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嵐の前の静けさ

そしてククルスは屋敷を出た。表向きはメイドとしての経験を積むための転職として。

そのまま姿をくらますかと思いきや、奴は新たな転職先を隠しもしなかった。長くお世話になった筋を通すためと言って手紙まで寄越してきたのだ。腹が立つことに、慣習的な礼儀にのっとったことなのでこちらは文句を言えず黙るしかない。世間一般的にはこうして転職先を告げるのが当然、やらないほうが無礼なのだから。


なんとまぁ。舐められたものだ。消息を消さないのは、ククルスの行動自体は何の罪にも問えないせいという確信があるからこそ。だからこそ堂々としているし、その堂々さでもってこちらに挑発を仕掛けている。

腹が立つと思いつつも、こちらはどうすることもできない。強権を使って強引に捕まえて処刑すれば内乱が起きてしまうし。向こうがボロを出すなりして、決定的な事態が起きてくれなければ。


「はぁ…………」


腹立つわねぇ、と呟きながら、気持ちを落ち着けるために紅茶を啜る。今は夜、夕飯を終えて一息つきながら現状を確認している最中だ。

紅茶の香りのおかげで気分もだいぶ落ち着いてきた。状況を改めて報告したラディウスにもカップを勧めるが、彼はゆるりと首を振った。


「業務中に無駄な飲食はしない主義なので」

「別におやつ食べてたって誰も悪く言わないわよ」


自分や兄のことを悪く言う連中にほんの少しでも付け入る隙を作らないための主義なのだろうが、それにしたって。この屋敷でそんなことを言う連中はいないし、いないのだから気楽に飲食したっていいのに。

そう言って再度勧めてみるものの、やはり固辞された。仕方ない。諦めよう。気持ちを切り替えて。


「ディアデム卿からは?」


ククルスの転職先は革新派、それも過激派のフリューゲル卿の屋敷。保守派であるこちらからは探れないことも革新派筆頭のディアデム卿なら探れるのではと、ククルスの動向を見るよう頼んでいる。当然、ククルスが物事の黒幕であることはディアデム卿にも伝えてある。

そこからの新着情報はないかとラディウスに問う。しかし首を振られた。特に報告するような目立ったことはなく、新入りの行儀見習いのメイドらしく仕事に励んでいるそう。

だがそこで、きっと次の仕込みを行っているのだろう。何気ない雑談や独り言に紛れさせて、ロヴィーナを殺すように気持ちを変えさせていく。過激派の屋敷だ、火を付けるのはきっと簡単だろう。神を排除したいという燃え盛る欲望に奴がほんの少し燃料を注ぐだけで、それは容易に大火となるはず。

ということはすぐに事が起きる。いっそう注意深く動向を監視するようディアデム卿に頼んでおく必要があるだろう。


今は小休止。嵐の前の静けさ。いつ事が起きてもいいようにあらゆる準備をしなければ。自分の身を守ることもそうだが、政治的な方面としても。

カッコウとしては巣を簒奪できればいいのだから、やりようはいくらでもある。駒鳥神の力を弱めるためにロヴィーナを殺害することが一番手っ取り早いので何度も試しているだけ。議会にはたらきかけ、駒鳥神と駒鳥姫の権限を永久に剥奪して追放、行き場を失って弱ったところを処分するなんて方法だって可能だ。過激派の屋敷にいるということはその手段を取るんじゃないかと睨んでいるが、果たして。


まだあちらが優位。よほど極端なことはしてこないはず。過激派の主人の意見をひたすらに肯定して駒鳥神への当たりを強くさせるとか、そのくらいだろう。その中で使えそうな人間に目星をつけて、雑談や独り言を聞かせて意思を誘導していく。神の支配に疑問を持つようにしたり、その反発は正しいと肯定したり、ロヴィーナの暗殺を示唆したり。今まで通りに。


「もう10日ね。そろそろ目に見える行動が始まるんじゃないかしら」


そろそろ、カッコウの囁きを受けて行動する人間が出始めてもおかしくない頃だ。神の権利を剥奪すべく、革新派から議会に意見書が提出されたり。

明日はちょうど定例議会が開かれるし、事が起きるならこのタイミングだろう。もしかしたら本当に意見書が出されるかもしれない。


「さて、どうなるやら」


空になったカップを置く。現状確認も十分だし、もう今日はできることがない。明日の定例議会でどうなるか。

そう思いつつ、ロヴィーナはぐっと背筋を伸ばして椅子から立ち上がる。就寝を察し、ラディウスが素早く一礼して部屋を出る。それを見送ってからロヴィーナは寝間着に着替えベッドへ。ラディウスが控えている隣の部屋の壁を軽く叩いて就寝を告げ、返事のノックが返ってきたところで、羽毛布団の中でゆったりと目を閉じる。


おやすみなさい。


――とは、いかなかった。


「ろ、ロヴィーナさま! お休みのところ失礼します!!」


カンカンカンと緊急事態を告げる鐘が屋敷中に鳴り響いた。

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