回想を終え、今目の前に
そうして今だ。かつて小さくて弱いコキュと呼ばれていた遅咲きのコキュは過去の回想から意識を引き上げた。
初めての仕事は成功し、金鶏が鳴き喚く中すべてをカッコウが塗り潰した。この成功はまぐれではないことを次なる鸚哥の巣で証明し、小さくて弱いという呼び名を返上した。続く白鷺の巣を追い落とす頃には、呼び名は『遅咲き』へと変わっていた。その頃には賢いコキュだったものは愚かなコキュになり、老獪なコキュは痴呆のコキュになり、狡猾なコキュは間抜けなコキュへと変わっていた。
お前は何もしない。手を汚さず、しかし黒幕として暗躍するでもなく、舞台装置のひとつのふりをしながら狙ったものを確実に追い落とす。あの3羽のコキュもそうだろう。コキュたちの輪にはたらきかけて流れを変え、かつて悪しざまに言ってきた者に復讐を成した。
それを咎めはしない。むしろ、その才能は素晴らしいものだとカッコウ神は褒め、次の仕事場として駒鳥の巣を指定した。
そうして今。ここまできた。今回の仕事もうまくいきそうだ。このまま、この件をきっかけに巣に動乱を作り、一時の勢いと熱狂で神殺しを行わせ、冷静になって狼狽えた頃に新たな指導者としてカッコウ神を呼び寄せる。
そうしてこのロビンオレンジの巣をピジョングレーに染め上げる。すべてを美しい灰色に。
簡単だろう。この国の人間の気質は把握した。それを利用すれば目的を達成するのは簡単だ。
彼らの気質を突き止めるのは、建国の歴史を学べばすぐだった。
かつての先祖は指導者を失った愚かな民衆たち。反乱を起こして支配者を排除したはいいものの、今後に行き詰まってしまった者たちだ。支配されることに慣れきってしまっていて、支配者がいない環境を前にどうしていいかわからない。だから新たな支配者となってくれと、駒鳥に頼んだのだ。ただの駒鳥とは違い、魔法だとかそういった力を持っただけの小さな鳥に。
駒鳥はそれを受諾し、彼らを眷属として神域を作り出した。そうして巣を作るように国を作り、今に至る。
そう。彼らは本質的に『おおきなもの』の支配から脱却することは不可能なのだ。上位者の支配から自立したいと思い行動しつつも、いざ実際にその支配がなくなればうろたえる。母親に反抗しつつもその庇護に甘える子供のように。
この勢いのまま、技術の発展をもってして駒鳥神を排除しても、彼らはその後どうしていいかわからなくなるだろう。
だからそこにカッコウ神の存在を告げるのだ。かの鳥神ならば新たな支配者になってくれるだろう、と。駒鳥と違って実権は与えずに、ただ国の象徴としての存在になってもらえばいいと言い添えればさらに簡単だろう。彼らは喜び勇んで神を招き、新たな支配者の庇護に甘えるだろう。かつての先祖のように。
そうしてすべては灰色になる。カッコウ神の尊き灰色に染まる。何もかも曖昧な色は安息をもたらしてくれるだろう。
その後、この国がどうなるかなど知らない。カッコウ神が資源も資産も物資も何も食い尽くして捨てるのかもしれないが、そんなこと知ったことではない。自分はただ遅咲きのコキュとしてカッコウの巣に戻り、次の新たな仕事を待つだけだ。そして言い渡されれば再び飛び立つ。
その頃には遅咲きという名も改められているかもしれない。
そんな埒もない未来の想像をして、ふと笑みを浮かべる。
それに比べ、あのロヴィーナとかいう娘の小さくて弱いこと。鳥神の眷属でありながら、魔法だか異能だか呼ばれるような人知を超えた力のひとつも与えられずに、ただの令嬢として暮らし、そしてこうして死んでいく。どうせこのあと生き返るだろうが、それは些細なこと。目的は今後の混乱なので蘇生などどうでもいい。
さて。ここからどうしたものか。このままフリューゲル卿を煽りに煽ってもいいが、彼はあまりにも直情径行すぎる。手綱を握れなくなるかもしれない。彼には混乱を起こすだけ起こしてもらって自滅してもらうのがいいだろう。その間に自分はここから離れてしまおう。なに、転職したが環境が合わなかったと言えば次の行き先を探すのは楽だ。こういうことがしやすいようにと行儀見習いのメイドの立場を選んだのは正解だった。
「いいぞ、いいぞ!」
そんなことを考えているククルスのことなど知らず、フリューゲル卿は歓声をあげている。物見塔から双眼鏡で見える景色がよほどいいのだろう。酒があれば浴びるほど飲みかねない。それくらい熱狂している。
鳥すら鳴かない夜明け前の静寂を打ち破るように大声で笑い、森の中で行われている処刑ショーがもたらした喜びを噛み締めている。一番上等な酒を持ってきてくれと、ついに我慢しきれずそう言い、彼はまた双眼鏡を覗き込んだ。
「…………あ……!? あぁ……!!」
一瞬何が見えたのかわからなかった。しかし何が見えたのか理解した瞬間にフリューゲル卿の熱狂は一瞬で凍てついた。
酒を持って来いとの指示を撤回する余裕もなく、愕然と双眼鏡が映す光景を見つめていた。見つめるしかなかった。
――無惨に引きちぎれたはずの肉体の再生が始まる駒鳥姫を。




