夜半の霹靂
カンカンカンと緊急事態を告げる鐘が屋敷中に鳴り響く。ロヴィーナが慌てて跳ね起き、ガウンを羽織ると同時に使用人が駆け込んできた。
「ロヴィーナさま! お休みのところ失礼します!!」
「何事?」
「あの、ふ、フリューゲル卿が!」
曰く。フリューゲル卿が私兵を差し向けてきたそうな。あっという間に屋敷は取り囲まれ、物々しい雰囲気に包まれている。
取り次いだ使用人に、兵団の代表者はこう告げた。駒鳥姫の身柄を拘束させてもらう、と。大人しく出頭するならば乱暴なことはしないが、抵抗するようならば屋敷に押し入って強引にその身柄を取り押さえると。
この屋敷には最低限の警備しかいない。きっちり鎧や武器を身につけた私兵団には当然、彼らは手も足も出ない。ラディウスがいくら腕が立つとしても、彼ひとりではどうしようもない。状況は圧倒的に不利だ。
「出頭って、ずいぶんな言い方ね?」
まるで犯罪者を取り押さえるかのよう。いったい何の罪状で。
取り次いだ使用人に当たり散らしてもしょうがないことだが、つい言葉が剣呑になってしまう。いったいどうしてそんなことを、と問う。
ちょうどそのタイミングでラディウスも隣室から駆け込んできた。就寝前だったので服装こそ簡易だが、手にはしっかりと剣を握って。
「罪状は?」
「あの……か、替え玉容疑、だそうで…………」
「成程ね」
成程。つい先日のあれか。どさくさに紛れて10回目の殺害の裏で行われていたことを思い出す。いやあれは騒動の裏で10回目の殺害があったというか。まぁどっちでもいい。とにかく、あの時のことだ。
あの時はロヴィーナ自身が飛び込み解散させたが、替え玉ではないかという疑惑そのものは晴らしきっていない。うやむやのままのそれを蒸し返し、替え玉容疑として出頭要請を出してきたと。
その疑惑を蒸し返すに至ったのもククルスのせいだろう。何気ない雑談に紛れさせ、そういえばあの件はどうなったんでしょうかという素朴な疑問で疑惑を思い出させにかかったのだろう。そして疑惑を思い出したフリューゲル卿が私兵を派遣して今に至ると。なんとまぁ、卿の直情径行を逆手に取った作戦だ。
状況は理解した。それなら大人しく応えるしかない。そんな疑惑など馬鹿馬鹿しいと跳ね除けたところで、出頭拒否として私兵団が力ずくの行動に出るだけだし。
要請を受諾した、さすがに寝間着のままで応対はできないから着替える時間をくれと返すようにと使用人に告げ、使用人とラディウスに引くよう告げる。
「そんな要求など飲む必要があるのですか」
「だからって、応じる以外ないわ」
鉄面皮など放り捨て、怒りを煮え立たせるラディウスに冷静に返す。
やれ替え玉だ本物だと玄関先で私兵団代表者と言い合いをしたってしょうがない。仮に代表者を丸め込んで帰したところで、フリューゲル卿は納得しない。
出頭拒否をすれば奴らが屋敷になだれこんでくる。この強引さだ、邪魔するなら駒鳥姫以外殺せと命令されているかもしれない。
じゃぁもう自分が出るしかないじゃないか。フリューゲル卿に直接、私こそが本物の駒鳥姫であると言い放つしかない。
「だから。はい。着替えるから出て」
そしてラディウスがやるべきは、ここで私兵団を相手取って大立ち回りをすることではない。そんなことをしても数に負けるだけ。
ラディウスがやるべきことは私兵団がロヴィーナを連れて去った後、その奪還のために動くことだ。
この唐突な行動はおそらくフリューゲル卿の独断。ならば保守派の貴族やディアデム卿に連絡を取り、彼の鎮圧とロヴィーナの奪還を目指すべき。それが今のラディウスの役目。
「いいわね?」
「…………わかりました」
百万語を飲み込んでラディウスが立ち上がる。返答を伝えに行くためとっくに部屋を出ていった使用人の後ろを追うように部屋を出ていく。
ラディウスにとって、屋敷を取り囲む私兵団はククルスの手先に見えるだろう。兄の仇の手先など斬って捨てたいもののはず。それを飲み込み、ロヴィーナの知略に身を任せてくれた。しかしそれでも言いたいことはあり、それを飲み込んだ。了承の前の長い沈黙はそれだ。
あの沈黙の中には、連行された先で何かあっても不死だからどうにかなると思っているんじゃないだろうな、と言うような言葉も入っていたように思う。いやそこまで楽観視してはないけど、と思いつつ、ロヴィーナも素早く身なりを整えるために服を手に取った。




