これで人間の勝利となれば
処刑が始まった。屋敷の尖塔から望遠鏡でその様子を眺め、フリューゲル卿は拳を握った。
もはやあれが替え玉か本物かどうかなど関係ない。駒鳥姫は処刑された。それはつまり、人間が神の手を切ったという決定打だ。駒鳥神にとっては致命的な一撃。もはや神も神の加護を受けた寵愛者も不要だと人間側に突きつけられたということだ。
駒鳥神は神ゆえに、人間のような視点を持たない。誰かひとりの極端な独断先行だとしても、それを人間の総意だと思って傷つく。革新派の人間につれない態度を取られるたびに嘆くのはそのせいだ。
であるなら、この処刑は神にとっての致命傷。神と人間の決別だ。それを自分の手でくだせたことがなんとも誇らしい。この後に続く波乱を思うと少し気が重いが、それでもこの誇らしさの代償だと思えば軽いものだ。
「そうだ、俺たちはやれる。神の手を離れることができるんだ!」
もはや神の気まぐれに縋ることはない。自分たちで『これから』を作っていける。神を追い出し、人間たちだけの社会を作ることができる。
神だなんて訳の分からない古臭いものに頼るなんてもうしなくていい。あぁ、なんて素晴らしいのだろう。
「君に話してよかった」
「そんな……私はフリューゲル様の考えを整えるお手伝いをしただけです」
にこりとメイドが微笑む。行儀見習いとして、つい先週に屋敷に入ったばかりのメイドだ。名前はククルスといったか。
同意も否定も要らないからただ独り言を受け止める壁役として聞いてほしい、言語化することで思考が整理できるから、と頼んで引き受けてもらった。彼女のおかげで思考整理が捗り、こうして思い切った決断に踏み込めた。彼女には感謝してもしきれない。
明るい表情のフリューゲル卿の視線を受け止め、行儀見習いのメイドは控えめに首を振る。
「私は本当に聞いていただけですから」
そう。求められるままに聞いていただけ。同意も否定もせずに聞けという命令を守って。話しかけられたことへの礼儀として相槌だけは返したが。
やったことはただそれだけ。相槌のわずかな機微を感じ取って思い込みを助長させたのはフリューゲル卿の勝手。自分が誘導したわけじゃない。命令なんてもってのほか。カッコウは無駄鳴きしないのだ。
今回もまた『何もしていない』。行動したのはフリューゲル卿の勝手で、その判断に自分は関わっていない。そのていをきちんと守り通し、ことを成し終えたククルスは内心で嗤う。
この屋敷に入って最初に、主人は極端な思考をするから下手な口出しをするな、とメイド長に言われたが、もちろんそんなことはしていない。誰からどう見ても口を挟んでいなかったし、むしろ主人の相手を長時間させられる新入りが可哀想だとすら言われた。
つまりとっても綺麗に『潔白』のままだ。まぁ、ちょっと黒いかもしれないが、カッコウは灰色の鳥なのでむしろ薄黒いのはふさわしい。
今回もうまくいった。どうせあの駒鳥姫は神の権能で蘇生するだろう。この生死はどうでもいい。フリューゲル卿の強引さで政治が割れることだ。派閥が引き裂かれ、細分化して混乱すること。そうすれば神の影響力はさらに薄くなる。
その結果、人間を見放してこの巣を放棄して立ち去ってくれればいい。別にそれは今すぐでなくともいい。『いずれ』でいい話だ。こちらとてカッコウ神の眷属。寿命は人間よりはるかに長い。100年単位で係争してやろう。これはその一手。いずれ亀裂が底まで到達すればこちらの勝ち。駒鳥神に見放されて空いた巣に新たな支配者が君臨する。
さぁ、フリューゲル卿よ。そのまま突っ走って暴走しきれ。その直情で混乱を引き起こせ。
あは、と思わず笑いが漏れた。カッコウ神よ、あなたの雛鳥は今日も企んでいます。格好の獲物、滑稽、滑稽。
韻を踏みながらフリューゲル卿の背中を見つめる。彼は望遠鏡で処刑を眺めていた。駒鳥姫の手足がひとつずつ飛ぶたびに、それを神への決別の象徴だと捉えて拳を握る。まさに『神の手を切って』いると。
「くそ、直接見ればよかったな」
その場に立ち会うのと、遠巻きに眺めているのとではやはり実感が違う。最悪、部下の独断だと責任を押し付けるために現場に行くのを止めたが、こんなにも素晴らしい光景ならば直接立ち会えばよかった。
神の寵愛者の手足が裂かれる悲鳴が人間の輝かしい未来への歓声に聞こえただろうに。責任逃れができなくなっても行けばよかった。もったいないことをした。
せめてこの輝かしい光景を目に焼き付けよう。望遠鏡を覗き込めば、腕が引きちぎられる寸前だった。
いいぞ。その腕を引きちぎれ。そう念じながら望遠鏡の向こうの景色に見入る。牛の尻に鞭が入り、叩かれるままに駆け出した牛にかけられた縄が引っ張られる。反対側では馬が駆け出し、力の限りに縄を引く。左の牛と右の馬、その間の小さな駒鳥。
「やった!」
引っ張られ、ついには引きちぎれた瞬間。思わず歓声をあげてしまった。




