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神の気まぐれ

「失礼します!!」


ばたんと荒々しく扉を跳ね開け、伝令兵が駆け込んでくる。よほど急いでいたのか、ぜぇぜぇと息が跳ねている。荒々しく乱入した非礼を詫びる余裕もなく、しかし要件を切り出すには荒い息が呼吸を乱して舌をもつれさせる。まともに喋ることすらできない様子の伝令兵をとにかく落ち着かせようと、ロヴィーナが水差しを手に取った。


「飲みなさい。ほら、どうしたの?」


グラスに注いだ水を差し出す。しかし伝令兵の青年は受け取らない。そんなことに構っていられるほどの余裕がないのだろう。

ひゅっと喉を鳴らし、一息咳き込んで、そしてようやくまともに言葉を紡いだ。


「こ、こ、駒鳥神が! 駒鳥神が!!」

「ロヴィが?」


あの馬鹿鳥が何をしたのだろう。大人しく引き下がったのを不審に思っていたが、まさかやらかしたのか。

いったい何をしたのやら。デリカシー無しの奔放な口調で、フリューゲル卿を殺せ、ククルスを殺せと堂々言い放ったのか。

だとしたら今度は私が宥めに行かないと鎮まらないだろう。そんなことを悠長に考えながら、伝令兵の二の句を待つ。


「こまっ、こみゃっ、駒鳥神が、皆々を連れて、ろぅ、牢屋に」


息が弾むあまり呂律が回っていない。言うことを拾ってまとめると、どうやら駒鳥神が分身たちを率いて牢屋に現れたようだ。

フリューゲル卿たちが入っている牢屋は物置小屋一つを改築したもので、頑丈な煉瓦の建物の内部を区切るようにして鉄格子がめぐらされている。

内部は中央に通路を一本通して左右に牢を並べる形だ。左右にそれぞれ3、4部屋で、合計6つか8つの檻が構築されている。この国では犯罪者を収監するためによく使われる形式である。そのうちひとつをフリューゲル卿単独で使用し、残りの檻はメイドたち、使用人たち、と複数人ずつ小分けにして収監しているはずだ。メイドの檻の中にククルスもいる。


と、ラディウスからの報告と説明を思い返しながら、それで、と問う。駒鳥神がそこに現れてどうしたのだ。ただ現れただけでは、彼はこんなに息せき切って動揺したりしないだろう。

少しでも落ち着けるように彼の背中をさすってやりながら、続く言葉を待つ。


「しょ、しょれ、それで、檻を壊して、み、みんな、こ、殺して……!!」


***


時間は少し前に遡る。くだされた命令を忠実にこなし、フリューゲル卿の屋敷の人間全員、飼っている犬や牛馬に至るまですべてを収監し終えて一息ついたところ。

委細はまだ知らされていないが、フリューゲル卿が駒鳥姫に手を出したらしい。『何か』をして害したのでこうして急いで救助、捕縛に至ったのだが、さて何をしたのやら。救助と捕縛を優先するあまり説明する時間も惜しかったのか、下っ端の兵士たちは詳細を知らされていない。

フリューゲル卿はいったい『何』したんだと思う、と憶測でものを言い、噂話を交わしていたその時。


ふいに視界が翳った。翼が翻る音。雀などの野鳥の類にしてはやけに大きいそれに振り返る。


「こ、駒鳥神!!」


ばさり、と翼を翻して降り立ったのは駒鳥神。人間の体躯をゆうに超える巨体が目の前に降臨する。少し遅れて、ばさばさと小ぶりな翼音が無数に続く。小ぶりといっても、その大きさは大型の猛禽類とそう変わらない。100かそれくらいはいるだろう。

愛らしい見た目でも神は神。ただ体が大きいからというだけでは説明できない威容に人間と神の格の差を見せつけられる。

あわわと慌てふためき、牢番の兵士たちはその場に叩頭する。どうか先程の好き勝手な憶測が聞かれていませんようにと願いながら。

しかし駒鳥神はそんな彼らには構わず、ぐるりと周囲を見渡す。フリューゲル卿をはじめとした屋敷の全員が収監されている牢棟を見て、にこりと満足げに微笑んだ。


「ふぅん。ちゃんと入れておいたのね。えらいわ、えらいわ!」

「は、はい……!!」


駒鳥姫を害した悪人を直接見に来たのか。それだけなのか。次の瞬間には好奇心を満足させて飛び立ってくれるのか。

駒鳥神が気まぐれに人の前に現れ、その仕事ぶりを眺めるということはよくあることだ。今回もそれなのか。

否。それだけではないと本能が告げている。ただ興味を引かれて見物しにきただけなら分身一羽で済む。こうして本体自ら、しかも分身を何匹も率いての降臨など必要ない。


では何を。その真意を愚かにも問う前に、駒鳥神は羽ばたく。


「決めたの。もう、皆殺しにしちゃおうって!」


言うが早いか、頑丈な煉瓦でできた牢棟を叩き壊した。

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