駒鳥姫は不死鳥姫
「……それで、駒鳥姫はあの時死んだんだ」
貴族同士の会談の場。神妙な顔で、貴族のひとりはそう言った。
いつかの日。森へ散歩に向かう途中に駒鳥姫ロヴィーナは胸に矢を受けた。仕手人である狩人はその場で護衛の騎士に取り押さえられたが、しかし彼女は助からなかった。死んでしまったのだ。彼女の死はその場に居合わせた護衛の騎士にも大慌てで駆けつけた医師にも慌てふためくメイド長にも明らかだった。覆しようもなく、駒鳥姫は死神の鎌にかかってしまった。
国は深い悲しみとともに喪に服す――と思われた。だが。
翌日、駒鳥姫は普段通りに姿を現したのだ。
それだけではない。ただそれだけなら、話の尾ひれがついただけの誤報だとかで解釈できる部分もあろう。
それだけではないのだ。なんと、駒鳥姫はこうして『死んだ、だが翌日に平然と現れた』という事件が何度も起きている。そのたびに『周囲の人間は彼女の死を看取り、その死は確定した』はずなのに。
それはどういうことか。答えはこうしかない。
「今の駒鳥姫は替え玉だ。本物の駒鳥姫はもう死んでいる!」
駒鳥姫はもう死んでいて、今の駒鳥姫は替え玉。しかも代替わりもしている。
そうするのは駒鳥神のためだ。神が愛した娘が死んでしまうなんて神の威信に関わる。だから替え玉を立て、駒鳥姫暗殺なんてなかったことにしたのだ。
そんな欺瞞は許しておけない。偽物は排除するべきだ。偽物をさも本物のように担ぎ上げている奴らも排除するべきだ。そしてその状況を許している駒鳥神もだ。替え玉なんて嘘を許し、咎めない神もまた排除すべきである。
神殺しなどというが、相手は神といえどただの鳥。ちょっと図体が大きいだけで、容姿は愛らしい駒鳥そのもの。そんなもの恐れる理由はない。
これまで我々は駒鳥神のもと、神の加護によって栄えてきた。だが我々の技術や科学の発展はもはや神の領域に届きうる。神の奇跡がなければ治らなかった病は人間の医術によって根絶され、神の庇護がなければ不作がちだった畑は人間の農学研究によって実り豊かになった。
人間の未来にもはや神は不要。駒鳥神は頂点から降りるべきだ。替え玉なんて嘘を許すのならなおさら。
「そう! この国を人間の手に! 神を廃して我々が頂点に立つべきだ!」
神は廃するべき。もう神の奇跡だの加護だの不可思議な力に頼り、振り回されて右往左往する時代は終わった。これからは人間の手でこの国の未来を導くべきなのだ。
声高らかに説けば、ざわめきは動揺から意気込みへと変わっていく。何を言っているんだこいつという困惑は、確かにそうだという納得へ。やれるんじゃないかという曖昧な可能性はやってしまえという気概へ。根拠のないまま勢いで立ち上がる。
そうだ、やっちまえ。たかが可愛らしい駒鳥。そんなものの加護を受けた駒鳥姫だって大した事ない。大した事ない神と姫を掲げる信奉者どもも片付けてしまえ。こちらには理も義もないが力はある。世代交代の時だ。神を廃して人間が頂点になる時がきたのだ。
「そうだ! やっちまおう!」
「替え玉を処刑せよ! 駒鳥神を討て!」
やれ。やってしまえ。やってしまおう。
熱狂とともに声高に叫ぶ。会談の場は暴徒の集会場と化し、神殺しを企てて拳を振り上げる。
その狂乱に冷や水を浴びせたのは、勢いよく開かれた扉の音だった。
ばたんと大きな音を立て、行儀悪く入ってきたのは誰だと視線が向く。乱入者の姿を見た途端、瞬間沸騰した熱狂は急速冷却されていく。
「こ……駒鳥姫……!!」
そこにいたのは件の駒鳥姫。赤いドレスを優雅に翻し、切れ長の鋭い目がこの場を睥睨する。
その威厳は替え玉には出せはしない。これこそが間違いなく神に愛された娘なのだと蒙昧な人間に告げる。その場に立つだけで存在の証明になる。
彼女の肩に駒鳥が乗っているならなおさら。通常の駒鳥よりも何倍も大きく、大型の猛禽類に匹敵するそれはまさに人知を超えた力を持つ神そのもの。本能で悟る。人間ごときは神に勝てないと。愛らしい姿に惑わされるなかれ。この神は人間など容易に捻り潰す。
「ずいぶん楽しそうな話をしていたみたいね?」
「あ……いや……」
根拠のない熱狂に確固とした冷や水が飛んできた。途端に勢いの萎えた彼らは顔を見合わせ、肘でつついて責任を押し付け合う。あいつが乗ったんだ、いやこいつが言い出したから。そいつに合わせただけで自分はそれほど思ってないっていうか。
突沸した熱狂だけに冷めるのも早い。言い出した本人である貴族ですら槍玉に挙がらないよう顔を伏せている。
視線をさまよわせる一同を見渡し、ふんと鼻を鳴らした駒鳥姫はかつんと一歩踏み出した。威厳と権威に満ちた足取りで会場を突っ切った彼女は一段高い段差の上に立って皆を振り返った。
「私こそが駒鳥姫――ロヴィーナ・ルージュゴルジュである!」
駒鳥姫は神の加護により生き返った。故にこう呼ばれる。
不死鳥姫と。




