抜きで好き勝手に決める政策はさぞや心地良いことだろう。この大廊下を行く時にはいつもそう皮肉を差し挟んでいるが、今はそんなこと思い浮かべる余裕すらない。

何故、誰も、何もいない。駒鳥神が会議場に現れたというのは、神の気配の移動を感知したから把握している。それで、現れてそこからどうした。ロヴィーナが駆けつけるまでに何があった。


「……本当に誰もいないの?」


まるで、ぱっと立ち消えたかのよう。駒鳥神が怒りに任せて暴れ、皆慌てて逃げ出したわけではなさそうだ。神の剣幕を前に仕事も何も放り捨てて逃げ出したならもっと場は荒れているはず。だが、大廊下には書類ひとつ落ちていない。

どうしたというのか。大廊下を逸れ、使用人たちが休憩に使う部屋を覗き込んでみる。だが誰の姿もなかった。テーブルの上に放置されたティーカップが湯気を立てているだけだ。誰もいない。

いや。はっとしてロヴィーナは首を巡らせる。隣の部屋から駒鳥神の気配がする。この気配の薄さは本体そのものではなく分身だろう。分身がいるというのなら、奴に何があったか問い詰めればいい。そう思って隣の部屋のドアへ手をかける。


「ロヴィーナ様。それ以上は」


続く部屋のドアを開けようとした時、緊張した面持ちでラディウスがその手を止めた。いつもの鉄面皮は崩れ、警戒心で張り詰めた表情の騎士はそっと樫のドアを手で押さえる。

開けてはならない。この厚い樫材のドアの向こうからわずかに聞こえる音で何が行われているかわかる。わかってしまった。そしてそれを直視することはしてはいけない。くすくすと笑うような囁き声、肉がちぎれる音、びちゃびちゃと濡れた音。残虐な鳥葬が行われていると。


「なんで」

「気付かないのですか?」


ロヴィーナは気付かないのか。こんなに、建物中に血の匂いが立ち込めているというのに。玄関をくぐる前から濃密な鉄錆の匂いが満ちているというのに。

驚きを込めて問いかけ、しかし問いかけながら同時に答えを察する。

そうか。11回の死の間に慣れてしまっているのか。幾度も死を重ね、自分が撒き散らした血の匂いに慣れているから気付かない。この濃密な血の匂いをただの空気として素通りしてしまう。

気付かないのかと問いかけたのは酷だったかもしれない。ラディウスに後悔が滲む前に、ロヴィーナがドアノブから手を下ろした。


「…………えぇ」


何かを察したのか、ロヴィーナも大人しく引き下がる。ドアを離れ、また大廊下へ踵を返す。

大廊下を突き進んだ行き当たり、この建物の最奥が会議場だ。そこに駒鳥神本体がいる。国の政治を決める貴族たちもそこにいるだろう。

果たして、そこにいる彼らは。保守派の貴族たちは。革新派の貴族たちは。ディアデム卿は。


頭の回るディアデム卿のことだ。ロヴィーナが駆けつけるまで場をつなごうと言葉を弄し、駒鳥神の怒りをなだめようとしているはず。駒鳥神の矜持を傷つけることなく、人間の尊厳を保てるように事を決着させようとしているだろう。

早く向かわなければ。走り出したい気持ちはあるのに、空間に満ちる威圧感が足を鈍らせる。もうただ、立ち尽くしてすべての終末を待つことしかできないんじゃないかと思ってしまうような重圧の中、できる最高速度がこのゆっくりとした足取りだった。


第三者視点で見ればじれったいだろう。自分でもそう思う。だが進めない。この先に進み、『それ』を目の当たりにしたら終わりだと本能が理解しているから。

それでも進まなければ。自分は、駒鳥神に愛された駒鳥姫。神が荒ぶるというのならそれを宥め、人間との仲立ちをすべきなのだ。その責任感でやっと足を進める。


そうして、ゆっくりと歩いているうちに理解する。

何もいない、場が荒れていない。それは文字通り『全部』さらったからだ。逃げ出そうとした官吏が放り出した書類が床に落ちるより前に粛清の場に引き込まれた。ドア一枚隔てた向こうの鳥葬の場へ。だから大廊下はこんなにも静かで整えられたままなのだ。ドア一枚超えれば、ぐちゃぐちゃになった粛清の場が広がっているのだろう。


やがて、道は終わる。大廊下の行き当たり、両開きの大きなドアが立ちはだかる。この先が会議場だ。確かに、駒鳥神本体の気配を感じる。


「……開けます」


どんな光景が広がっているのか。平和ではないだろう。覚悟を固め、ラディウスがドアノブに手をかけた。

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