檻の中で
そしてロヴィーナは荒々しく車輪を鳴らす馬車に運ばれてフリューゲル卿の屋敷へ。屋敷の主に挨拶する余裕などなく、馬車から降りるなり地下牢へと放り込まれる。がちゃんと鉄格子が鳴った。
「ずいぶんな扱いね」
粗末なベッドと毛布だけの牢屋。夜中に屋敷に出た泥棒などを捕まえて、朝に引き渡しをするまでとりあえず放り込んでおくためのものだろう。地下倉庫の一部だけを鉄格子で区切って作ったような簡易なものだ。ロヴィーナの屋敷にも似たようなものがあるので知っている。使ったことはほとんどないが。フリューゲル卿も一緒だろう。毛布には埃が積もっていた。
貴族の家に泥棒が入っていない。ということはそれだけ治安がいいということであり、その治安の良さを保っているのは駒鳥神のおかげだろうに。飼い犬に手を噛まれたように怒る駒鳥神の気持ちに同意しつつ、それで、と牢番に問う。
「取り調べは?」
「偽物には不要だろう」
「あら? もう確定なの?」
おやおや。思ったより事は急を要するようだ。などと余裕ぶれないほど逼迫している。
これはもう、結論ありきだ。ロヴィーナを替え玉と断じ、『偽物』を処刑する。証拠だなんだは後から捏造なり何なりすればいい。
そこまでの強引さ。成程、夜中に屋敷を取り囲んで連れ去るだけはある。なんて状況分析をしている時間の余裕すらないほど、非常にまずい状況だ。
この強引さと速度を考えるに、処刑は朝日の出現よりも早く執り行われるだろう。朝、起きた時にはすべてが終わっているというわけだ。
フリューゲル卿がそこまで突っ走る男だとは。ククルスの囁きによって決断したとはいえ、行動が早すぎる。こんなに即断即決だとは。
さてどうしたものか、と対策を考えている暇もなさそうだ。ラディウスは今頃保守派の連中を叩き起こして手勢を集めているだろうが、集合すら間に合わないかもしれない。集まった手勢を率いて救出や交渉を始めようとして、いえもうその偽物は処刑しましたよと返されてすべてが無に帰す未来しか見えない。
本当にわずかの猶予もない。この強引さはこちらが手を打とうとする時間をなくすための速度だ。もう次の瞬間に、処刑の準備が終わったぞと呼びに来たっておかしくない。
「ロヴィは……無理そうね」
人間の手でできないなら神の奇跡で、と言いたいところだが、駒鳥神に助けてもらうという展開は期待できなさそうだ。
そもそも駒鳥神は普段から気ままに国内を飛び回っている。本体の巨大な駒鳥も、そこから分割した分身たちも。ロヴィーナのところに来るのは気が向いた時だけ。
この事態を察知しているのかどうかすら怪しい。ロヴィーナが死ねばさすがに気付くが、牢にぶちこまれた程度では気付かない。つまりあの馬鹿鳥が事態を知るのは処刑が終わった後だろう。事態を知って、処刑されたことを知って、その死を嘆いて神の権能を起動する。そうして生き返る。
「そうか……11回目ってことになるのね」
そう。処刑されるということは、その後に蘇生させられるというわけだ。何度殺されたって、何度でも神の権能が振るわれる。
処刑されれば11回目の死。そして蘇生され、12回目の人生が始まる。やれやれ、10回目だってついこの前だっていうのに。
死ぬのだって痛いのだ。比喩でも何でもなく、死ぬほどの苦痛が襲いかかる。蘇生された時だって、停止してしまった意識に濁流のように鮮やかな感覚が叩きつけられる。今まで黒一色だった視界にいきなり輝く極彩色が現れるようなもの。目を回すあまり、この蘇生のショックで死ぬんじゃないかと思ったことだってある。それをまた体験するのかと思うと気が遠くなりそうだ。
だが、いっそそこまで見せてやらないとフリューゲル卿は止まらないかもしれない。
これだけの即断即決、過激な思考だ。この手の人間は、馬乗りになって上から殴りつけると一気に大人しくなる。極端な性格だからこそ、極端だったり圧倒的だったりしたものを前にするとそれが正しいと飲み込んでしまうのだ。わからせればいいのだから、ある意味扱いやすい。
救助は望めない、このまま処刑されるのはほぼ決まった運命。ならばもう、いっそ蘇生の瞬間を見せるしかないか。
フリューゲル卿とてその瞬間を見れば嫌でも信じる。ロヴィーナが替え玉ではなく本物の駒鳥姫であることを。神に愛され、その加護を受けた者であると。
諦め。投げやり。現実逃避。半ばやさぐれた気持ちでこれからの覚悟を決める。もうどうしようもないから受け入れるしかない。
「あぁ。10回目がこの前といえば」
現実逃避のあまり、どうでもいいことを思い出した。
死んで蘇生されるということは、つまりあのわらべうたに新たな歌詞が追加されるということじゃないか。ロヴィーナの知る歌詞の中に10回目の死と蘇生は歌われていないがそろそろ平民たちの知るところになって追加されるはずだ。この処刑と合わさり、10回目と11回目を連番で歌い合わせる歌詞が作られるのだろう。
そんなことを思い、溜息をついた。まったく。




