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駒鳥姫は気が重い

そんな騒動があった数日後。あの時のことを思い返し、ロヴィーナは深い溜息を吐いた。


「はぁ……もう、やってられないわ」


ぐちぐちと独り言をぼやく。行儀見習いのメイドは苦笑しつつ静かに茶のおかわりをカップに注いだ。


まったくやっていられない。替え玉などと吹聴するなんて。

ロヴィーナが怒っているのは表面的なことについてではない。この国を統べる頂点であるはずの駒鳥神が軽視されているという点だ。


近年、人間の技術の発展はめざましい。神の奇跡がなければできないことだと言われていたことが次々とできるようになっていっている。不可能は可能に、奇跡は天運ではなく実力へ。

技術も学問も発展した結果、神はもはや不要として軽視されるようになってしまった。神が軽視されるということは、神に愛された娘もまた軽視される。その結果があれだ。神を排除しようという流れが生まれてしまった。手が出せない絶対的な存在に手が届くんじゃないか、引きずり下ろせるんじゃないかと。

そんな驕った思想が派閥を生み、まるで癌のように巣食い始めている。


まったく。驕りがすぎる。本物を前にしたらたちまち萎縮するくせに。自分たちが文明の担い手になれるという思想は侮りだと本能で理解して平服するくせに。事実、先日はそうだったしこれまでもそうだった。

ひと睨みすれば黙るくせに、ねめつけた視線が外れるとまた勢いをつけだす。喉元過ぎれば何とやら。この技術力と科学力ならいけるんじゃないかという驕りから瞬間沸騰する。まったく困ったものだ。


はぁ。まったくやってられない。何度目かの溜息を漏らすと、そばに控えていた行儀見習いのメイドは苦笑混じりで曖昧な相槌を打った。

まぁいい。こんな愚痴をいつまでも吐いていたって驕り高ぶった連中が消えるわけでもなし。注がれたばかりのティーカップの水面の揺らぎを眺めながら思考を切り替えることにした。


「そろそろ時間よね?」

「はい、ロヴィーナさま。そろそろ到着するのではないかと……あら」


愚痴から思考を切り替え、今日の予定を話題に乗せる。ティーカップに砂糖を落としたところで、とんとん、と礼儀正しく扉がノックされた。応答すればすぐに扉が開かれ、一人の男が入ってきた。

黒髪黒目。やや短めの猫っ毛。室内ゆえに略装だが、鎧を着込んだ彼は真っ直ぐロヴィーナの前に膝をついた。


「本日より護衛の任にあたります。ラディウス・ガルドと申します」


折り目正しく礼を取った彼は駒鳥姫に、その向こうの神へ向けて叩頭する。

その礼儀正しい挨拶を受け取り、楽になさい、とロヴィーナは一言告げた。


「顔を上げて。…………はぁ。本当に来たのね」


名乗り。そして顔立ち。両方を見てロヴィーナは眉を寄せた。

来るとは聞いていたが、まさか本当に来るとは。そんな態度を隠すことなく表に出して嘆息する。


「はい。兄ラドランの汚名を返上すべく任にあたります。なにとぞ、よろしくお願い致します」


そう言い、ラディウスは再び叩頭する。その後頭部を見下ろし、むむ、とロヴィーナは内心で眉を寄せた。

まさか、あのラドランの弟が新任の護衛なんて。そう遠回しに言ったら正面からはいそうですよと迎え撃たれてしまった。皮肉を真っ向から受け止められると放った側としてはきまりが悪い。怯むかと思ったのに怯まなかったので逆にこちらが怯んでしまう。


「……まぁ、いいわ」


ここでどうこう言っても今更護衛は変えられないのだし。変えるには面倒な手続きや根回しが必要になるだろう。それをする労力をかけるほど嫌ではないし。ラドランと自分の間にあったことを思うと、彼の弟と顔を合わせるのは気まずいが。しかも護衛として常に控えるだなんて非常に気まずいが。


気を取り直し、ロヴィーナは彼の存在をいったん受け入れることにした。非常に非常に気まずいが。

楽にして。ついでに座れと指示をしてラディウスを正面の椅子に座らせる。護衛の任務にあたる前に確認しておかねばならぬことがあるので、その前提知識の確認だ。多少話が長くなるので立ったままではつらいだろうということで。

時間を取って話すのならばどうぞと、行儀見習いのメイドがラディウスの前にもティーカップを置く。ラディウスは受け取りはしたものの口をつける様子はない。成程、彼は相当真面目なようだ。


「あなたも知っていると思うけど」


少し長くなるが、これからの立ち振る舞いには必要な前提知識なので。前置きをして、ロヴィーナは口を開いた。

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